夏が終わり、涼しい秋の季節がやって来た。と言いつつ残暑に悩まされることもあったが、1ヶ月も経つと落ち着いた。
俺や天理は相変わらずうららに振り回されてばかりの幼稚園生活を送っている。そんな中、今日は恒例の行事を迎えようとしていた。
「絶対に勝ちますわー!」
「……張り切ってるな」
「そうだね……」
そう。運動会である。といっても小学校以降の本格的なものではなく、幼稚園児の体力に配慮した簡易的なものではあるが。
しかし競技には徒競走だけでなく障害物競争等も含まれているので油断は禁物。いや、競技自体は問題では無い。
むしろ幼稚園児達の有り余るパワーの方が要注意だろう。下手をするとぶつかって来たり喧嘩になったりで余計な怪我を負う可能性もある。
「桂馬ー! 頑張りなさいよー!」
「桂馬の勇姿、しっかり録画するからなー!」
「天理ー! こっち向いてー!」
「天理ー! パパとママが応援してるからねー!」
「うららー! 頑張ってー!」
「うららー! こっちだこっち!」
「ここから応援していますよ、うらら」
「うらら様! ファイトです!」
「……親は親でテンション高過ぎ」
「……うぅ」
両親はビデオカメラを構えながら俺を常時撮影している。そして天理の両親もやはり天理に視線が釘付けだ。
うららの家族に至っては、両親や爺さんはもちろんのこと、柳含む使用人達まで応援に来ている。
俺やうららはまだしも、天理にとってはかなりプレッシャーじゃないだろうか?
「……大丈夫。自分のペースで、落ち着いてね?」
「……うんっ」
天理に声をかけたは良いものの、今回はどんな結果になるかは分からない。
原作では桂馬達の幼稚園時代の運動会は描かれていなかった訳だし、何より
理由は事前にうららから『ケイちゃんのちょーのーりょくがなくても、うらら達だけの力で勝ってみせますわ!』と言われているからである。
幸い、俺は運動は得意でも苦手でもないので、ビリになることは無い……と思う。まぁ幼稚園の運動会でやらかした所で特に気にすることでもないか。
ただし勝敗が変わることで原作の流れに悪影響を及ぼすことになるのなら、その時はひみつ道具をフルに使ってでも原作通りの結果にするが。
『それではかけっこに出場する子は並んで下さい』
「お、まずは徒競走か。うらら、頑張れよ?」
「うんっ!」
色々考えている内に始まったようだ。さて、後は野となれ山となれだな……
結果としては、俺達のチームが勝利を収めた。うららは言うまでもなく大活躍だったが、それ以上に驚いたのは……
「て、天理……凄いね……」
「……えへへ」
何と、障害物競争でも徒競走でもリレーでも、天理は全ての個人競技で1位だったのだ。
最初は『あれ? おかしいな……天理ってインドア派じゃなかったっけ?』と理解が追いつかなかった。
しかしよく考えてみると、俺がかつて読んだ公式ガイドか何かには、天理の『体力』の数値が高く記載されていた覚えがある。
確か……平均的な値よりは間違いなく高かったはずだ。流石に歩美やみなみ、楠といった運動系少女には敵わないが、それに準ずる数値はあったはず。
すなわち天理は頭脳明晰で学業優秀、そして運動も人並み以上にこなせる文武両道なスーパー少女ということに……何だこれ。ハイスペック過ぎやしませんか?
「あの、天理さん……つかぬことをお聞きしますが、運動等はなされているのでしょうか?」
「え? う、ううん……いつも、桂馬君やうららちゃん達と一緒に遊んでるだけだけど……」
「…………」
親の遺伝? それとも生まれ持っての才能? どちらにしても、俺はこれから天理のことを『天理さん』とお呼びした方が良いのではなかろうか?
「うらら達の勝ちですわー! バンザーイ!」
「あ、うん」
無論うららも勝利を目指して頑張っていたのだが、どうしても天理の運動神経の良さに意識が向いてしまう。
いや、うららも優秀なんだろうけどさ。ほら、ギャップがね? いつも大人しいと思ってた女の子が、実は体力もあるっていう意外性がね?
