リミュエルとの遭遇から2ヶ月。幼稚園も夏季休業……夏休みの時期となった。
とはいっても俺達は普段から幼稚園で遊んでいるようなものなので、長期休暇といっても幼稚園に通う必要が無くなっただけだ。
俺は1週間の半分以上を天理と一緒に遊ぶという至福の時を過ごしていた。もちろん天理の都合と気持ちが最優先だが。
「本当に大丈夫?」
「任せて。良い子にして待ってるから」
「……まぁ、桂馬なら心配無いか。じゃあ、お買い物が終わるまで天理ちゃんと仲良く遊んでてね?」
「うん。行ってらっしゃい」
こういう時の為に、親からの信頼はしっかり稼いでおいた。といっても、普通に言うことを聞いておけば良いので簡単だ。
これで麻里が帰って来るまでの間は、俺と天理は2人きりで過ごせることになる。
すなわち、親の目を気にして使えなかったひみつ道具で存分に遊べるという訳だ。もちろん外部にまで目立つような道具は使わないけど。
「……よし、お母さんは行ったな? じゃあ天理、窓をじ~っと見ててね?」
「う、うん……」
俺はここぞとばかりに、用意しておいた『道具』をリビングの窓に吹き付ける。すると普段の景色ががらりと変わり、魚達が泳ぐ海の中が映し出された。
「……!?」
「驚いた? これは『水族館ガス』といって、窓に吹き付けると、その窓の景色がどこかの海と繋がるんだ。涼しい家の中で、一緒に水族館に行った気分を楽しもうと思ってね」
この『水族館ガス』の便利なところは、ガスを吹き付けた側からは海が見えるが、裏から見ると普通の窓と変わりない。
よって周囲にバレずに海の世界を観賞することが出来るのだ。2人きりで楽しむには持って来いの道具と言えるだろう。
ただし元に戻す方法が分からないという欠点があるが、それなら『タイムふろしき』や『復元光線』を使えば良いので問題無い。
「す、凄い……! 色々な魚が、本当に外を泳いでるみたい……!」
天理が目を輝かせながら窓の景色を眺めている。喜んでもらえたようで何よりだ。
やはり水族館は子供から大人まで楽しめる万能娯楽施設だと思う。デートでもここを選んで失敗することはまず無い……と思う。
え? 前世で彼女の1人くらいいなかったのかって? いませんでしたよ、悲しいことに! 彼女いない歴イコール年齢ですよ!
「でも、この海……どこなのかな……?」
「それは分からないけど、本当の海と繋がってるのは確かだよ」
「そうなんだ……あっ、エイ……! 大きい……!」
よっぽど楽しいのか、窓から視線を離さない天理。流石に幼稚園児を海に連れて行くのは危険が伴いそうなので、今回は自重した。
でも小学生になってからの夏休みなら、思い切って『テキオー灯』を使い皆で海底散歩を楽しむのも良いかもしれない。
もちろん周りにバレないよう、全員『石ころぼうし』を着用することが必須条件だが。
「イルカさんだ……! ひゃっ! あっちにはタコさんも……! わぁ……!」
(……癒されるなぁ)
魚ではなく、魚に喜んでいる天理の姿に。出来ることなら、こんな楽しいひと時がずっと続いてほしいものだ。
「暇ですわ~」
「暇~」
「はぁ……」
「おいおい……」
とはいえ天理と2人だけで過ごせない日も当然あるわけで、今日はうららから誘われ、こうして天理と共に白鳥家にお呼ばれしている。
しかし蓋を開けてみればこの有様である。子供が思いつく遊びは大抵遊び尽くしてしまったらしく、だらしない格好のうらら達が部屋で寝ころんでいた。
この3人、自分が名家のお嬢様という自覚があるのだろうか? あの結でさえ退屈なのか、床に倒れ込んでいる。
「蝉取りも飽きましたわ……」
「空を飛びたくても暑いし……」
「……太鼓の達人、どの曲も沢山遊んじゃった」
「……じゃあ何で遊びたいんだ?」
「ケイちゃんが考えて~」
「桂馬が考えて~」
「桂馬君……」
「み、皆……」
「…………」
この3人完全にのび太化してないか? 『ドラえもん』の原作やアニメにこんな感じのシーン無かったか?
