side:一歩
鷹村さんの世界挑戦の日から1日が過ぎた。
スポーツ新聞の幾つかには鷹村さんの事が書かれていた。
でも、あまり好意的な記事が多くないのが残念だなぁ。
「こんにちはー!」
ジムに挨拶をして入ると、もう皆が来ていた。
「おう、一歩。鷹村さんは昨日の内に目を覚ましたみたいだぜ。さっき会長がそう言ってた。まぁ、検査結果が出るまでは入院するみたいだがな。」
「本当ですか!?はぁ~…よかったぁ~。」
木村さんからそう聞いて安堵のため息を吐く。
「早くお前も着替えてこいよ。皆、もう始めようとしてるぜ。」
見渡すと宮田くんや青木さんがウォーミングアップをやっている。
皆、昨日の試合を見て早くボクシングがしたかったんだ。
そう思うと嬉しくなる。
早く僕も着替えないと!
着替えて身体を暖めて準備を終える。
そしてミット打ちが始まると、木村さんの動きがいつもと違うのに気付いた。
「あれ?なんかボディーブローが多いような?」
「昨日の試合を見て、考えるところがあったんだろうぜ。」
「あっ、宮田くん。」
目を向けると宮田くんが話を続ける。
「俺や木村さんみたいなアウトボクサーは足を使って自分の距離を保つのが基本だ。だが、昨日のブライアンの内と外に出入りするボクシングを見ただろう?」
「正確には内と外に出入りする事で、相手の反撃のタイミングを誘導する、だな。」
あっ、宮田くんのお父さんも話に入ってきた。
「あのボクシングを見た木村は自身も内に飛び込むボクシングを取り入れようと考えたが、いざ内に飛び込んでみると、あいつにはそこからの選択肢が無かったんだ。」
そう言って宮田くんのお父さんは、ミット打ちをしている木村さんに目を向ける。
「それであのボディーブローですか?」
「そうだ。距離を保とうとするアウトボクサーも、内に飛び込もうとするインファイターも、必要となるのは足だ。その足を奪うボディーブローを選択する辺り、木村はクレバーだな。」
ジャブやストレートで牽制を入れ、踏み込んで左のボディーブロー。
ボディーブローを打つと直ぐに離れ、またアウトボクシングに。
あんなに激しく内、外って動かれたら、僕なら混乱するだろうなぁ。
「青木も昨日の試合に感じるものがあったのだろう。パンチよりもディフェンスの練習を優先している。」
青木さんに目を向けると、ダッキングやスウェーの練習をしている。
でもホークさんみたいに大きくスウェーをした青木さんは、そのまま後ろに倒れて頭を打っちゃった。
「…さぁ、二人共練習だ。」
そうですね。
見なかった事にしましょう。
◆
side:伊達
明日にはアメリカに帰るブライアンと飯を食うために、俺は銀座にある一流ホテルに足を運んでいた。
ここに来る前に鷹村の見舞いに行ったが、あいつはなんか憑き物が落ちた様な顔をしていたな。
出来れば今の鷹村とブライアンの試合を見てみたかったが…。
まぁ、二人共まだ若い。
また戦うチャンスもあるだろう。
「雄二、美味いか?」
「うん、美味しいよ、パパ。」
ブライアンが家族で来てもいいと言ったので、遠慮せずに家族で押し掛けた。
息子が喜んでいる姿を見ると、昨日までの疲れが吹き飛ぶぜ。
愛子も旨そうに食っている。
出来れば俺のファイトマネーで二人に食わせてやりてぇんだが、今の日本のボクシング事情じゃ、ここみたいな一流の場所で悠々と食える程は稼げねぇんだよなぁ…。
正直に言えば、義兄(にい)さんの会社に勤めていた頃の方がよっぽど稼げた。
おかげで愛子には苦労をさせている。
そしてアメリカでの合宿を決めたこれからは、更に苦労をさせちまうだろうな。
だからこそ勝ちてぇ。
勝って、愛子の前で格好つけてぇ。
鼻の傷に触る。
リカルド・マルチネスにつけられた傷だ。
以前はなにかと疼いていた傷だが、今では疼かなくなった。
ブライアンとスパーリングを始めた頃からか?
日本タイトルを奪取してからか?
いつから疼かなくなったかわからねぇが、悪くねぇ。
今の俺は…引退する前よりも強くなった自信がある。
「どうしたの、パパ?」
雄二に問われて気付くと、皆が俺を見ていた。
「ハハハ、ご飯が美味くてびっくりしてたのさ。」
そう言って頭を撫でると雄二が笑う。
その笑顔が俺に活力をくれる。
「英二さん…。」
「さぁ、食おうぜ、愛子。お前も俺に付き合ってあまり食ってなかっただろう?」
「パパ、僕もママと一緒に頑張ったよ!」
「そうか!雄二はボクサーになれる才能があるぜ!将来は世界チャンピオンだな!」
自信を取り戻し、こうして家族の幸せを素直に感じられる様になった。
ブライアンには感謝してもしきれねぇぜ。
「ありがとうよ、ブライアン。」
そう呟くと、ブライアンは首を傾げたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。