あ、ちなみに俺は1位だったり2位だったり競技によってまちまちだった。小さい子の体力は侮れないな……
そんなこんなで数ヶ月が経ち、いよいよ本格的に冷え込む季節となった。
参観や芋掘りと、他にも様々な行事があったのだが、特に珍しいことも無かったので割愛する。
そして冬の目玉となる行事……お遊戯会の日がやって来た。
「け、桂馬君……」
(案の定緊張してるな、天理……)
少し広めのホールで行うとはいえ、基本は幼稚園児が行う簡易的な劇だ。
しかし天理にとっては生まれて初めて舞台に立つ訳なので、緊張するなと言う方が無理があるだろう。
既に足がガクガク震えているのが分かる。それどころか、俺の腕を掴んでいる手も明らかに震えている。
「セリフはしっかり覚えたし、いつでもどんと来いですわ!」
「……うららっていつもそんな感じだよな」
もちろん、逆にうららのようにテンションが上がっている子供もいるが。
とはいえやる気に満ち溢れているうららはともかく、天理は何とかして緊張を静めてあげなければ。
運動会とは違い、演劇は1人のミスが全体に響いてしまう。天理にそんな恥をかかせる訳にはいかない!
「うぅ……っ」
「……大丈夫。今、緊張を消してあげるから」
台詞を覚えていないだとか、振り付けや動きを忘れただとか、その手の心配はしていない。
天理は俺なんかよりも余程頭が良いので、むしろ劇に必要な情報は頭にしっかり叩き込んでいるだろう。
ここで重要なのは、緊張でド忘れしてしまう等といったアクシデントを防ぐことだ。
「天理。ちょっと良いかな?」
「う、うん……」
俺はポケットから『団扇』を取り出し、天理を優しく仰ぐ。するとオレンジ色の風が団扇から流れ出て、天理を包み込む。
「ん……」
「……どう?」
「あ……何だか、劇が……怖くなくなってきたかも……ううん、それ以上に……絶対に成功させるっていう気持ちが湧いて……!」
「……良かった。この団扇は『勇気百倍うちわ』といって、仰ぐと勇気がグンと湧いてくるんだ」
「勇気百倍……アンパンマン?」
「確かにそんな感じの名前だけど、列記としたひみつ道具だよ」
この『勇気百倍うちわ』は、声優交代前の『ドラえもん』に登場したアニメオリジナルのひみつ道具だ。
この団扇で仰がれた人は、どんなに怖がりの人でも、あるいはどれほど恐怖を抱く状況でも勇気が漲ってくる。
ただし団扇が折れたり破れている状態で使用すると、逆に恐怖心を強めてしまうという欠点があるが、普通に使えばそんなことにはならないので心配いらない。
これを使って天理の心の中の緊張を勇気に変えてしまえば、うららのようにやる気満々で劇に臨むことが出来るという訳だ。
緊張を消す道具なら他にも『キンチョードリ』があるが、これは一歩間違えると緊張どころかやる気まで奪ってしまい無気力状態にしてしまう。
そんなことになれば非常に不味いので、壊れてさえいなければ確実に正しい効果を発揮する勇気百倍うちわを選んだ。
『シテクレジットカード』に『落ち着いて』と書いても良かったが、これはどちらかと言うと無理矢理実行させる道具なのでやめておいた。
「……ありがとう、桂馬君。もう大丈夫だよ。私、今なら……しっかりやれる!」
「よし、お互い良い劇になるよう頑張ろう」
「うんっ!」
何だか凄くはきはきと喋ってるなぁ。勇気が湧いているとはいえ、ちょっと元気過ぎるような……そのギャップがまた可愛いけど。
とにかく、これで準備は整った。俺と天理は脇役とはいえ、比較的出番が多い方なので油断は出来ない。
見事主役に抜擢されたうららは最初からやる気満々なので大丈夫だろう。後は俺と天理や他の園児達がミスをしないかどうかだ。
天理やうららの為にも、全力を尽くすつもりで臨もう。大丈夫、俺もしっかり台本は確認しておいた。後は台詞を間違えないだけだ……!