遊ぶといっても、まだ幼稚園児のうらら達に大がかりな遊びをさせる訳にはいかないし……
さて、どうしようか……このお嬢様方がまだ手をつけていない遊びは……
「……遊園地には行ったか?」
「どこも混んでますわ」
「どこも混んでて、疲れに行くようなものだってパパが言ってた」
「あんなやばんなところにいかせられないって、お母様が……ところでやばんって何?」
「……要するに、皆行ってないんだね」
『要するに』なんて言い回しが使える幼稚園児を俺は天理以外に知らないんだけど。あ、某嵐を呼ぶ5歳児ならこれくらい使えそうか。
いやそんなことより、3人共遊園地に行っていないというなら好都合だ。道具を組み合わせれば……一応何とかなるか。
「じ~」
「じ~」
「…………」
「……分かった。何とかするから、3人で俺を見つめるのはやめてくれ」
「……桂馬君、大丈夫?」
「うん。今から準備して来るから、天理達はここで待ってて?」
やはり子供の純粋な目には敵わないと思いながら、俺は早速準備に取り掛かる。
まず部屋を出た後、俺は『ある道具』と『片付けラッカー』を取り出し、それらにラッカーを吹き付けて見えなくする。
そして周囲に誰もいないことを確認し、今度は『タンマウォッチ』で時間を止め、『どこでもドア』で最寄りの遊園地へ向かう。
「……案の定、人だらけだな。時間が止まってても熱気が伝わってくる」
ドアを開けると、正に遊園地に出入りしているであろう人々が目に入ってくる。
彼らを暑苦しいと思いつつ、俺は『タケコプター』で少しだけ高く浮かび上がり、遊園地の看板の前まで飛ぶ。
そして先程見えなくした道具を貼り付け、そのまま一度白鳥家に戻る。
「少し、いや、かなり回りくどい方法になるけど、ひみつ道具を周りにバラさない為だ」
どこでもドアをポケットにしまった後、『タイムテレビ』を起動させた状態で時間停止を解除する。
タイムテレビでリアルタイムの遊園地を眺めていると、先程まで賑わっていたのが嘘のように、人々が一斉に遊園地から出て行く。
そして数分も経つと、遊園地の中はスタッフを除いて誰もいなくなってしまった。
「……よし、後は天理達を連れて行くだけだな。念の為に時間は止めておくけど」
俺はタイムテレビをポケットにしまい、タケコプターに『透明ペンキ』を塗っておく。
いつもなら石ころぼうしもセットにするが、今回は時間を止めて行くのでタケコプターを見えなくするだけで良い。
「あ、桂馬君……」
「お待たせ。それじゃ行こうか」
「「「……どこに?」」」
「遊園地だよ」
「「だから遊園地は凄く混んで……」」
「俺が何とかした」
「でも、お母様が……」
「それも俺がバレないようにしておいたから」
「「「行くっ!!」」」
「相変わらず息ピッタリだな」
「……どうするの?」
「この前、天理にひみつ道具のことを話した時みたいに、時間を止めるから大丈夫」
いつものように小声で話しかけてくれる天理に、俺も小声で答える。
「あ……タンマウォッチで……?」
あの1回だけで道具の名前を覚えていたのか……流石は学力レベル最高値。
「ううん、時間を止めるのは同じだけど、今回はちょっとだけ違う道具を使う」
タンマウォッチは効果の特性上、時間停止を免れる為には俺に触れておく必要がある。
天理やリミュエルの時のように1人が相手なら何とかなるが、うらら達まで加わると流石に厳しくなる。
いやだって『時間を止めたいから俺に触って?』なんて言うのも不自然だし。幼稚園児だから気にしなさそうではあるが、念には念を入れておく。
俺はポケットから、タンマウォッチとほぼ同じ効果の『赤い懐中時計』を取り出す。
「……これ、タンマウォッチじゃないの?」
「見た目は似てるけど、少し違うんだ。見てて……よっ!」
「あっ……!」
俺はうらら達には見えないよう隠しつつ、
