「「「いただきます!」」」
「……?」
「こら、そのまま食べようとしない。ご飯を食べる時は、手を合わせて『いただきます』って」
「いただき、ます……?」
「マナー……って言っても分からないか。今から食べる食材と、作ってくれた人への感謝を示す為に言うんだ」
「感謝……いただきます」
「はいストップ! 手づかみで食べようとしない! ちゃんと箸で……って、持ち方分からないよな」
「……うん」
「まずはこっちの手でこう持って、それから……」
(一から説明するのって、思った以上に大変だな……)
現在、桂木家は夕飯の時間だ。俺や麻里はもちろんのこと、普通に定時で帰って来た桂一に、新たに加わったドクロウの4人で食卓を囲んでいる。
しかし俺はドクロウの隣に座り、つきっきりで最低限の作法や礼儀を教えている。これが正直、かなり疲れる。子育てをする親の苦労が少し分かった。
原作を考えれば、俺がドクロウの世話をすることになるのは理解しているつもりだったが、実際に教える身となると予想以上に体力を消耗する。せめてドクロウの記憶が戻ってくれれば……
「……桂馬、お兄ちゃんみたい」
「え?」
「本当だな。ドクロウの方が背が高いのに、小さい桂馬の方がしっかりしてるもんなぁ」
「……お兄ちゃん?」
(……とりあえずは原作通り、か)
原作と同じような行動を取っていたお陰か、やはりドクロウが俺のことを『お兄ちゃん』と呼ぶ流れになり、俺は少し安心した。
もちろん呼び方が変わった程度で原作の展開に大きな変化は起こらないだろうが、それでも原作通りに越したことは無い。
ただ、両親からすると俺とドクロウはどのような関係に感じているのだろうか? 普通に姉弟か、それとも親戚のような関係なのか?
『仲間入り線香』に限らず、ドラえもんのひみつ道具はその辺りが割と曖昧なことが多い。だからといって質問する訳にもいかないが。
いやだって、親相手に『俺とドクロウってどういう関係だったっけ? 血の繋がりあった? それとも従姉妹?』なんて聞くのは不自然極まりないし。
「……あ」
「どうした?」
「…………」
ドクロウが何かを言いたそうな顔をしている。その表情は僅かに微笑んでいるような……あ、もしかして……
「……ご飯が『美味しい』のか?」
「……うん」
「良かった~! お代わりはあるから、一杯食べてね?」
「ははっ、ママのご飯は格別だからな!」
やっぱりそうだったか。大方、ご飯の味を美味いと感じたは良いが、それを表す言葉が頭に思い浮かばなかったのだろう。
それにしても、本当に2歳くらいの精神年齢だな……麻里に『もう一度ドクロウに子育てしてあげて』とは頼めないし、俺がやるしかない訳だが……
「「「ごちそうさまでした!」」」
「…………」
「食べ終わったら『ごちそうさま』と言うんだ。これも食材や作ってくれた人への礼儀だからな」
「……ごちそうさま。えっと、お兄ちゃん……」
「ん?」
「……おしっこ」
「ブフゥッ!?」
(しまった! 原作でもこんなイベントがあったっけか! 完全に忘れてた!)
……前途多難である。お願いしますドクロウさん。出来るだけ早く記憶を取り戻して下さい。いやほんとマジで。
「……初日からすっごい疲れた」
「お兄ちゃん……?」
あれから俺はトイレや風呂、歯磨きから寝かしつけまで全ての世話をした。もうね、ここまで辛いとは思っていなかった訳よ。
歯磨きや寝かしつけはそこまで苦労しなかったけど、トイレと風呂は流石にどうしようかと思った。風呂については幸い麻里が居てくれたから比較的指導しやすかったが。
え? 何で母親と入ってるんだって? そりゃ俺の中身は三十路だけどさ、麻里が『1人で入るのはまだ早い!』なんて言って許してくれないからだよ!
そんなことより、最も苦戦したのはトイレだ。中に入って指導する訳にもいかないし、かといって1人でやらせるのは不安がある。
結果、俺がドアの外からドクロウに色々と指示することにしたのだが、はっきり言う。かなり気まずかった。ドクロウ自身が何とも思っていなかったのが救いだが。
(とりあえず、もう初日のような苦労はしなくて済むよな……)
精神年齢が低くとも中身は流石ドクロウといった感じで、教えたことはすぐに身に付け、尚且つ忘れないらしい。
今朝、家族で朝食を食べた時も挨拶から箸の使い方までしっかり覚えていたほどだ。後は、触ってはいけない物や危険な物をその都度教えていけば良いはず。
「そろそろ来るはずだけど……」
「……誰か来るの?」
「ドクロウのことを話しておきたい子がね」
「……?」
ピンポーン!
