桂馬えもん 天理と神のみぞ知るセカイ   作:夢回廊

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第27話

「…………」

 

 夕陽が沈んでいく。オレンジ色に染まっていた空は、時間が経つにつれ……次第に青黒くなっていく。私が華やかでいられる時間が終わり、今日も耐え忍ぶ苦痛がやって来る。

 

「……っ」

 

 公園のベンチに座っているだけで、耳障りなノイズが聞こえてくる。楽しげで、正に幸せの真っ只中にいるような……そんな不愉快なノイズが。

 どいつもこいつも、私をあざ笑っているとしか思えない。どうせ何も考えていない、頭の中身は空っぽな馬鹿の分際で……その笑顔を、今すぐ潰してやりたい。

 

「……糞餓鬼が」

 

 馬鹿は皆、私の言いなりにしてやりたい。その幸せを潰し、私が上に登りつめてやりたい。どいつもこいつも、私の足元にも及ばない存在として……

 

(……この小娘か?)

 

(えぇ。数日程観察してみたのですが、少なくとも警戒すべき存在では無さそうです。それどころか、()()()()にはうってつけの闇を……)

 

(……そうか。なら、さっさと交渉して来い。もしダメだったら……分かっているな?)

 

(もちろんですとも。では……)

 

「……はぁ」

 

 そろそろ、戻らないといけない。私にとって、あんな場所を家と呼ぶことすら苦痛だけど……それでも、私には戻るという選択肢しか無いのだから。

 

「……おい」

 

「…………」

 

「ん? 聞こえていないのか? おい、そこ小娘。止まれ」

 

「……何ですか? 不審者なら大声を出しますよ」

 

 糞餓鬼共の甲高いノイズとは違った、低い声が響いてくる。誰よ、こいつ……私、こんな変質者に喧嘩を売られるような真似は……

 

「お前、この現状に不満を抱いていないか?」

 

「……は? いきなり何言ってるんです?」

 

「我々に協力してくれれば、お前が望むことを実現出来るぞ?」

 

「……ふん」

 

 変質者どころでは無い。馬鹿を通り越して、関わってはいけない奴だった。こんな怪しい男の言うことなんか無視して、この場を立ち去った方が良さそうね。

 

「おや、無視か……他者の幸せを踏みにじり、自らの幸せを得たいと思っていたのでは無いのか?」

 

「っ!? ど、どうしてそれを……」

 

 今の話……誰にも言ったこと、無かったはずなのに……! まさかこいつ、ストーカー……? いや、もっと危険な……!

 

「悪魔の手にかかれば、人間の小娘如きを調べることなど容易い」

 

「……悪、魔? 何を言って……」

 

「ふむ、まだ疑っているのか。なら……こうすれば、理解してもらえるかな?」

 

 そう言うと、変な男は半透明の布を体に纏ったかと思うと……私の常識を破壊する、あり得ない現象を見せつけてきた。

 

「……!?」

 

(き、消えた……!? 今まで、確かに目の前にいたはずなのに……)

 

「……どうだ? こんなこと、人間には出来まい?」

 

「…………」

 

「……おい、聞いているのか?」

 

「……少し、だけ」

 

「ん?」

 

「少しなら……話、聞いても……良い」

 

 この男は……少なくとも、周りにいる馬鹿共とは違う。今の透明化、そして……私の考えを知っている。悪魔と名乗る辺り、怪しい所はあるけれど……

 頭の中が空っぽで、傲慢な奴らよりは……多少は信用しても、良いかもしれない。仮にこの男が、本当に悪魔だとしたら……私が考えていることを、実現出来るかもしれない……!

 

「……そうか。なら、もっと詳しく話してやろう。まず、我々の素性と目的から――――」

 

(ふん。所詮は人間の小娘か。こうして我々の羽衣を見せてやるだけで、簡単に興味を引ける。後は上手くこの小娘を()()すれば……!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドクロウの記憶復活から数日が経った。相変わらず香織は目立った動きを見せておらず、俺は彼女を警戒しながらも天理達と普通の小学校生活を送っている。

 とは言え能天気に過ごしている訳ではなく、授業中は専ら今後のことばかり考えている。そのせいで授業内容が頭に入って来ないが、流石に小学校で学ぶ内容は楽々こなせる。

 あ、そうそう。ずっとポケットに保管していた駆け魂はドクロウと相談して、時間停止を解除する前に『取り寄せバッグ』の特性を利用してドクロウ(骨)に手渡しておいた。

 