「お爺様! お婆様! 今までありがとうございました!」
「かぐや! 行くな! 戻って来い!」
「行かないでぇ……! かぐやぁ……!」
(……凄いなぁ、天理)
勇気百倍うちわのお陰か、天理は見事に役に入りきった熱演を披露している。
今回、俺達が演じることになったのは『かぐや姫』。主役のかぐや姫はうららで、俺と天理はそれぞれお爺さんとお婆さん役だ。
それにしても緊張が無くなっただけで、ここまで演技に力が入るものだろうか? 割と感情を込めたつもりの俺の演技が棒読みに思えてしまうほどのクオリティだ。
もしかすると、元々優秀な天理にひみつ道具の恩恵が加わったことで、秘めた実力を発揮しているのかもしれない。
普段の天理なら恥ずかしがって、きっとここまで役に入りきることは出来なかっただろうし……改めて、天理のスペックの高さに驚かされた。
『……こうして、かぐや姫はお爺さんとお婆さんに感謝しながら、月の国へ帰って行ったのでした。めでたしめでたし』
パチパチパチパチパチ……!
「桂馬君! 大成功だね!」
「……うん。お客さんも皆、喜んでくれたみたい」
かつてここまで天理が元気に話しかけてきたことがあっただろうか。いや無い。
勇気百倍うちわ、ちょっと効き目が強すぎるかも……正直、天理がここまで朗らかになるのは予想していなかった。
だがこれはこれでイイ! いつもの天理ももちろん、この活発な感じもやっぱり可愛いなぁ!
「むぅ……天理ちゃん、うららより目立ってなかった?」
しかし、そんな天理とは対照的に……主役を演じきったうららはご機嫌斜めの様子。そりゃそうか。明らかにうららより天理の方が注目を集めてたもんな。かなりの熱演だったし。
「え? そんなことないよ! 主役のうららちゃん、すっごく輝いてたよ!」
「う~……」
天理に励まされるも、やっぱり納得がいかない顔をしている。いや、天理が言うようにうららも主役だけあってしっかり目立っていた。名家のお嬢様らしく、見事な演技力だったと思う。
ただ、それ以上に天理の演技が注目されていたから……これ、ある意味俺のせいだよな。ごめん、うらら……
そして幼稚園が冬季休業に入り、冬休みが始まった。夏休みに比べると短いとはいえ、それでも子供にとっての2週間は長いものだ。
尤も、既に精神年齢は20代の半ばを過ぎた俺にとってはあっという間に終わる期間に感じるが。やっぱり子供と大人では体感時間に差があると思う。
試しに『時間ナガナガ光線』を……やめておこう。天理達に使うならまだしも、俺が使うと時間が中々経過しないことにイライラする光景しか思い浮かばない。
「メリークリスマスですわ……」
「メリークリスマス」
「え、えっと……メリークリスマス……」
やはりと言うか、俺と天理はクリスマスイヴの夜に白鳥家にやって来ていた。理由はもちろんクリスマスパーティに招待されたからだ。
目の前の机には、和風の部屋とは対照的な……洋風の、クリスマスならではのご馳走が並んでいる。
香夜子が作ったのか、あるいは専属の料理人が作ったのかは分からないが、どちらにしても美味そうだ。
ちなみに俺の両親……麻里と桂一は今、自宅で2人だけのクリスマスを楽しんでいる。
原作ではエルシィの隠し子宣言で一瞬だけ2人の関係が険悪になったこともあるが、女神篇だと麻里は桂一の為に出張先まで見に行ったくらいだし、何だかんだで2人の夫婦仲は良いのだと思う。
どうも2人は俺のことを考えて家族3人でのクリスマス会をしようとしてくれていたらしいが、その数日前に俺が白鳥家から誘われた。
そこで俺は2人に夫婦だけの時間を楽しんでもらおうと思い、自ら『白鳥家で楽しんでくるから、俺のことを忘れて2人だけの時間を楽しんで』と言ってあげた。
最初は『子供が余計な気を遣わなくて良い』と言ってくれていたが、俺が少し説得したら納得してくれた。今頃は2人仲良くイチャついているはずだ。
「今日は来てくれてありがとうございます、桂馬君。天理ちゃんも、ありがとう」
「い、いえ……そんな……」
「むしろ好都合だよ。両親には夫婦だけの時間を過ごして欲しかったからな」
「……貴方、本当に4歳なんですか?」
