入学式から数日が経ち、明日はいよいよ初登校の日だ。そう、俺達の小学校生活が始まると同時に、本格的に原作に突入する時がやって来た。
だがしかし、過去編最大の悪役とも言える香織は、原作の桂馬が苦戦した相手である。そんな奴に、俺が対策無しで挑めば……ほぼ間違いなくポカをやらかすだろう。
相手が小学生だからと油断は出来ない。万が一にもひみつ道具のことがバレてしまえば、冗談抜きで『フリダシニモドル』で時間を巻き戻すことも辞さないほどだ。
だって、香織は悪魔と繋がりがあるんだぞ? バレたら絶対に不味いことになる。いくらひみつ道具が強力だとしても、俺が使う前に攻撃されればひとたまりもない。
なのでこうして登校前日の内に、ひみつ道具が他人に知られない為の秘策を実行しようという訳だ。いや、秘策と言っても、いつも通りひみつ道具を使うだけだけどさ。
俺はポケットから『小さな本』を取り出す。地味な見た目に反して、その効果は凶悪と言っても差支え無いだろう。それ程に恐ろしい力を持つひみつ道具だ。
「……小さい本?」
「お兄ちゃん。これ、何……?」
ひみつ道具のことを知る天理とドクロウには、俺の秘策を事前に説明しておく必要がある為、こうして部屋に来てもらっている。
そして当然だが、事前に『タンマウォッチ』で俺達以外の時間を止めた状態で行っている。今から使うひみつ道具は、周りにバレたら冗談抜きで大変なことになるからな。
「これは『魔法事典』と言って、自分が使いたい魔法を自由に作り出すことが出来る本なんだ」
「えぇっ!? ま、魔法!?」
「……魔法?」
俺が取り出したのは『魔法事典』。一見何も書かれていない白紙の本だが、この本に自分が望む効果の魔法と使用法を書き込めば、その通りの魔法が使えるようになるというとんでもない代物だ。
作り出せる魔法に制限は無い為、その気になれば『世界を自由に改変する魔法』だとか『願望を無制限に実現する魔法』等といった滅茶苦茶な魔法も簡単に実現出来る。故に、使い方を間違えれば非常に危険なひみつ道具と言えるだろう。
しかし欠点があり、ここに書かれた魔法は事典所持者や魔法作成者以外の人物も普通に使用出来てしまう。それだけでなく、使用した魔法の解除も第三者が行えてしまうのだ。
例えば『空を飛ぶにはフライングという呪文を唱える』といった魔法を書いた場合、事典所持者はもちろん、この魔法の存在を知らない第三者が偶然『フライング』という単語を口にするだけで、その人物にも魔法が発動してしまう。
魔法が書かれたページを破るか、指定した呪文と反対の言葉を言えば魔法は解除されるが、これも先述の魔法の場合、第三者が偶然『グンイラフ』と発言すれば、例え別の人物が魔法を使っていても問答無用で魔法が解除されてしまう。
だが、この欠点については『○×占い』で『使用条件や解除条件を詳細に明記すれば回避可能』という答えが出ている。つまり『俺以外の人物はこの魔法を使用不可』等といった条件を書き加えておけば問題無しという訳だ。
本音を言うとこれほど強力なひみつ道具は、どうしようもないほど追い詰められた極限状況でもない限り使うつもりは無かったのだが……今回はそうも言っていられない為、やむを得ず使うことにした。
香織や悪魔達に対しては、本当に過剰なくらいの対策で丁度良いと思う。少しの油断や隙が命取りになりそうだし。俺はともかく、天理達に危険が及ぶようなことがあってはならない。
「本当はこんな大がかりな道具、使いたくなかったけどね……」
「えっと、あの、魔法って……かぼちゃを馬車に変えたり?」
「うん。簡単に出来るよ」
「空を飛んだりも?」
「もちろん。と言っても『タケコプター』があれば必要無い魔法だけど」
「……す、凄い道具だね」
(どんな魔法でも自由に使えるなんて……ひみつ道具のことを教えてもらった時から思ってたけど、桂馬君……本物の魔法使いみたい……)
「……だからこそ、慎重に使わないといけない。もし、この道具が悪人の手に渡れば……多分、世界が滅びるから」
「……!」
「世界が……?」
俺の言葉に、天理の顔つきが真剣になる。ドクロウはどうも危機感を抱いているようには見えないが、記憶を失っている以上は仕方ないだろう。
「……じゃあ、どうして……そんなに凄い道具を使おうとしてるの?」
「……幼稚園児と違って、小学生はある程度の常識や知識を持つようになる。だからこそ、ひみつ道具がバレない為には徹底的に細工しておかないといけない。
そこでこの道具を使って、ひみつ道具が他の人に知られなくなるような魔法を作ろうと思ったんだ。もちろん、既にひみつ道具のことを知ってる天理とドクロウは例外だけどね」
