私はミゲル・ゼール。
ボクシングのトレーナー兼マネージャーをしている者だ。
これまで5人の世界チャンピオンを育て、アメリカのボクシング界では『名伯楽』と呼ばれている。
私は今、ニューヨークにあるボクシングジムの会長から依頼されたトレーナー契約を終え、最近のお気に入りであるサラダを食べるためにステーキハウスに向かっている。
ステーキハウスに向かいながら、私は先のトレーナー依頼の事を思い返す。
ボクシングジムの会長は私の知人なのだが、彼は光る物を持つ練習生のトレーナーを引き受けてほしいと依頼してきた。
練習生の練習を見学したが、知人の言う通りに確かに光る物を持っていた。
プロテストを受けるまでという内容で契約した私は練習生を指導していった。
結果、練習生は無事にプロテストに合格した。
その後、知人と練習生に契約延長を申し入れられたのだが、私は引き受けなかった。
何故なら、その練習生は世界チャンピオンを『目指せる者』だったが『なれる者』ではなかったからだ。
そう思い返している内にステーキハウスに到着した。
私はマスターにサイドメニューのサラダとビアー(ビール)を注文した。
まだ昼だが一仕事を終えたのだ。
飲んでも構わんだろう。
程なくしてマスターが私の座るテーブルにビアーを持ってくる。
私は一口飲んで喉を潤す。
美味い!
人心地ついたところで、私はまた思い返す。
あの練習生は『なれる者』では無かったが、私が育てた世界チャンピオン達も決して『なれる者』では無かった。
彼等は世界チャンピオンに『ならせる事が出来る者』だったのだ。
それだけでも彼等は素晴らしい才能の持ち主なのだが、私が若き日に見たあの『なれる者』と比べれば、彼等の才能も霞んでしまうだろう。
私が若き日に見た世界チャンピオンに『なれる者』。
その男の名は猫田 銀八。
時代は第二次世界大戦が終戦した頃の事、当時軍隊にいた私は敗戦国である日本に進駐していた。
敗戦からの復興の真最中であった当時の日本のとある広場に、私は一つのリングを発見した。
そのリングの上で日本人達はボクシングをしていた。
いや、あれはボクシングと呼べる代物ではなかったな。
当時の日本人達はボクシングを『拳闘』と呼んでいたのだが、文字通りに拳での闘いでしかなかった。
ボクシングと呼ぶに相応しい技術的な駆け引き等は無く、神風の精神で何度も立ち上がり、そして殴りあうだけのものだった。
そんな『拳闘』を楽しむ日本人に本物のボクシングを教えてやろうと、進駐軍の一員であるラルフ・アンダーソン軍曹が言い出した。
日本語が堪能だった私はアンダーソン軍曹の通訳の様な事をしていたのだが、そのアンダーソン軍曹の望みを日本人と交渉した。
そしてリングに上がったアンダーソン軍曹は文字通りに日本人を蹂躙していった。
戦前のアンダーソン軍曹はウェルター級の世界5位の実力者だったのだ。
体格も技術も違う日本人が勝てる相手ではない。
アンダーソン軍曹が次々と日本人を倒していく中で、浜という男がリングに上がりボクシングと呼べる技術を見せたが、それでもアンダーソン軍曹の敵では無かった。
戦争によりボクサーとしての道を断たれたアンダーソン軍曹は当時荒れていた。
そのせいか試合後の興奮をしていたアンダーソン軍曹は日本人女性に乱暴をしようとしてしまった。
そんな時に現れたのが猫田と鴨川だ。
遺恨が生まれた猫田はアンダーソン軍曹に挑戦する為にリングに上がる。
すると猫田はアンダーソン軍曹との体格差を逆手にとり、スピードで彼を翻弄していった。
体格の大きいアンダーソン軍曹の顔に有効打を見舞う為に、ボディを打って顔を下げさせる。
そして下がった顔を打つと素早く下がる。
正に理想的なヒットアンドアウェイだった。
数多のボクサーがその理想を体現しようとしたが、それを体現出来たのは世界を見回しても極僅かだ。
だが猫田はそれを体現してみせたのだ。
圧倒的なスピードとアンダーソン軍曹のパンチを察知する野性的な勘。
猫田はボクサーの理想像の一つだった。
アンダーソン軍曹が反則である後頭部への打撃『ラビットパンチ』を使わなければ、確実に猫田に負けていただろう。
猫田との試合後、アンダーソン軍曹は鉄の意思を持つ鴨川との試合に敗れてしまったが、鴨川との試合後には戦争によって運命を狂わされて腐っていたアンダーソン軍曹の姿は無く、ボクサーとしての誇りを取り戻した彼の姿があった。
帰国後、アンダーソン軍曹は軍を除隊しボクシングの世界に復帰した。
既にボクサーとしての旬を過ぎていた彼だったが、私は彼のトレーナー兼マネージャーとなった。
そして彼を世界チャンピオンへと導いたのだ。
コトリと目の前にサラダを置かれた事で、私の意識は過去から現実へと帰ってくる。
私は笑みを浮かべてサラダを口にした。
マスター特製のドレッシングが効いたこのサラダは、老いて弱った私の胃を優しく満たしてくれる。
サラダに舌鼓を打っていると、このステーキハウスのドアベルが音を鳴らす。
ドアベルの音に釣られて目を向けると、そこには一人の少年がいた。
その少年を見た瞬間、私の身体に鳥肌が立った。
鳥肌は猫田のボクシングを見た時と同じ種類のもの。
だが同時にそれ以上の衝撃も感じている。
私はこの日、従軍して以来した事が無かった感謝の祈りを神へと捧げたのだった。
これで本日の投稿は終わりです。
また来週お会いしましょう。