side:ホーク
世界タイトルマッチの前日計量の日、計量が行われている場所は誰かが唾を飲み込む音が聞こえる程に静まりかえっていた。
そして…。
「…鷹村選手、計量クリアです!」
さっきまでの静かさが嘘の様に、場には一気に歓声が沸き上がった。
歓声の中心で両腕を突き上げている鷹村に目を向ける。
目は窪み、頬は痩せこけ、肌はかさつき、肋が浮き出ている。
よくもまぁ、そんな減量をしたもんだ。
大きく息を吐き出した鷹村は鴨川会長と握手をしている。
その姿を記者連中が撮影してやがるな。
「さぁ、ホーク。次は君の番だよ。」
ミゲルに促されてシャツを脱ぐと、パンツ一枚になって計量台に向かう。
すると、場にはざわめきが起こる。
「なんだよ、あの身体…。」
誰かがそんな事を言ってやがるが、気にせずに計量台に上がる。
「…ホーク選手、計量クリアです。」
流石にアウェイだから鷹村みてぇに沸き上がらねぇな。
おっ?真理がウインクしてきた。
野郎共に沸き上がられるよりもよっぽど嬉しいぜ。
計量台を下りると鷹村がこっちを見てやがる。
「『さっさと共同記者会見場に行こうぜ。腹減ったからな。』」
そう言うと、鷹村のコメカミに青筋が浮かぶ。
記者連中にも浮かんでんな。
何を怒ってんだ?
まぁ、いいか。
俺が歩き出すとミゲルとダニーが続くが、記者連中は続かずにその場に立ったままだった。
真理はついてきたけどな。
◆
side:ホーク
共同記者会見が始まった。
世界タイトルマッチに向けての抱負を話す鷹村は、若干だが肌が潤っている様に見える。
ここに来る前に水でも飲んできたのか?
鷹村は『KO以外の決着はねぇ』って言ってんな。
「『チャンピオン、一言お願いします。』」
チラリとミゲルを見る。
好きに言っていいんだな?
「『通過点だ。』」
俺の言葉に記者連中が首を傾げてやがる。
「『チャンピオン、それはどういうことでしょうか?』」
「『日本語の発音が悪かったか?この試合は通過点でしかねぇって言ったんだよ。』」
記者連中が不満気な顔をしてやがんな。
藤井なんかはコメカミに青筋を浮かべてるぜ。
真理は…口を手で隠して笑いを堪えてるな。
「『この試合が終われば俺はミドル級に階級を上げる。そして1戦挟んでデビッド・イーグルと世界タイトルマッチだ。こいつは以前から約束していたもんでな。だからここは通過点なんだよ』」
記者連中の内の一人がマイクを持って立ち上がった。
「『鷹村選手は以前に貴方の次期挑戦者候補にKO勝ちしています。そして世界ランク1位の選手には左だけでKO勝ちしています。もっと警戒すべきではないのですか?』」
「『両方とも直接この目で見たぜ。その上で通過点だって判断したんだがな。』」
記者連中の半分以上が顔を赤くしやがった。
お~お~、熱くなってんなぁ。
試合を盛り上げる為に煽り合うのは基本だぜ。
なのにそんな熱くなるなんて、随分とお行儀がいいこった。
それと、鷹村から懐かしい気配を感じるな。
スラム時代によく感じていた、怒気や殺気とでもいった気配だ。
鷹村は煽り耐性がねぇのか?
おっと、記者連中が熱くなっている中で真理がしれっと手を上げたぜ。
進行役が指名すると、真理は立ち上がって話し出した。
「『チャンピオンに1つ聞きたい事があります。日本ボクシング界には長い間、世界チャンピオンがいませんでした。これにはどういった理由があるのか、お考えいただけますか?』」
微笑んでいる真理の顔は、まるで悪戯をする子供みてぇだな。
いいパスをくれたんだ。
きっちり返さねぇとな。
「『その答えが知りたかったら一緒にディナーでもどうだ?もちろん帰りのタクシー代は出すぜ。あんた程の美人なら、ミゲルの口も軽くなるだろうよ。』」
記者連中がギョッと目を見開いてんな。
まぁ、共同記者会見で口説いてんだ。
そうなるだろうよ。
真理はくすくすと笑ってるぜ。
「『お誘い、ありがたく受けさせて貰いますね。』」
あ~あ~、そんな口を開けたら顎が外れるぜ?
そもそも、アメリカと日本のボクシング界は環境が違い過ぎる。
興業の規模が文字通りに桁違いなんだ。
そうなれば必然的に稼げる金が違ってくる。
日本のボクサーの内、ボクシングだけで食っていけてる奴は何人いるんだ?
稼げるかどうかは競技人口に密接に繋がってると俺は思ってる。
そして賭けがあるかどうかもだ。
アメリカのボクシングは1試合で100万ドル稼ぐのは夢じゃねぇ。
そして賭けで大儲けする奴だっている。
ダニーみてぇにな。
だからアメリカではボクシングの競技人口は多いし、ファンやスポンサーだって多い。
日本ではどうだ?
稼げねぇ、賭けがねぇ。
それでスポンサーがつくのか?
ボクシングに興味を持ってねぇ奴を試合会場に呼べるのか?
そんな事を話すとスポーツの健全性が云々と喚く記者がいた。
プロスポーツは興業だし、ビジネスである事は間違いねぇだろ。
健全性は別問題だ。
ここら辺の感性の違いは俺がアメリカ人だからか?
それともあの記者がスポーツを神聖化してそれに酔ってるのか?
そんなこんなで記者連中が明らかに不機嫌な顔をしたまま、共同記者会見が終わる。
そして共同記者会見場を後にすると、会場から怒号が上がったのだった。
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