side:伊達 英二
2ラウンド目が始まるとリカルド・マルチネスのボクシングが荒々しくなった。
だが雑になったわけじゃない。
妙に馴染んで見える今のスタイルこそが、リカルド・マルチネス本来のボクシングなんだろう。
1ラウンド目と違うパンチの角度やリズムが対応を難しくする。
1発、2発と被弾が増えていく。
俺もやり返しちゃいるが奴の勢いが止まらなくなってきた。
奴の方がパンチの威力は上。
このままじゃ駆け引きも何もなく押しきられる。
そこで俺はカードを1枚切ることを決断した。
手首を捻って溜めを作る。
そしてコークスクリューブローを奴の『顔』に打ち込んだ。
ブロックの上からだが手応えあり!
奴の勢いが一瞬だが止まった。
だが直ぐに攻撃を再開してきたのを見るに、ガードの上からじゃ大してダメージにならねぇか。
タフさも世界チャンピオンクラスってか?
まぁ、そうでもなきゃ60戦以上試合をして無敗なんてやれねぇだろうな。
正直に言えば奴のパンチのダメージもあるからここで一息入れてぇとこだが、ここで退いちゃカッコがつかねぇか。
俺は息を吸い込むと、拳を握り込んで踏み込んだのだった。
◆
side:リカルド・マルチネス
強い。
その一言に尽きる。
並みいるボクサーを倒してきた私のパンチに耐え、更に私の意識を一瞬だが奪う一撃を打ってくるとは…。
そして試合を流れをしっかりと把握して打ち合いに来ている。
エイジ・ダテ。
君は素晴らしいボクサーだ。
君の拳からは私に勝とうという意思がハッキリと感じられる。
ただ私と戦う事を目的としたり、金や名誉に目が眩んだ拳ではない。
君の拳は…紛れもなくボクサーの拳だ。
彼のパンチをいなし反撃の一撃を打つ。
手応えはある。
彼の動きも一瞬だが止まった。
しかし彼は退かずにパンチを打ち返してくる。
そんな彼の姿に思わず微笑みそうになる。
素晴らしい。
君とならば祖国や契約の事を忘れ、一人のボクサーとして戦うのに不足はない。
私は彼の拳に応えるべく、拳を強く握り込むのだった。
◆
side:伊達 英二
4ラウンド目までは贔屓目無しで奴と渡り合えたと思う。
だが5ラウンド目にダウンを奪われてからは、確実に奴が優勢になった。
なんとか誤魔化しちゃいるが、駆け引きを除く全てで奴の方が上だ。
6ラウンドでも一回、そして7ラウンドで二回のダウンを奪われた。
だが…その代わりに仕込みは終わった。
「エージ。」
ヴォルグが口に含ませてくれた水を一口だけ飲み込む。
ボロボロにされた身体に染み渡るぜ。
「パパ!頑張れ!」
満員の観客の声援の中でも、雄二の声援はハッキリと聞こてくる。
振り向くとそこには手を組んで祈る様にしながらも、しっかりと目を開いて俺を見守ってくれている愛子の姿があった。
ボロボロの身体に力が戻る。
心に火が灯る。
俺は自然と立ち上がっていた。
リカルド・マルチネスと戦う為に。
あいつらにカッコいいところを見せる為に。
◆
side:リカルド・マルチネス
何十発とパンチを打ち込んでも、まだエイジ・ダテから勝利を得ていない。
私のパンチが弱いわけではない。
彼の精神力が肉体の限界を上回る程に強靭なのだ。
それが日本人故なのかはわからない。
わかっているのは彼が素晴らしいボクサーだという事だけだ。
見据えた先にいるエイジ・ダテが、その目に尽きぬ闘志を灯して立ち上がった。
まるでインターバルがもどかしいと言わんばかりに。
ならば私も立ち上がって応えよう。
リングに生きるボクサーとして、一人の男として、君の闘志に応えよう。
この試合が終わった時、周囲がどう評価するかはわからないが、私は今日のこの試合こそが私のキャリアの中でベストバウトだと答えるだろう。
だからこそ、試合終了のゴングがなるその瞬間までKO勝利を目指す。
それがエイジ・ダテへの礼儀だ。
私と彼が立って睨みあう中で8ラウンド目のゴングが鳴り響く。
その音と共に私達は、リング中央に踏み込んでいくのだった。
◆
side:伊達 英二
1発、2発と奴のパンチを食らう度に意識が飛びそうになる。
その度にマウスピースを噛み締めて堪える。
反撃のパンチを打つが、俺のパンチの威力じゃあ、奴への決定打にならない。
唯一、奴が警戒するのはコークスクリューブローだけだ。
だからこそ引っ掛かる。
その為にここまで戦略を積み上げてきた。
奴の右ストレートをヘッドスリップでいなす。
それに合わせて右拳を捻って溜めを作りながら、右拳から注意を逸らす為に左ボディーを打つ
すると、世界がまるでスローモーションになった様に見え始めた。
俺が右を打とうとすると、奴はしっかりと反応してガードを上げ始めている。
やっぱりすげぇな、リカルド・マルチネスは。
反応してくれると信じていた。
後は…打ち込むだけだ。
俺はコークスクリューブローを放つ。
奴の『心臓』に向けて。
打ち込んだその瞬間、目を見開いた状態で奴の時間が止まった。
返しの左フック。
振り抜く。
俺の手応えに応じる様に、奴の顔が勢いよく横に捻られる。
そして奴がリングに膝をつくと、俺は拳を天に突き上げたのだった。
◆
side:リカルド・マルチネス
ハートブレイクショット。
極めて難しいこのパンチを実戦で成功させるとはな…。
見事だ、エイジ・ダテ。
私の時間は確実に奪われた。
無防備に左フックを受けた私の目に映る景色は酷く歪んでいる。
ダウンをしたのはいつ以来だろうか?
レフェリーのカウントを耳にしながらそう思う。
カウント7で立ち上がると膝が震える。
ファイティングポーズを取って続行の意思を伝える。
止めるな、レフェリー。
エイジ・ダテが待っているのだ。
レフェリーが試合を続行した。
ありがたい。
これでまだエイジ・ダテと戦える。
私は力強く踏み込んで来るエイジ・ダテを、全力で迎え撃つのだった。
次の投稿は15:00の予定です。