『球』の光に従い『タケコプター』で飛び続けると、やはりあかね丸の上空に辿り着いた。どうやら時期がズレていること以外は原作通りらしい。
「ドクロウは……いた!」
船上を見渡していると、フラフラと歩く中学生くらいの少女が見えた。間違いない……彼女がドクロウだ。
どうやら原作通り記憶を失い、全てに絶望してしまっている状態のようだ。彼女が持つ球が真っ黒であることがそれを示している。
一刻も早く、ドクロウの精神を落ち着けないといけない。このままでは、ドクロウの身体が逆方向に成長して赤ん坊になってしまう。解決方法も分かっている以上、すぐに……ん? 解決方法?
「……き、キス!? いやでもそれは……」
原作の桂馬はキスという手段でドクロウを絶望から救い上げていたが、俺にそんな度胸は無い。
何より、好きな人がいるのに他の女の子とキスって……原作桂馬はそんなことを言っている場合ではなかったが、俺は……
いや、俺と天理は別に付き合っている訳では無いし、何より天理が俺に特別な感情を抱いてくれていることは……無いだろ。流石に無いだろ。いやまぁ、友人として仲良くしてくれているとは思うけど。
そもそも天理が桂馬に惚れていたのは原作での話だ。俺は既に原作桂馬とは別人になっている訳で……
「ってそんなこと考えてる場合か!」
とにかく、可能な限りキスや恋愛以外の手段で何とかしよう! もう完全に俺のエゴだが、心の中では開き直ることにする!
俺は頭をフル回転させ、この状況を打開する道具を考える。要は絶望に陥っているドクロウの心を何とかすれば良い訳だ。
すなわち心を操る道具を使えば万事解決だが、そんな生々しい方法は極力避けたい。何とか、ドクロウの絶望だけを上手く取り除く道具は……
「……『あれ』しかないか」
俺はまずポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出し、いつものように時間を止める。今は『石ころぼうし』を被っているので、道具を堂々と使用してもバレる心配は無い。
その次に『ある道具』を取り出し、そのまま動きが止まっているドクロウの足元に
後はドクロウの後ろに立ち、ウルトラストップウォッチでドクロウに軽く触れる。するとドクロウの時間停止だけが解除され、さっきと同じようにフラフラと歩き出す。
「……!」
俺が見えなくした『道具』の上を
「あ、れ……?」
「よしよし、ちゃんと発動したらしい」
俺がドクロウの足元に敷いたのは『ハッピープロムナード』。この絨毯の上を通過すると、どんなに落ち込んでいる人でも明るく元気な気持ちになる。
ただし、効果が正しく作用する
とはいえ流石にそんなミスはせず、俺は向きを正しくした上でこの道具をドクロウが歩く方向に向かって敷き、ドクロウの絶望を和らげようと考えたのだ。言い換えればキスの代わりだが。
「…………」
しかし通過し終わった後でも、ドクロウはやはり明るい表情を見せることは無い。恐らくハッピープロムナードでも取り除けない程の絶望を感じていたのだろう。
実際に原作でもドクロウはしばらくの間、記憶を無くした状態で桂馬達と過ごしていた。となると、やはり無理矢理記憶を呼び戻すようなことはしない方が良いはずだ。
「……でも、少なくとも落ち着きは取り戻したみたいだし、ここからは接触してみるか」
ドクロウの様子を間近で見ていた俺は、一度ドクロウから少し離れた位置まで距離を取り、被っていた石ころぼうしを脱ぐ。さて、どう話しかけるか……