「あ、来た! ドクロウは一先ずここで待っててくれ!」
「うん……」
玄関のインターホンが鳴り響き、俺はすぐさま1階に降りて玄関のドアを開ける。するとそこには……
「……こんにちは、桂馬君」
そう、天理がいた。俺が電話で連絡し、家に来てもらったのだ。ドクロウを早いタイミングで保護した以上は、やはり今からでも話しておいた方が良い。もちろん、現段階で全てを話すことは出来ないが。
「こんにちは。突然呼び出してごめんね? でも、天理に話しておきたい人がいたから」
「話しておきたい人?」
「うん。2階の部屋で待ってもらってるんだ」
そう言いながら、俺は天理を連れて2階の自室へ向かった。すると俺の指示を守り、ちょこんと正座して待っているドクロウがいた。いや、別にそんなかしこまらなくても良かったんだけど。
「あ……」
「……この人が?」
「うん」
「……お兄ちゃん?」
「えっ、お、お兄ちゃん……? 桂馬君、妹さんがいたの……?」
「あー……そのことも含めて話すよ。じゃあ、いつも通り
「……! う、うん」
今の言い方で理解してくれるとは……やっぱり天理が相手だと話が早くて助かるな。俺は『マッドウォッチ』を取り出し、
「……」
「……あれ? どうして、この人まで……」
天理は、俺がドクロウの時間まで止めてしまったことに疑問を抱いている。こればかりは仕方なかったのだ。何せ、今から話す内容は……
「……今から話すことは、まだこの人……ドクロウに聞かせる訳にはいかないんだ」
「え……?」
……
「記憶喪失……?」
「うん。今は俺が仲間入り線香という道具で、この家の家族として保護したけど……実際には、ここから凄く……いや、ある意味では近いか? とにかく、こことは違う場所に住む人なんだ」
桂馬君は、私に目の前のお姉さん……ドクロウさんのことを話してくれた。昨日、桂馬君の部屋に『球』が置かれていて……その球に導かれて、ドクロウさんを助けてあげたらしい。
「じゃあ、どうして桂馬君のことを……お兄ちゃんって……」
「成り行きかな。元々はお母さんが『桂馬はドクロウよりしっかりしていてお兄ちゃんみたい』って言ったのを真に受けたのか、ドクロウも俺のことを兄のように感じてるみたいで」
「そう、なんだ……」
こうして見ると、ドクロウさんの方がお姉ちゃんに見えるけど……何となく、桂馬君のママが言いたいことが分かった気がする。桂馬君、周りの人より大人びているもんね。
「でも、どうして桂馬君と……その、ドクロウさんに、球が……? それに、記憶喪失って……?」
「記憶喪失の原因は分からないけど……実を言うと、俺はドクロウや球の正体を知ってる。ひみつ道具のことも、ドクロウには伝えてある」
「……!」
ひみつ道具のことを……? じゃあ、ドクロウさんは……桂馬君にとって、私と同じくらい信用出来る人なんだ。
「だけど、ドクロウの正体は……俺が本人に伝える訳にはいかないんだ」
「……どうして?」
「ドクロウには、自力で記憶を取り戻してもらわないといけない。もちろんひみつ道具を使えば、無理矢理記憶を呼び戻すことは出来るけど……今のドクロウの心は、凄く危険な状態なんだ。
詳しくはまだ言えないけど、悲しい気持ちで一杯になってる。強引な方法で記憶を弄り回すと、ドクロウの精神が壊れてしまうかもしれない」
(原作通りなら、現時点でのドクロウの心の中は絶望が大半を占めているはず。『ハッピープロムナード』で落ち着かせたとはいえ、安心出来る状態とは言えないんだよな……
もちろん『原作の流れを壊したくない』というのが一番の理由ではあるけど、人の心を安易に操りたくないという理由も……紛れも無く、本当の気持ちだ)
「…………」
確かに、桂馬君のひみつ道具を使えば……記憶喪失になった人の記憶を蘇らせることは、簡単かもしれない。でも今、桂馬君が言ったように……人の記憶を無理に弄るのは良くないという理由も、凄く納得出来る。
それに、ドクロウさんの心が危険な状態なら……やめておいた方が良いと思う。理由は分からないけど、桂馬君の顔は真剣だから……きっと、悩んだ上で結論を出したんだよね?
