side:宮田 一郎
鷹村さんが世界ランク5位の奴を倒してから2日後、鷹村さんは明らかに不機嫌な様子で鴨川ジムに顔を出した。
2日前の試合でダウンをした鷹村さんは、本来ならダメージを抜く為に安静にしてなきゃならないんだが、どうも虫の居所が悪すぎて大人しくしてられないらしいな。
鴨川会長が止めているにもかかわらず、鷹村さんはサンドバッグを叩き続けている。
「み、宮田くん、鷹村さんはどうしてあんなに機嫌が悪いのかな?」
幕ノ内が顔を青くしながら俺にそう聞いてきやがった。
「父さんからの又聞きだが、なんでも世界チャンピオンに無視された事に腹が立ってるんだとよ。」
「えっ?!2日前のあの会場に世界チャンピオンがいたの!?」
幕ノ内は青木さんと木村さんの三人で懸命に声を出し続けていたからな。
気付かなくても仕方ねぇか。
「WBCミドル級世界チャンピオンって、デビッド・イーグルだよね?」
「はぁ…鷹村さんはジュニアミドル級に減量して試合をしたのに、なんでミドル級の世界チャンピオンがわざわざアメリカから日本まで試合を見に来るんだよ。」
「あっ!?じゃあ、見に来たのってブライアン・ホーク!?」
ブライアン・ホークの名前に反応して鷹村さんが俺達を睨んできた。
幕ノ内は慌てて両手で口を閉じてやがる。
リングの上じゃあ馬鹿が付くほどに真っ直ぐなんだが、どうして普段はこうも抜けてるんだ?
鷹村さんは鼻を鳴らすと、またサンドバッグを叩き出した。
「こんちは~。おっ?予想以上に荒れてんなぁ?」
その声に反応してジムの入口に振り向くと、そこには伊達 英二の姿があった。
「えっと…誰ですか?」
幕ノ内のそんな反応に、伊達さんは膝がカクッと抜けて転けそうになる。
「これでも日本のボクシング界じゃ、それなりに名前が売れてると思ってたんだがなぁ。」
「そいつは今年ボクシングを始めたばかりですからね。伊達さんを知らなくても仕方ないですよ。」
伊達さんと俺の会話に、幕ノ内は慌てて頭を下げてくる。
「す、すみません!そんな有名な人だったなんて知らなくて!」
「いや、気にすんな。昔と違って、今の俺はただの日本ランカーでしかないからな。」
和解の為なのか、伊達さんから幕ノ内に握手を求めた。
こういった対応は流石だな。
幕ノ内は慌てて手をズボンで拭いてから伊達さんと握手をする。
「僕、幕ノ内 一歩って言います。」
「そうか。俺は伊達 英二だ。よろしくな、幕ノ内。」
「はいっ!」
幕ノ内と握手を終えた伊達さんは、俺に意地が悪そうな顔を向けてくる。
「鴨川ジムの期待の練習生は、俺とよろしくしてくれねぇのかな?」
「同じフェザー級でライバルになる相手ですからね。仲良く握手ってわけにもいかないでしょ。」
「確かに、お前が日本タイトルまで勝ち上がってこれたら、俺とライバルになるかもな。」
そう言って伊達さんは挑戦的な視線を俺に向けてくる。
俺も伊達さんにそういった類いの視線を返すと、幕ノ内が慌てて仲裁に入ってくる。
「ま、待ってくださいよ二人共!ここはジムですよ?!」
「そうだな。幕ノ内の言う通りだ。そこにちょうどリングもある事だし、スパーリングでもどうです、伊達さん?」
俺がそう言うと、幕ノ内はあんぐりと口を開けた。
「嬉しい誘いだが、昨日スパーリングでしこたま打たれたばかりでな。」
「伊達さんが打たれた?相手は?」
「ブライアン・ホークだ。」
俺と幕ノ内は伊達さんの言葉を聞いて大きく目を見開いてしまう。
「なんだ?鴨川会長から聞いてないのか?昨日うちのジムで、ブライアン・ホークが相手を募集して公開スパーリングをしたんだぜ。」
「…幕ノ内?」
「ぼ、僕も聞いてないよ、宮田くん。」
俺達の反応を見た伊達さんが大声で笑う。
「いや~、残念だったな。折角、世界レベルを体験出来る貴重な機会だったってのにな。」
ニヤニヤと笑う伊達さんの顔に、ストレートをぶち込みたくなる。
「まぁ、そういう事でな。俺はそれをネタに鷹村をからかいに来たわけだ。」
「どういう事ですか?」
ジト目でツッコミを入れる幕ノ内に、俺は同意して頷く。
「ちわ~。おっ?幕ノ内と宮田。それに…なんで伊達がいるんだ?」
「藤井か。その台詞はそっくり返すぜ。」
月刊ボクシングファンの記者の藤井さんが鴨川ジムにやって来た。
藤井さんはショルダーバッグから一本のビデオテープを取り出す。
「鴨川会長に頼まれてブライアン・ホークの試合のビデオテープを持ってきたのさ。宮田と幕ノ内も見るか?」
藤井さんの問いに、俺と幕ノ内は揃って頷いたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。