桂馬えもん 天理と神のみぞ知るセカイ   作:夢回廊

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第24話

「すぅ……すぅ……」

 

 布団と毛布は温かい。それでいて柔らかい。私は今、この2つに挟まっている。それだけで、何となく安心する。

 でも、このままずっとここに挟まっている訳にはいかない。だって、いつもならこの時間には……

 

「ドクローウ。朝だぞー。起きろ~」

 

「……ん」

 

 お兄ちゃんが私の部屋に入って来て、傍で呼びかけてくるから。寝ているか起きているか分からずボヤ~ッとしていたのに、少しずつ目が覚めていく。

 

「遅刻するぞ~」

 

「……もうちょっと、寝かせて」

 

「ダメだって。もうお母さんが朝ご飯作り出してるし、観念して起きなってば」

 

「んぅ……」

 

 お兄ちゃんが体をユサユサと揺らしてくる。こうなると、お兄ちゃんは私が布団から離れるまではずっとユサユサし続ける。

 でも、お兄ちゃんの言う通りにしないと。私を助けてくれたのだから、お兄ちゃんの言うことは聞かないといけないと思う。

 

「……起きる」

 

「よろしい。ほら、いつも通り顔洗って歯を磨く! もう1人で出来るでしょ?」

 

「うん……」

 

 まだ眠い。私は目を擦りながら洗面所に向かう。部屋の場所や使い方も、顔を洗うことや歯を磨くことも……お兄ちゃんから教わった。

 最初はお兄ちゃんにやってもらったけど、今はもう自分で出来る。一度言われると、何故か全部覚えて出来るようになっちゃう。

 

「…………」

 

 歯磨きをしながら、鏡から見える私の顔を見る。お兄ちゃんが言うには、最初に見た時は私の目が死んでいたらしい。どういう意味かは分からないけど、多分……良い意味では無いと思う。

 だけど今は、少しずつ元気な目になっていっている……って、お兄ちゃんが言っていた。そう、なのかな……やっぱり、私には分からない。

 

「……出来た」

 

 お兄ちゃんに言われた通り、顔を洗って、歯を磨いて……全部終わったら、お兄ちゃん達が待っているリビングに行く。

 部屋に入ったら、美味しそうな匂いがする。麻里さん……あっ、家ではお母さんって呼ばないといけないんだっけ。お母さんが作った朝ご飯から匂ってくる。

 

「あらドクロウ、おはよう。今日も桂馬に起こされちゃったの? いい加減、自分で起きなきゃダメじゃない」

 

「うん……」

 

「相変わらず桂馬がお兄ちゃんしてるな~。息子が立派に育ってて、俺も嬉しいぞ!」

 

「あ、あはは……」

 

(まさか記憶喪失だから一生懸命面倒見てるなんて言えないよなぁ……)

 

 お兄ちゃんが桂一さん……お父さんに頭をワシャワシャされる。ちょっと嬉しそう。見ている私も、何だかあったかい気持ちになってくる。

 

「よいしょっと。これで全員分ね。では手を合わせて……いただきます!」

 

「いただきま~す!」

 

「いただきます」

 

「……いただきます」

 

 お兄ちゃんから教わった、ご飯の前の挨拶をして……お母さんが作ってくれた朝ご飯を食べ始める。今日は……確か、和食だっけ。

 

「はむっ……美味い! やっぱりママが作る飯は最高だな!」

 

「もうっ。おだててもお小遣いは増やさないわよ?」

 

「そんなんじゃないって。俺は心からの気持ちを……」

 

(ま~た始まった。桂一が家にいることが多いせいか、原作では描かれず仕舞いだった夫婦のイチャラブをほぼ毎日……いやまぁ、微笑ましいけど)

 

 お父さんとお母さんが嬉しそうにお喋りしている。お兄ちゃんが言うには、こういう人のことを『バカップル』って言うらしい。意味はよく分からないけど。

 

「もぐもぐ……」

 

 お兄ちゃんから教わった通り、箸を使ってご飯を食べ始める。うん、美味しい。お父さんがお母さんを褒める気持ちが分かるかも。

 ご飯も、味噌汁も、玉子焼きも、焼き魚も……どれも美味しくて、勝手に手が動いてしまうほど。

 

「はむっ、はむっ……」

 