「あ……確かに、他の小学生の皆にひみつ道具のことがバレちゃったら……幼稚園の時よりも、大変なことになっちゃうかも。でも、魔法って……」
「……?」
天理が魔法事典を眺めながら目を見開いている。まぁ、当然だよな。こんな何の変哲も無い本で、どんな魔法でも作れるだなんて言われても……どう反応して良いか分からないよな。
対するドクロウはどうもピンときていないのか、首をかしげてキョトンとしている。魔法と言う概念も記憶から抜け落ちているのか、それとも無意識に悪魔としての自覚が残っていて、魔法程度では驚くに値しないか……
いや、それよりもまずは魔法を作らないと。天理達にも、魔法使用後に確認してもらいたいことがあるからな。いくら時間が止まっているとはいえ、グダグダと長引かせるようなことでもないだろう。
「えーと、とりあえず魔法の効果は『
使用条件は……解除することは無いだろうし、わざと長ったらしい呪文にした方が良いな。『ひみつ道具は他人に見えないしバレない絶対に100%確実に』にしよう。
そして追加条件で『ただし俺以外の人物はこの魔法を使うことが出来ないし、解除することも出来ない』と書いて……これで良し」
俺は事前にある程度考えておいた魔法の効果と呪文を、魔法事典にサラサラと書き綴っていく。もちろん油性ボールペンで、だ。
何かの拍子に文字が消えたりしたら洒落にならないからな。後は俺が呪文を唱えれば魔法が発動する。そして追加条件のお陰で、この魔法を発動したり解除出来るのは俺だけだから安心だ。
というか、仮に追加条件を書いていなかったとしても『につじくかとんせーぱくゃひにいたっぜいなればしいなえみにんにたはぐうどつみひ』なんて、誰がどう考えても……偶然でも口にしないであろう文章だから大丈夫だと思う。
「それでは……コホン。『ひみつ道具は他人に見えないしバレない絶対に100%確実に』」
パアアァァァ……!
「あ……!」
「え……?」
俺が呪文を唱えた瞬間、目の前の魔法事典が発光する。それだけではなく、俺のズボンのポケットからも眩い光の筋が現れる。
恐らく無事に魔法が発動している証拠だろう。魔法事典はもちろん、ポケットの中の道具も全て発光しているせいで、ズボンから光が漏れているらしい。
そんな光景が10秒ほど続くと、魔法事典と俺のポケットの発光が止まった。どうやら魔法の発動が完了したようだ。
「よし。これで俺達以外の人からは、ひみつ道具が見えなくなっているはずだ」
「そ、そうなの……?」
「私達には、普通に見えるけど……」
「うん。さっきも言ったけど、ひみつ道具のことを知ってる2人には効果が無いからね。だからこそ、この魔法の効果を2人にも確認してもらいたいんだ」
俺は魔法事典をポケットにしまいつつ、代わりに一見『食パン』にしか見えない道具を取り出す。確認作業とはいえ、露骨に怪しい道具を見せるのは不安だ。
しかしこの『道具』なら、普通の人間が見てもただの食パンにしか見えないので、万が一魔法が正常に発動していなかったとしても安心だ。いくらでも誤魔化せるからな。
「……食パン?」
「朝ご飯に出てくる……」
「実はこれも列記としたひみつ道具なんだ。でも、パッと見はただの食パンにしか見えないから、もし魔法が失敗してたとしても上手く誤魔化せるからね」
俺は『道具』を持ちながら、先程使ったタンマウォッチを取り出して時間停止を解除する。そのまま俺は天理とドクロウを連れて1階に下りた。そして辿り着いたのはリビング。
今から麻里に、この『道具』を見せてみる。これで『食パン』と答えれば魔法に不備があるし、『何も無い』と答えれば魔法は正常に機能していることになる。
正直、ここまで対策するのはやり過ぎな気がしないでもないが、これくらいしておかないと安心出来ない。何より俺はドジなので、気をつけていてもヘマをやらかしそうで怖い。
そして魔法事典も封印……とまではいかないが、これ以降も極力使わないでいるつもりだ。この手の道具は本来、なす術が無くなった時の最終手段だからな。何度も気軽に使って良い道具では無い。
「いい? 魔法が正しく発動していれば、お母さんはこれを見ても『何も無い』と答えるはず。外からで良いから、よく見ててね?」
「う、うん」
「…………」
俺は天理とドクロウを廊下に残し、1人でリビングに入る。台所で夕飯の下ごしらえをしている麻里に、出来るだけ怪しまれないよう平静を意識して話しかける。
「……ねぇ、お母さん」
「ん? どうしたの? お菓子が足りないなら、そこに……」
「これ、何に見える?」
「……?」
麻里が、俺の右手に握られた『道具』に目を向ける。魔法事典に書いた魔法の効果が間違っていなければ、麻里には『道具』が見えないはず……!