香夜子が何か言っているけど気にしない。どうせ俺が普通の人間では無いことを知っている訳だし、今更子供を取り繕うことも無いだろう。
しかし美生と結がいないのは予想外……というほどでもないか。大方、向こうでも開かれるであろう特別なパーティに強制参加といったところだな。
「美生ちゃんも結ちゃんも、来てくれませんでしたの……」
「こればかりは仕方ないな。美生ちゃんと結ちゃんにも、お家の都合があるし……」
「正晴の言う通りです。桂馬君と天理ちゃんが来てくれただけでも、ありがたいことですよ?」
「はぁ……」
先程、クリスマスの掛け声でも元気が無かったうらら。やはり美生と結のことを気にしていたのか。
けれど、こればかりはうららには我慢してもらうしかない。爺さんの時は『カムカムキャット』で無理矢理早くこちらに帰宅させたが、あれは爺さん達の命が懸かっていたからだ。
今回のように、単なる仕事や家の都合だとしたら……流石にこちらの都合で呼びつける訳にもいかない。
「うららはこうして、お友達とパーティを楽しめるのに……」
「それは香夜子さんや正晴さん、そしてお爺さんが優しいからだ。普通のお嬢様なら、こうはいかないと思う」
原作の過去編でも、うららは桂馬達が通う普通の小学校に入学出来るくらいには融通が利く家庭環境だったが、美生と結は違う。
結は言うまでも無いが、恐らく美生も五位堂家ほどでは無いにしろ、それなりに自由が制限される家庭だったのかもしれない。
実際に桂馬達が通う小学校に美生と結がいなかったということは……きっと、そういうことなのだろう。
「とにかく、ご馳走が冷めない内に食べちゃいましょう? 桂馬君と天理ちゃんも遠慮せずに、ね?」
「は、はい……いただき、ます……!」
「いただきます。ほら、うららも食べよう? な?」
「……うん」
残念がっているうららを慰めつつ、俺達はご馳走に手を付けていく。流石は白鳥家と言うか、どのご馳走も絶品だ。
ジューシーな骨付き肉に、こんがり焼けた七面鳥……特大のクリスマスケーキも、これがまた絶妙な甘さで手が進む。生地もフワフワで格別だ。
天理はもちろん、最初はしょげていたうららもご馳走を食べていく内に、次第に笑顔を取り戻していった。
やけ食いとは少し違うかもしれないが、やはり美味い物は心の疲れを癒してくれるのだろう。
「ご馳走様でした」
「ご馳走様……でした……」
「ご馳走様!」
「「「……ご馳走様でした」」」
30分もしない内に、机の上のご馳走は全て綺麗に無くなってしまった。俺達子供の食欲はもちろんだが、意外と大人勢もガツガツ食べていたのは少し驚いた。
それだけご馳走の魔力は凄いということだろうか? ちなみに、そのご馳走を作ったのは香夜子であることも会話の中で判明した。
何でも、仕事が忙しかった頃の爺さん達が構ってくれなかった間……料理の腕を上げることくらいしか、やることが無かったらしい。
ただ、それでも孤独による寂しさを誤魔化すことは出来ず、ただただ孤独から逃げるように料理を続けて……上達した時には、精神的にかなり追い詰められていたという。
……原作で描かれていなかった裏側で、そんな辛い出来事が起こっていたとは思いもしなかった。
香夜子がその話をした瞬間、本来なら辿ることになっていたであろう歴史を知る爺さんと俺の空気が凍った。正晴も、その話を聞いて申し訳なさそうにしていた。
というか爺さんや正晴がそんな事実を知らないというのも驚いたが、それは香夜子が今まで料理を振る舞うことがほとんど無かった上に、爺さんや正晴とまともに話す機会も無かったからということらしい。
そして今回、普段は屋敷で働いている柳や使用人の過半数が休暇中とのことで、香夜子自身がご馳走作りを担当することになったのだという。
尤も、事情を全く知らない天理や、話の深刻さに気づいていないうららは少し不思議そうな顔をしていたが。
「……すまない、香夜子」
「……香夜子さん、申し訳ありませんでした」
ご馳走を食べ終わった後、正晴と爺さんは香夜子に謝罪した。正晴はともかく、爺さんからすればただ事では無い話だもんな。
「……良いんです。もう、過ぎたことですし……今はこうして、一緒にいてくれる時間を増やしてくれたじゃないですか。私……幸せですよ?」
