『今日の夜から明日にかけて、大雨が降るでしょう。お出かけの際は傘を忘れずに』
「……これは間違いなく雨か」
「……みたいだね」
4月も終わり、そろそろ皆が幼稚園に慣れてきた時期。幼稚園は春の遠足の話題で盛り上がっている。そういえば、前世でもこの時期に遠足に行ってたような気がするな。
しかし遠足前日の今日、既に天気は悪く曇り空。帰宅した後、テレビで確認してみれば……案の定である。
え? 何で俺の家に天理がいるのかって? うららから誘われない日は2人きりで遊ぶことが多いんだよ。嬉しいことに!
もちろん天理の気持ちと都合が最優先なので、天理には毎回確認を取った上で家に招いているが。
「うらら、今頃絶対駄々こねてるだろうな……」
「うん……幼稚園でも、毎日楽しみにしてたから」
うららは言うまでも無く良いとこのお嬢様で、こういった
それが理由かは分からないが、うららは皆とワイワイはしゃぎながら楽しむ遠足に、以前から期待を膨らませていた。
そこにこの仕打ちである。子供……特に遠足を楽しみにしている幼稚園児にとっては、ショックで倒れるほどだろう。
「……天理は?」
「私……? えっと……あまり、気にしてないかな……」
だろうな。原作でも海のキャンプで桂馬と2人で静かに過ごしてたくらいだし。
まぁその後で重大な事件が起こる訳だけど……いや、あれは桂馬からの手紙を読んでいたからか?
何にせよ、あまりこの手のイベントで騒ぐタイプではないことは分かっている。
「……桂馬君なら、明日を晴れにすることが出来るの?」
「うん。ただ、普段はそんなことしないけどね。日本の気候……季節が変になっちゃったら大変だし」
これは建前では無く本音だ。個人の都合で天気を勝手に弄り回して、日本全体の気候がおかしくなると不味いことになりそうだし。
「……明日だけ」
「え?」
「うららちゃんの為に……明日だけ、晴れにしてあげられない……かな?」
「…………」
一つ、問いかけをしよう。自分にしか解決出来ない問題があって、それを大好きな人から『何とかして?』と頼まれたとする。
そのお願いを断れる勇者はどれほどいるだろうか……少なくとも、俺には無理だ。絶対無理だ!
「……分かった。でも、ここと遠足で行く場所だけしか出来ないし、1日だけだよ?」
俺はポケットから『黄色い機械とカード』を取り出す。天気の問題を一発で解決する道具だ。
「……これは?」
「『お天気ボックス』と言って、好きな場所の天気を自由に変えられるんだ」
「こっちのカードは?」
「天気を変える為の目印と言えば良いかな? 例えば、そこに雪が書かれたカードがあるでしょ?
そのカードをお天気ボックスに入れれば、その絵と同じ天気にすることが出来る。つまり、真夏でも雪を降らせることが出来ちゃうんだ」
「ま、真夏に雪……!?」
(そ、そんなことが……やっぱり、桂馬君って……凄い……!)
天気を変えるだけなら『天気決定表』という道具もあるのだが、こちらは日本全体の天気を強制的に変えてしまう。
流石にそんな大がかりなことをするのは怖いので、日本全体はもちろん、天気を変えたい場所を局所的に指定することも出来るお天気ボックスにした。
そもそも天気決定表は原作だと未来の気象庁が使っている道具だが、そんな物を一般的な子守ロボットのドラえもんが持っているのが一番謎だ。
「でも、今はまだ早い。天気を変えるなんて目立つことは、出来るだけ他の人に気づかれない時間帯が良いからね」
「じゃあ……夜?」
「うん。それも真夜中の……3時か4時くらい? この時間なら、大体の人は寝てるはずだし」
もちろん俺自身もそんな深夜は爆睡中なので『寝ながらケース』を使うことになるだろうけど。
こうして明日を晴れにする計画を立て、俺は『午前3時にお天気ボックスでこの地域と遠足で行く地域を晴れにする』と書いた紙を寝ながらケースに入れ、そしてそれを枕の下に入れて眠った。
そして翌日……俺は目を覚ますと、布団から出て真っ先に窓へ向かった。
「……すっかり快晴だな」
窓の外を見ると、昨日の天気予報が嘘だったかのように晴れ渡っていた。雲さえ見当たらず、綺麗な青空が広がっている。
どうやら寝ながらケースのお陰で、俺はしっかりお天気ボックスを起動したようだ。そうして身支度を整え、家の外に出ると……
「……お、おはよう、桂馬君」
「天理! おはよう!」
天理が玄関で待ってくれていた。うん、今日は素晴らしい遠足になりそうだ!