「えっ、何? 桂馬、何も持ってないじゃない」
「「……!」」
(……よし、魔法はちゃんと発動してるな)
「……ううん、何でもない。ちょっとね」
「変な子ね……あ、元から変か」
何やら失礼な言葉が聞こえたが、右から左に聞き流してリビングを出る。すると、天理とドクロウが少し困惑したような様子で話しかけてきた。
「桂馬君のお母さん……本当に、見えてなかったの?」
「ちゃんと食パンを見てたはずなのに……」
「どうやら、魔法が正しく発動してくれてるみたい。さっきの状況で、お母さんが俺に嘘をつく意味も無いし……本当に見えてなかったんだと思う」
念には念を入れて、後で○×占いで確かめるとしても……麻里の反応を見る限り、十中八九大丈夫と言えるだろう。
そういえば、ドクロウの首に掲げる『なりきりプレート』も魔法の影響で他人から見えなくなるんだよな?
それについても後で確認しておかないと。場合によっては、なりきりプレートだけは魔法の対象外にする必要があるかもしれない。
「でも、桂馬君。見えなくするだけなら……『片付けラッカー』や『透明ペンキ』じゃダメなの?」
良い質問だ。流石は天理。相変わらず鋭い指摘をしてくるな。実を言うと、この疑問は俺も想定内だったので、予め考えておいた説明を天理に話す。
「まず、片付けラッカーは4時間しか効き目が続かないから、予め道具に吹き付けておいても……いずれは元に戻っちゃうんだ。
透明ペンキは効き目こそ永遠に持続するけど、水性だから水で流れ落ちてしまう。下手をすると手汗だけでペンキが落ちてしまうこともあり得る。
そして、どの道具をいつ使うかは俺も分からない。その都度片付けラッカーや透明ペンキを出して道具を見えなくしようとすると、いずれ他の生徒に見つかる危険性も出てしまう」
これは嘘偽り無く本当の気持ちだ。実際、香織編でひみつ道具を使おうと思えば、これくらいの対策は講じておかないと……まともに道具を出すことすらままならないだろうし。
どこに
「……なるほど。それなら事前に確実な方法で見えなくしておいた方が安全だね」
「そういうこと。片付けラッカーや透明ペンキだと、俺や天理達からも道具が見えなくなっちゃうけど……さっきの魔法なら、その心配もないしね。
ドクロウも、俺が学校でひみつ道具を出したとしても、他人からは見えてないから取り乱さないように」
「うん……」
一先ずこれで良いだろう。ここまでしておけば、流石に外でひみつ道具を使ってもバレることはまず無いはずだ。学校でも余程大袈裟な道具を使わない限りは……多分大丈夫だと思う。
既に『ヒミツゲンシュ犬』を使っているとはいえ、油断するよりは必要以上に警戒しているくらいで良い。リミュエルの時のように襲われるのはもうごめんだ。
「……それで結局、その食パンは何?」
「あ、これ?」
天理の次はドクロウから、俺が持っている『道具』への質問が飛んで来た。もちろんこれも想定内。どう見ても美味そうな食パンをひみつ道具と言われたら、そりゃ変に思うよな。
「えっと……それもひみつ道具、なんだよね? 普通の食パンに見えるけど……」
「この食パンは『アンキパン』と言って、これを教科書やノートに貼り付けて食べると、その内容を丸暗記出来るんだ」
「た、食べるだけで……!?」
「……凄い」
原作では一度しか登場していないマイナーな道具のはずだが、欲しいひみつ道具ランキングには上位に食い込むことが多い『アンキパン』。
見た目はただの食パンだが、表面に文字が写るようになっており、これを覚えたい事柄が書かれている紙媒体に貼り付けて食べると、その内容を全て暗記することが出来る。
原作ではのび太がこれを大量に食べたせいで腹を下し、下痢を起こして全てを排泄したことで暗記内容を完全に忘れてしまっていた。
故に排泄すると暗記した内容を忘却してしまう……かと思われたが、以前○×占いで調べると『きっちり消化・吸収していれば排泄しても暗記内容を永遠に覚えていられる』との答えが出たのだ。
