ミゲルにボクシングに誘われた翌日、俺はミゲルに連れられてニューヨークにあるボクシングジムの一つを訪れた。
「ミゲル、これは何だ?」
「これはバンテージと言ってね、拳と手首を保護する物だよ。」
そう言いながらミゲルは器用に俺の手にバンテージを巻いていく。
そしてグローブとヘッドギアを俺につけさせると、ミゲルは俺をリングに上げさせた。
「リングの上で何をするんだ?」
「あちらでアップをしている彼とスパーリングをしてもらおうと思ってね。」
ミゲルの目線を追うと、そこでは入念に汗をかいている男がいる。
「おい、ミゲル。あいつみたいにトレーニングをしないでいいのか?」
「ホーク、今はその時ではないよ。」
ミゲルの言葉に俺は首を傾げてしまう。
「まぁ、気にせずにしっかりと稼いできなさい。ホーク、君のスパーリングパートナー代は30ドル。打たれてダメージを負ったりダウンをしたりしなければ、1日に何度でもスパーリングをして構わない。君次第で、1日に100ドル以上稼ぐのも可能だよ。」
そう言うミゲルに、俺はニヤリと笑ってやる。
「ミゲル、ちゃんと相手を用意しておけよ。」
俺はそう言うと、スパーリング相手がリングに上がってくるのを待ち受けるのだった。
◆
リングに上がり相手を待つホークを見ながら、私はホークのこれからの事を考える。
今のホークは14歳。
プロテストを受けられるのは17歳からだから、後3年の時間がある。
この3年をどう使うかで、ホークがただの世界チャンピオンになるのか、史上最強の世界チャンピオンとなれるのかが分かれるだろう。
「トレーニングをしなくていいのか…か。」
トレーニングとはただ積めばいいものではない。
その人物の才能や適性にあったものでなければ、効果は低いものとなってしまう。
だからこそ私はホークにスパーリングパートナーの仕事を斡旋した。
リングの上でホークはどう動くのか。
それをこの目で見て、ホークに必要なトレーニングメニューを作り上げなければならない。
後はこれまでのホークの流儀に合わせたといったところか。
拳一つでスラムを生き抜いてきたホークに受け入れやすい様にと考えたのだが、まさかトレーニングの事を言ってくるとは思わなかった。
私と会ったときにホークは、私の事を心配してくれた。
言葉遣いや振る舞いは粗にして野だが、心は卑ではない。
その事が更に私の心を昂らせてくれる。
私自身、トレーナーとしてホークにトレーニングを積ませたい気持ちは勿論ある。
だが、今のホークにトレーニングをさせてもあまり効果的では無いだろう。
その理由の一つは、ホークがスラムで身に付けた拳や野性が無くなりかねないことだ。
その為、ホークの適性を見る事と合わせて、スパーリングで自然にボクシングに慣れさせる事を選択したのだ。
そしてもう一つ理由がある。
それは…ホーク自身にトレーニングを必要と思って欲しいのだ。
今のホークは周囲のボクサーや練習生の姿を見てトレーニングをと言っていた。
誰かがやっているからではなく、己に必要だからと思って欲しいのだ。
しかしホークが心からトレーニングを欲する様になるには、競い合えるライバルが必要だ。
そう考えた私はリングに上がったホークの相手に目を向ける。
彼は以前に私が指導をしてプロボクサーになった者なのだが、彼では間違いなく不足だ。
「せめて、一分はもってほしいのだがね…。」
おそらく無理だろう。
その事は知人であるこのジムの会長にも伝えてある。
しかし知人はスパーリングパートナーとしてホークを快く受け入れてくれた。
プロになって伸びてしまった彼の鼻を折ってほしいと言っていたな。
それだけで済めばいいのだがね。
そう思いながらホークの背中を見ているとゴングが鳴り響く。
そしてホークの初めてのスパーリングは、私の予想通りに一分持たずに終わりを迎えたのだった。
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