「晴れたね……」
「うん。お天気ボックスがちゃんと動いてくれたみたいで良かったよ」
「……うららちゃん、喜んでるかな?」
「多分、朝起きて窓の外を見たら……飛び上がってると思う」
「だよね……ふふっ」
天理の笑顔可愛い。写真にして部屋に飾りたい。何なら額縁も……いけない、また思考が危ない方向に行きかけてる。
「……あー、立ち話も何だし、歩きながら話そうか」
「……うんっ」
俺にとっては久々の、天理にとっては人生初の遠足に向けて、いつもの道を歩き出した。そして幼稚園の前で待っていたのは……
「ケイちゃーん! 大好きですわー!」
「うわっとと!?」
「け、桂馬君……!?」
うららからのタックル……もといハグだった。これはあれか、俺の仕業だってバレたか?
それにしても、子供の飛びつき攻撃って意外と怖いな。俺まで後ろに倒れそうに……あ、俺も子供の体だった。
「これってケイちゃんがしてくれたんでしょ!? そうなんでしょ!?」
「……まぁ、うん。うらら、ずっと遠足を楽しみにしてたし」
「やっぱり! ありがとうケイちゃん! 好き好き! 大好きー!」
「あー分かった。分かったから一旦離して」
「ケイちゃーん!」
「聞いてないし」
「うららちゃん……嬉しそう……」
よく見ると隣で、うららを幼稚園まで送ったであろう香夜子が凄く微笑ましそうな目で俺とうららを眺めている。いや、見てるなら止めてくれよ。全力で抱き締められるって地味に苦しいんだけど。
「わー! ライオンですわ! あっちにはトラも!」
「……うらら、はしゃいでるなぁ」
「……うん」
俺達は遠足の目的地……動物園にやって来た。うららや他の園児達は思い思いの場所に行っては興奮している。それに引き替え、俺と天理は特に騒ぐこともなく静かに動物を眺めている。
俺は既に中身がくたびれた大人で、天理は元々物静かな性格ということもあり、お互い静かに観賞している方が性に合っているようだ。
そんな様子を見た先生は、最初は何かを言おうとしていたが……諦めたような、悟ったような顔で他の園児達の面倒を見に行った。
どうやら俺と天理は、良くも悪くも指導の必要は無いと分かってもらえたらしい。
「どうする? 別の動物を見に行く?」
「……どこでも良いよ。桂馬君と一緒なら」
「ゴッファ!?」
「桂馬君!?」
思わず吐血するところだったよ! 何だその超絶可愛い台詞は!?
『桂馬君と一緒なら』だって!? 不意打ちはやめてって言ったでしょうが!!
お兄さん死ぬよ? 萌え死ぬよ? そのまま鼻血出して失血死しちゃうよ!?
幼稚園児だから深い意味は無いんだろうけど! でも心臓に良い意味で悪いからやめて! って良い意味で悪いって何だよ! どんな日本語だよ!?
