side:ホーク
「問題ないかな?」
「あぁ、大丈夫だ。でもよ、少し驚いたぜ。ぶっ飛んだ奴を見たのは久しぶりだからな。」
4ラウンド目の途中、ダウンから立ち上がってきた鷹村は理性がぶっ飛んでた。
スラム時代はああいう奴と何度も喧嘩したもんだが、リングの上じゃ初めてだぜ。
それはそれとして…。
「ああなったら、もっと攻撃が雑になるもんなんだがな。」
「見事に人体の急所だけを的確に、鋭く狙ってきていたね。それだけ鴨川にしごかれてきたという事なのだろう。」
あの状態で急所だけを狙うなんざ並じゃねぇ。
ミゲルの言う通りに、本能に刷り込まれるまで丹念に繰り返し練習してきたんだろうな。
「面白くなってきたぜ。」
「残念ながらそうはいかないようだ。」
「あん?」
ミゲルの目線を追う。
するとそこには、相手コーナーから投げ込まれたタオルが舞っていた。
「強靭な精神力で肉体の限界を超え、更に世界タイトルマッチという舞台で才能を目覚めさせた。見事だよ。おそらくゴングが鳴れば鷹村は立ち上がるだろうが、ここで止めるのは賢明な判断だ。鴨川も見事。良き師弟関係だね。」
その言葉には頷けるが、ちと不完全燃焼だぜ。
まぁ、仕方ねぇか。
「また戦(や)ろうぜ、鷹村。」
◆
side:鴨川
「担架じゃ!担架を持ってこい!それと救急車を呼んでくれ!」
口惜しい。
その一言に尽きる。
4ラウンド目の途中から見せたあの鷹村の動き…おそらくは、あれが本来の鷹村の動きじゃ。
あの動きをしていた時の鷹村は間違いなくブライアン・ホークと渡り合っておった。
もしを考えてしまう。
もし、あの動きが最初から出来ていたならば…。
それを練習で引き出せなんだは儂の力不足。
この試合の敗因は…儂じゃ。
…担架が来たようじゃな。
リングドクターの指示で慎重に鷹村を担架に乗せる。
そして運ばれる鷹村に付き添ってリングを後にする。
「鷹村ぁ!」
「ナイスファイトだったぞ!」
「また世界に挑戦しろよ!待ってるからな!」
会場に足を運んでくれたファンの声が耳に届く。
鷹村、聞こえておるか?
儂はお主を誇りに思うぞ。
出直しじゃ。
一から出直しじゃ。
これだけ歳を重ねても、まだまだ学ぶべき事が多いわい。
鷹村に寄り添い歩き続ける。
そして会場から去っても、皆の鷹村を呼ぶ声は届き続けたのじゃった。
◆
side:鷹村
「あ?ここは…いっ!?」
身体を起こそうとするとズキッ!と頭が痛みやがる。
くそっ!なんだってんだ!
「起きたか。」
ジジイの声が聞こえてもう一度身体を起こそうとする。
ちっ!また頭が痛みやがる。
「ここは病院じゃ。起きんでええ、そのまま寝とれ。」
そう言われ、ふと思い出した。
「おい、ジジイ。試合は?」
「どこまで覚えとる?」
「…4ラウンド目の途中までだ。」
ジジイは帽子を被り直してから話始める。
「お主は意識を失ったままダウンから立ち上がると、そのまま戦い続けた。そして4ラウンド目は戦い抜いたのじゃが、そこで儂は限界と判断しタオルを投げ込んだ。」
「…そうかよ。」
これまでも試合中に何度か意識を失った事はあった。
だが、そのまま戦い続けた事はなかった。
どうなってやがる?
「お主に伝言がある。チャンピオンはお主の名を覚えとくそうじゃ。試合後のインタビューでそう言っておったと、小僧達が伝えてきたわい。」
その言葉を聞くと、頭が痛むのを堪えて身体を起こす。
「なんのつもりじゃ?」
「決まってんだろ、退院すんだよ。退院して練習すんだ。」
「バカ者が、検査結果が出るまで入院じゃ。それと退院してもダメージが抜けるまで練習は禁止じゃぞ。わかったら大人しく寝とれ。しっかり休むのもボクサーの仕事なのじゃからな。」
「ちっ!」
身体をベッドに横たえると、ふと思った事を口にする。
「ジジイ…『俺』のボクシングはどうだった?」
「鷹村…。」
あん?何を驚いてやがんだ?
「…いいボクシングじゃったわい。この老いぼれに、世界を夢見させる程にな。」
「へっ、そうかよ。」
その後、一言二言話すとジジイは帰っていった。
俺は窓の外に目を向ける。
「『俺』か…。」
自然に出た言葉だった。
いつ以来だ?自分を『俺』と言ったのは?
そう考えると可笑しくなってきた。
「ハッハッハッ!…くそっ!頭がいてぇ!」
頭が痛むのに楽しくて笑いが止められねぇ。
ボクシングは本気でやってきた。
だが初めてなんだ。
『誰か』に本気で挑みたいと思うのは。
伊達のオッサンもこんな気持ちなのか?
試合前まであった怒りは、今では欠片も残っちゃいねぇ。
今あるのは早くボクシングがしてぇ、早く練習がしてぇって気持ちだけだ。
ブライアン・ホーク…首を洗って待ってろよ。
勝ち逃げなんて許さねぇからな!
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