目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿3話目です。


第52話『伊達の気付き』

side:伊達

 

 

ブライアンのスパーリングパートナーを文字通りに買って出てしばらく経つと、ブライアンの世界タイトル前哨戦の日がやってきた。

 

激励のために控え室に向かいながら今日までの日々を思い出す。

 

間違いなくボクサーとして最も濃密な日々を過ごしてきた。

 

スパーリングでありながら世界レベルの駆け引きにのめり込んで熱くなる日々。

 

宮田と幕ノ内も加わってきたのは予想通りってとこだな。

 

ブライアンが鷹村と戦う以上、鴨川ジムとしては少しでも偵察しておきてぇだろうし、あわよくば階級が近い俺から何かを学ばせようとしても不思議じゃねぇ。

 

そんな鴨川ジムの二人だったが、宮田は大収穫ってところだな。

 

あいつはブライアンのアドバイス1つでブレイクスルーを果たしやがった。

 

あれならプロのリングで少し経験を積めば、国内レベルぐらいは取れるだろ。

 

そして日本タイトルを取る頃には東洋も見えてる筈だ。

 

あんなのが来年には新人でデビューするってんだから詐欺もいいとこだぜ。

 

幕ノ内は…成長はしたんだがまぁまぁってとこだな。

 

宮田は器用なんだが、幕ノ内はとことん不器用だった。

 

それはもうコツを掴むとか以前の問題というぐらいのレベルでな。

 

あれはとことん反復練習を積み重ねて身体に覚え込ませるしかねぇ。

 

幸いにも、あいつはバカが付くぐらい真面目な奴だ。

 

ブライアンにサンドバッグにされながらも、愚直に基本を繰り返していたぐらいだからな。

 

鴨川会長も扱き甲斐があるだろうよ。

 

まぁ、幕ノ内は不器用な反面、階級詐欺だって思うぐらいにパンチの威力がありやがった。

 

あいつとスパーリングをした時に、面白半分でボディーを打たせてみたらやばかった。

 

ブライアンのボディーブローを経験してなきゃ、愛子の弁当を戻してたかもしれねぇな。

 

そういえば、この1ヶ月は家に帰ったら愛子にその事ばかり話してたな。

 

それでも愛子は何一つ嫌な顔をしないでニコニコとしてくれていた。

 

本当にいい女だ。

 

…カッコつけてぇ。

 

そうか…俺は愛子の前でカッコつけてぇんだ。

 

なんてことはねぇ。

 

リカルド・マルチネスにリベンジする為だと思ってたんだが、どうやら俺がカムバックしたのはただ惚れた女の前でカッコつけたかったからみたいだ。

 

そう自覚したら、なんか心と身体が熱くなってきたぜ。

 

今すぐに試合をしたい気分だ。

 

そんな思いでブライアンの控え室前に辿り着いた俺は、ノックをする前に深呼吸をする。

 

落ち着けよ、俺。

 

今日の主役はブライアンなんだからな。

 

ノックをして返事が返ってくると、俺は努めていつも通りに振る舞うのだった。

 

 

 

 

side:一歩

 

 

今日はホークさんの世界タイトル前哨戦の日だ。

 

僕と宮田君がホークさんと初めてスパーリングをした次の日、ホークさんと鷹村さんのジュニアミドル級世界タイトルマッチが正式に発表された。

 

僕は敵になるホークさんとのスパーリングは遠慮した方がいいかなと思ったんだけど、会長は遠慮せずに勉強させてもらってこいと言ってくれた。

 

だから僕は宮田君と一緒に、宮田君のお父さんに付き添ってもらって仲代ボクシングジムに通い続けたんだ。

 

宮田君はホークさんと伊達さんの二人とスパーリングをしてどんどん成長していった。

 

それと比べて僕は…強くなったっていう自覚がない。

 

宮田君のお父さんは僕も強くなったって言ってくれるけど…。

 

そんな風に考えながら歩いていると、二本の腕がガシッと僕の肩に置かれた。

 

「よう裏切り者。敵とのスパーリングは楽しかったかぁ?」

「いい御身分だなぁ?鷹村さんはカンカンに怒ってるぜぇ?」

 

青木さんと木村さんの言葉で嫌な汗が込み上げてくる。

 

「お、脅かさないでくださいよぉ。」

 

そう言っても二人はニヤニヤと笑っている。

 

ほ、本当に鷹村さんは怒ってるのかな?

 

「ほっとけよ、幕ノ内。二人は自分達がスパーリングに参加出来なかったから拗ねてんのさ。」

 

宮田君のその言葉で、二人は気まずそうに顔を逸らした。

 

あ、本当なんだ。

 

「おい、宮田。少しは遠慮して俺達に譲ってくれてもよかったんじゃねぇか?」

「そうだぜ?世界チャンピオンとのスパーリングなんて、そうは経験出来ねぇんだからよ。」

 

青木さんと木村さんの言葉に宮田君はため息を吐きながら首を横に振る。

 

「俺と幕ノ内は来年になればプロデビューをするんですよ?これからプロの世界で生きていくって言うんなら、折角の機会に遠慮してどうするんですか?」

 

はぁ~…凄いなぁ、宮田君は。

 

僕はここまでハッキリと言えないや。

 

「ちっ、わかってるよ。」

「けどよ、次は俺達が行くぜ?なんとなくだが、また機会がありそうだからな。」

 

それからはいつも通りに楽しく会話をしながら会場に入っていく。

 

こんな楽しい時間を過ごせるのもボクシングと出会えたからだ。

 

そして僕をボクシングと出会わせてくれたのは鷹村さんだ。

 

だから僕は全力で鷹村さんを応援します。

 

ホークさんには悪いと思うけど、それが僕に出来る鷹村さんへの恩返しだと思うから…。




次の投稿は13:00の予定です。

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