side:宮田 一郎
くそっ!
スパーリングを始めてまだ1分だが、もう二度もダウンをさせられちまった!
ブライアン・ホークがパンチを一発も打たずに俺をコーナーに追い込むと、コーナーから脱出するために引っ掛け様とした左フックにカウンターをしてきた。
タイミングを合わせて押されたただけの軽いパンチだから、直ぐに立ち上がる事が出来た。
でも、俺のプライドがズタズタだぜ。
ノーガードのブライアン・ホークにワンツーで仕掛けるが、まるで当たる気がしない。
リズムを変えて右から…!?
くそっ!またダウンさせられた!
これがWBAルールなら、俺は1ラウンドKO負けじゃねぇか!
「一郎!熱くなるな!」
直ぐに立ち上がろうとした俺の耳に父さんの声が届く。
立ち上がる前に大きく深呼吸をした。
…オーケー、大丈夫だ。
冷静になれた。
だからといって、何が出来るわけでもねぇけどな。
◆
side:鴨川
「うわぁ、流石は世界チャンピオン。強いなぁ。宮田君がもう3回もダウンさせられちゃいましたよ。」
小僧の声に頷きながらも、儂はリングの上から目が離せぬ。
…どうやら儂は思い違いをしておったようだ。
型に嵌まらぬボクシングと圧倒的なパンチから、あやつは鷹村と同じく攻撃的な性格をしておると思っとった。
じゃが、こうして直接目にして気付いたわい。
あやつは…ブライアン・ホークは攻撃よりも防御に重きを置いておる。
宮田の息子がコーナーから脱出するために打ったカウンターの左フック。
これに反応出来る程の野性を持ちながらも、それを理性で御するか…厄介じゃわい。
鷹村も確かに野性は持っておる。
じゃが、あやつはそれをここまで御せてはおらん。
ミゲル・ゼールはどうやってブライアン・ホークにその術を教えたのじゃ?
世界は広いわい。
儂は今、野性と科学が融合したボクサーの理想像の一つを目撃しておる。
鷹村もいずれはこの領域に至るのかも知れんが、まだ時期尚早じゃろう。
鷹村よ、貴様が挑もうとしている男は遥かな高みにおる。
じゃが安心せい。この老いぼれも一緒にその茨の道を歩いてやるわい。
◆
side:ホーク
「ソリッドパンチとハードパンチの打ちわけかたを教えてほしい?」
「あぁ。」
スパーリングが終わった後に宮田 一郎が流暢な英語で話し掛けてきたと思えば、そんな事を俺に聞いてきた。
英二も聞いてきた事だが、そんなに珍しいのか?
まぁ、隠す様なもんじゃねぇし、教えても構わねぇか。
そう考えて幾つかコツを伝える。
話を聞いていたダニーがミットを構えたので、宮田に打たせてみる。
「ミットを打った時の手応えと音が違うのがわかるか?ハードパンチを打つとそんな感じになるんだ。」
「…あぁ、わかる。すまないが、もう少し打たせてもらってもいいか?」
「オーケー。」
英二も直ぐにコツを掴んでたが、宮田も器用なもんだな。
日本人だからか?
それにしても、楽しそうにミットを打つもんだ。
「ホークの伝え方が的確だからだよ。選手を引退したら、トレーナーとして食べていけるだろうね。」
そのミゲルの言葉を聞いて肩を竦める。
「それも悪くねぇが、引退したら働く必要がねぇぐらいに稼ぐつもりだぜ。」
「ホークなら難しくないだろうね。まぁ、そこは真理とよく相談をしなさい。」
なんでそこで真理が出てくるんだ?
この時、既に用意周到に外堀を埋められていた事を知らない俺が首を傾げると、事情を知っているミゲルとダニーが笑い出したのだった。
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