「はい、この漢字は『今』と言って、音読みが――――」

 

「…………」

 

(香織の事件はドクロウと一緒に何とかするとして、エルシィがいない分はひみつ道具で穴埋めするしか無いな。特に穴開け機の偽物はあの道具で……)

 

「……?」

 

(桂馬君、手が動いてないなぁ……最近、授業中によく考え事してるみたいだけど……)

 

 原作通りであることを重視すれば、現時点で正統悪魔社(ヴィンテージ)から敵視される訳にはいかない。いや、そもそも『球』がある限り歴史が捻じ曲がるようなことにはならないはずだが。

 それでも目的や方針はしっかり頭に入れて行動するに越したことは無い。無計画で挑み、俺のせいで天理達が被害を負うようなことになってはいけない。それだけは絶対に避けなければならない。

 しかし、うららと美生はともかく、天理と結は結果的に悪魔や女神の騒ぎに本格的に巻き込んでしまうことになる。つまり、天理や結を含む女神の宿主達の心に穴を開ける必要がある訳で……

 

(……せめて、天理には事前に話しておいた方が良いか)

 

 『約束』についてはまだ話せないが、心に穴を開け、女神(ディアナ)と共に駆け魂を入れるような真似を……何も知らない天理に無断で行う訳にはいかない。実際に原作でも桂馬は天理に手紙で事情を伝えている。

 いや、それを抜きにしても、隠し事をしないと決めた以上は天理にしっかり説明しておかないといけない。ただ、それで天理が拒否してしまったら……俺はどうすれば良い?

 まさか嫌がる天理に対し、強引に女神と駆け魂を詰め込むだなんて出来るはずが無い。しかしそうすると原作の流れが変わってしまう。だからと言って、天理の代わりとしてうららや美生に女神と駆け魂を入れる訳にもいかないし……

 

 キーンコーンカーンコーン……

 

「……!」

 

(チャイム……授業が終わったのか。大学と比べて、小学校の授業は終わるのが早いな……)

 

 チャイムが鳴ったと同時に、今まで静かだった教室に賑わいが出てくる。1日最後の授業が終わったこともあり、放課後に何をして遊ぶか等といった会話が耳に入って来る。

 うららは既に楽しげな表情で俺を見ている。あの顔は恐らく、俺達を白鳥家に招待する気満々ということだ。流石に数年の付き合いなので、それくらいの予想は出来るようになった。

 しかし、こんな穏やかな日常を過ごしていて良いのだろうか? でもこちらから香織やヴィンテージに行動を起こすのも不味い以上、必然的に普通の小学校生活を送ることに……

 

「はい、皆静かに~! 遊ぶことも大事だけど、ちゃんとお勉強もしないとダメですよ? 来週はテストだからね~?」

 

「「「「「「「「えええええっ!?」」」」」」」」

 

 先生が『テスト』と発言した瞬間、教室中の生徒達が揃って大声を上げた。どんな時代、どんな場所でも、子供が勉強とテストを嫌がることは共通事項らしい。俺も前世でそうだったし。

 

「そう言えばそうでしたわ!」

 

「うん……」

 

(……記憶を取り戻した今なら大丈夫。授業内容なら全部頭に入ってる)

 

 それに対して、天理とドクロウは全くと言って良いほど動じていない。確かに納得だ。天理は言わずもがな、ドクロウはドクロウ(骨)の分身だし、頭脳明晰と言って良いだろう。

 うららもテストがあることを忘れていたらしいが、他の生徒達と比べると動揺はしていないように思える。いやまぁ名家のお嬢様だし、普通の子供より成績優秀でも驚かないけど。

 

「ですが今回のテストは少し違います。なんと! 学年別に全生徒の成績を名前付きでランキングにして発表します!」

 

「……?」

 

「へ?」

 

(テストの成績を発表? そんなイベント、原作に……あ、この時期はそもそも原作に描かれてなかったか)

 

「いつも体育では運動が得意な子ばかり目立って、運動が苦手な子が辛い思いをしているでしょう? だからこそ、運動が出来なくてもお勉強が出来る子にスポットを当ててあげたい!