リミュエルの時は盛大にやらかしたけど、今回はそもそもの前提が違う。リミュエルと違い、ドクロウは一時的とはいえ
そして俺達が初対面の体で話を進めようとすれば、原作同様に時間がかかってしまい、下手をするとドクロウの赤ん坊化が始まってしまう。
もちろん球やひみつ道具がある限りは何度でもやり直しが利くのだが、だからといって取り返しのつかない失敗を繰り返すのは……いや、考えていても仕方ない。とにかくまずは話してみなければ。
「……こんにちは」
「……!」
ドクロウが俺の声に気づき、後ろを振り返る。原作のドクロウは確か、桂馬が子供を装って接しようとしても無視したはず。
しかし今のドクロウは俺に対し反応を示してくれた。つまり、幾分か心に余裕が生まれている……と思う。
「俺は桂木桂馬。この球に指示されて、君を助けに来た」
骨の方のドクロウ……長ったらしいな。それぞれを区別する時は『ドクロウ(人間)』と『ドクロウ(骨)』で良いか。
ドクロウ(骨)と地獄のことは伏せておき、一先ずはお互いが持つ球を話の中心に持って来ることにした。細かい事情は後回しだ。
名前はあえて名乗った。原作でも過去編の時点で桂馬が名乗っている上、どうせ同居すれば両親の会話から間違いなくバレるので、隠すだけ無駄だろう。
「……え?」
「ほら、君も同じ球を持ってるでしょ」
「あ……」
「俺の球が君の持つ球に反応して、俺をここに案内してくれたんだ。記憶を失った女の子が怯えてるって」
「……!」
「君……どうして俺と同じ球を持ってるか、分からないでしょ? それどころか、自分が誰かも分からないはずだ」
「……うん。でも、どうして……それを……?」
「さっき球が教えてくれた。ほら、今も光で君を指してる」
「……ほんとだ」
少し強引だが、これで『俺が何故ドクロウを助けに来たか』と『俺が何故ドクロウが記憶喪失であることを知っているか』の疑問は何とか解消出来た。
原作でも出会ったばかりの時のドクロウは、桂馬がループによって得た知識を追及することは無かった。つまり、余程矛盾した言い訳じゃ無ければ納得してもらえるはずだと考えたのだ。
「さて、それじゃ行こうか」
「……どこに?」
「俺の家。さっき言ったじゃないか。君を助けに来たって」
傍から聞くと『何言ってんだこいつ』と思われそうだが、ドクロウに対してはこれくらい引っ張る感じで良いはずだ。
今のドクロウは『自分』というものが無い上に、生まれたての赤ん坊のような感じだ。誰かが代わりに指導してあげなければ、まともに行動することも難しいだろう。
それ以前に、原作の桂馬が自宅で保護した以上は俺も同じ手段や似た方法で何とかしてあげないといけない。どの道ここに置き去りにする訳にもいかないからな。
「まずはこれを被って」
「……何、これ」
「石ころぼうしと言って、姿を消す帽子。今からちょっと凄いことをするから、他の人にバレないよう細工をね。詳しいことは後で話すから」
「……?」
例によって、石ころぼうしを『姿を消す道具』と説明する。今のドクロウに『存在を消す道具』と説明しても理解してもらえるかどうか怪しいし。
俺はすかさず石ころぼうしを被り、同時に頭にクエスチョンマークを浮かべているであろうドクロウにも同じ帽子を被せる。
続いて、見えなくしておいたハッピープロムナードを回収する。ドクロウにはひみつ道具のことを話すつもりなので、目の前で道具を使ってみせても問題無い。
「よいしょっと」
「……!?」
(ど、ドアが急に……どこから……!?)
