side:ホーク
鷹村の試合を見てからアメリカに帰国して1週間、鷹村との世界タイトルマッチが内定した。
内定である理由は、伊達の日本タイトルマッチ挑戦に合わせて鷹村が世界ランク1位の奴と試合をするんだが、そこで負けたら俺への挑戦の話が消えるからだ。
まぁ、俺のスケジュールが変わるわけじゃねぇから、向こうがどんなスケジュールだろうと構わねぇがな。
ちなみに俺がアウェーで戦う予定だ。
ミゲルが言うには相手のホームで戦う代わりに、試合の放映権はこっちが持つんだとさ。
そこら辺の面倒な事は全部ミゲルとダニーに任せてある。
頼もしい仲間だぜ。
さて、だいたい2ヶ月後にノンタイトルマッチを1戦、さらに2ヶ月後にノンタイトルマッチをもう1戦するんだが、2回目のノンタイトルマッチは日本で行う予定になっている。
これは俺と鷹村の世界タイトルマッチを盛り上げる為の演出なんだとさ。
盛り上がるのか?
ダニーにそう聞くと、ブックメーカーでも賭けが成立するかわからんそうだ。
成立したら全財産を俺に賭けるからチェックしてるらしいがな。
さて、そろそろ本格的に練習を再開するか。
ミゲル、ダニー、頼んだぜ。
◆
side:鴨川
WBCジュニアミドル級世界ランク1位の選手との試合に向け、ジムのメンバーを連れて海で合宿を開始した。
儂は重点的に鷹村を見ねばならぬので、小僧は宮田に預けておる。
現役時代の宮田の技術は世界クラスじゃった。
その宮田にしごかれれば、小僧のディフェンス技術は確実に向上するじゃろう。
それに、宮田の息子が小僧と張り合うじゃろうて。
合宿が終わった時が楽しみじゃわい。
問題は鷹村じゃ。
ビデオを見て可能な限り研究はしたが、今のままではブライアン・ホークの自由なボクシングに振り回されてしまうじゃろう。
故に今一度基礎の見直しをさせておるのだが、正直に言って儂にはこれしか対策が思い浮かばん。
己の無力を痛感するばかりじゃわい。
ミットを構え鷹村のパンチを受ける。
その際にミットをブライアン・ホークの急所となる位置に構え、そこをしかりと鷹村に叩かせる。
これでいいのか?
何か教え忘れてはいないか?
その思いばかりが、儂の頭を駆け巡る。
ドンッと重い衝撃がミットに残る。
この手応え…鷹村は間違いなく世界を狙える器じゃ。
うちの様な小さなジムではなくもっと大きなジムならば、鷹村は本来のミドル級で相手に不自由する事なく試合を組めていけたじゃろう。
鷹村を儂の手元に置いておく事は、儂のワガママなのじゃろうか?
「心配すんな、ジジイ。」
ミット打ちを終えた鷹村が儂に声を掛けてくる。
前回の減量失敗を考え、既にウェイト調整をしておる鷹村の目元は少し窪んで見える。
しかしその奥にある目の光は、確かな目標を見据えているものだ。
「うちのジムで初めての世界のベルトは、俺様がジジイにプレゼントしてやる。だから、くたばらねぇで待ってやがれ。」
鷹村の言葉で思わず目頭が熱くなる。
こやつを勝たせてやりたい。
こやつに世界の頂点の景色を見せてやりたい。
「…ふんっ!そんな事は次の世界前哨戦に勝ってから言わんか!」
「へっ!俺様が負けるかよ!目ん玉見開いてよく見てやがれ!」
そう言うと鷹村は砂浜に走りに行きおった。
そんな鷹村の背中を青木や木村、そして小僧と宮田の息子が追っていく。
「選手がやる気になってるんです。なら我々に出来るのは、信じて送り出してやるだけでしょう。」
「わかっておるわい。」
宮田の言葉に儂は頷く。
わかっておる。
じゃが、覚悟はしておかねばなるまい。
例え世界のベルトを手に入れるチャンスであろうと、あやつが無事に帰って来ねば意味が無いのだから…。
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