ブラフマン・マハーヴァーラタ   作:いんふる

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比翼の翼の師

 世界で一番強い伐刀者は誰か。

 

 子供のような問いかけだが、この問いは世界中の多くの人々を沸かす話題だ。

 

 曰く、年老いたとはいえ闘神リーグを制した南郷寅次郎が最強だ。

 

 曰く、【同盟】【連盟】【解放軍】、各組織のトップが最強だ。

 

 曰く、時を操る力を持つ新宮寺黒乃とそのライバルである西京寧音が最強……

 

 などなど。例を挙げればキリがないほど、その答えは様々だ。

 だが、上記で挙げた例を含めて、大半の回答は少数派だ。

 大抵のものは、こう答えるだろう。

 

 ……曰く、【KOF】世界ランキング一位、比翼のエーデルワイスこそが最強である、と。

 

 少数派の回答者も、エーデルワイスが一番強いという事実を分かったうえで、敢えて自分の好きな伐刀者を推す例が多かった。

 

 最も強く、美しい少女はもはや生きる伝説といっても過言でないほど、世界に名を轟かせていた。

 

 ……だが。

 

 先の問いを、エーデルワイス自身に向けると、その趣は異なってくる。

 

 世界で一番強い伐刀者は、誰か。

 そう問いかけられた時、エーデルワイスはこう答えた。

 

「人としては、間違いなく私が一番強いでしょう。しかし……神には、私の剣はまだ届かないことでしょう」

 

 その回答を聞いた者は皆、さしものエーデルワイスも冗談はとびきり下手らしいと察した。

 そしてこう考えた。エーデルワイスも世界最強の自覚があるのだと。

 

 この世にエーデルワイスに自分を超える実力の持ち主はいないと、エーデルワイス自身が発言したのだと皆が考えた。

 

 その言を挑発ととらえて顔を赤くした伐刀者がいた。

 エーデルワイスなら納得だ、と悟ったような伐刀者もいた。

 彼女をよく知る者は、彼女らしくない発言に首をひねった。

 

 ……彼らは皆、一様に誤解していた。

 

 エーデルワイスは、自身が最強でないと自覚したうえで、問いに答えたのだ。

 

 だが、誤解した者たちを責めることなどできないだろう。

 

 まさかこの世に、本当に神がいるなど想像できるはずがないのだから。

 

 

 

 シヴァは廃寺の庭先にいた。

 庭の動く影を丁寧に見やりながら胡坐をかき、湯呑に入った茶を口に含む。

 神が飲むにしては安っぽい番茶だが、シヴァはその味を気に入っていた。

 

「ずいぶん力を抜いておられますね」

 

 そんな彼に背後から透き通るような声がかけられた。

 シヴァは体勢を変えず、口を開いた。

 

「エーデルワイスか。いつ以来だ、ここへ来るのは」

 

「さて、大体半年ほどでしょうか。仕事が忙しかったもので」

 

 そう答えつつ、エーデルワイスは両の手に剣を出現させた。

 

「仕事か。忙しいのなら無理してこちらに来なくても良いだろうに」

 

「無理なんてしていませんよ。ただ、肉体労働が多いのでしばらく引きこもってやろうかと考えてまして」

 

 ゆっくりと、エーデルワイスは足を運ぶ。シヴァはすでに、彼女の間合いに入っていた。

 

「世界最強が引きこもりか。口にしてみると面白い言霊だ」

 

「実際は面白くもなんともないんですけど、ね!」

 

 言いつつ、エーデルワイスは剣を閃かせた。自然体からの、予備動作無しの最高速の一撃。並みの伐刀者では観るどころか見ることもかなわない、神速の一撃。剣先が、シヴァの頸へ吸い込まれ……

 

 ……音もなく(・・・・)、相殺された。

 

「相変わらずのじゃじゃ馬っぷり。安心したぞ、エーデ」

 

 いつ出現させたかもわからない宙に浮いた(・・・・・)シミターが、ぴたりとエーデルワイスの剣を止めていた。

 

「……お師匠様(・・・・)も、相変わらずのようですね」

 

 愛称を呼ばれて、エーデルワイスの口元にわずかに笑みが零れた。

 

 

 

「結局お師匠様は、どういう存在なんです?」

 

「なんだ藪から棒に」

 

 剣を消し、床に腰を下ろしたエーデルワイス。彼女は自らの師匠に言葉をかけた。

 

「私は師匠から様々なことを学びました。剣の技術。魔力の運用。果ては料理から勉学まで。だけど、師匠自身のことについては知ってることは少ないでしょう」

 

「誰かに話すようなことでもないだろう」

 