「ぜぇぜぇ……」
「だ、大丈夫……?」
天理が俺の背中をさすってくれてる……あ、これだけでもう全回復したわ。
「ケイちゃーん! 天理ちゃーん! 向こうにおっきいクジャクが……きゃっ!?」
「ん? うらら?」
「うららちゃん……?」
「うぅ……ぐすっ……」
どうやらこっちに走って来る途中で、盛大に転んでしまったらしい。しかし、ただ転んだだけでも油断は出来ない。3歳……おっと、4月で誕生日を迎えたから4歳か。そのくらいの歳だと、多少の怪我が凄く響いたりするからな。
「大丈夫か?」
「……っ! こ、このくらい何ともありませんわ! うらら、強い子ですもの!」
「4歳が無理しなさんな。えっと……擦り傷にしてはちょっと酷いな」
これはむしろ普通の子供なら大泣きしてると思う。それでも半泣きで堪えている辺り……我慢強いんだな。
原作でも爺さんの為に大人になろうと必死だったし……やっぱり根っこの部分が強いのか。柳曰く嘘泣きは上手いみたいだけど。
「桂馬君、この傷……治せそう?」
「大丈夫。任せといて」
俺はポケットを弄り、天理以外の人間には見られないようにしながら、ある『鞄』を引っ張り出す。怪我を治すことに拘るなら、これほどピッタリな道具は無いと言って良いほどだ。
「……玩具の鞄?」
「これは『お医者さんカバン』と言って、どんなに酷い病気や怪我でも完璧に治してくれるんだ」
「……!?」
(か、完璧に……!? それって、病院に行かなくても良くなるんじゃ……)
この『お医者さんカバン』は、聴診器を当てるだけで病名や怪我名を正確に診断し、それを治療する為の器具や薬を出してくれる。
原作だと『未来の子供がお医者さんごっこに使う玩具で、簡単な病気しか治せない』と説明されているが、実際には結核を治療したり未知の生物の怪我を治したりと、玩具とは思えないほどの性能を発揮している。
以前『○×占い』で調べてみたのだが、何と『あらゆる病気や怪我を例外なく完治させ、更に人間以外の生物でも有効』との答えが出た。
流石に冗談じゃないかと呟いたら、○×占いの『×』に頭をはたかれたので間違いないと断言出来る。
いやまぁ、ひみつ道具が悪魔や女神にも有効であることを考えれば、確かにそういう効果の方が納得出来るけども。
一応薬品や器具が無くなると使用不可になるという欠点もあるが、カバンを使う度に『タイムふろしき』で新品に戻せば良いので問題無い。
ちなみに錠剤タイプの『万病薬』もあるが、こちらも○×占いによると『一錠飲むだけであらゆる病気を例外なく完治させる』とのこと。
え? お医者さんカバンがあれば万病薬はいらない? その点も○×占いで調べてみると『万病薬は病気を瞬時に治せる代わりに怪我は治せず、お医者さんカバンは病気と怪我の両方を治せるが、重傷や重病だと治すのに多少時間がかかる』という違いがあることが分かった。
お医者さんカバンがバランス型で、万病薬が病気特化型といった感じか。
しかし万病薬は原作だと『どんな病気にも効く薬』という名前で登場し、『薬だから効かないこともある』と説明されていたはずだが……
よく考えると『ドラえもん』のゲームで登場する万病薬は『体力が全回復して状態変化も治す』効果だったり『どんな酷い病気でも治す』等と説明されていたような気がする。
これも神様が気を利かせて、どんな状況でも使いやすいように道具の効果を調整してくれたのだろうか。
……おっと、考え込んでいる場合じゃない。早くこの道具でうららの傷を治してあげないとな。
俺はお医者さんカバンに『片付けラッカー』を吹き付けて周りから見えないようにしつつ、うららの足に軽く聴診器を当てる。
『怪我名:擦リ傷 治療法:治療薬ヲ塗リツケルコト』
