うららの衝撃の乱入に動揺している内に入園式が終わった。かつて20年近く前に経験したことを、こうも自我がはっきりした状態で再び経験することになるとはな。
長ったらしい園長先生らしき人の話をひとしきり聞いた後、次の日から日常を過ごす教室に案内される。
そういや周りは4歳児や3歳児ばかりなんだよな……はっきり言ってうるさい。慣れない環境で泣き出す子もいれば、逆にテンションが上がって騒ぎ出す子もいる。
こういうのはうらら達で慣れていたつもりだったが、人数が10倍くらいになると思わず耳を塞ぎたくなるほどだ。
「うえええええええええええんっ!」
「は~い、良い子だから泣かないの~。よしよし……」
「キャハハハハハ!」
「あっコラ! そっちはお兄ちゃんやお姉ちゃん達のいる所だから、まだ行っちゃダメ!」
(……幼稚園の先生って、こんな大変な仕事だったんだな)
俺には無理だ。これだけの数の園児達をまとめて世話・指導するなんて出来る気がしない。
せめて俺だけでも聞き分けの良い園児でいよう、うん。少しでも先生達の負担を減らす為に。まぁ俺は例外だとしても、世話しやすい園児はもう1人いるけど。
「…………」
相変わらず無言でプチプチを潰す天理。可愛い。正直幼稚園での勉強なんて無視して天理だけをずっと眺めていたい。でも、そうはいかないんだよなぁ……だって、俺のすぐ隣には……
「ケイちゃん! うらら達、同じお部屋でお勉強するみたいですわ!」
「……ウン、ソウダナ」
お転婆少女うららちゃんがいるし……
「皆~、明日からはここに座ってね~?」
「……! よ、よろしく……」
「あ……う、うん!」
おおおおおっ! 天理と隣同士の席だ! これは嬉しい!
「やった! ケイちゃんの隣ですわ!」
「…………」
いや、決して嫌な訳じゃないよ? 2人きりの状況が叶わなくて残念だとか思ってナイヨ?
そして幼稚園に通い出して数日。やはりというか俺は……
「……桂馬君。どうして皆と遊ばないの?」
「えっと、それは……皆の若さと元気についていけません」
「まだ3歳が何ジジ臭いこと言ってんの!」
見事に浮きましたよ、ええ。だってさ、3歳と20代だよ? 話が合うと思うか? 良くも悪くも元気の塊の子供達に、くたびれた大人がついていけるとお思いで? ちなみにうららは現在、元気に広場を走り回っている。流石現役3歳児だ。
「天理ちゃんも! ずっとプチプチばかりしないで、皆と遊んだら? ね?」
「えぅ……」
「ちょっと先生天理虐めたら許しませんよ」
場合によっては『人よけジャイロ』や『人払いごへい』を使うことも辞さない。俺にお節介を焼くのは良いけど、天理を苦しめるというのなら全力で道具を使って対抗するぞ! もちろん周りにバレないようこっそり使うけどな!
「……桂馬君って天理ちゃんのことになると急に本気になるよね。その熱意を周りのお友達と遊ぶことには……」
「無理です。疲れて死んじゃいます」
「即答しないで!?」
いや本当に無理。うらら達と遊ぶだけでも結構エネルギー使うし。幼稚園でもそんな状態じゃ、俺の体力と精神力が持たない。
「あーもう! 普段の指示はしっかり聞いてくれるのに、どうしてこういう時だけ強情なのよ……うぅ……」
「……行ったか」
先生、ごめん。でも俺だって周りに馴染めるよう努力したんだよ。した上で無理だと悟ったんだよ。
もちろんひみつ道具を使えば何でも出来るが、こんな些細なことでポンポン道具を使うのも良くないと思い、あえて使わずにいる。天理達がピンチなら惜しげも無く使うつもりだが。
「……桂馬君」
「どうしたの?」
「その……ありがとう……」
「え? 何で?」
「……私、皆と話すのが……怖い、から……先生に、怒られるのも……」
「…………」
そう。俺は原作での天理を知っている。天理は確か、話しかけられるのも怖いほどの引っ込み思案だったはずだ。だからこそ周りが善意を押し付けて天理が苦しまないよう、俺が守っている。
……あれ? よく考えると、話しかけられるのが怖いなら俺も天理にとっては嫌な存在!? 守ってるなんて言っちゃったけど、これもお節介じゃ!?