(……ドクロウ。表情こそあまり変わらないけど、美味しそうに食べてるな……これで少しずつでも、心の闇が取り除かれていってくれれば良いんだけど)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行って来ます」

 

「……行って来ます」

 

「行ってらっしゃい。車には気をつけなさいよ?」

 

「分かってるってば」

 

「桂馬じゃなくてドクロウに言ってるのよ。アンタはむしろ、ドクロウをしっかり見ててあげて」

 

「あー、なるほど。了解っと。ほらドクロウ、行くよ」

 

「うん……」

 

 お母さんに見送られて、私はお兄ちゃんと家を出た。理由は学校に行く為。お兄ちゃんが言うには、普通の子供は行かないといけない所らしい。

 それだけじゃない。家から少し離れた後、私はお兄ちゃんから持たされている『なりきりプレート』を首からぶら下げる。そうしないと、私は学校に行けないから。

 

「流石にもう日課になってるのか」

 

「にっか……?」

 

「あー、毎日その人が絶対にしてることを日課って言うんだ。習慣とも言うけど」

 

「……そうなんだ」

 

 お兄ちゃんは私の知らないことを沢山知っている。私がこうやってお兄ちゃんと一緒にいられるのは、お兄ちゃんが色々教えてくれたお陰だから。

 でも、お兄ちゃんだけじゃない。私に色々な話をしてくれる人は、もう1人いる。お兄ちゃんと同じくらい……ううん、ほとんど毎日会っている女の子。

 

「桂馬君、ドーちゃん。おはよう……!」

 

「天理、おはよう」

 

「……おはよう、お姉ちゃん」

 

 そう、お姉ちゃん。お兄ちゃんと仲良しな人で、私にとってはお姉ちゃん。お姉ちゃんが来ると、お兄ちゃんは凄く嬉しそうになる。

 そしてお姉ちゃんも、お兄ちゃんを見ると嬉しそうになる。ううん、私も、何となく……明るい気持ちになるかも。

 

「桂馬君は、花粉症……大丈夫?」

 

「え? うん、俺は大丈夫だけど……もしかして天理、花粉症に?」

 

「ううん、ママがちょっと……」

 

「あー……なるほど」

 

「……かふんしょう?」

 

「えっとね……春になると、くしゃみや鼻水が止まらなくなる病気だよ。桂馬君とドーちゃんは大丈夫みたいだけど……」

 

「……そうなんだ」

 

 でも、お兄ちゃんなら……そんな病気も、ひみつ道具ですぐに治してくれそう。そんなことを考えながら、私はお兄ちゃん達と一緒に歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

「それでさ、お父さんが足を滑らせて盛大にしりもちをついたんだ。悪いとは思ったんだけど、つい笑っちゃって……ドクロウも見てたよな?」

 

「うん。お兄ちゃんや麻里さん、クスクス笑ってた」

 

「ふふっ……そんなことがあったんだ」

 

「うららのお爺様も、随分前にスッテーンと転んでましたわ!」

 

「へぇ~。あの爺さん、意外と抜けてるところもあるのか」

 

 学校に着くと、いつもうららちゃんを含めたお兄ちゃん達とお喋りしている。ただ話しているだけなのに、何となく明るい気分になる。

 お兄ちゃんもお姉ちゃんも、うららちゃんも笑っている。それを見ていると……心の中が温かくなる。初めてお兄ちゃんと出会った時のように、心が軽くなる。

 

「うららちゃんのおじいちゃん、凄く凛々しく見えるけど……」

 

「人を見かけで判断してはいけないとお母様が話してましたの! それを聞いたお爺様が少しショボンとしてましたけど……」

 

「あははっ、香夜子さん、本人の前でも言うなぁ」

 

(お兄ちゃん、楽しそう……)

 

「……!」

 

(ドクロウ、今……少し、笑った……?)