俺はポケットから『どこでもドア』を取り出し、目の前にドスンと置く。後は行き先を思い浮かべ、ドアを開けるだけだ。
「ほい、俺の家に到着。このドアはどこでもドアと言って、ドアを開けるだけでどんな場所にも繋がる」
「……え? いや、え……!?」
ドアの向こうには、見慣れた桂木家が映っている。行きは球の光が示す場所に従う必要があったが、帰る場所は決まっているからな。
わざわざタケコプターで飛んで行かなくても、こうしてどこでもドアで帰宅すれば良いという訳だ。
石ころぼうしをドクロウに被せた理由も、このドアを使って帰宅する為だ。仮に時間が止まった状態で帰宅すれば、後で俺が時間停止を解除した時、周囲からはドクロウが突然姿を消したように見えてしまう。
かと言って時間停止を解除してからどこでもドアを使うのはダメだ。目立つなんてレベルでは無い。ならばどうするかと言うと、ドクロウに石ころぼうしを被せて帰宅すれば良い。
ドクロウが石ころぼうしを被っていれば、後で時間停止を解除したとしても、周りは帽子の効果でドクロウがその場にいようが姿を消そうが無視されるという訳だ。
俺は信じられない物を見たかのような顔をしているドクロウの手を引き、ドアの向こう側に出た。
「人が止まってる……? それに、空を飛んでる鳥も浮かんだまま止まって……」
「あぁ。時間が止まってるからな」
「…………」
ドクロウが何も言えず唖然としている。流石に記憶を失った状態でも、この状況が異常であることは理解出来たらしい。さて、ひみつ道具のことを話すのもこれで3人目か……
「ひみつ道具……」
俺はリミュエルに伝えた話を非常に簡略化して、最低限のことをドクロウに伝えた。事細かに話すのは、ドクロウが記憶を取り戻してからだ。
「そう。ところで、君がさっき歩いてた時、急に心が軽くなったような感じがしなかったか?」
「……うん。真っ暗な心に、光が照らされたみたいだった」
「あれもひみつ道具の力だ。さっきの君は、放っておくのが危険なほど追い詰められてるように見えたから、咄嗟に気分が明るくなる道具を使ったんだ」
「…………」
ドクロウが無言で俺を見つめてくる。恐らくひみつ道具のことが気になっているのだろう。
「ひみつ道具について色々疑問に思うことはあるかもしれないけど、今は君の問題を何とかするのが先だ」
俺は再びタケコプターを取り付けて浮かび上がり、続けて『煙が出ている蚊取り線香』のような道具を取り出す。その煙で家とドクロウ、そして自分を囲むように飛ぶ。
そして1周した後、煙が輪のように繋がったことを確認して、俺はそのままドクロウの傍に降り立つ。
「……それは?」
「あぁ、これ? 『仲間入り線香』と言って、ここから出ている煙で取り囲んだ人々と仲間になれるんだ」
俺が出した道具は『仲間入り線香』。線香から出ている煙で自分と相手を囲めば、相手と仲間になることが出来る。
この『仲間』という意味は友人関係に留まらず、何かの職業に就いている人を取り囲めば同業者に、そして家を取り囲めば家族になることも出来てしまう。
この道具を使えば、ドクロウはごく自然な形で両親から家族として迎え入れて貰えることになる。道具の効果がいつまで続くかは分からないが、仮に効果が切れたとしても、その時はもう一度線香の煙で取り囲めば良いだけなので大丈夫だ。
両親に『Yロウ』や『いいわ毛』で無理矢理説得するのは気が引けたし、『カッコータマゴ』はドクロウの代わりに俺が家から追い出されてしまう。『やどり木』や『いそうロウ』は家族というより居候に近い状態で、家族の温かさを感じてもらいづらくなるので、この道具が最もベストだと考えた。
『家族合わせケース』を使っても良かったが、あれは本来それぞれの家族の親や子供を入れ替える為の道具で、家族の追加が出来るかは分からない。それなら仲間入り線香の方が確実だ。
戸籍等の問題もあるが、その辺りはまだ心配しなくて良いだろう。それよりまずは過去編の事件を解決することの方が重要だ。
「これで君はこの家の家族になった。両親も普通に君を自分の子供として接してくれるから、遠慮なくこの家で寛いでほしい」
「家族……」
(何だか、温かい感じがする……この子が言ってた、道具のお陰……?)