「ご、ごめんっ!」
「え……?」
「皆と話すのが怖いんだよね? じゃあ、俺も……その、天理に無理をさせて……」
「あ……」
「…………」
「……ううん。桂馬君は、怖くないよ?」
「……!」
「だって……他の子と違って……その……パパみたい、だから……」
「パパ……」
「……うん」
……そうか。確かに俺は中身は大人だし、天理にとっては……そんな風に思えるのかもしれない。
実際、俺は周りが騒ぐ中でも黙っていることが多い。別にカッコつけてるとかじゃなく、子供のパワフルさについていけないだけだけど。
それが返って天理には……自分で言うのもアレだが、プラスの印象に繋がったのかも……
いや無いわ。自分で言ってて無いわこれ。何がプラスの印象だよ。言ってて恥ずかしくないか俺?
でも、天理は嘘をつくようなタイプじゃない。となると……多分、多分だけど……少なくとも俺に、嫌な感情は抱いてない……と思う。いや、そう思いたい。そう信じたい。
「……あ、ありがとう。なら、その……これからも、えっと……」
だ~か~らぁ~! 何で幼稚園児相手に緊張してんだ俺! たかが一言言うだけだろ!
『これからも無理しない範囲でお喋りしても良いか?』って! いや、この言い方じゃ難しいかもしれない!
もう少し単語を簡単にして『これからも時々、静かにお喋りしたい』……よしこれだ!
「……時々。時々で良いから……ゆっくり、静かに……お喋りしても、良い……かな?」
言葉詰まり過ぎ。これじゃガチで上手く話せない3歳児じゃないか俺。こんな体たらくじゃ天理にも呆れられるだけ……
「……うん。良いよ……?」
「…………」
よし死んだ。俺死んだ。幸せ過ぎて死んだ。天理が天使過ぎて生きるのが辛い。
何なら勢い余って求婚したくなるくらい。そしてフラれて死にたくなるくらい。って何言ってんだ俺。
「……て、天理。あの……」
「ケイちゃーん! 一緒に鬼ごっこしましょー!」
「…………」
うららェ……お願いだからもう少し空気読んで。3歳児に無理なお願いしてるのは分かってるけど、頼むから天理と2人でお話させて?
そんなこんなで天理とお喋りしつつうららに遮られながらも、俺は何だかんだでそれなりに充実した幼稚園生活を送っていた。しかし、日常というものは幼稚園だけで過ごすものではなく……
「天理ちゃんようこそ! うららのお家へ!」
「……!?」
時にはこんなイベントも起こってしまうのである。いやね? まさか天理と一緒に家に帰ろうとしたら、そのまま白鳥家の車に乗せられるとは思わなかった訳よ。
ほらぁ、天理が何が起きたか分からずにアワアワしてるでしょ? 可愛い鼻血出そう。じゃなくて、本人に確認取らずに強引に連れて来ちゃダメじゃないの。
というかこんなイベント原作のこの時期に無いよな? 絶対無いよな? 大丈夫かコレ。
「あー……俺、たまにこうやってうららの家で遊んでて……どうも今日は、俺の傍にいた天理も一緒に連れて来られちゃったみたい」
「け、桂馬君……ここ、怖いよ……」
あまりの屋敷のデカさに怯えてしまったのか、天理が俺の腕を掴んでくる。あ、幸せ……じゃないだろしっかりしろ俺! 天理が怖がってるんだぞ! 元気にしてあげなきゃだろ!
「大丈夫。確かにここは家にしては馬鹿みたいに大きいけど、怖い人はいないから」
実際には柳含む使用人が少数ながらいたりするが、この人達は基本的にうららや俺達の味方なので心配無い。
まぁ何かの間違いで天理に襲いかかって来たら『タンマウォッチ』で時間停止からの『ショックガン』で全員倒すけど。
「本当……?」
「うららがほしょーしますわ!」
「よくそんな難しい言葉知ってるな」
「お爺様が言ってましたの!」
爺さん、恐らく機密情報満載であろう会話を子供が盗み聞き出来るような場所でするのはどうかと思うぞ?
「今日もケイちゃんのちょーのーりょくで遊びますわ!」
「ちょ、超能力……?」
「うらら、それはあまりバラすなって言ったじゃないか」
「あ、ごめんなさい!」
こいつ絶対反省してないな。ただ、天理には元々俺から話す予定だったのでバレたところで問題無いが。
むしろひみつ道具のことも正確に話しておきたいが、今の天理にそんなことが……いや、大丈夫か?