「自身を育ててくれた恩師のことを、知りたいと思うのは当然ではありませんか?」

 

「……」

 

 期待を込められたエーデルワイスの視線から、シヴァは顔をそらした。

 ガシガシと頭を掻き、あきらめたようにため息をつく。

 

「お前も大概変な奴だな。こんな一介の伐刀者のことが気になるなんて」

 

「冗談は存在だけにしてください。あとお前ではなくエーデと呼んでいただけると嬉しいです」

 

「……毒を吐くようになったな、エーデ」

 

 嫌味を言ったのに、エーデと呼ばれて嬉しそうにしている愛弟子。どこか育て方を間違えたかと、シヴァは少し憂鬱になった。

 

「しかしな。石器時代に生まれて、人々に火や文明を伝えて。あれやこれやしているうちに神と呼ばれるようになったぐらいしか面白いことなんてないのだが」

 

「十分トンデモない話じゃないですか」

 

 妙に棒の口調でエーデルワイスがいった。自分の師匠の現実離れっぷりに、一周まわって冷静になったらしい。

 

「……一応確認しますけど、嘘じゃないですよね?」

 

「愛弟子に嘘をつくはずがないだろう」

 

「……テスタメントにかけて?」

 

「霊装持ち出すほどか」

 

 気軽に自身の霊装を嘘発見器扱いするエーデルワイスの額を、シヴァは小突いた。

 

「まあ、だいぶ昔の話だ。忘れてしまったことも多い」

 

「今のお話だけでもお腹いっぱいですよ。……何か思い出されたら、私に話してくれるだけで十分です」

 

 思い出すことが前提の話に、シヴァは苦笑いした。

 

 

 

「ところで、先ほどから気になっていたのですが」

 

 少し姿勢を正して、エーデルワイスが問いかけた。

 

「あの女の子は、師匠のお子さんですか?」

 

 あの女の子、のところで庭の中央を手で示すエーデルワイス。そこにはある種異様な光景が広がっていた。

 

 そこには幼子がいた。年にすれば7歳ほどだろうか。彼女は物騒な籠手を身に着け、何もない空中を殴り蹴り、あるいはぱっと何かを躱したり。縦横無尽に動き回っていた。

 

 何をしているのか、とはエーデルワイスは聞かなかった。彼女自身も、同じことを修行でやらされたからだ。

 

 シャドーボクシングのようなものだった。違うのは、対戦相手は想像ではなくシヴァであることくらいだった。

 

 驚いたのは、その練度。【KOF】でも通用しそうなその身のこなしに、密かにエーデルワイスは舌を巻いた。

 

 誰にでもわかるほど、少女は才能に満ち溢れ、修行の道に明るかったことが見て取れた。

 

「いや、私のではなく弟子のだ。リー・シャオリーの」

 

「なるほど。リーさんの娘でしたか」

 

 エーデルワイスはうなずいた。リー・シャオリー。軽薄そうな見た目の裏に、真摯に修行に打ち込んでいることが分かる身のこなし。10回戦って7回はエーデルワイスが勝てるが、3回は彼に取られてしまうだろう。そんな彼の、娘。

 

「金の卵ですね」

 

「あるいは金剛石の原石だ。成長しているのが我がことのように嬉しいな」

 

 自分の子でないのに、シヴァは親馬鹿じみていた。

 

「最近は日本にも成長の楽しみな子が増えていてな。10年後、弟子たちがどう化けてくれるのかが今からの楽しみだ」

 

「日本の子にも唾つけてるのですか……」

 

「エーデ、口が悪い。そもそも、磨けば光ると分かっているのに手を出さない馬鹿はいないだろう」

 

「余計悪いじゃないですか」

 

 エーデルワイスは半眼で師をにらんだ。

 

「……まあ、お師匠様の気持ちも分からなくもないので、それはいいです。それよりもう一つ聞きたいことがあります」

 

 あの男の子は誰ですか、と。エーデルワイスが問いかけた。

 

 リーの娘がこぶしを振るっている、その脇で。一人の少年が座して少女を観察していた。

 

 一挙一動を見逃すまいとする、少年の目。こぶしを振るっている少女の技は、まさしく少年の血肉となっていることだろう。

 

 ああ、と。シヴァは息を吐いた。

 

「彼の名前は黒鉄一輝。日本で目を付けた少年だが、環境が悪かった(・・・・・・・)からここへ連れてきた」

 

 こともなげに言う師へ絶句することしばし。

 

「誘拐してるじゃないですかそれ!」

 

「いや。家の了承は頂いている。誘拐ではない」

 

 エーデルワイスの絶叫と、シヴァの弁明が空に響いた。




読み返し
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