するとその瞬間、やはり世界から音が消えた。しかしタンマウォッチとは違う点がある。それは……
「ケイちゃーん! 早く行きましょー!」
「遊園地行きたーい!」
「ゆ、結も……!」
「……あ、あれ?」
「……ね?」
「ど、どうして……私やうららちゃん達が、止まってないの……?」
そう。
実はこれこそが、俺が出した道具とタンマウォッチの決定的な違いである。
「これは『ウルトラストップウォッチ』と言って、時間を止めることが出来る時計。でも、タンマウォッチとは少し違っていて……
スイッチを押した人に触っていなくても、時間を止めた人の近くにいるだけで、その人達も時間が止まらずに済むんだ」
「……!」
『ウルトラストップウォッチ』……原作の短編でも何度か登場し、大長編『日本誕生』でも登場した道具で、スイッチを押せば時間を止めることが出来る。
しかしタンマウォッチとの違いは2つあり、1つは『時間停止を行った者の近くにいれば、その者も時間停止の影響を受けずに済む』点。
もう1つは『既に時間が止まっている者も、この道具で触れると時間停止を解除出来る』点である。
今回はうらら達に道具の存在を知られない状態で時間を止める必要があった為、やむを得ずこちらの道具を使うことにした。
……時間停止道具を多用しないと言っておきながら、そこそこの頻度で使ってるよな俺。だ、大丈夫! 周りに誰もいないことは毎回確認してるし!
「ケイちゃん!」
「桂馬!」
「桂馬君……」
「分かった分かった。後は皆が空を飛べるように力を注いで……」
(……見えなくなってるタケコプターを付けるんだね?)
なんて超能力者っぽいことを言いつつ、俺はうらら達に透明にしておいたタケコプターを取り付ける。ちなみに天理にはさっき小声で話している間にさりげなく手渡しておいた。
どこでもドアで直接行った方が早いのは確かだが、瞬間移動なんて見せようものなら『宇宙に行きたい!』だとか『外国に行きたい!』等と駄々をこねられること間違いなしである。
なので仕方なくタケコプターで飛んで行くことにしたのだが、炎天下の中を飛ぶのは日射病になりかねない。
そこで俺はこっそりポケットから『あるバッジ』を取り出し、すかさず透明ペンキで見えなくしてタケコプターと一緒に皆に付けておくことにした。
もちろんひみつ道具のことを知っている天理には、こっそり小声で道具の効果を説明しておいた。
「ほい、到着っと」
どこでもドアで『最寄りの遊園地』と設定していたお陰で、俺が細工した遊園地は白鳥家からでもそう遠くない距離であり、タケコプターで飛んで行っても15分もしない内に着いた。
目印も遊園地なら観覧車がそびえ立っているので、飛びながら道に迷うということもなかったしな。
「空を飛ぶと早いですわ!」
「おかしいなぁ……空を飛んだのに暑くないよ?」
「暑さでフラフラにならないよう、皆の周りを涼しくしておいたからな」
「それでいつもより涼しく……桂馬君、凄い……!」
(……『オールシーズンバッジ』だっけ。秋みたいに涼しくなるんだよね)
天理達に付けておいたのは『オールシーズンバッジ』。四季の絵が描かれており、バッジの半径3m以内をダイヤルで設定した季節と同じ環境にすることが出来る。
その影響力は非常に強く、仮にダイヤルを『冬』に設定したバッジを周囲にばら撒けば、そこだけ雪が積もってしまうほどだ。
今回はダイヤルを『秋』に設定することで、皆の周囲3m以内を秋ならではの過ごしやすい環境にしておいた。
こうしておけば、天理達を日射病から守ることが出来るというわけだ。涼しい秋に日射病で倒れることはまず無いからな。
「それにしても、どうしてこんなに空いてるんですの?」
「俺がお客さん達を、ちょうど家に帰ってくれるようにしたんだ」
「流石桂馬ね!」
(確か『貸しきりチップ』……私達の貸切だなんて、夢みたい……!)
