side:鴨川
ブライアン・ホークが去った共同記者会見場に怒号が響き渡っておる。
じゃが、チャンピオンの言っておった事は正しい。
儂もジムを経営する身。
プロボクシングとビジネスが切っても切れぬ関係だとは理解しておる。
選手のファイトマネー、会場の設定、協会やスポンサーとのやり取りなど数え上げたら切りがないわい。
しかし儂は指導者として、教え子達がボクシングを通じて人間的にも成長してほしいと願っておる。
もちろんそれと同じぐらい試合に勝たせてやりたいと思っておる。
「鷹村選手!あいつに日本人の意地を見せてやってください!」
「鷹村選手!あいつに正義の鉄槌を!」
「鷹村選手!」
「鷹村選手!」
こやつらが怒ってくれているのは、それだけ鷹村に期待してくれていることの証でもある。
素直に嬉しいわい。
それはそれとして…いかんな。
「すまんがその辺にしてもらえんか?こやつに飯を食わせねばならんのでな。」
「あぁ、すみません!」
「鷹村選手!明日は頑張ってください!」
「期待してます!」
記者達が散って行き、儂は小さく息を吐く。
「さぁ、行くぞ。少しでも腹に物をいれねばな。」
強く拳を握り締めている鷹村からは、怒気を超えて殺気が漂っておる。
壮絶と形容出来る減量を乗り越えて辿り着いてみれば、チャンピオンに相手にされんかった。
それがこやつのプライドを著しく傷付けた。
いや、今日だけではない。
初めてブライアン・ホークと会ったその日からじゃ。
鷹村は今、人生最大の屈辱を味わっておるのじゃろう。
…ジムの皆も来ておるが、今日の所は一緒にさせぬ方がよいか。
その事を伝える為にジムの皆に向けて首を横に振ると、儂は鷹村と共に歩き出したのじゃった。
◆
side:一歩
鴨川会長が鷹村さんと一緒に行った後、僕達は青木さんのバイト先であるラーメン屋にやって来ていた。
八木さんと篠田さんは明日の準備があるからと言って来なかった。
なのでメンバーは僕、宮田くん、宮田くんのお父さん、青木さん、木村さんの五人だ。
でも、その道中の青木さんと木村さんの機嫌はあまり良くなかった。
理由はホークさんの発言が原因…だと思う。
「青木!ラーメン大盛りだ!それとギョウザ!」
「おう!」
まだ木村さんと青木さんの機嫌が良くない。
やっぱり、ホークさんの発言が原因なのかなぁ?
「二人共、何にそんなに腹を立てているんですか?」
うわっ!?宮田くんが二人に切り込んだ!
この思いきりのいい踏み込み…流石は宮田くんだなぁ。
二人は宮田くんにジト目を向けている。
「鷹村さんが軽く見られた事だよ。」
「スポーツの健全性がとかは別にどうでもいい。俺達はそんな御大層なもんを語れる程、真面目に生きてこなかったからな。でもよ、あれだけ頑張ってきた鷹村さんが軽く見られるのは我慢出来ねぇ。」
青木さんと木村さんの機嫌が良くなかったのはそういう理由だったんだぁ。
「おい一歩、お前はどうなんだよ?」
「お前だって鷹村さんには恩があるだろう?その鷹村さんがあんな扱いを受けて腹が立たねぇのか?それにお前の性格なら、スポーツの健全性だって理解してんじゃねぇか?」
「えぇっ!?えっと…。」
二人に言葉を振られて驚いてしまう。
どういったらいいのかよくわからないけど…。
「あの、ですね…。ホークさんの言った事は間違ってないんじゃないかなぁ…って。」
「「あぁん!?」」
二人に凄まれて言葉に詰まる。
それでも、なんとか僕の考えを言葉にしていく。
「何度もスパーリングをさせてもらって、ホークさんの強さを体感しました。本当に強かったです。僕なんかじゃ強さは測りきれませんでしたけど、それでもホークさんは世界チャンピオンなんだっていうのはわかりました。だからホークさんは鷹村さんを軽く見ているんじゃなくて、それだけ自分に自信があるんだと思います。」
ちゃんと自分の考えを二人に伝えられたのかはわからない。
でも二人はため息を吐くと、いつもの顔に戻っていた。
「鷹村さんよりも強いってか?」
「裏切り者の一歩には、このギョウザはやれねぇなぁ。」
「そ、そんなぁ!?」
僕が狼狽えると二人は笑った。
宮田くんと宮田くんのお父さんも笑っている。
ようやく、僕達はいつもの調子に戻れたんだ。
「それで、スポーツの健全性についてはどうなんだ?」