確か、前世の本屋で立ち読みした公式ガイドか何かには、天理と桂馬の学力レベルは同じと記載されていたはず。
あの天才の桂馬と
本当は、ひみつ道具のことは地獄や天界の問題を解決する為に一緒に行動する原作キャラ……エルシィやハクア達に話すだけに留めておいた方が良い。
ただ、天理には……天理にだけは、極力隠し事をしたくないのだ。流石に転生したことは話せないが。
いや、そもそも話したところでまず間違いなく信じてもらえないだろうし。こればっかりは証明出来ないからなぁ……
「……そのことについては、家に帰った後で詳しく話すよ」
「……!」
天理には小声で伝えておいて、俺達は屋敷に入る。流石に今日は平日ということもあり、青山家や五位堂家の車は止まっていない。
ただ、こんなことが続けば天理と美生達はいずれ鉢合わせするだろう。結はともかく、美生は天理にとって苦手なタイプだし……
事前に説明しておいて、天理が嫌がったら美生達が遊びに来ている日はうららからの誘いを断るか、俺が単独で遊びに行くしかない。
「さぁケイちゃん! 今日は……」
「…………」
「…………」
「……何か楽しいことをして遊びましょう!」
「……さてはやりたいことを考えてなかったな?」
「えへへっ!」
「はぁ……そうだな、今日は……」
「……?」
天理がいかにも何が何だか分からない顔をしているが、まずは遊び道具を考える。幼稚園に行き出してそれなりに常識のことも学び始めているので、そろそろ他の道具も解禁しても良いかもしれない。もちろん、周りにバレないようにしっかり対策はするけどな。
(……よし、これにするか)
俺は恐らくほとんどの日本人が知っているであろう『道具』と、同時に『石ころぼうし』と『片付けラッカー』をポケットから取り出す。
出した『道具』と石ころぼうしに片付けラッカーを吹き付け、天理とうららには見えなくしておく。
本当は天理にはちゃんと道具を見せて説明したいが、それは家に帰ってからだ。後は石ころぼうしの上に『道具』を取り付ければ……これで良し。
「……空を飛んでみるか?」
「お空を!? お空を飛べるんですの!?」
「……え?」
そう。俺が石ころぼうしに取り付けたのは『タケコプター』。有名過ぎて老若男女誰でも知っているであろう道具だ。これを使って、天理やうららと空中散歩を楽しんでもらおうというわけである。
本当はひみつ道具で定期的に遊ぶなんてリスクがあり過ぎるが、うらら達の純粋な目に負けた結果だ。
美生や結が除け者のような状態になっているが、後日改めて美生達にも空中散歩を楽しんでもらうか。流石に天理やうららだけだと不公平だし。
ただしこの道具、知っている人は知っていると思うが電池式なので、あまり長時間飛び続けるとバッテリーが上がってしまい、途中で落下してしまう。
そんな危険な状況に天理達を晒す訳にはいかないので、あくまで飛び続けるのは最高でも2時間。それ以上は怖すぎて俺の精神が持たない。
そして使い終わった後は、俺が自宅で『タイムふろしき』を使いタケコプターを新品に戻して電池が満タンの状態を維持しておく。
ここまでしておけば、いざタケコプターで空を飛んで急に電池切れからの落下……なんて事態は避けられる。
石ころぼうしを同時に使用する理由は、もちろん俺達が飛んでいる様子を誰かに発見されて大騒ぎにならないようにする為だ。
俺が出した帽子を被っている人同士なら、お互いの存在を認識出来ることも既に判明済み。この帽子については事前に『○×占い』で調べ尽くしておいたので、間違いないと断言出来る。
「でも騒ぎになるといけないから、少しの間だけな?」
そう言いながら俺は真っ先にタケコプター付き石ころぼうしを被り、間髪入れずに天理とうららに同じ帽子を被せる。外れることは無いだろうが、念には念を入れてしっかりと押し込む。
先に天理達に被せてしまうと、俺が天理達の存在を認識出来なくなってしまう。それどころか、天理達と一緒に遊んでいたことさえ忘れ、そのまま俺が家に帰ってしまうかもしれない。なので俺が先に被り、後から天理達に被せることにした。
「少し頭がゴワゴワしますわ」
「…………」
「そこは我慢してくれ。空を飛ぶとなると、少し上方向に余計な力がかかってしまうんだ」
もちろん嘘だが、うららを納得させる為にあえてこう答えておく。
「後は『飛びたい』と思うだけで体が浮かび上がる」
「……飛びたい! きゃっ!?」
「……ひぅ!?」
うららは声に出ていたが、天理は俺の言う通り心の中で念じたのだろう。2人が飛びたい意思を示した瞬間、ゆっくりと2人の体が浮遊する。
「ほ、本当に……本当に飛んでますわー!」
「あ、あわわわ……!?」
「落ち着け。最初に飛び上がる時と同じで、浮かんでいる間も心の中で『自分がどう飛びたいか』を考えれば、その通りに空を飛べる」
「え、えっと……こうですわ! あわわっ、きゃー! わぁ~!」
「……あ」
うららは予想通りというか、そのまま部屋を飛び出して庭の空中を泳ぐかのように飛んでいる。
対する天理は恐る恐る前進し、うららの後を追うようにゆっくりと飛んでいる。ゆっくり飛ぶ天理可愛い。いやそれより、どうせなら天理にも空を飛ぶ楽しさを体験してほしいな……よし!