 そう思った先生達が集まって、今回のテストは成績を皆に発表しようということになりました! お勉強が苦手な子も、今回のテストはしっかり復習しないといけませんよ~?」

 

「…………」

 

 なるほど、確かに一理あるな。小学校に限らず、体育は実際に皆の前で行う以上、得意や苦手がはっきりと現れる。それとは引き換えにテストの成績は、名前を晒した上で皆に見られる機会は少ない。

 そう考えると、テストの成績を発表するというのは勉強が得意で運動が苦手な生徒には良い配慮かもしれない。尤も、そもそも目立つことが嫌いな生徒や勉強も運動も苦手な生徒にとっては辛いかもしれないけど。

 

「うらら、猛勉強して1位を狙いますわ! ケイちゃん、天理ちゃん、由梨ちゃん! 一緒に頑張りましょう!」

 

「……うんっ」

 

「お、うららはやる気出たか」

 

「もちろん! やるからには全力で挑んでこそですもの!」

 

 うららは案の定やる気に満ち溢れている。幼稚園の運動会の時からそうだったけど、うららって逞しいと言うか負けず嫌いなところがある。原作でも駆け魂から爺さんを守る為に奮闘していたし、納得と言えば納得だが。

 天理はてっきりうららからの呼びかけに恥ずかしがるかと思ったが、うららの行動に慣れているのか少しだけ微笑みながら返事している。やっぱり天理の笑顔はいつ見ても可愛いなぁ……って見惚れている場合じゃなかった。少しの油断が足元をすくわれるのに。

 ちなみにうららがドクロウのことを『由梨ちゃん』と言っているのは、『なりきりプレート』の『舞島東小学校の1年生』という記述に『桂木由梨』という記述を追記したからだ。いくらなんでも『そこの女の子』呼ばわりは流石になぁ……

 

「…………」

 

「……ドクロウ?」

 

「え……?」

 

「どうしたんだ? 先生を見つめて……」

 

「いや、一瞬……ほんの少しだけ、変な感じがして」

 

「……変な感じ?」

 

「うん。でも、すぐに違和感が無くなったから……気のせいかも」

 

「……そっか」

 

 一瞬、香織やヴィンテージが何かを仕掛けてきたのかと思ったが、それならドクロウがすぐ見破るはず。見たところ、原作の香織編で張られていた結界も無さそうだし。

 香織が悪魔と出会っているかどうかはまだ分からないが、彼女が悪魔と手を組んで事件を引き起こすのはキャンプ前日であることは原作知識のお陰で既に分かっている。

 それに球が点滅していない以上、何か歴史が変わりかねない出来事ということも無いだろう。原作で描かれていない出来事は、球を見て判断すれば間違い無いはずだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳で勉強会ですの!」

 

(うん、まぁこれは予想出来た)

 

 やはりとでも言うべきか、俺や天理、ドクロウは白鳥家にお呼ばれしていた。と言っても放課後の遊びが勉強会に変わっただけだが。

 

「お互いに分かるところや分からないところを教え合って、次のテストで良い成績を出しましょう!」

 

「……相変わらず燃えてるな」

 

「うんっ! うらら、お父様やお母様、お爺様と約束しましたもの! 運動もお勉強も頑張るって!」

 

 うららはやっぱり良い子だ。こんな家族思いの娘を持つことが出来て、正晴も香夜子も、そして爺さんも幸せ者だろう。ただ、原作と違ってませていないのは、両親が生きていることの影響だろうか?

 

「あ、でもケイちゃんの超能力に頼ることはしませんわ! ちゃんと自力でお勉強しないと意味ありませんもの!」

 

「う、うん。私も……出来るだけ、自分で……」

 

(天理もうららも偉いなぁ……小学生時代の俺なら、欲に負けて『コンピューターペンシル』とか使っちゃいそう)

 

 俺はお世辞にも成績が優秀とは言えなかった。小学校はまだしも、高校になると苦手(理系)科目は必死に勉強しても平均点を取るのがやっとだったほどだ。かと言って文系科目も特別出来るという訳ではないが。

 ひみつ道具で不正をするのが良くないことは重々承知であるが、原作の流れを壊さないとなると、俺は原作の桂馬のように全科目満点を維持しなければならないことになる。正直に言うと無理ゲーです、はい。

 小学校までは乗り切れるとしても、中学校、高校と、時間が経てば経つほど好成績の維持が厳しくなっていく。こればかりは心を鬼にしてひみつ道具を使った方が良いのだろうか? でもなぁ……

 どうする? 今から猛勉強した方が良いか? でも俺の頭では苦手科目で高得点を叩き出せるとは思えない。いっそのこと、中学生になったら天理やドクロウに勉強を教えてもらうのも良いかもしれないが……

 

「……桂馬君?」

 

「え?」

 

「大丈夫? 急に黙り込んじゃったから……」

 

「あ、う、うん。大丈夫……」

 

 ……このことはいずれ考えよう。少なくとも、今悩むべきことでは無い。まずは香織が引き起こす事件を何とかすることの方が重要だ、うん。決して現実逃避じゃないよ。ホントダヨ?

