目が覚めたらスラムでした   作:ネコガミ

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本日投稿5話目です。


外伝・ライバル編:第5話『試合後の鴨川ジム』

side:幕ノ内

 

 

「あ~…惜しかったですねぇ。4ラウンドにダウンを奪った時は行けると思ったのになぁ。」

 

鴨川ジムに練習生としてやって来る様になった高校生の板垣 学(いたがき まなぶ)君が、残念そうに声を上げる。

 

「右目の視界を奪われてしまったからな。重量級のパンチの危険性を考えると、あそこで会長がタオルを投げ込んだ判断は間違っていない。」

「プロの世界は厳しいですねぇ、宮田コーチ。」

 

宮田君のお父さんの言葉に学君が相槌を打つ。

 

学君が宮田君のお父さんをコーチと呼ぶのは、彼が鴨川ジムに来る様になった理由が関係している。

 

学君はアマチュアボクシングのインターハイで全国2位になったんだけど、そのインターハイ決勝戦で負けた相手にリベンジする為に、鴨川ジムに修行をしにきたみたいだ。

 

聞いた話だけど、学君が通っている高校のアマチュアボクシング部はそこまで有名ってわけじゃなく、ちゃんと指導出来る人や学君のスパーリングパートナーが出来るレベルの人がいないらしい。

 

だから学君は何人も日本チャンピオンがいるうちに来るって決めたみたいだ。

 

でもそこで問題になったのが学君の家庭事情。

 

あまり裕福じゃないからジムに払う月謝が厳しいらしく、家族会議では中々話が進まなかったみたいなんだけど、そこで会長は学君にこう言ったそうだ。

 

『将来、うちのジムからプロになるのならば月謝はいらん。』

 

この一言が最後の決め手になって、学君は鴨川ジムに来る様になった。

 

実は学君以外にも三人、うちのジムに来る様になった人がいる。

 

一人目は以前に鷹村さんのスパーリングパートナーをした人で兵藤さん。

 

この人は今すぐプロデビューしても、東洋は確実に取れるって会長が太鼓判を押す程の凄い人だ。

 

二人目は山田 直道君。

 

山田君はいじめられっ子だった僕がプロボクサーとして頑張る姿に感動して、自分もボクシングを始めようと鴨川ジムに来たって言っていた。

 

凄く照れ臭いけど、僕の試合が誰かを感動させる事が出来たのなら、それはとても嬉しい事だ。

 

そして三人目は…。

 

「凄い試合だったね、一郎さん!」

 

学君の妹の菜々子ちゃんだ。

 

「…暑苦しいから離れろ。」

「えぇ~?減量するボクサーなんだから、暑いのには慣れておいた方がいいんじゃないですか?」

「…ちっ。」

 

菜々子ちゃんは恋愛事には疎い僕でもハッキリとわかるぐらいに、宮田君を好きだとアピールしている。

 

初めは宮田君も戸惑っていたけど、慣れてきたのか最近はこんな感じだ。

 

菜々子ちゃんは決して宮田君の練習を邪魔したりしないし、僕から見ても美男美少女でお似合いの二人だ。

 

よく今みたいに腕を組んだりしてるんだけど、あれでまだ正式に付き合ってはいないみたいだ。

 

板垣家の御両親と宮田君のお父さんの間では、既に水面下で二人の将来を具体的に話し合ってるそうなんだけど、宮田君当人は知らないみたいで、宮田君のお父さんから僕達に内緒にしてほしいと頼まれている。

 

こういうのは外野から見ているとけっこう楽しいから、僕は木村さんや青木さんと一緒に内緒で二人の様子を笑って見ている事がある。

 

「さて…学、今の試合を振り返ってどう思う?」

「そうですねぇ…イーグルは最初から鷹村さんの目を狙ってたんじゃないかと。」

「あぁ、その通りだ。では、なぜ鷹村の目を狙った?」

 

宮田君のお父さんのこの問い掛けに、学は腕を組んで悩む。

 

「ふむ…では木村、お前はどう思う?」

「そうっすねぇ…二人のファイトスタイルが噛み合うから、打ち合いのアドバンテージを取りにいったってとこですかね。」

「うむ、大方その考えで間違いではないだろう。流石は日本チャンピオンだな。」

 

宮田君のお父さんの称賛に、木村さんは照れ臭そうに頭を掻く。

 

「学、近代ボクシングの主とするところは空間の削り合いだ。」

「空間の削り合いですか?」

「あぁ、間合いを制すると言い替えてもいい。アウトボクサーならば、相手を中心として円を描く動きで間合いを制する。逆にインファイターは踏み込んでいって己の間合いに持ち込む。これらの行為は己の空間を作る作業であると同時に、相手の空間を削る作業でもあるんだ。」

 

僕も同じ様な事を会長から何度も聞かされている。

 

それが出来ているかはわからないけど、それをするには何よりもジャブが大事なんだと教わった。

 

それから鷹村さんとイーグルさんの世界タイトルマッチについて話し合っていくと、一区切りをつける様に宮田君のお父さんが柏手を一つ打った。

 

「さて、お喋りはここまでだ。練習を始めるぞ。」

「よし板垣、俺とスパーリングをしようぜ。」

「えぇ~…木村さんとのスパーリングは頭が疲れるんですよねぇ…。」

 

そう言って苦笑いをする学君の頭を、宮田君のお父さんが軽く小突いた。

 

「馬鹿者、今のお前に必要なのが正にそれなのだ。なんとなくといった感覚的なものではなく、理屈でボクシングを理解する様に努めろ。でなければ試合で感覚を掴む前に潰されるぞ。」

「うぅ…おっしゃる通りです。」

 

今井君との試合を思い出したのか、学君はガックリと項垂れる。

 

そして自分で顔を張って気を取り直した学君は木村さんに頭を下げた。

 

「木村さん、学ばせてイタガキます!」

「青木と幕ノ内はシャドー、山田はロープスキッピング、一郎はロードワークだ。菜々子ちゃん、一郎がオーバーワークしない様に見張りを頼むよ。」

「は~い。」

 

笑顔で返事をした菜々子ちゃんに宮田君が頭を抱えている。

 

鷹村さんが負けてしまったの本当に残念だけど、それでも胸を張って帰ってきてもらいたい。

 

だって鷹村さんは僕の…僕達の憧れのボクサーだから…。




次の投稿は17:00の予定です

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