ステーキハウスに行った翌日、いつもの様に広場に行ったんだけど、そこで俺を待っていた喧嘩相手は3人しかいなかった。
日を追う毎に喧嘩相手が減っていく事態に、俺はため息を吐きたくなっちまう。
(わざと負けた方がいいか?)
そう考えた俺はその考えを振り払う為に首を横に振る。
スラムの喧嘩で無敗。
俺がこのステータスを失えば、わざわざ俺と喧嘩をしようとする奴は本当にいなくなっちまう。
かといって勝ち過ぎてる今も、どんどん喧嘩相手は減っている。
八方塞がりの現状にどうしたもんかと思うが、取りあえずは待っていた相手と喧嘩をしなきゃな。
たっぷりと汗を流していた相手はご丁寧にグローブとヘッドギア、おまけにマウスピースまでつけている。
(パッと見はボクサーっぽいが、見た目で騙そうとする奴もいるからな。)
広場の中央に進むと、ワルガキ達が俺と相手を中心に輪になる。
いつもの喧嘩の舞台が整った。
俺の相手はボクシングでいうところのオーソドックススタイルの構えをした。
こういった知識は喧嘩の後にダニーが教えてくれる。
あいつは格闘技が好きで、わざわざスラムを抜けて直接見に行くらしいからな。
その見に行く為の費用は、俺の喧嘩での賭けで手に入れているそうだ。
まぁ、悪友の趣味は置いておこう。
今は目の前の相手と喧嘩をしなきゃならないからな。
オーソドックススタイルの相手は、腕を下げてノーガードな俺に対してステップを刻みながらジャブを打ってくる。
俺はそのジャブを首を動かすだけで避けたり、横に身体ごと動いたりして避けていく。
相手は時折ジャブとストレートのコンビネーション…ワンツーを打ってくるが、それも全部避ける。
焦れてきたのか、相手は大きく踏み込みながら引っ掻ける様にして左フックを打ってきた。
俺はそれを身体を大きく仰け反らして避ける。
そうすると、相手の無防備な下顎が俺の目に映る。
その無防備な下顎を、俺は下から殴り上げた。
顔が跳ね上がった相手は、大きく踏み込んだ勢いで転がる様にして地面に倒れていく。
俺にとってはいつもの光景。
ギャラリーからは歓声も聞こえるが、それ以上に大きな悲鳴が上がっている。
どうやら相手に賭けていた連中の様だ。
その連中から相手への声援が飛ぶ。
(そう心配するなよ。今のは『効かせる』殴り方をしてないからな。)
4年に及ぶスラムの喧嘩で、俺は殴り方によって相手のダメージの受け方が変わる事に気付いた。
殴り方には大きく分けて二種類ある。
殴ったところが腫れやすいけどダメージが身体の芯に響かない殴り方。
そしてダメージを相手の身体の芯に響かせる殴り方だ。
声援に反応した相手はフラフラと上体を起こし、膝を震わせながら立ち上がった。
次があるからさっさと終わらせるかと思った俺は、ノーガードのまま相手に歩み寄る。
ある程度近付くと、相手は牽制する様にジャブを打ってきた。
首を横に傾げてジャブを避けると、引き手に合わせて踏み込む。
そして『効かせる』殴り方で相手の腹を殴ると、相手は膝から崩れ落ちていったのだった。
◆
3人との喧嘩を終えた俺が勝利報酬の30ドルを財布に入れていると、不意に拍手が聞こえてきた。
その拍手が聞こえてくる方に振り向くと、そこにはスラムに似つかわしくないスーツを着たじいさんの姿があった。
「おい、じいさん。ここはスラムだぜ。あんたみたいなスーツを着た奴が来るような場所じゃねぇ。外まで送ってやるからさっさと帰んな。」
俺の言葉を聞いたじいさんは不敵に笑う。
「見事な喧嘩だった。」
「話聞いてんのか、ジジイ。」
スラムで数年過ごしてきた結果、俺は前世と違ってまともに敬語で話さなくなった。
まぁ、スラムの流儀に染まったってわけだ。
呆れた様な言い方の俺に、じいさんは微笑んでくる。
なんだ?
俺にそっちの趣味はねえぞ。
「君に仕事を紹介したい。」
「あん?ヤバイ仕事ならお断りだぜ。」
俺は自由業になるつもりは欠片もない。
まぁ、今の俺はチンピラと変わんねぇけどな。
「私が紹介する仕事は、人を殴って称賛され、更に金を貰える仕事だ。」
そんな上手い話、そう簡単にあるわけねぇだろうが…。
俺はため息を吐きながら頭を掻く。
「じいさん、ボケてんなら医者に連れてってやろうか?金は出さねぇがな。」
「私はボケておらんよ。私は先程紹介した仕事をする者を育てる事を生業にしているのだ。」
胡散臭ぇ…。
俺の顔を見たじいさんが笑いだす。
人の顔を見て笑うとか、性質(たち)の悪いジジイだな。
「失礼、遠回しな言い方がよくなかったかな?」
そう言ってじいさんは咳払いをしてから話し出す。
「私はミゲル・ゼール。ボクシングのトレーナー兼マネージャーをしている者だ。」
じいさんが帽子を外しながら自己紹介をすると、俺は口を開けたまま呆然としたのだった。
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