 

 

 

 

 

 

 

「ここはこうして……」

 

「なるほど! 分かりましたわ! 超能力だけじゃなくて頭も良いだなんて、ケイちゃんって凄い!」

 

「あ、あはは……」

 

 うららからの尊敬の眼差しが気まずい。本当に気まずい。転生というある種の反則を行っている後ろめたさが心にチクチクと刺さる。実際の俺は人に教えられるほど勉強が出来る訳では無い。

 しかしうららに本当のことを説明出来ない以上、ひたすらこの気まずさに耐えるしか……いや、お願いだからそんなキラキラした目で見ないで。純粋な子を騙しているような罪悪感がぁ……!

 

「……お姉ちゃん、凄い。全問正解だね」

 

「由梨さんも全問正解……勉強、得意なの?」

 

「得意というより、好き……かも。先生の話、聞いているだけで楽しいから」

 

 俺がうららに勉強を教えている横で、天理とドクロウはあっという間に宿題や課題を終わらせている。この2人、下手をすると無勉強でも普通に好成績を残しそうなんだよな。全科目90点以上とか。

 いや、現時点では俺も無勉強で一定水準以上の成績を残せるとは思うが、だからと言って怠けていると原作と同じ高校に入学出来なくなりそうなのが怖い。せめて勉強する習慣は身に付けておかなければ。

 ……コンピューターペンシルや『能力カセット』、『アンサーグラス』や『一夜漬けダル』による不正はダメだとしても、『アンキパン』を使うくらいは許して下さい。理系科目は本当に苦手なんです……

 もちろん全てをアンキパン頼りにするのではなく、ちゃんと天理やドクロウに教わった上での補助として使いますので、どうか……って誰に頼み込んでいるんだ俺は。

 

「出来ましたわ!」

 

「ん、どれどれ……さっき間違った問題も含めて全部正解か」

 

「やったー!」

 

「…………」

 

(少しやり方を教えただけですぐ出来るようになるのか。うららもうららで優秀だな……俺、このままだと中学生になる頃には天理達に置いてけぼりにされそう)

 

 分からないと頭を悩ませていた問題や、解いたは良いが答えが間違っている問題の解き方をうららに教えてあげると、次からは同じ問題や似た問題を間違えないようになっていく。

 そもそも元から間違っていた問題そのものも少なく、現時点で既に80点以上を取れる実力はあると言って良いだろう。もはや弱点を潰していくだけの作業になっている。

 流石に天理やドクロウほどでは無いにしても、彼女もお嬢様だけあって勉強方面も優秀みたいだ。そう言えば、3歳の頃も同年代の子供達と比べて流暢に話していたもんなぁ。

 それに幼稚園の時も毎年、運動会で天理と共に大活躍していた。運動神経もかなり優れていらっしゃるようで、天理達は3人揃って文武両道ということになる。

 

(……俺、もしかしなくてもとんでもないスペックの人達に囲まれてる?)

 

「桂馬君?」

「お兄ちゃん?」

「ケイちゃん?」

 

「…………」

 

 ……俺はやはり天理達を『さん』付けでお呼びした方が良いのではなかろうか? 俺なんかがこの場にいて話すこと自体がおこがましいことでは無いだろうか?




 以前述べた『神ヒロイン完全攻略ブック』に記載されている原作桂馬の勉強評価は最大値の『5』ですが、この主人公の学力は『3』くらいです。原作の登場人物で言えばちひろ・楠と同値です。
 運動能力についても同様で、主人公の運動神経は『3』くらいです。原作の登場人物で言えばかのん・ちひろ・月夜・七香と同値です。
 うららについては同書に記載がありませんが、おおよそのイメージとして、学力が『4.5』、運動能力が『4』くらいで考えています。前者は結・京、後者は天理・スミレ・京と同値です。
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