俺がこの遊園地に貼り付けたのは『貸しきりチップ』。見た目は小さい欠片のような道具で、これを貼り付けた物は何でも貸切となる。
しかもこの道具、物や施設だけでなく人間に対しても有効で、チップを貼り付けられた人は偶然が重なることで、チップの使用者としか行動出来なくなるほどの性能だ。
今回のように遊園地の場合、チップを貼り付けた瞬間に他のお客さん達が
遊園地をガラガラにするだけなら『人よけジャイロ』もあるが、こちらは
いやそれを言ったら貸しきりチップでも似たようなことをしているのだが、こちらは一応
最初は時間を止めるだけにしようと思ったが、それだと止まっている他の人が邪魔になったり、アトラクションが動いている途中で止まってしまい乗ろうにも乗れない状態になったりと、色々な問題が起こるので断念した。
こっそり『入り込み鏡』や『逆世界入り込みオイル』で作った鏡面世界に天理達を案内して『貸切の遊園地だ!』と説明する案も考えたが、事情を知っている天理はともかく、うらら達には字が逆になっていることを誤魔化すのが難しいと思ったので断念した。
……お客の皆さん、そして遊園地の経営者の皆さん。時間を止めているとはいえ、ごめんなさい。少しの間だけ貸切で遊ばせて下さい。遊び終え次第、すぐ元に戻しますので。
「入場料もいらないようにしておいたから、好きなだけ遊び放題だ」
「「「本当に!? やったぁー!!」」」
「あっ、おーい! 走ると転ぶぞー!」
「……行っちゃった。でも、時間が止まってるんだよね……? このままだと、機械が動かないんじゃ……」
「……大丈夫。ちゃんと動かす為の道具も用意しておいたから。ちょっと待ってて、すぐ戻るから!」
俺はうらら達より先にタケコプターで遊園地内に入り、全てのアトラクションに『ロボッター』を付けていく。
このロボッターを取り付けられた物は何でもロボットとなり、こちらが命令した通りに動いてくれるようになる。
原作では短編と大長編『雲の王国』に登場しており、それぞれ外観が異なっている。前者は豆粒のような外観で、後者は人形の骨組のような外観だ。
また、効果も微妙な違いがあり、『雲の王国』で登場したタイプは命令を忠実に守り、一晩まるまる徹夜で働かせても文句1つ言わないほどだ。
ただ、その後ドラえもんがご褒美として新しい太陽電池をプレゼントしていたが、それでも命令を守る為に頑張って徹夜してくれた事実は変わらない。
それに引き替え短編で登場したタイプは無茶な命令をすると反抗したり、最悪の場合は反乱を起こして命令者を攻撃するような事態になることもある。
そんなことになれば天理達の危険が危ないので、俺は迷わず『雲の王国』に登場したタイプを使うことにした。
え? 『危険が危ない』は重言だって? 『パラレル西遊記』でドラえもんが話していたのが印象に残っていて、つい使いたくなっちゃうんだよな。
って話が逸れた。ロボッターをアトラクション装置の目立たない位置に取り付けながら、小声で『俺達が乗ったら動かしてほしい』と命令していく。
これで俺達が乗ろうとするだけで装置が動き出してくれるはず。毎回俺が命令する手間も省けて一石二鳥だ。
「……これで良し、と」
「機械に何かしてたみたいだけど……」
「それはね? このロボッターを付けて来たんだよ。これを付けた物は、何でも言うことを聞いてくれるロボットになるんだ。
こうしておけば、時間が止まっていても俺達が乗るだけで機械が勝手に動いてくれるから、どんな乗り物も乗り放題ってわけ」
「……そうなんだ。じゃあ、安心だね……」
「うん。俺達も行こっか? 折角だし、いっぱい楽しんじゃおう」
「……うんっ」
2人で手を繋いで遊園地の中に入って行く。既にうらら達ははしゃぎながら、どれから乗ろうかと吟味している。
そういえば、3歳や4歳だと大半のアトラクションは身長制限に引っかかるんじゃなかろうか?
いやまぁ、見た目だけなら『モドキスプレー』でいくらでも変えられるのだが。
「きゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「ひいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!?」
うららに一緒に乗ろうって誘われたけどやめとけば良かったあああああああああああああああああっ!?