「……天理。はい」
「……桂馬君?」
「うららはすぐ慣れたみたいだけど、やっぱり怖いよね? だから……俺と一緒に、ゆっくり飛ばない?」
手を差し出しながら、出来るだけ優しい声で天理に言う。……ナンパみたいだな、これ。
「……う、うんっ」
「あ……」
天理の小さくて温かい手が、俺の右手に触れる。やばいこれはやばい。少し怯えながらも俺に寄り添いながら手を出してくれる天理可愛過ぎ。
しかもキュッと弱く手を握る天理がもうね? 萌え死にそうなレベルの凶悪さでね? なんて危ないことを考えていると、既にそれなりの高さにいるうららの大声が聞こえてくる。
「ケイちゃあああああああああん! これ凄い! 凄いですわああああああああ! うらら、鳥になったみたいいいいいいいいい! ケイちゃんと天理ちゃんもこっちで遊びましょおおおおおおおおおおおお!」
「……あー、うららは俺達を待ってくれないか」
「…………」
「じゃあ、一緒に……行こっか?」
「あ……」
俺は天理の手を引きながら、出来るだけゆっくりと上昇していく。天理は下の景色がどんどん小さくなっていく様子に、最初は驚いていたようだが……
(……桂馬君、凄いなぁ……こんなことが出来るなんて……)
徐々に慣れていってくれたのか、うららと同じ高度になる頃には下より周りを眺めるようになっていた。
正直、天理には少し怖かったかもしれないと、空を飛んでから後悔したが……その心配は杞憂に終わったようで何よりだ。
「……お空、こんなに綺麗だったんだ」
(小さな建物……人、車……ここからでも見える、大きな海……みんなみんな、綺麗……飛行機に乗ったことも無いのに……桂馬君が、見せてくれたんだ……空を飛んで、私に……)
「……怖くない?」
「……うん。大丈夫……桂馬君が、手を握っててくれたから……」
「ゴフッ!」
今の天理の一言で俺のHPは0になりました。思わず急降下しそうになったよ。不意打ち良くない。ただでさえ俺は天理に対する防御力は皆無に等しいのに。
そんな可愛い台詞を恥ずかしそうな顔で言われたらさぁ……そりゃもうあれだよ。即死するだろ。
「ケイちゃん! このまま遠くまで……」
「さっき約束しただろ? 長い間飛ぶのはダメだって」
「う~……どうしても?」
「どうしても。その代わり、いつでも空を飛ばせてあげるから」
「……分かりましたわ。今日はここで思いっきり飛びますわー!」
「あんまり高く飛び上がり過ぎるなよー!」
「はーい!」
鳥になったみたいとは言うが、その辺の鳥がドン引きするくらい激しく飛んでるな。上下左右に回転したり、急降下からの急上昇したり……というか、この短時間でタケコプターの使い方マスターし過ぎだろ。
いくら脳波を読み取って、その通りに飛べるにしても……まぁ、あれだけ興奮するのも無理ないか。普通の人間なら、子供はもちろん大人でもタケコプターで空を飛べるなら大喜びするだろう。
俺だって、天理達に怪しまれないように落ち着いた振る舞いをしているだけで、最初にタケコプターを出した時は悲鳴を上げそうになったからな。
「け……桂馬君、ありがとう……」
「……!」
「……こんなに、楽しいこと……今まで、無かったよ……?」
「……良かった。喜んでもらえて」
これで『つまらない。早く降ろして』なんて言われてたら、多分俺は『冬眠シェルター』か『デンデンハウス』に引きこもってた。何にせよ、天理やうららには楽しんでもらえたようで何より……ん?
「――! ――!?」
(あれは……)
「桂馬君……?」
「……いや、何でもない」
あそこに見えるのは……リミュエルか? そういえば、原作の過去編でも既に活動してたか。確かエルシィが思いっきり攻撃されてたけど。
そう考えると、この時期から活動していてもおかしくはないか。何か焦ってるみたいだが……駆け魂でもいるのか?
原作ではこの時期の駆け魂には桂馬は関わってないし……リミュエルには悪いけど、ここはスルーしておこう。下手に俺が関わって、原作の流れがびっくりするくらい変わったら洒落にならないし……
一先ず今は、天理達とのんびり空中散歩を楽しもう。石ころぼうしのお陰でバレる心配も無いからな。