目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿1話目です。


第66話『鷹村復帰!』

side:宮田 一郎

 

 

あの世界タイトルマッチから3ヶ月、今日は鷹村さんがジムに復帰する日だ。

 

通常なら2ヶ月程で復帰出来るダメージだったが、減量による消耗が影響して復帰が1ヶ月延びている。

 

「おっす!」

 

そんな事を考えていると、鷹村さんがジムに入ってきた。

 

「お帰りなさい、鷹村さん!」

「待ってましたよ、鷹村さん!」

「おう青木、木村、久し振りだな。」

 

そう言いながら鷹村さんは二人の肩を軽く叩いてジムの奥に進んでいく。

 

「な、なぁ木村、鷹村さんどうしたんだ?」

「わかんねぇ…。」

 

確かに以前の鷹村さんなら、あそこでプロレス技のヘッドロックをやってもおかしくない。

 

だが、そんな様子は微塵も見せなかった。

 

俺と幕ノ内も挨拶をしたが、同じ様に軽く肩を叩かれただけだ。

 

「宮田くん、やっぱり会長が言ってた様に、鷹村さんは変わったのかなぁ?」

「…たぶんな。」

 

会長は目標が見つかって変わったって言ってたが、こうして目にすると面食らうぜ。

 

更に驚く光景を目にする。

 

会長の前まで歩いていった鷹村さんが頭を下げたんだ。

 

「…負けちまってすまねぇ。」

 

俺だけじゃない。

 

会長を除く皆が驚いている。

 

「…ふんっ、あの敗戦の責任は貴様にではなく儂にある。頭を下げる必要はないわい。」

 

変わったと言えば会長も変わった。

 

以前に比べて杖を振り上げなくなった。

 

「まぁ、敗戦の責任云々は置いておこう。鷹村、敢えて問うが、儂でいいのか?」

 

この言葉にまた驚く。

 

「ろくに試合を組めないどころか、まともにスパーリングパートナーすら用意出来ん。そんな弱小ジムでよいのか?今の貴様ならば、日本中のジムから引く手数多じゃぞ?」

 

呆然としてしまう。

 

移籍?

 

あの鷹村さんが?

 

考えた事もなかった。

 

それほどに鷹村さんはこのジムに馴染んでいたからだ。

 

皆の視線が鷹村さんに集まる。

 

まさか…だよな?

 

鷹村さんは大きくため息を吐く。

 

「はぁ…ジジイ、ボケたのか?」

「茶化さんでええ、お主の言葉で答えんか。」

 

鷹村さんはガシガシと頭を掻きながら答える。

 

「あの試合のビデオは見たか?」

「夢に見る程に見たわい。」

「『俺』もだ。」

 

『俺』?

 

俺様じゃなくて『俺』?

 

気付いたのは俺だけか?

 

いや、会長も気付いている。

 

だから鷹村さんは変わったって言っていたんだ。

 

「俺のボクシングはあいつに通じなかった。でもよ、4ラウンドのあのボクシングは間違いなく通じていた。あれは…ジジイが教えたボクシングだ。」

 

意識の無い状態でも洗練されたあのボクシングは、会長が丁寧にミットを打たせ続けたから出来たものだ。

 

父さんと俺も同じ答えを出している。

 

鷹村さんには会長以上のトレーナーはいないと…。

 

「俺は移籍しねぇ。これからもここでボクシングをする。金の事は兄貴がなんとかしてくれるさ。だからよ、まぁ…よろしく頼むわ。」

 

会長の頬が紅潮している。

 

それを知られたくないのか、帽子を深く被り直した。

 

「…ふんっ!ならばさっさと着替えてこんか。その鈍った身体を叩き起こしてやるわい!」

「おう!」

 

鷹村さんが笑顔で更衣室に向かうと、会長も嬉しそうに微笑んでいた。

 

 

 

 

side:鴨川

 

 

3ヶ月振りにあやつのミットを持ったが、ブランクを感じさせない見事なものだった。

 

いや、手応えならば3ヶ月前を超えておる。

 

その事にあやつも気付いておったのだろう。

 

以前と違う手応えに戸惑っておったわい。

 

「お疲れ様です、会長。」

「…宮田か。お主の目から見て、あやつはどう映った?」

「間違いなく成長してますね。ですが、あの時の鷹村にはまだ遠い。」

 

ブランクもあるが、確かに今の鷹村はあの時には及ばぬ。

 

理由はハッキリしとる。

 

本能で打っていたあの時と違って、思考によるタイムラグがあるからじゃ。

 

それを無くすには、やはり練習を積み重ねるしかない。

 

何度も丹念に積み重ね、反射で打てるレベルまで引き上げねばならぬ。

 

それは気が遠くなる様な作業じゃろう。

 

だが、今の鷹村はそれを苦にせぬ筈じゃ。

 

むしろその過程を楽しむじゃろう。

 

何故ならば、ブライアン・ホークが立つ場所に近付くからじゃ。

 

「それにしても、ここでボクシングをする…ですか。トレーナー冥利につきますね。」

「…ふんっ!」

 

歳をとると涙腺が緩んでいかん。

 

その言葉で思わず目頭が熱くなってしまったわい。

 

「ジジイ、さっきのボディーブローの角度なんだけどよ…。」

 

宮田に目配せをしてから鷹村の元に向かう。

 

ふんっ!

 

宮田、貴様が笑いを堪えておるのは気付いておるぞ。

 

随分といい性格に成長しおったもんじゃ。

 

「それはじゃな…。」

 

鷹村、お主が真摯にボクシングに打ち込む姿が嬉しくて堪らぬ。

 

こうしてボクシングを教えるのが楽しくて堪らぬ。

 

ありがとう。

 

儂を選んでくれてありがとう。

 

この老骨の全てをお主に捧げてやるわい。

 

鷹村、お主はこれから日本人には未知の領域に羽ばたいていくじゃろう。

 

もしその羽の一枚を担えたならば、それ以上の喜びはないわい。

 

鷹村…お主は最高の孝行息子じゃ。




本日は4話投稿します。

次の投稿は9:00の予定です。

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