結局、うらら達はその後3時間はひたすら『太鼓の達人』をプレイし続けた。ゲーセン通いしているベテランならまだしも、一般人、それも3歳児がそんな無茶をすれば……
「う、腕が……」
「もう動けませんわ……」
「つ、疲れたぁ……」
こうなることは明らかだ。見事に筋肉痛と疲労で動けなくなっている。途中で疲れを見せていたのに、うららと美生は負けず嫌いなのか対戦をやめないし……
しかし結は他の2人より遠慮がちな性格が幸いしたのか、途中で休憩していたので普通に疲れただけで済んでいるようだ。
え? 美生は高校生の体だって? 前にも言ったように『モドキスプレー』は中身まで変えられないから、身体能力は3歳児のままだ。
「ぜぇぜぇ……やっとやめてくれた……ケホッ……」
「……ごめん」
香夜子は香夜子で3人にずっと注意を呼び掛けていたせいか、既に声が枯れている。とりあえず謝っておいた。俺が『太鼓の達人』を出したのが原因だし……
「……反応に困る光景ですね」
「あ、爺さん」
「これ以上は伸ばせません。それを伝えに来たのですが……」
「分かってる。むしろまだ遊ぶつもりだったら流石に俺が止めてたし」
爺さんが『これ以上伸ばせない』と述べたということは、後少しすれば美生と結の父親がここに来るということだ。
俺は急いで『モドリスプレー』で美生を元の3歳児の姿に戻し、『室内旅行機』のスイッチを切る。すると宇宙空間で広がっていた部屋が、あっという間に元の客室に戻る。そして『太鼓の達人』の筐体は『かるがる手袋』で持ち上げ、一先ず俺のポケットに押し込む。
これで俺が出してやればいつでもゲームを楽しめる。それ以前に、こんな目立つ物をここに置き去りにする訳にもいかない。
「……美生、結」
「何……?」
「……?」
「俺の超能力のことは誰にも言うなよ? バレると大変なことになるからな」
「……うん」
「は、はい」
本当に分かってるのか? 結の方が理解してくれたみたいだが、疲れすぎて上の空になっている美生が少し不安だ。
でもまぁ、正晴みたいに娘がいきなり超能力なんて言っても相手にされない……と思う。多分。
ちなみに『ケロンパス』を使えば疲れや筋肉痛を取り去ることも可能だが、そんなことをすれば間違いなくゲーム再開するだろうから、うらら達には言わないでおいた。
「はぁ……やっと家に帰れる」
「今日は突然すみませんでした」
「いいよ、もう。うららはともかく、美生と結は不可抗力だし」
俺は爺さんが運転する車に乗せられ、自宅まで送ってもらっている。美生と結は予想通り父親が迎えに来ていた。
どちらの父親も、見覚えの無い子供……俺のことを一瞬疑問に思っていたが、爺さんが『遠い親戚の子です』と紹介してくれたお陰で怪しまれずに済んだ。
「それにしても、うららとすぐ打ち解けていましたね」
「……打ち解けたというより、振り回されたって感じだけどな」
「それでもですよ。あの子は屋敷にいることが多く、美生ちゃんや結ちゃん以外の友達はいなかったもので……
桂馬君のような、異性の子と仲良くなれるかは少し不安だったんです。そんな心配は杞憂に終わりましたが」
「…………」
「よろしければ、今後もうららと仲良くしてもらえると……」
「…………」
ひみつ道具の存在が広まらないことを考えれば、ここはNOと言った方が良いのだろう。
リスクを増やすような真似は避けるべきだ。そう、頭では理解している。いや、理解していて当然のことだ。
でも、俺はさっき約束してしまった。俺が爺さんと屋敷を出る時、うららが……
『また、来てくれる……?』
と言った言葉に対し、俺は一瞬悩んだが……
『……もちろん』
と、返してしまった。いやだからさ、凡人の俺はあの純粋な目に逆らうのは無理だって。
返事した瞬間、疲れてるのに笑顔になったうららの顔を見たらさ……前言撤回も出来ないって。
「……分かった。俺で良ければ」
「本当ですか! それは良かった……」
結局、爺さんとも約束してしまった。俺、もっと冷酷に振る舞った方が良いのかな……
いや無理だ。無関係の人間や敵ならまだしも、原作の味方キャラにそんなことしようとしたら俺の胃と心が死ぬ。
爺さんと香夜子を説得しようとした時だって、必死に演技した結果だからな……
(言質は取りました。後は桂馬君が通う予定の幼稚園と、その後入学する小学校を調べましょう。
こんな良い子なら、うららの婿にぴったりですし……なにより白鳥家の跡継ぎとして……)
「……爺さん?」
「あ、いえいえ。何でもありません」
「…………」
今、微妙に怪しい笑みを浮かべてなかったか? どこぞの嵐を呼ぶ幼稚園児的な感じの。
そして家に帰りついた俺は両親からの質問攻めに遭いながらも、しばらくは平穏な日々を過ごした。
時々白鳥家から電話がかかって来てうららの元へ連行されたり、ついでに美生や結に振り回されながらも、それなりに楽しい日々を過ごしていた。
そして数週間が経ち、ついにあの日がやって来る……ある意味、俺が最も待ち望んだ日だ。入園式。そう、天理に会える日だ!