「うららも! お父様とお爺様が一緒に遊んでくれるようになって、すっごく楽しいですわ!」
「「…………」」
正晴と爺さんは、香夜子とうららの感謝の言葉にかなり感動したらしい。ただ、爺さんの心には一層響いたらしく、目が潤んでいるのが隠し切れていない。
そりゃそうだろうな。爺さんは正晴以上に、香夜子に対して責任を感じているだろうし。
……まぁ、その理由は俺が『未来』を見せたからだけど。
「……?」
(お母様達、どうしたんですの……? 何だか悲しそうな顔してますわ……うーん、何か元気付けてあげられる方法は……)
「……そうだ! このまま皆で雪合戦しましょ!」
「へ? 雪合戦?」
しんみりとしていた雰囲気を、うららが唐突によく分からない提案で吹き飛ばした。
「うん! 折角皆が集まってるクリスマスですもの! クリスマスと言えば冬! 冬と言えば雪! 雪と言えば雪合戦ですわ!」
(……分からなくはないけど、多少強引な発想だな。増してこの状況で雪合戦って)
子供なりに香夜子達を励まそうと考えたのか、単にしんみりした空気に耐えられなかっただけか……いや、うららの性格を考えれば恐らく前者だろうな。
「でも、雪なんて降ってないぞ? 天気予報でも、今日は1日中晴天だって言ってたし……」
(う、うららちゃん……まさか、桂馬君のひみつ道具で……?)
「じ~……」
「…………」
「…………」
天理と正晴以外の3人の視線が俺に向けられる。え? まさか俺に何とかしてほしいと? いや、流石に超能力と誤魔化してすらいない正晴がいる前でひみつ道具を使うのはちょっと……
「……正晴さん。パーティの後、2人きりでお話したいので……その、寝室の準備を整えて来てくれませんか……?」
香夜子? どうして急に顔を赤らめながら、正晴に小声で耳打ちを……寝室というのは聞こえたけど……ん? 寝室? まさか……
(え、それって……もしかして性の6時間って奴か!? そういや年末にまとめて休暇を取ろうと、最近働き詰めだったもんなぁ……よし!)
「わ、分かった! すぐ準備して来る!」
正晴が少々興奮した様子で部屋から飛び出して行く。どうやら俺の予想は正解だったようだ。
「こ、これで正晴さんはしばらく大丈夫です……」
少し恥ずかしそうな表情をしている香夜子。いや、確かに正晴がいなければ比較的ひみつ道具を使いやすい状況にはなるけども……それにしたってさぁ……
「……うららの為とはいえ、そこまでするか」
「……うぅ」
(む、むしろ意味を理解出来る桂馬君に驚きを隠せません……)
「「「……?」」」
まるで意味が分からないという顔をしている天理達とは裏腹に、耐えきれなくなったのか顔を手で覆っている香夜子。そこまで恥ずかしいなら、もう少しマシな方法を考えたら良かったのに。
どうやら爺さんには聞こえなかったようだ。爺さんなら、仮に聞こえていればそんなきょとんとした顔にならないだろうし。
「……はぁ。分かったよ、何とかする」
「やったぁー!」
「え、えっと……?」
「天理。今からうららの為に、この庭に雪を降らせる。その前に、騒ぎにならないよう時間を止めるけどね」
俺は香夜子の行動に困惑しながらも、小声で天理に説明しつつ後ろを向いてポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出し、スイッチを押して時間を止める。
雪合戦をするには、白鳥家の庭にだけ雪を降らせる必要がある。しかしそんなことをすれば当然周りからは目立つだろう。
となると、やはり時間を止めた状態で雪を降らせなければならない。だが時間を止めると、『お天気ボックス』等を使っても雪が降らない可能性がある。
実際に試していないので詳細は分からないが、この状況で『○×占い』を使うのも無理だ。よって、時間が止まっていても確実に雪を降らせることが出来る道具を使うしかない。
「よし。じゃあうらら、今から雪を降らせて来るから、天理達と待っててくれ」
「うんっ!」
俺は爺さん達にひみつ道具を見られないよう、一度部屋の外に出る。それにしても寒いな……『あべこべクリーム』でも塗っておけば良かったか?