「よし、じゃあ時間停止を解除する。あ、帽子はまだ外さないで」
「……うん」
俺はウルトラストップウォッチを取り出し、スイッチを押して時間停止を解除する。すると途端に周囲から様々な音が聞こえ出す。
「あ……人や鳥が、動き出して……」
「さっき説明したように、この時計のお陰。ひみつ道具のことを誰かに話したり、道具を使う時には周りにバレないようにしないといけないからさ」
「……じゃあ、この帽子も?」
「そう。いきなり時間停止を解除すれば、他の人からは俺達が急にその場に現れたように見えてしまう。でも、その帽子を被っていればバレずに済む」
「…………」
さっきと同じように無言で俺を見つめるドクロウ。今の説明が理解してもらえたかは分からないが、ここであれこれ補足するより、まずは家に上がってもらった方が良いか。
「ここで立ち続けるのも何だし、家の中に入ろう。そしたら帽子を脱いでも大丈夫だから」
「……うん」
俺はドクロウを連れて自宅に招き入れる。玄関に入ったところで、俺はドクロウの石ころぼうしを脱がし、間髪入れずに自分も帽子を脱ぐ。
するとちょうど廊下を横切っていた麻里が俺とドクロウに気がつき、こちらに振り向いて話しかけてきた。
「あ、桂馬に
「へ?」
「……ドク、ロウ?」
耳を疑った。ドクロウを子供として接するのは良いとして、どうして事情を知らないはずの麻里がドクロウの本名を知ってるんだ!?
まさか仲間入り線香のせいか? そりゃ普通は親が自分の子供の名前を知らないなんてことは無い。だからこそ、道具が融通を効かせてくれたってことか?
「……私の、名前?」
「……さっき使った仲間入り線香のせいらしい。家族として接して貰うなら、親が子供の名前を知らないのはおかしいし……多分、道具が君の名前を教えてくれたんだと思う」
「……そう、だ。私……ドクロウ……」
(……結果オーライ、ってことで良いのかなぁ)
本来はタイミングを見計らって、ドクロウに名前を尋ねるつもりだった。初対面であるはずの俺が知っているというのもおかしいし、リミュエルの時はそれで大変なことになったからな。
しかし偶然にも仲間入り線香が、ドクロウが名前を思い出すきっかけを作り出した。いや、作り出してしまった。恐るべし、仲間入り線香……
球が点滅していないことから、どうやら今の流れはきっちり正史として組み込まれているらしい。あ、そうか。
「え、えっと、とりあえず一緒におやつ、食べよっか、あはは」
「……うん」
予想外のことが起こったせいで、思いっきり声が震えてしまった。精神年齢はもう三十路だというのに、こんなことで動揺する自分が情けない。
そんな焦りを誤魔化すかのように、俺はドクロウの手を引いてリビングに向かった。恐らく麻里お手製のおやつが用意されているはずだ。
「……君、いや、ドクロウが記憶を取り戻すまでは、ここでゆっくりすると良い。俺も両親も、ドクロウの味方だから」
出来るだけ優しい声でドクロウに語りかける。今はドクロウに安らぎを与えることが一番大事だからな。
「……うん」
そういえば、以前『○×占い』で『俺が原作と同じ方法で事件を解決しても原作通りの歴史にはならない』という答えが出ていた。
これはつまり現在の俺の行動や、ドクロウが原作より早い段階で俺に保護されることを見越した上での答え……ということだろうか。
何にせよ、恋愛ではなく家族との触れ合い
もしかすると原作より早く記憶を取り戻すかもしれないし、あるいは夏のキャンプが終わった後で記憶が蘇るかもしれない。
前者はともかく、後者の場合は……最悪、俺が単独でひみつ道具を使いながら香織編の事件を解決するしかない。
ドクロウが引き受けることになる
「…………」
(あ、やっぱり食べ方が分からないか……)
麻里が作ったホットケーキを目の前に、ナイフとフォークの使い方が分からず指でつついているドクロウ。
これは原作通り、俺が一から色々教えていくしかないか。今のドクロウ、精神年齢は2歳くらいだもんな。
「えっと、まずは右手で……あー、こっちの手でナイフを持って……」
「……ナイフ?」
「…………」
これは中々骨が折れそうだ……『催眠グラス』か『催眠振り子』で俺自身に『お前は子育てが得意な母親だ』と暗示をかけようかな……
それはともかく、ドクロウを保護したことは天理に話しておくべきだな。隠し事をしないと誓ったのだから。
もちろん現段階では詳しい事情を話すことは出来ないが、それでも……話せる範囲のことは話しておこう。
何よりこのまま同居生活を続けていれば、いずれは天理だけでなくうらら達にもバレるだろうし。流石に今のドクロウを1人置いて白鳥家に遊びに行くことは出来ないからな。