side:伊達 英二
検査入院も終わって漸く退院だぜ。
まぁ、フルラウンドあいつと打ち合ったから、ダメージを抜くのに5ヶ月は大人しくしてねぇといけねぇ。
早くても復帰戦は1年後だな。
入院中にオヤッサンから聞いたが、どうもスポンサーが増えるかもしれねぇそうだ。
ロートルと言っていい年齢の俺が、負けてスポンサーが増える…か。
驚いたってのが素直な感想だな。
オヤッサンには1つだけ条件を付けて、前向きに話し合ってもらっている。
その条件は…リカルド・マルチネスと同じWBAでボクシングを続ける事だ。
WBCでやればベルトは取れるだろう。
だけどよ、俺にはそれがカッコいいとはどうしても思えねぇんだ。
だからWBAでボクシングを続ける。
機会があればもう一度リカルド・マルチネスと戦う。
これが俺にとって一番カッコいいと思える道だ。
そんな事を考えながら歩いていると、ジムに着いていた。
「う~っす。」
「あ、エージお帰り。」
アップをしていたヴォルグが挨拶を返してくれる。
「ヴォルグ、悪いが5ヶ月は大人しくしてなきゃいけねぇ。お前のスパーリングパートナーを出来なくてすまねぇな。」
「ノープロブレムだよ、エージ。会長さんが鴨川ジムに連絡してくれたから。」
ヴォルグが振り向くのにつられて目を向けると、そこには宮田の姿があった。
「沖田じゃ不足か?」
「ノー、でも沖田は中々時間が合わないから。」
働きながらボクシングをしている沖田と、スポンサーが付いてボクシングに専念出来ているヴォルグではどうしても練習する時間がずれちまう。
その点、宮田は融通が利く幕ノ内の所で働いているから適任ってわけだ。
もちろん宮田にはその分の金を出すみたいだがな。
「そういえばエージ、ユージはどう?」
「あん?そんなの…天才に決まってるじゃねぇか。」
俺がそう言うとヴォルグは苦笑いをする。
リカルドとの試合後、検査入院している俺の前で息子の雄二がボクシングを始めると言った。
病室で雄二のシャドーを見たが、間違いなくセンスがある。
親馬鹿かもしれねぇがな。
ただ、雄二がやろうとしているボクシングはいわゆる『ホークスタイル』なんだよなぁ…。
雄二は『一番カッコいいのはパパのボクシングだけど、一番強いのはブライアンのだから。』って言ってやがった。
嬉しいけど複雑な気分だぜ。
ブライアンと会う機会があったら一発殴ってもいいよな?
当たるかわかんねぇけどよ。
ヴォルグと宮田のスパーリングが始まった。
二人の動きはいいが、所々で詰めが甘いのが目に付く。
…こんなだったか?
疑問に思っていると、宮田と一緒に来ていた親父さんが俺の肩を叩いた。
「二人のアラが目に付くのは、それだけお前が成長したってことだ。」
「…俺が成長?」
頷いて親父さんが言葉を続ける。
「リカルド・マルチネスと真っ向からやりあってフルラウンド戦い抜けたボクサーは何人いると思う?伊達、お前はまだ知らないのだろうが、お前はリカルド・マルチネスがライバルと公言したボクサーなのだぞ。」
「リカルドが俺をライバルって公言?」
驚いていると親父さんが笑う。
くそっ、オヤッサンめ…知ってて黙ってたな?
「はぁ…。」
頭を掻きながらため息を吐く。
「5ヶ月は長ぇなぁ。」
「焦るなよ。」
「わかってますよ。これでもベテランですからね。」
わかっちゃいるが、5ヶ月は長ぇなぁ…。
もう一度ため息を吐いてからリングに目を向ける。
「やれやれ、ますます引退出来なくなったじゃねぇか。」
あんだけ痛い思いをしたってのに、欠片も引退しようなんて思わねぇ。
どれだけ努力をしたって報われるとは限らねぇのに、また試合がしたくなっちまう。
ボクサーってのは厄介なもんだ。
だけどよ…最高にカッコいいんだ。
ボクシングをやめられねぇ理由なんてそれでいい。
俺は…ボクサーなんだからな。
これで本日の投稿は終わりです。
鷹村編は書いたとしても9月辺りかと…。
暑い季節は苦手なんです…。