なんてことを考えつつ、俺はポケットから毎度お馴染みとなった『片付けラッカー』に『タケコプター』、夏休みに使った『ロボッター』、そして『ある道具』を取り出し、それら全てにラッカーを吹き付けて見えなくする。
そしてロボッターに『上から雪を降らせて』と命令し、後は『道具』にタケコプターを付けて準備完了。
するとロボッターによって操られ、タケコプターで浮かび上がった『道具』が雪を降らし始め、数分もしない内に庭は雪で覆い尽くされた。
「わぁーっ! 雪ですわー!」
「……流石は桂馬君ですね」
「はい。本当に、あっという間にこれほどの雪を降らせるなんて……」
(凄い……! どこを見ても雪景色だ……!)
「……お待たせ」
「桂馬君……これって……」
「片付けラッカーで見えなくした『雪ふらし』に、同じく見えなくしたタケコプターとロボッターを付けて、上から雪を降らせたんだ」
天理にはいつも通り、使ったひみつ道具の効果を小声で説明する。
「雪ふらし……?」
「簡単に言うと、冷たくもないし溶けることもない雪を、どこでも降らせることが出来る道具だよ」
『雪ふらし』は、触っても冷たくない上に自然と溶けることもない人工雪をどこにでも降らせることが出来る。
これを使うことで、時間が止まっている状態でも問題無く雪を積もらせることが出来ると考えた訳だ。
また、降らせた人工雪は掃除機型の『専用クリーナー』で吸い込めば、仮に一軒家を覆うほどの雪でも5分程で片付く。降らせるのも片付けるのも簡単という隙の無さである。
同じく雪を降らせる道具として『気象シート』と『雪アダプター』もあるが、こちらはシート内にしか雪を降らせることが出来ない。
シートの数を増やせば何とかなるが、そんなことをするより雪ふらしを使った方が早いので、今回は使用を見送った。
「あれ? 冷たくない!」
「その雪は俺特製だから、冷たくないし溶けることも無い。元に戻す時は俺に言ってくれれば、5分で雪を消すから」
「……科学的にどうなっているのでしょうか?」
「冷たくない雪なんて聞いたことがありません……」
「いやそれより、ここまで沢山降らせると流石に正晴に不自然に思われてしまうのでは……」
「あー……大丈夫。正晴さんは部屋を出たのを見計らって眠らせておいた。俺達が雪で遊ぶのをやめた時に目を覚まさせる」
本当は俺達以外の時間を止めたのだが、流石に時間停止のことは話せないので爺さん達にはこう言うしかないな。正晴……また仲間外れにするような真似をしてごめん。
「……本当に何でもありですね」
「そんなことより、うららがまだかまだかと待ち構えてるぞ?」
「「あ……」」
「お母様ー! お爺様ー! こっちですわー!」
「……たまには童心に帰ってみても良いかもしれません」
「雪合戦だなんて、何十年振りでしょうか……」
香夜子と爺さんは、既に雪玉を用意していたうららの元へ向かった。そこからは3代揃っての雪合戦勃発だ。
「えーい!」
「わぷっ!? やったわね! やぁっ!」
「うっぷ!? 青春時代が蘇りますね……はっ!」
うららはもちろん、香夜子と爺さんも今だけは大人であることを忘れ、思う存分楽しんでいる。
原作では叶わなかった光景なんだよな、これ……そう考えると、微笑ましいのと同時に……うらら達の、この幸せを守れたのだと思い……無性に嬉しくなる。
「……うららちゃん達、盛り上がってるね」
「うん。さっきは『どうして雪合戦?』と思ったけど、案外うららはお母さんやお爺さんのことを理解してたのかも」
「それはそうだよ。親子……ううん、家族だもん」