つまり、試験の一夜漬けやその場しのぎの暗記しか出来ない道具ではなく、食べる枚数と間隔さえ考慮すれば十分有用なひみつ道具であることが分かった。もしかすると、これも神様が気を利かせて便利な仕様にしてくれたのかもしれない。
……『腹ペコおにぎり』と組み合わせれば、少なくとも暗記科目は無双出来るな。数学みたいに暗記するだけでは問題を解けない科目は厳しいけど。
「もし勉強で必要になったら、俺に言ってくれれば何枚でも用意するよ」
「あ、う、うん……ありがとう……」
(でも、その大きさだと……1回分のテストの内容を覚えるだけでも、大変そう……)
こんな感じでひみつ道具へ厳重な細工を施した次の日、ついに初登校の日となった。香織と顔を合わせることになるのか……天理と初めて顔を合わせた時とは違う、嫌な緊張感で一杯だ。
相手はあの原作桂馬が苦戦した相手だ。いくらひみつ道具があるとはいえ、どうしても不安になる。油断はもちろん、僅かな隙も見せてはいけない相手だ。
「……桂馬君、大丈夫?」
「……え?」
「お兄ちゃん、さっきからずっと……黙ってたから……」
「あ……うん。大丈夫。体調が悪いとか、そういうのじゃ無いよ」
現在、俺は天理達と一緒に登校している。もちろんドクロウには入学式同様、なりきりプレートを首から掲げてもらった状態だ。
○×占いによると、例えなりきりプレートが他者から見えなくなっていても効果を発揮するとのことなので、安心して付けてもらっている。
(少なくとも、今はまだ俺が行動を起こすべきじゃない……よな?)
原作のこの時期は、桂馬と香織は面識が無かった……いや、同じ学校の生徒という認識はあったかもしれないが、まともに会話するほどの知り合いでは無いはずだ。
となると、少なくとも『キャンプ前日の事件』が発生するまでは……俺から香織と接触するのは避けた方が良いだろう。
何かの間違いで仲良くなってしまったり、あるいは必要以上に敵視されてしまえば、今後の展開にどのような影響を及ぼすか分からない。
とりあえず今日は新入生歓迎会の時に、6年生の列に香織がいるかどうかだけを確かめることにしよう。まさか存在しないなんてことは……無いよな?
「…………」
(……ドーちゃん)
(何? お姉ちゃん)
(桂馬君、何かあったの? やっぱりおかしいよ……)
(分からない。朝からこんな感じ……)
天理とドクロウが小声で何かを話している。人の話を盗み聞きするような趣味は無いので、耳を澄ませたり追及するような真似はしないけど。
「……お、着いた」
「あ……」
「……うん」
そんなことを考えていると、いつの間にか小学校に到着していた。入学式の日も思ったことだが、案外家からの距離は近い。これなら多少寝坊しても遅刻することは無さそうだ。
さて、まずは教室に荷物を置いて……そこからは新入生歓迎会か。それとなく香織の様子を伺わないとな。怪しまれないよう、出来るだけ自然な振る舞いで。
『新入生の皆さん。入学おめでとうございます。僕達、2年生が用意した歌を……』
(……そういえば、前世でも毎年こんなことしてたっけな)
体育館に並び、各学年のお祝いを披露してもらう。かつての過去を思い出し、懐かしい気分に……浸る前に目的を思い出す。
今は子供達の歌を楽しんでいる場合じゃない。まずは香織を探さなければ。6年生は俺達1年生から見て、最も遠い場所に座っている。これだと1人1人確認しようとするだけでも時間がかかりそうだ。
「ケイちゃんケイちゃん! 2年生のお兄さんやお姉さんの歌、とっても楽しいですわ!」
「え? あ、そうだな……」
いやうららさん。興奮するのは分かりますが、俺の腕をグイグイ引っ張らないで下さいませんか? 香織を探さないと……
「お兄ちゃん。あの子、シャンシャンなる物を持ってる……あれ、何?」
「……タンバリンだな。叩いたり振ったりすれば、綺麗な音が出るんだ」
ドクロウ、好奇心があるのは良いことだけど、出来れば後にしてもらえるとお兄さん嬉しいかも。
「桂馬君。この歌……幼稚園でも聞いたことあるよね?」
「そうだね。確か去年の秋頃……」
ってそうじゃないそうじゃない! 天理との思い出を懐かしむことは大切だけど、今は先にしておくべきことが……!