「…………」
まだ夜が明けて間もない早朝。俺は目玉が飛び出そうなほど驚愕していた。
原作の桂馬がどこかに隠し持っていた『M資金』を再現しようと、以前から『フエール銀行』に100円を預けていたのだが……
天理に会えるのが楽しみ過ぎて朝早くに目覚めてしまい、暇だったので預金残高を確認してみると……通帳には、あり得ない桁数の金額が表示されていた。
「一、十、百、千、万、億、ちょ、兆……け、けけっ、京……あ、あわわわわ……!?」
はっきり言う。この金を全額引き出せば、恐らくこの一帯が札束で埋め尽くされる。いやね? 最初は軽い好奇心だったんだよ。100円預けて放っておいたら、どれだけ増えるかな~って。それがさ、数週間でこの有様。こんなの一生かかっても使い切れるか!!
「や、やばいやばいやばいやばい。どうする!? このままだと余計増えるぞ!? でも引き出したらこの家が大変なことになる!!」
いや、別に増えたところで悪いことは無いけど……無いけども! 流石にやばいだろ! 一般家庭の3歳児……もうすぐ4歳になろうとしてるお子様が、世界の大富豪達が軽く引くほどの金を持ってるとかさぁ!!
「…………」
俺は汗を大量に流しながら、一先ずフエール銀行をポケットにしまった。恐らくポケットの中でも預金は増え続けるが……あれだ。必要な分だけ金を引き出す時はフエール銀行をポケットから取り出して、それ以外はポケットの中に封印だ。
金輪際通帳は見ない。見ないったら見ない。多分次見たら脳が限界を超えて卒倒しそうだし。
「あら? 桂馬、起きてたの? 早く顔洗っちゃいなさい。もうすぐ朝ご飯出来るから」
「……う、うん」
恐らく先に起きて朝食の準備をしていたであろう麻里が、ドアから顔を出した。咄嗟に銀行と通帳をポケットにしまったから良かったものを、こんなふざけた物を見られたら……
いや、流石に本物とは思わないか。まさか自分の子供が国家予算を遥かに上回る巨額の金を持ってるなんて、信じろという方が無理な話だ。
実際に札束を出したら話は変わるだろうけど、そんな恐ろしいことを実行出来る訳が無い。
「……とりあえず、銀行のことは置いとこう。今日は大事な日だから……」
俺は震える手足を無理矢理動かして1階へ向かう。冷たい水で顔を洗って、美味い飯を食えば気分も落ち着くだろう。
何せこの後、絶対に失敗出来ないことが……桂馬風に言えば『重大イベント』が待ち構えているのだから……
「…………」
「桂馬、どうしたの? さっきから歩き方が変よ?」
「う、ううん。ソンナコトナイヨ?」
「しかも片言だし……」
俺、『舞島みなと幼稚園』、向かってる。入園式。
でも、そんなこと、どうでもいい。もっと大事なこと、ある。
だから、緊張する。……いやいや、心の中まで片言になってどうするんだ俺。
落ち着け……天理は良い子だ。桂馬の為に10年間、手紙を読んでずっと協力してくれた文字通りの女神だ。
だからよっぽど変なこと言わなければ大丈夫……落ち着け、落ち着け俺。って何でこんな動揺してんだ。
中身は成人男性だろ? 前世と合わせてもう20代半ばくらいだろ? こんなことで緊張するなって俺。
こ、こういう時はアレだ。深呼吸して息を吐かずに素数を数えて人の字を書いて飲み込……
「初めまして、鮎川です~」
「ンゴフッ!?」
おぉい!? まだ心の準備が出来てないんですけどぉ!?
