side:伊達 英二
リカルド・マルチネスにハートブレイクショットからの左フックを決めてダウンを奪うと、会場はお祭り騒ぎになった。
これで決まれば楽なんだが…。
「まぁ、そうはいかねぇよな。」
カウント7で立ってきたリカルド・マルチネスを観察する。
膝が震えているのを見るにダメージは窺える。
だが積み重ねのダメージじゃねぇからな。
ラウンドを跨いだら回復されるだろうよ。
ホームのアドバンテージを考えてもポイントじゃ負けている。
1ラウンド目とこのラウンドは取れただろうが…判定までいったら負けるな。
つまり俺にはKO勝ちしか、勝つ方法は残ってねぇわけだ。
わかりやすくていい。
まぁ、それが一番難しいんだけどな。
レフェリーが試合再開を告げてリング中央から離れる。
それを見た俺は大きく息を吸い込んで踏み込むのだった。
◆
side:伊達 英二
ダメージを負ったリカルド・マルチネスを仕止めきれず、試合は最終ラウンドまで進んだ。
9ラウンドで2回、そして最終ラウンドの今もダウンを1回奪われた。
奴のパンチで積み重なったダメージで身体が重い。
このまま目を瞑ってしまいたい誘惑に負けそうになる。
だが…。
「パパぁ!」
ここで意地を張らなきゃ男じゃねぇだろ!
ロープを使って身体を持ち上げる様にして立ち上がる。
ファイティングポーズを取るが、レフェリーが俺の顔を覗き込んでくる。
「『後少し、意地を張らせてくれ。』」
英語でそう言うと、レフェリーは俺の前から退く。
「ファイト!」
試合が再開されるとリカルド・マルチネスが突っ込んできた。
まだそれだけ動けるのかよ。
まぁ、こっちはほとんど動けねぇからな。
そっちから来てくれるのは助かるぜ。
右を捻って溜めを作る。
奴は気づいて顔と胸のガードを固めやがった。
だろうな。
そうするのはわかってたぜ。
だから…俺の狙いはそのガラ空きのボディーだ!
俺の右がボディーに突き刺さると、奴の動きが止まった。
ここだ!
残りの体力全てを注ぎ込む覚悟でラッシュを掛ける。
1つ、2つ、3つと打ったところで、奴が打ち返してきた。
退くかよ!
歯を食い縛って打ち続ける。
互いにパンチで相手の顔を弾いていくが、次第に俺が圧されコーナーに追い込まれていく。
意識が飛び飛びになり、少しずつ瞼が重くなる。
そんな時にリカルド・マルチネスの右拳が捻られているのが目に映った。
考えたわけじゃない。
だが、俺は自然とブライアンの動きを真似していた。
左手でロープを掴み後ろに倒れない様にして、身体を後ろに大きく逸らす。
そして奴のコークスクリューブローを避けると、勘で右を大きく振り上げた。
…右拳に確かな手応え。
奴の膝から力が抜けている。
後一発打ち込めば、それで奴は倒れる。
身体を起こした俺はパンチを打つ為に踏み込もうとする。
だがレフェリーに止められた。
なんだ?
何故止める?
奴はまだ倒れてねぇぞ。
「『伊達、試合は終わった!試合終了のゴングが鳴ったんだ!』」
意識が飛びかけていたから直ぐには理解出来なかった。
だが、両陣営のスタッフがリングに入ってきた事で漸く理解出来た。
あぁ、そうか…終わっちまったのか…。
一気に身体から力が抜ける。
リングに倒れそうになる。
だが…。
「エージ、ナイスファイトだよ。」
ヴォルグに支えられた。
思考が回らない俺の頭に、オヤッサンが水を掛ける。
少しシャキッとした。
口を開けて水を貰う。
一口、二口と飲み込んで漸く一息つけた。
「ありがとよ、ヴォルグ。」
支えてくれたヴォルグに礼を言ってから自分の力で立つ。
まだ判定が残っている。
結果はわかっちゃいるが…。
会場を見渡すと拍手が降り注いでいた。
…そうだよな。
胸を張って判定を聞こう。
どうやら決まった様だ。
判定が読み上げられていく。
結果は…0ー2で俺の負けだ。
判定の1つが引き分けなのはホームだからだ。
試合後のセレモニーが始まって奴の腰にベルトが巻かれた。
静まり返っている会場の中で俺が拍手を送る。
すると会場中から拍手が沸き起こる。
そんな中で奴は俺に手を差し出してきた。
握手を交わすと…。
「『see you again.エイジ・ダテ。』」
そう言って奴は会場を去っていく。
「…あぁ、また会おうぜ、リカルド・マルチネス。」
◆
メキシコの英雄にしてWBAフェザー級の絶対王者であるリカルド・マルチネスは、帰国後の記者のインタビューに次の様に答えた。
『私は日本で偉大なボクサーと出会えた。』
『好敵手は誰かと問われたら、私は必ず彼の名を答える。』
『エイジ・ダテ。』
『また彼と戦える機会があるのならば、私は二つ返事で了承するだろう。』
次の投稿は17:00の予定です。