「い、今の声……見えないけど、カバンから?」
「うん。おっと、怪我を治す為の薬も出てきたみたい」
小声で天理に説明しつつ、お医者さんカバンから飛び出してきた塗り薬を掴み取る。
どうやらカバンは片付けラッカーで見えなくなっていても、中から出てくる薬はラッカーの対象外らしい。
でも、塗り薬ならいくらでも言い訳が利くので気にしないことにする。
「よし、今治すからな」
「……あの、それは?」
「俺が用意した怪我を治す塗り薬だ」
「ヒッ!? し、しみるから嫌ですわ!」
確かに、怪我を治す為の薬ってあまり良い思い出は無いよな。俺も昔、傷口にしみる薬を塗られて叫んだ記憶があるし。だからこそ、出来るだけ優しい声でうららに説明する。
「大丈夫。これは全然しみないし、あっという間に治してくれるから」
「うぅ……ケイちゃんがそう言うなら……は、はい……」
普段からの信頼か、それとも超能力もといひみつ道具の凄さか、うららは素直に足を差し出してくれた。
後は塗り薬を塗るだけだ。量は……適当で良いか。とりあえず薬を手に出して、うららの傷口に塗り込む。
「んっ、ひゃっ! く、くすぐったいですわ! あはははっ!」
どうやら痛みが無いどころか、むしろくすぐったいらしい。そして傷も驚異的な早さで癒えていく。10秒も経たない内に、傷はまるで最初から無かったかのように完治していた。
「これで良し、と」
「……あれ? 傷が無くなってますわ!」
「そりゃ治ったからな。ほら、足を見てみな」
「えっと……ほ、本当ですわ! さっきまで血が流れて、すっごく痛かったのに!」
「……やっぱり痛かったんだね」
「え? あ、違う! そ、そう! ちょっとだけ! ほんのちょっと! でも、今は全然痛くない! やっぱりケイちゃんは凄いですわ! いつもなら怖いお医者様が痛いことするのに、ケイちゃんなら全然怖くないもん!」
天理に図星を突かれてムキになるかと思ったが、やはり傷が治ったことの方が嬉しいらしい。満面の笑みで大喜びしてる。
それにしても『怖い医者が痛いことする』、か……やっぱりどこの世界でも、医者は子供から嫌われる存在なんだな……ドンマイ、白鳥家専属のお医者さん。
「これでまた動物を沢山見られますわー!」
「おーい! 走るとまた転ぶぞー!」
「あーっ! 向こうに象さんがいるー!」
「……全然聞いてない」
「ふふっ……きっと、桂馬君に怪我を治してもらったことが……凄く、嬉しかったんだよ」
うららはさっきまでの泣きそうな表情は忘れたかのように、再び興奮しながら走って行った。
そんな様子を、天理は微笑みながら眺めている。これじゃ天理が母親でうららが娘みたいだな。2人共ほぼ同い年だけど。
「……さて、気を取り直してコアラでも見に行こうか」
「……うんっ」
うららは近くにいるであろう幼稚園の先生達に任せて、俺と天理はゆっくり他の動物を見て回ることにした。
お互い幼稚園児とは思えないほどゆったりしたペースで、気の向くままに動物園を楽しんだ。
コアラやパンダを見て笑顔になる天理は本当に可愛かったなぁ……家に帰ったら『タイムテレビ』でもう一度見ようかな?
ビデオカメラの映像や写真に残していなくても、ひみつ道具があれば思い出を何度でも楽しめる訳だし。
万病薬のゲーム説明部分の元ネタは「ドラえもん3 魔界のダンジョン」と「ドラえもん のび太と緑の巨人伝DS」です。
「魔界のダンジョン」は石ころ帽子を入手してからは無双ゲーになって、思う存分敵を倒した記憶があります。
また、原作でもドラえもんが「僕らの時代の科学では治せない病気は無い」と言っているので、お医者さんカバンと万病薬はこれくらい万能にしても良いかな~と。