「あら! お隣のマンションの……桂木です! こんにちは~!」
「天理! ほら、挨拶!」
「桂馬~? 幼稚園初めてのお友達よ~? ほら、初めましては?」
「…………」
「あ……!」
天理だ。天理がいる。
あの大きなリボンを付けて、おさげの髪型で、プチプチを潰してる……天理がいる。
原作で桂馬の為にずっと健気に支えてくれた天理がいる。
名塚佳織さんの癒される声で話す天理がいる。
まだ髪で目が隠れている頃の天理がいる。
ディアナが入り込む前の天理がいる。
将棋が上手い天理がいる。
実は桂馬と同じくらい頭が良い天理がいる。
「…………」
(天理~! 話してよ~!)
「け、桂馬? どうしたの? もしかして緊張してる?」
「え、ぁ……だ、大丈夫……」
漫画やアニメで見た時より可愛い……! 実物の可愛さはアニメの比じゃない……! 何というか、抱き締めたい。今すぐギュウってしたい。
って何危ないこと考えてんだ俺。相手まだ幼稚園児だぞ! せめて高校生になるまで待てよ! いや待てってのもおかしい!
「……えっと」
「…………」
あぁ、無言でプチプチ潰す天理も可愛い……見てて癒され……じゃなくて!
「……か、桂木桂馬です。はじゅめまして、天理ちゃん……あっ」
うわあああああああああっ!? 噛んだあああああああああっ!! しかもいきなり天理
「……っ!?」
「わぁ~! おりこうさんね~桂馬君」
「……ちょっと子供らしくないのが欠点なんですけどね」
「あら、そうなんですか?」
「はい。良い子ではあるんですけど、ませてると言いますか……時々、私や夫の会話に混ざることもあるくらいなんですよ」
「え、えぇ……?」
「…………」
「あ、あの……ごめんなさい。いきなり『ちゃん』付けで読んじゃうなんて……嫌、だった?」
「…………」
髪で目が隠れていて、それでいてプチプチがあるから表情が見えない。これは……やっぱり、怒ってる? それともガチ拒絶……? もしそうだとしたら俺、しばらく立ち直れないかも……
「……あの」
「……!」
「嫌、じゃ、無いよ……?」
「ほ、本当?」
「で、でも……恥ずか、しい……」
(て、天理ちゃんだなんて……初めて、呼ばれちゃった……)
「……ごめん」
「う、ううん……」
「じゃ、じゃあ……天理、って呼ぶのは?」
「…………」
今、頷いてくれたのか? 一瞬だったけど、少しだけ顔を動かして……
「……う、うん。私も……桂馬君って、呼ぶから……」
「あ……!」
あああぁぁっ! 可愛い! 結婚したい! 天理ちゃんマジ天理……じゃなかった。マジ天使!! これからは毎日、天理との幼稚園生活か……天国かな?
「あら、早速仲良くなったみたいね。やるじゃない桂馬!」
「痛い痛い肩叩かないで」
「て、天理がお友達に、しかも男の子に話すなんて……! 後でパパに電話しないと……!」
「ま、ママ……」
桂馬、安心しろ。俺がお前の分まで天理を守る。守ってみせる。もちろん他の原作キャラを蔑ろにはしないが、天理は特に大切に……
「あーっ! ケイちゃん!」
「うらら! 急に走ったら転ぶわよ!」
「え?」
あっるぇー? 何か聞き覚えのある声が聞こえるんだけどぉー。
「貴女は……白鳥さん?」
「あ、桂木さん! ご無沙汰しております!」
「し、白鳥? あの白鳥ですか!?」
「え? あの、そちらの方は……?」
「ケイちゃん! 今日からうららもここに通うことになったんですわ! ところで、そっちの子は誰ですの?」
「え、えっと……」
「…………」
おかしいなぁー。原作でうららって桂馬と同じ幼稚園だったっけぇー?
もしかして俺がうららと関わったからかー? 原作より早い時期に知り合っちゃったからかー?
「ほらケイちゃん! 一緒に行きましょ!」
「お、おい! 引っ張るな!?」
「あ、ぅ……」
ああぁぁぁ……天理との夢の2人だけの幼稚園生活が……遠くに消えていく……
やっと1番出したかったキャラクター、天理を登場させることが出来ました。
桂馬達の幼稚園時代……原作ではほとんど描かれていませんね。
辛うじて幼稚園の名前だけは判明していますが。見落としていたらすみません。
うららが乱入したのは主人公が原作に介入し、正太郎さんや香夜子さんと原作以上に親しくなった為です。
美生と結は流石に無理があるので、別の幼稚園ということにしましたが。