 

 でも、学校はお兄ちゃん達とお喋りする為だけの所じゃない。他にも、楽しいことがある。それは……

 

「それでは、バスケットの中に入ってるりんごはいくつでしょうか?」

 

(流石に小学校の授業は楽勝だけど、いずれはまた高校の授業を受けることになるんだよな……どうしよう。前世の高校時代に習ったことなんて全部忘れたんだけど)

 

(男の子が3つ、女の子が2つ食べちゃったから……残りは1つ……)

 

(えっと、男の子が……3つ? バスケットの中のりんごって、最初は何個入ってましたっけ……)

 

「わぁ……」

 

 先生が、色々なことを話してくれる……そう、学校の授業。お兄ちゃん達とのお喋りとは違う楽しさがある。

 今まで知らなかったこと、分からなかったこと……それを先生が、私達に優しく教えてくれる。それを聞いていると、自分の頭の中に新しく分かったことがどんどん入って来る。

 お兄ちゃん達は『勉強は大変』と言うけど、そうは思わない。話を聞いているだけでもワクワクして、もっと知りたい、教えてもらいたいと思えてくる。

 

「では……そこの女の子。答えは?」

 

「……1つです」

 

「正解! よく出来ました!」

 

(……流石はドクロウ。原作でも自力で文字を覚えてたし、こんな風に誰かから教わればすぐに理解出来るのか。でも、なりきりプレートのせいとはいっても、先生から『そこの女の子』って呼ばれるのは……

 後でプレートにドクロウの偽名を書き加えといた方が良さそうだな。周りから不自然に思われないとはいえ、流石になぁ……ドクロウ本人は気にしてなさそうだけど)

 

(ドーちゃん、凄い……! 記憶喪失なのに……!)

 

(うぅ~っ、うららが答えたかったのに……)

 

 先生に当てられたけど、答えを言ったら褒めて貰えた。先生から教わったことを、そのまま話しただけだけど……でも、褒められると、やっぱり嬉しい。

 先生は勉強を教えるだけじゃなくて、褒めてくれる。話を聞いて、それを伝えれば……優しい言葉をかけて貰える。だから私、授業が好き。

 

「……!」

 

(ドクロウの目が、さっきよりも少し煌めいてるような……徐々に心の中の闇が消えていってるのか? だとしたら良い傾向だけど……)

 

 

 

 

 

 

 

「位置について~……よーい! ドンッ!」

 

「……っ!」

 

シュタタタタタタタッ!

 

「おおおおぉぉぉぉっ!」

「すげええぇぇぇぇっ!」

「速っ!? 嘘でしょ!?」

「かっこいいっ!」

 

「……ふぅ」

 

 体が軽い。自分でも信じられないくらいに、体が思った通りに動いてくれる。一体、どうして? お兄ちゃんのひみつ道具を使った訳でもないのに。

 

(……記憶喪失でも身体能力は健在か)

 

「け、桂馬君! ドーちゃん、あんなに足が速かったの……!?」

 

「……あれだけ凄い運動神経も、ちゃんとした理由があるんだ。それも夏には話すから、今は……」

 

「あ……うん。待ってるね?」

 

「……ありがとう」

 

「が、学年で一番速いかもしれませんわ!」

 

(なりきりプレートを使ってて良かった……多少おかしいことをしても、ちゃんと()()()小学1年生として扱われるからな)

 

「貴女凄いじゃない! 多分上級生にも負けてないんじゃないかしら!」

 

「先生……私、そんなに凄いの?」

 

「当たり前よ! あまりに速過ぎて、タイムを計り損ねちゃったくらいだもの!」

 

 ……先生は、勉強だけじゃなくて、運動でも褒めてくれるみたい。だって、ただ走っただけでも、私は褒めてもらえたから。

 それだけじゃない。お兄ちゃんも、お姉ちゃんも、うららちゃん達も……皆が私に、優しい言葉をかけてくれる。

 

「……お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「学校って……楽しい所だね」

 

()()()……そうか。そう思ってもらえて良かった」

 

(さっきの目は気のせいじゃなかったか。ドクロウ、順調に日常生活の温かさを感じてるみたいだ。これなら記憶も香織編までに何とかなるかもしれない……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんな風に、平日はお兄ちゃん達と学校に行っているけど、休日は……学校には行かずに、お兄ちゃんやお姉ちゃんと一緒にいることが多い。

 ただ一緒にいる訳じゃない。ほとんどは、お兄ちゃんがひみつ道具を使って……私やお姉ちゃんに、楽しいことをしてくれる。

 

「折角だし、3人でお花見でもしようか」

 

「何それ?」

 

「桜を見ながら、美味しい物を食べたり飲んだりすること。もちろん、目立たないようにしっかり対策するけど」

 

(幸い両親は出かけてるけど、念には念を入れて時間を止めておいた方が良いよな……)

 