ジェットコースターってこんなに怖かったっけえええええええええええええええええええええええっ!?
うひゃあああああああああああああああああっ!? 死ぬううううううううううううううううううっ!?
「わぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「嫌ああああああああああああああああああああっ!?」
神様仏様ドラえもん様天理様助けてええええええええええええええええええええええええええええっ!?
死ぬ!? 死ぬから!? 魂出ちゃうからあああああああああああああああああああああああああっ!?
「はぁ~っ! 楽しかった~! もう1回乗りましょう、ケイちゃん!」
「ぜぇぜぇ……か、勘弁して……」
あ、あれをもう一度……? 絶対無理!! もう1回乗ったら確実に魂抜ける!! 今でも瀕死なのに!!
せめて『嫌なことヒューズ』を付けさせて! じゃないと俺の精神が死ぬ! いい歳した大人が情けないけど死ぬからぁ!!
「いっけー! もっともっとぉー!」
「や、やめて……ま、回し過ぎで目が……」
ジェットコースターよりマシだと思い、美生とコーヒーカップに乗ってみたら……ご覧の有様だよ!!
いやだからハンドル回し過ぎだって! 子供はむしろ楽しいかもしれないけど、俺にとっては……
「あはははは~! すっごい回ってる~!」
「う、うぷっ……吐き、そう……」
こ、こういう時に役立つ道具は……ダメだ気持ち悪くて頭が働かない。
誰か助けて……いや本当に無理……! 仕方ない、最悪の場合は『四次元くずかご』に……
「あれ~? もうおしまい~?」
「……た、助かった……おえっ……」
「わぁ……!」
「……うららや美生に比べると滅茶苦茶平和なアトラクションだな」
結は空中ブランコ……だっけ? 正式名称は分からないが、ブランコが遠心力に沿ってグルグル回るアレだ。
同じ回転系でも、こっちは全く酔わない。回転が大回りで緩やかなお陰か?
「遊園地って、こんなに楽しかったんだぁ……!」
「…………」
遊園地すら『野蛮』の一言で蹴ってしまう結の母親って……いやまぁ、大事な娘が怪我をしたら大変だと思う気持ちは分からなくもないが、それにしたって過保護過ぎる。
これだけ束縛された状態なのに、むしろ原作でもよくグレなかったよな、結。
美生の両親……母親は会ったことなかった。父親は比較的常識人だというのに、どうして結の母親は……そりゃ駆け魂も育つよなぁ。
「……結ー! 楽しいかー?」
「うん! 楽しい! すっごくー!」
原作通りの流れなら、いずれ俺が結の問題を解決してあげないといけない時が来るんだよな。せめてその時は、可能な限り誠実に向き合うことにしよう。
この世界では俺と結は幼馴染だし、原作の桂馬よりは多少踏み込んだ方法でも大丈夫……だと思う。
「……綺麗」
「……タケコプターで空を飛ぶのとは、また違った良さがあるよね」
うらら達に付き合ったお陰で疲労困憊となった俺は、フラフラになりながらも……最後に乗るアトラクションでお馴染み、観覧車に乗っていた。
時間が止まっているので景色は依然として昼間のままだが、それでも眺めの良い景色に変わりない。
うらら達は1つ向こうのゴンドラに乗っている。絶景に夢中で、俺達の様子は気にも留めていなさそうだ。
「……桂馬君」
「何?」
「その……いつも、ありがとう……」
「……!」
ゴンドラが頂上に達するタイミングで、天理が俺と向き合って……お礼を言ってくれた。
「私達の、どんな無茶も……その、叶えてくれて……」
「…………」
(天理……)
その言葉自体は嬉しい。好きな人から感謝の言葉をかけてもらえて、喜びを感じない男性は……きっと少ないだろう。だが、俺はその言葉を……素直に受け取れない。何故なら……
「……もう話したけど、凄いのはあくまでもひみつ道具なんだ。俺自身は、ただの子供で……」
そう。これは紛れもない事実。俺があれこれ天理やうらら達の望みを叶えてあげられるのは、ひみつ道具のお陰なのだ。