『初めまして。僕達3年生は、今日の為に楽器を練習してきました。是非聞いて下さい』
「あーっ! あれって木琴! それに鉄琴も! うららが幼稚園の時からやってみたいと思ってた楽器ですわー!」
「お兄ちゃん。あの子達が持ってる物……何?」
「桂馬君……カスタネット、懐かしいよね。5歳の時に皆で……」
(あーダメだ! この状況だと気が散って集中出来ない! かといって天理達との会話を蔑ろにするのも……)
魔法事典のお陰でひみつ道具が見えなくなっているので、ここで道具を使っても大丈夫だが……仕方ない。一先ず全学年の出し物が一通り終わるまで待つしかないか。
何より今の天理達との会話も、後々大切な思い出となるはずだし……適当に相槌を打つだけで終わらせたくない。香織のことも気になるけど、今はイベントを楽しもう。
……こんな調子で良いのか俺。いや、大丈夫だ。むしろ1年生なら、このイベントで盛り上がっている方が自然なはず。下手に挙動不審になって、香織に怪しまれたら不味い。
『5年生の皆さん、ありがとうございました。続いて6年生の皆さんです!』
「これで最後みたい」
「うん! どのお兄さん達のお祝いも楽しかった~!」
「6年生の人達は、どんなことをするのかな……?」
(これで最後か……)
何だかんだで各学年の出し物を観賞していると、ようやく6年生の番が回ってきた。この中に香織が……ん? マイクを握っているのは……
『新入生の皆さん。ご入学おめでとうございます』
(……納得した。そりゃそうか)
俺が探すまでも無く、香織が自らマイクを握り……6年代表の生徒として、俺達に向かって挨拶の言葉を述べている。
確か原作でも優等生を演じていたもんな。こういう場でも、学年の代表として挨拶することになっても何ら不思議では無い。
『我が校の最上級生として、皆さんのような人達が入学して来てくれたことを光栄に思います』
愛想の良い笑顔を振りまいているが、腹の内は真っ黒なんだよな、こいつ。事情を知らないと、とてもそうには見えないのが彼女の演技力の凄さとも言えるが。
とりあえず、香織の様子を伺ってみる。笑顔を絶やしていないのは、やはり内面を隠す為だろう。一先ずは原作通り……か?
『そんな皆さんの為に、私達からお祝いのプレゼントを贈りたいと思います。それでは聞いて……っ、下さい』
「……ん?」
今、一瞬だけ笑顔が崩れたような……本性を見せたか? いや、それにしては憎悪が籠った表情では無かったような……何と言うか、複雑そうな……
彼女の性格を考えれば、こんな一面に人が集まる場所で本性を露わにするような真似はしないはず。もちろん原作通りの性格であることが前提だが。
(……そもそも、現時点での香織は悪魔と既に契約を交わしてるのか?)
こればかりは原作で描かれていないので、俺にも分からない。もし契約しているとすれば、細心の注意を払って行動しなければならない。
仮にまだ契約していないかったとしても、少しでも怪しまれれば悪魔に俺の情報が渡ってしまう可能性がある。原作の事件が発生した後ならまだしも、事件発生以前からそんなことになれば冗談抜きで時間を巻き戻して仕切り直すレベルだ。
「……桂馬君?」
「え……?」
「また、朝みたいに……険しい顔になってるよ……?」
「…………」
天理から小声で話しかけられる。怪しい態度を取ってはいけないと思った傍からこれか。ポーカーフェイスの1つも出来ないなんて……いっそのこと『表情コントローラー』を使った方が良いかもしれない。
だが、幸い香織は出し物である合唱に集中しているらしい。明らかに視線が俺達以外の所へ向いている。うららとドクロウも合唱に夢中だし、とりあえずセーフ……だよな?
「……大丈夫。ありがとう、心配してくれて」
「う、うん……」
(桂馬君……もしかして、何かあったのかな……?)
やはり天理とドクロウには、予め香織についてを教えておくべきか……? いや、それで露骨に香織への態度が不自然になってしまえば不味いし……
とりあえず、天理には理由を追及されない限りは黙っておいた方が良い。流石に事件前日にはある程度話しておくつもりだが、今から話すのは少し早過ぎる。
ドクロウは記憶が復活したタイミングで話しておこう。現時点では、余計な混乱を招かない為にも話さない方が良いかもしれない。
その後、香織達6年生の合唱が終わり、新入生歓迎会は大成功を遂げて終了した。一先ずは『香織は原作通りの存在』であることを前提として行動しよう。
もちろん何らかのイレギュラーにも対応出来るよう、学校にいる間の警戒は怠らないようにしておくつもりだ。いつ香織がヴィンテージと契約するか分からないからな。