 お兄ちゃんはそう言うとポケットから『ウルトラストップウォッチ』を取り出した。そのままスイッチを押したと思ったら、急に周りが静かになった。

 この道具は知っている。私とお兄ちゃんが初めて出会った時に、お兄ちゃんが使っていた道具だ。確か……時間を止める時計だったはず。

 

「あ、ウルトラストップウォッチ……桂馬君、時間を止めたんだね?」

 

「うん。本当は、時間を止めてしまえば()()()お花見しても良いんだけど……もっと手軽な道具があるからさ」

 

「手軽な道具?」

 

 お兄ちゃんはまたポケットに手を入れると、『ピンク色の平べったい機械』を取り出した。これは見たことが無いから、どんなひみつ道具かは分からない。

 

「これは?」

 

「説明するより、まずは使ってみるよ。えっと、この辺から桜が満開の場所は……あった。ここで良いか。ポチッとな!」

 

パアアアアァァァァ……ッ!

 

「……!」

 

「……え?」

 

 家の中にいたはずなのに、急に周りが外になった。それどころか、桜の木が一杯で、あちこちに沢山の人がいる。どういうこと?

 

「驚いた? これは『観光ビジョン』と言って、地球上のあらゆる景色を周りに立体映像として映し出せる道具なんだ」

 

(『壁景色切り替え機』を使っても良かったけど、こっちの方が臨場感あるもんな。『花咲か灰』を使おうとも考えたけど、壁に無理矢理桜を咲かせるからシュールな図になるし)

 

「じゃあ、この景色って……実際の場所の映像なの?」

 

「うん。あくまでも立体映像だから、土の上に座ってもお尻が汚れることは無いし、他の人に気づかれたり衝突する心配も無いんだ。

 って、今は時間が止まってるから衝突なんてする訳ないんだけどさ。とにかく、この道具で手軽に部屋の中でお花見を楽しもうかなと思って」

 

「……本当だ。他の人に触ろうとしても、手がすり抜けちゃう」

 

 試しに隣でお酒を飲んでいる人の肩を触ろうとしたら、手が体の中にスッと入っちゃった。お兄ちゃんの言う通り、映像だから触れないみたい。

 

「流石、桂馬君の道具だね……それにしても、綺麗な桜……!」

 

「うん……」

 

 お姉ちゃんが感動しているように、私も思わず周りを見渡してしまう。どこも満開の桜で一杯……ここに来る人の気持ちが分かった気がする。

 

「続いては『これ』で、お花見に相応しい食べ物を出せば準備オッケー!」

 

「あ……『グルメテーブルかけ』だね?」

 

「何それ?」

 

「このテーブルかけに食べたい物を言うと……何でも作って出してくれるの。前に一度、桂馬君が使ってくれたんだ」

 

「そうなんだ……」

 

「それじゃ……お花見のご馳走!」

 

ポンッ!

 

「あ……」

 

 お兄ちゃんがそう言うと、虹色のテーブルかけに美味しそうな食べ物が沢山出てきた。お姉ちゃんが言った通り、本当に食べ物を出せる道具らしい。

 

「わぁ……どれも美味しそう。湯気が出てる……!」

 

「出来たてだからね。さ、食べよっか。ほら、ドクロウも」

 

「……うんっ」

 

 それからはお兄ちゃんとお姉ちゃんと一緒に、桜を見ながら美味しい料理を食べてお花見を楽しんだ。

 お兄ちゃんが『桜を見ながらだと、いつも食べてる料理も一層美味しく感じるでしょ?』と言っていたけど、その通りだと思う。

 でも、それ以上に……お兄ちゃん達と3人で、お喋りしながら過ごす時間そのものが……凄く心地良い時間で、重い心がどんどん軽くなっていくような気がした。

 

「これも美味しいよ、ドーちゃん」

 

「……あむっ。ん……うん、美味しい」

 

「ふふっ……♪」

 

(……天理もドクロウも、楽しんでくれているみたいで良かった。2人の笑顔……特に天理の笑顔を見られると、すっごい嬉しい。

 でも、うらら達が除け者みたいになってるな……いや、単にうららからのお誘いが無かっただけだけどさ。今度はうらら達も混ぜてお花見するか)

 

 出来ることなら、この楽しい日々がずっと続いて欲しい。お兄ちゃんやお姉ちゃん、うららちゃん達と一緒にいられるだけで……楽しくて、心が温かくなるから……

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