ひみつ道具が無ければ、俺はただの……周りより少し精神年齢が高いだけの、無力な子供に過ぎない。
だから、尊敬の眼差しを向けられると……複雑な気持ちになってしまう。もちろん、天理達に罪は無い。ただ、俺が勝手に後ろめたさを感じてしまって……
「……ううん、そんなことないよ」
「……え?」
「確かに、桂馬君が持ってるひみつ道具も凄いけど……でも、私達のお願いを叶えようとしてくれてるのは……桂馬君の気持ち、だよね……?」
「……!」
「桂馬君が、私達の為に……頑張ってくれてるから、だよね……?」
「…………」
「だから、それが嬉しいんだ……私や、うららちゃん……美生ちゃんや、結ちゃんのことを……桂馬君が、考えてくれてることが……」
「……天理」
「それに……初めて出会った時、私に……話しかけてくれたよね……?」
「……うん」
「もし、あの時……桂馬君が、声をかけてくれなかったら……私は、今も1人で……皆を怖がってたかもしれない……」
「…………」
「でも、桂馬君がいてくれたから……幼稚園が楽しくて……うららちゃん達とも、お友達になれたんだよ……?」
「…………」
「だから、ね……? 私、桂馬君に……いつも、ありがとうって、思ってたんだ……」
「…………」
……聖母という言葉は、天理の為にあるのかもしれない。原作でも良い娘だと思っていたけど……3歳の時点で、ここまで……
あぁ、ダメだ……嬉しくって、また……子供の体って、不便だな……どうしてこうも、涙腺が弱いんだろう……
大人の体なら、じんわりと感動するくらいで済むのに……本当に、子供の体は……
……天理は、
だから、今の言葉が……凄く、心に響いた。もしかして、原作の桂馬が言っていた『秘密を共有する者同士には絆が出来やすい』理論って……これか?
いや、天理が俺に話してくれた感謝が『絆』と呼べるかは分からないし……それに、この状況がそのまま当てはまるかも微妙だけど……
今、何となく……原作の桂馬が言いたかったことが、心で理解出来た気がする。
「……こちらこそ。俺のことを、
「……うんっ」
(桂馬君……また、泣いて……ううん、違うよね。きっと……私の気のせい、だよね)
「……そろそろ、降りなきゃいけないみたい」
目頭が熱くなっていることが悟られないよう……いや、既にバレているかもしれない。とにかく、俺は誤魔化すように出入り口へ顔を向けた。
ロボッターが空気を読んでくれたのかは分からないが、ちょうど地上に着くタイミングだ。
「あ……」
「うらら達も待ってるし……はい」
俺は出来るだけ平静を装いながら、天理に手を差し伸べた。観覧車に乗る時は自然に出来た動作なのに、あんな嬉しいことを言われた後だと……少し気恥ずかしい。
「……うんっ」
そんなことを考えていると、上りと同じように……天理がそっと手を握ってくれた。俺は先に降り、天理が転ばないように……天理の動作に合わせて、優しく手を引く。
「……ケイちゃん、泣いてますの?」
「っ!? な、泣いてないけど」
「本当に~? 目がウルウルしてない?」
「してないから」
「う、うららちゃん、美生ちゃん……」
やっぱり隠しきれていなかったらしい。くそぅ……いい歳して泣き顔を見られるとか恥ずかしい……
「ふふっ……」
「……天理ちゃん?」
「……何でもないよ」
(……桂馬君。ひみつ道具が無くても……桂馬君は、桂馬君だからね……?)
……こうして、俺達の夏休みが終わった。相変わらずうらら達に振り回されてばかりだったけど……何だかんだ、楽しい毎日だった。
それ以上に、天理と2人で遊ぶ機会が増えたのが嬉しかった。特に、この日の観覧車での出来事は……永久に忘れない思い出と言っても良いだろう。
あ、もちろんロボッターや貸しきりチップは回収しておいた。ロボッターはともかく、貸しきりチップはそのままだと間違いなく遊園地の経営が大変なことになるし。
流石にそろそろ幼稚園編も切り上げて、早く小学校編もとい過去編に入らなければ……