side:鴨川
「鷹村、いつものスタイルに戻せ。」
「あん?何でだ、ジジイ?」
「変則ボクサーには基本こそが有効だと思っとったが甘かった。チャンピオンは明らかにそういった相手に慣れておる。」
考えてみれば当然じゃ。
広いアメリカで誰もそれを試さなかったわけがない。
そしてあのミゲル・ゼールがそういった相手と試合をさせんかったわけがない。
器用な相手に振り回されぬ様にと叩き込んだ基礎だった。
儂のボクシングが世界に通じるかと思い、鷹村に指示を出せんかった。
その代償が打たれ強い鷹村のダウンじゃ。
己の愚かさに怒りが沸く。
「とにかく、次のラウンドからはいつも通りに戦うんじゃ。」
「…わかったよ。」
それ以外に指示が出せん。
あれほどチャンピオンの研究をしたというのに、攻略方法を見出だせんかった。
いったい、なんのために歳を重ねてきたんじゃ!
「セコンドアウト!」
アナウンスに従ってリングから下りる。
「心配すんな、ジジイ。」
目を向けると、鷹村が不敵に笑っておる。
「ちゃんとベルトは取ってきてやるからよ。」
今の儂に出来るのは選手にやる気を出させる事だけ。
ならば…応えねばならぬ。
「ふんっ!待っておるぞ。」
2ラウンド目のゴングが鳴ると、鷹村はコーナーを飛び出していった。
◆
side:ホーク
2ラウンド目になると鷹村の構えが変わった。
ガードを下げて殴りやすい場所に手を置いているその構えは、オーソドックススタイルと比べてしっくりといっている様に感じる。
いきなり右から打ってきた。
右に続いて左、左のダブル、右とパンチが続けられる。
パンチ1つ1つのキレと繋ぎが、1ラウンド目とは全く違う。
狙っていたのか知らねぇが、しっかりチェンジオブペースになってるぜ。
鷹村のパンチを避けながらそのリズムを学んでいく。
1分程観察を続けてだいたいわかった。
反撃。
下から顔を跳ね上げたが、直ぐにパンチが返ってくる。
タフな奴だ。
右を掻い潜ってボディーに一発。
左アッパーが来たので身体を起こして避け、右を被せる。
手応えはあるがダウンまではいかない。
だがダメージはあるのか、正面からの打ち合いを止めて足を使い始めた。
中量級にしては速いな。
飛び回る様にしてリングを広く使い攻め立ててくる。
俺はリング中央に居座ってパンチを避け続けていく。
1つ、2つ、3つ、4つ、5つ。
鷹村が一息入れる瞬間に踏み込んでボディーに一発。
左右のフックを振り回して来たので直ぐに離れる。
さて、今度はこっちの番といくか。
◆
side:宮田
「なっ!?」
「は、速い!」
ブライアンが足を使い出した。
鷹村さんも中量級とは思えない程に速かったが、ブライアンはその上をいく。
おそらくは軽量級の世界レベル。
激しい出入りに鷹村さんがついていけていない。
「鷹村さぁん!」
幕ノ内が大声を上げた。
それだけ鷹村さんが劣勢なんだ。
「冷静で、強かだな。」
「どういうことだい、父さん?」
「ホークは鷹村のスタミナを奪いにいっている。スパーリングと比べてボディーへのパンチが多いだろう?」
父さんの指摘で俺も気付いた。
確かにボディーへのパンチが多い。
「鷹村さんのボディーはそんな柔じゃないっすよ!」
「そうですよ!あれだけ鍛えたんだ!そう簡単に鷹村さんの足は止まりませんて!」
「そうだな。だが、それは鷹村がベストの状態ならばだ。」
青木さんと木村さんが父さんに向かって叫ぶが、父さんの一言で表情を変える。
気付いたんだ。
壮絶な減量の影響で、鷹村さんの状態がベストじゃないって。
「「鷹村さぁん!」」
二人が鷹村さんの名を叫ぶ。
その声が届いたのか鷹村さんはダウンはしなかったものの、ブライアンに打たれ続けていったのだった。
◆
side:一歩
4ラウンド目が始まったけど鷹村さんの動きが鈍い。
あの鷹村さんの足がこんなに早く止まるなんて!
「…ここまでだな。タオルを投げるべきだ。」
宮田くんのお父さんの言葉で涙が出そうになった。
あれだけ頑張って練習をして、減量をして、それでも全然届かないなんて…。
「鷹村さぁん!」
「頑張ってくださぁい!」
青木さんと木村さんに続いて僕も叫ぶ。
叫ばずにはいられないんだ。
足が止まった鷹村さんにホークさんが畳み掛けていく。
一発、二発とパンチを受けて、鷹村さんの身体が左右に揺れる。
そして鷹村さんは糸が切れた人形の様にリングに倒れた。
試合会場中から悲鳴の様な声が上がっている。
それと同時に鷹村さんを応援する声もだ。
僕達も声を張り上げる。
頑張って。
頑張ってください…鷹村さん!
立ち上がった。
カウント8で何事もなかった様にふらりと立ち上がった。
なんか様子がおかしい気がする。
「…鷹村の意識が無い。」
宮田くんのお父さんの言葉に驚いた。
「意識が無いって…でも、立ってますよ!?」
「稀にあるんだ。意識を失っても尽きぬ戦意で立ち上がる事が。」
レフェリーが試合を再開した。
すると鷹村さんは、まるでダメージが無い様な動きを見せ始めた。
1つ1つのパンチが鋭く、遠目から見てもいつも以上にキレているのがわかる。
ホークさんが手を止めて回避に専念する程だ。
「父さん、どうなっているんだ?」
「私にもわからん。意識を失ったまま戦い続けるボクサーもいるが、そういった時は大抵パンチが雑になるものだ。だが、鷹村は逆にいつも以上に洗練されている。」
あまりの凄さに唾を飲んでしまう。
「そうか、理性がぶっ飛んだのか。」
「木村さん?」
「悪さをしていた時に何度か経験があるんだ。喧嘩相手の意識が無くなったと思ったら何も無かった様に立ち上がってきて、本気でキレていた事がな。」
そこまで言うと木村さんは頬の汗を手で拭う。
「そうなっちまった奴はいくら殴っても倒れねぇ。痛みを感じてねぇんだ。あの時はマジでビビったぜ。」
「本気でキレたって、どうなるんですか!?」
「知らねぇよ!あぁなった鷹村さんは初めて見るんだ!どうなるのか見当もつかねぇ!」
リングに目を向ける。
そこにはパンチを打ち続ける鷹村さんの姿がある。
だけど、鷹村さんのパンチは一発もホークさんを捉えることなく、4ラウンド目終了のゴングが鳴ったのだった。
次の投稿は11:00の予定です。