「そのことを含めて……夏には全てを話すよ。それだけは、ちゃんと言っておきたかったんだ。ただ、ドクロウの記憶が戻ったとしても、恐らく夏まではドクロウについては話せないと思う。
でも逆に、夏になった後でドクロウの記憶が戻らなかったとしても……全て話すよ。約束したからね」
「……うん、分かったよ。ありがとう……わざわざ、私の為に……」
「……こちらこそありがとう、天理」
桂馬君が、少し申し訳なさそうに微笑む。私に事情を話せないことを後ろめたく感じているのかもしれない。
でも……大丈夫だよ、桂馬君。私、ちゃんと待ってる……例え夏の約束が果たせなかったとしても、桂馬君は……いつかきっと、話してくれると思うから。
「……よし。今からドクロウの時間停止を解除する。でも、さっき言ったように、ドクロウには天理に話した内容は伏せておくから……頼んでばかりで悪いけど、俺の話に合わせてくれないかな?」
「……うん」
そう言うと、桂馬君はマッドウォッチのボタンを横にグリッとひねり、そのままボタンを手前に引いた。すると、さっきまで止まっていたドクロウさんが動き出した。
「……また、時間を止めたの?」
「あぁ。ひみつ道具の情報が他人に漏れないようにな」
「……!」
今の会話で理解出来た。ドクロウさんは、本当に……ひみつ道具のことを、桂馬君から伝えられているって。
「それじゃ……ドクロウ、紹介するよ。この子は、ひみつ道具のことを知ってる……鮎川天理だ」
「え、えっと……鮎川天理です……」
「……私、ドクロウ」
ドクロウさんって、物静かな人なんだ……時間が止まっている状態だと、性格までは分からなかったから……
「そして天理。この人がさっき言った、話しておきたい人で……記憶喪失なんだ」
「……記憶喪失?」
桂馬君に言われた通り、私は
「……という訳」
「…………」
「そう、なんだ……」
俺はドクロウに、天理にはひみつ道具の存在を教えていること、そしてドクロウにとって信頼出来る味方であること
例の約束の件に限らず、原作でも天理はドクロウと面識がある。だからこそ、こうして顔を合わせておくことで、香織編のイベントをスムーズに解決出来るようになるかもしれない。
……それまでにドクロウの記憶が復活していればの話だけどな。仮に記憶喪失のままなら、むしろ天理と2人で動くか、俺が単独で動いた方が良いかもしれない。
「……お兄ちゃん」
「ん?」
「どうして……鮎川さんに、私のこと……話したの?」
「……あー」
そうか。そりゃ疑問に思うよな。普通なら天理に対しても『親戚です』等と誤魔化しておけば良いもんな。実際にうらら達にはそうするつもりだし。
しかし現時点のドクロウには、その理由を教える訳にはいかない。さて、どう納得させるか……
「……天理はひみつ道具のことを知ってる。だからこそ、変に隠すよりちゃんと話した方が良いと思ったんだ。
ひみつ道具を知らない人間なら誤魔化した方が良いけど、それを知っている天理なら……誤魔化すと、返ってややこしいことになりそうだったからな」
ドクロウには、一応嘘では無いが全て本当とも言えない中途半端な理由を伝えておく。本当の理由を話すのは、ドクロウが記憶を取り戻してからだ。
「……お兄ちゃん、鮎川さんと仲良しなの?」
「へ?」
「え?」
「だって、ひみつ道具のことを教えたんだよね? 他の人には、バラしちゃいけないのに……どうして鮎川さんに教えたのかなって考えたら、お兄ちゃんと仲良しだからと思って……」
(……確かに、私もドクロウさんの立場なら同じ質問をするかも)
「あー……うん。まぁ、その……家が近くていつも遊んでる幼馴染だし、天理なら……信頼出来ると思ったから」
予想外の質問に思わずどもってしまう。俺が家に連れて帰る時はすんなり納得してくれたのに、どうしてこんな時だけ鋭いんだ!?
「やっぱり。じゃあ……お姉ちゃん」
「へ?」
「え?」
「だから、お姉ちゃん」
「……もしかして、天理のこと?」
「うん」
「なっ!?」
「ふぇっ!?」
ちょちょちょちょちょっと待て!? どうしてそうなるんだ!? 原作では天理のことをそんな風に呼んで無かったじゃないか! 今の話を聞いて、何をどう解釈したら天理を『お姉ちゃん』と呼ぶ結論に至るんだ!?
「ど、ドクロウさん? あの、お姉ちゃんって……私?」
「うん。お兄ちゃんと仲良しなら、私にとってはお姉ちゃんかなって……」
「「…………」」
いや、そのりくつはおかしい。
(お姉ちゃん、かぁ……私、一人っ子だから……ちょっぴり、新鮮かも……)
「……ダメ?」
「う、ううん! 良いよ? お姉ちゃんって呼んでも……」
(了承しちゃったよ!? いや、呼び方くらいで原作の流れが極端に変わるとは思わないけども……)
「じゃあ、私も……ドーちゃんって、呼んで良い……かな……?」
(あ、これは原作通りか)
「……うん」
「わぁ……ど、ドーちゃんっ……えへへ……」
「……お姉ちゃんっ」
天理にドクロウのことを話し、2人の面識を持たせることが目的だったはずだが……いつの間にか、俺の予想以上に意気投合していた。
それにしても、ドーちゃんはともかくお姉ちゃんと来たか。あまり仲良くなり過ぎると、香織編解決後の暫しの別れが辛くなりそうだな……
原作のドクロウが天理とまともに対面したのは記憶復活後ですが、記憶復活前に出会っていれば、もしかするとこんな展開になったかもしれないと思い「お姉ちゃん」呼びにしてみました。