「……家族、か」
(原作では、その家族が揃うことは……無かったんだよな)
俺は天理と寄り添いながら、銀色の世界と綺麗な星空を眺める。やはり俺は天理とこうしている方が楽しい。
もうすぐ幼稚園生活も1年が過ぎる。原作の過去編はまだ先だけど、この調子だと……気がついた時には、1年生になっていそうだ。
「……桂馬君」
「……何?」
「……この空に浮かんでる星にも、ひみつ道具を使えば……行くことが出来るの?」
「……うん。もちろん」
「やっぱり……桂馬君なら、そう言うと思ってたよ」
「あはは……でも、まだ無理かな。宇宙は危険がいっぱいだから、せめて皆が小学生になってからじゃないとね」
「……そっか」
いずれはうらら達に無茶を言われ、どこかしらの異星に連れて行くことになるのかもしれない。
だが、小学生なら……今よりは知能も発達するので、好き放題して危険な目に遭うことは少なくなると思う。
でも、そうなると超能力では誤魔化しきれなくなるな……やっぱり原作の桂馬が考えた作戦のように、『実は宇宙人だった』という設定にした方が良いか?
まぁ、今から悩んでも仕方ないか。どうせその頃にはディアナやドクロウがいると思うし、いっそ天理も含めて4人で考えてみても良いかもしれない。
次で幼稚園編は最後です。その次からようやく小学生編……原作の過去編に入る予定です。
天理の文武両道についてですが、『神ヒロイン完全攻略ブック』にはヒロイン達のパラメータ(勉強、体力、コミュ力、ビジュアル、各ヒロインごとの特殊項目の5つ)が記載されています。
そこで天理の運動能力を確認してみたところ、天理の体力の数値は『4』でした。数値は最低値が『0』、最高値が『5』で、『4.5』を含めた7段階評価となっています。
比較として、歩美や楠が最高値の『5』で、純やみなみが『4.5』、ちひろやかのんが『3』です。また、天理と同値がスミレです。
……最初は目を疑いました。アイドルのレッスン等を受けているであろうかのんより天理の方が上という。
ちなみに勉強については既に本編で軽く触れましたが、天理の数値は最高値の『5』で、あの原作桂馬と同値です。天理SUGEEEE!
しかしこの本、発売時期の関係でうららや香織といった過去編の登場人物は記載自体がありません。よってうらら等のパラメータはほぼ独自設定になるかと思います。
香夜子さんの料理上手設定は捏造です。
原作で『1人でいることが多かった』と語られていた香夜子さんですが、何か家の中で1人でも出来る趣味の1つくらいはあったのではないかと思い、その趣味を料理にしてみました。
……その結果、上達した理由が悲しいものになってしまいましたが。
・2019年2月17日追記
読者の方から感想欄にて、体力の数値についてご指摘をいただきました。
実際には『3.5』という数値が存在しており、『0』という数値が該当するヒロインはいませんでした。0という数値が存在するパラメータは勉強です。
確認してみたところ、ヒロイン以外の数値が記載されているページがあり、そこに体力のパラメータで3.5の数値が存在していることを見落としていました。
なので体力については、最低値が『1』で最高値が『5』、そして『3.5』と『4.5』を含めた7段階評価となります。
最低値の『1』については原作桂馬で、そして天理の数値『4』についてはスミレだけでなく、陸上部である京も同値でした。
特に運動せずとも陸上部に匹敵するほどの体力……天理は一体どこに向かおうとしているのでしょうか。