「おうおう!ギョウザが食いたきゃキリキリ喋りな!」
「わ、わかりましたよぉ。」
僕なりに考えて言葉を選んでいく。
「えっと、僕がいじめられていた事は知ってますよね?」
「知ってるぜ。それで鷹村さんに助けられてジムに来たんだよな?」
青木さんに頷くと、木村さんが割り込んでくる。
「そういや、その一歩をいじめていた奴とはどうなったんだ?」
「梅沢くんとは友達になりました。今では学校でよくボクシングの事を話しています。」
そう言うと皆が感心した様に声を上げる。
ちょっと恥ずかしいな。
「でも、梅沢くんとボクシングの話をする様になって思ったんです。ボクシングって、日本ではあまり人気がないのかなぁって。」
「確かに一昔前に比べれば、ボクシングの人気は下がっているだろう。以前はゴールデンタイムにテレビで放送されたりしていたんだが、今では深夜にしか放送されないからな。」
宮田くんのお父さんの言葉に、青木さんと木村さんが興味深そうに目を向けている。
「僕はボクシングと出会えて少しは変われたと思います。だから健全性というか、人として成長させてくれたボクシングをもっと皆に知ってもらえたらいいなぁ、興味を持って貰えたらいいなぁって思うんです。でも、どうしたら興味を持って貰えるかわからないんです。」
ここまで話してお冷やを一口飲む。
プロデビューに向けて慣れる為に始めた減量のせいなのか、練習で一杯汗を流す様になったからなのか、最近は水が美味しく感じる。
「それでホークさんの言葉を聞いて思ったんです。野球は人気があるのにボクシングが人気が無い理由には、ホークさんの言う通りにお金も関係しているのかなって。」
青木さんはこのラーメン屋で、そして木村さんは実家の花屋さんで働いている。
ボクシングだけでは食べていけないからだ。
働いて、トレーニングをして、試合をする。
僕はまだプロボクサーではないけど、その大変さは想像出来る。
もちろん野球だって色々と大変だと思う。
でも、ボクシングよりは野球の方が始めやすいんじゃないかな?
そんな風に話すと、青木さんと木村さんが唸り声を出す。
「確かにそうだよなぁ。」
「それに、働いている場所がボクシングに理解があるとは限らねぇしなぁ。試合に出るから休みをくれって言って『首だ!』とか言われたら最悪だぜ。」
木村さんの言葉はありえない事ではない。
試合の度に仕事を辞めるって事も、ボクシングの世界では結構聞く話なんだ。
「僕は実家の釣り船屋を手伝うので問題ないですけど、そういった事もボクシングは敷居が高く感じられてしまう理由なのかなぁって…。」
…なんかしんみりしてしまった。
そう思っていると青木さんが目の前にギョウザを置いてくれた。
うわぁ、美味しそうだ。
「釣り船屋か…。」
僕が割り箸を手にしたその時、宮田くんのお父さんがポツリとそんな事を言った。
「幕ノ内、君のところでは従業員を募集しているのかな?」
「えっと、小さい釣り船屋なので特にチラシなんかで募集をしたりはしていません。でも、一人か二人なら雇えると思います。」
「そうか、ならば一郎を雇ってはもらえないかな?」
その言葉を聞いて驚いた。
僕だけじゃない。
宮田くんも驚いている。
「…父さん?」
「一郎、幕ノ内の足腰の強さを知っているだろう?特にスポーツの経験がない幕ノ内の足腰が強い理由は、波間に揺れる船の上で養われたものの筈だ。おそらくは三半規管も鍛えられているのだろう。何度ダウンをしても立ち上がれるのは、そういった理由があったのかもしれない。」
宮田くんのお父さんの言葉に、皆が唸り声を上げている。
僕はただ母さんを手伝っていただけだ。
でもそれが僕のボクシングに繋がっていると考えると、なんか嬉しいなぁ。
「働いて給料を貰えるだけでなくトレーニングにもなる。しかもボクシングに理解がある職場だ。こんな条件の所はそうはないぞ。」
「はぁ…わかったよ、父さん。」
「よし。では幕ノ内、そういう事ですまないが、一郎を雇うのを真剣に考えてくれんか?」
「は、はい!帰ったら母さんに話します!絶対に説得しますから!」
うわぁ、まさか宮田くんと一緒に釣り船屋をやれるなんて思ってもみなかった。
帰ったら母さんを説得しなくちゃ!
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