side:イーグル
「ブライアン・ホーク選手…計量クリアです!」
約束の時まで残すは後1日、今日は前日計量の日だ。
ブライアンがゼール氏とダニーの二人と握手をしている。
万全の状態に仕上げてきたブライアンを見て笑みが抑えられない。
もしここでゴングが鳴っても戦えるだけの準備は出来ている。
それほどにブライアンとの世界タイトルマッチを待ち望んでいたんだ。
結果は問わないとは言わない。
勝ちたい。
明日の試合程勝ちたいと思える試合はもう無いかもしれない。
拳を握り締めると、ダンが僕の肩に手を置いた。
「さぁ、イーグル、主の番だ。」
促されて計量台に上がる。
コンマ1ポンドまで完璧に仕上げてきた。
僅かの憂いもない。
「チャンピオン、計量クリアです!」
僕のスタッフが歓声を上げる。
さぁ、着替えて合同記者会見だ。
◆
side:イーグル
「ブライアン・ホーク選手、明日の試合に向けて一言お願いします。」
話を振られたブライアンが席を立つ。
「明日はデビッドが相手だ。流石にパンチを全部避けるとはいかねぇだろうな。」
この発言に場がざわめく。
そして僕は高揚している。
ブライアンが僕を認めてくれている。
応えたい。
明日が待ちきれない。
「別にパンチをくらうのは構わねぇし、他の何かで負けたっていい。だけどよ、ボクシングだけは誰にも負けたくねぇ。たとえデビッドが相手でもな。」
言葉に重みがある。
ニューヨークのスラムから、ボクシングの世界チャンピオンにまで成り上がった彼の言葉には重みがある。
だが、負けたくないのは僕も同じだ。
「チャンピオン、明日の試合に向けて一言お願いします。」
席を立って場を見渡す。
この場の何人が僕の勝利を期待しているだろうか?
たとえ0でも構わない。
僕は全力を尽くし…勝つだけだ!
◆
side:ホーク
「明日は勝つ…か。イーグルがハッキリとそう言ったのは初めてじゃないか?」
ダニーの言葉に皆が頷く。
デビッドはこれまで全力を尽くす、期待に応えるとは言ってきたが、勝つとは一度も言わなかった。
それがさっきの合同記者会見ではハッキリと俺に勝つって言いやがった。
いいな。
いい。
明日は楽しめそうだ。
「ブライアン、婚約発表が待ってるんだから負けたらダメよ。」
真理が指輪を嵌めた手を見せながらそう言ってくる。
「オーライ、任せとけ。」
「俺からも頼むぜ、ブライアン。お前の勝ちに期待して式場を予約しちまったんだからな。」
「オーケー。それよりもダニー、俺達も招待してくれるんだろうな?」
そう言うとダニーが白い歯を見せて笑顔になった。
「もちろんさ。スラムで悪ぶってた俺が一端の大人になれたのはお前のおかげだからな。」
「一端の大人なのに人生を賭けた勝負をし過ぎじゃねぇか?」
「相棒なんだ。一蓮托生だぜ。」
やれやれ、昔から本当に変わんねぇ奴だよ、お前は。
◆
side:一歩
「しかし、よくもまぁジムに集まったもんじゃ。」
会長が言った通りに僕達は皆でジムに集まっている。
今日はホークさんとイーグルさんの世界タイトルマッチの日なんだけど、鴨川ジムには鷹村さんのお兄さんの好意で衛星放送が導入されたから、アメリカで行われるボクシングの試合が見れる様になったんだ。
「ラスベガスかぁ…夢があるよなぁ。」
青木さんの言葉に皆が頷く。
話に聞いただけだけど、ラスベガスでメインイベントとなれば、1試合で1億円以上稼げるらしい。
額が大きすぎて僕には想像も出来ないけど、もし日本でもそれだけ大きな試合が出来る様になれば、もっと多くの人がボクシングに興味を持ってくれるんじゃないかと思う。
そんな事を考えていたらホークさんの入場が始まった。
異名の通りにスモークの中から姿を現したホークさんだけど、その姿は何かがプリントされたシャツを着ているだけで想像より地味だった。
だけどカメラがズームをした事でわかった。
ホークさんが着ているシャツはイーグルさんの写真がプリントされた物なんだ。
そのシャツを引き千切ると、少し見ただけで仕上がっているのがわかる身体が露になる。
このパフォーマンスにテレビの向こう側にある会場は凄い盛り上がりだ。
「かぁ~、派手だなぁ。」
「日本では中々お目に掛かれないパフォーマンスだな。」
青木さんと木村さんの言う通りに、日本ではここまで派手な入場は無いと思う。
こういうのも人気に繋がっているのかなぁ?
僕は自分が派手な入場をするシーンを思い浮かべようとする。
…ダメだ。
全然似合わない。
チラリと宮田くんを見て派手な入場を想像する。
…カッコいい!
コツンと軽く頭を叩かれた。
「なにをニヤニヤしてんだ。ボーッとしてると見逃すぜ。」
「あっ、すみません、鷹村さん。」
「気付いたのが俺でよかったな。ジジイなら説教が始まってるぜ。」
その光景が容易に想像出来てしまう。
…気を付けよう。
ホークさんの入場が終わって、今度はイーグルさんの入場が始まった。
ガウンを着込んでゆっくりと歩いている。
普通だ。
でも…普通なのに目を離せない。
それだけイーグルさんの姿が絵になっているんだ。
「…ちっ。」
鷹村さんが舌打ちをしている。
二人の入場前に合同記者会見の映像が流れたんだけど、そこでホークさんはイーグルさんの事を認めていた。
それが悔しいのかもしれない。
「ジジイ、録画してるよな?」
「もちろんじゃ。ブライアン・ホークだけでなく、デビッド・イーグルとも戦う機会はあるやもしれんからな。」
イーグルさんの入場が終わった。
二人の紹介も終わって、後はゴングが鳴れば試合開始だ。
そしてゴングが鳴り響くと、僕達は世界最高峰のボクシングを目にするのだった。
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