天理達との勉強会から1週間後、予定通りテストが行われた。うららは勉強会のお陰か、嬉しそうな表情でスラスラと問題を解いていた。あの様子なら、上手くいけば満点を取れるかもしれない。
天理とドクロウは言うまでも無いが、流石に俺も小学1年生の問題で苦戦することは無かった。いや、これでも普通くらいの大学は出ているんだ。それなのにこんな問題で躓いていたら色々と不味いと思う。
そしてテストはあっという間に終了した。そして翌日、1日の授業が終わったと思ったら、担任からランキング発表の準備が出来たことを告知された。随分と早いな。てっきり数日くらいかかると思っていたけど。
「ドキドキしますわ……!」
「う、うん……!」
現在、全生徒が校庭に集められ、朝の集会のように運動場全域に並んでいる状態だ。前を見ると、布が覆い被さった何かがあり、先生達がその布を握っている。なるほど、布の下が成績のランキングだな。
生徒が並んでいるとはいえ、まだ集合出来ていない学年やクラスの生徒達がいる。恐らく全生徒が並び終えたタイミングで、目の前の布を取り払ってランキングを発表するのだろう。
周りを見ると、期待に満ち溢れている生徒もいれば、全てが終わったかのような絶望感を漂わせている生徒、そもそも興味が無さそうな生徒と千差万別だ。尤も、興味が無い素振りを見せているだけで、内心は期待している可能性もあるが。
「……うらら、見るからにソワソワしてるな。天理も全く関心が無いという訳では無さそうだ」
「みたいだね。お兄ちゃんは?」
「全く気にならないと言えば嘘になるけど、他の子供達ほど緊張はしてないかな。俺って中身がアレだし……」
「……ふふっ、確かにね」
今の説明で、ドクロウは俺が言いたかったことを理解してくれたようだ。やはり頭が良い味方がいてくれることは心強い。重大な話はもちろんのこと、何気ない雑談でもこちらが話したいことをスムーズに理解してくれるし。
「全学年の生徒が集まったみたいですね? それでは皆さーん! こちらにご注目ー!」
メガホンを握った先生が高らかに発言すると、生徒達の目が一斉に先生の方へ向いた。いよいよランキング発表か。周りの空気が緊迫……と言う程でも無いが、さっきよりも引き締まっている。
天理とあれこれ喋っていたうららも、先生の声を聞くと会話を止め、真剣な表情で前を向いた。あれだけ1位を目指して勉強を頑張っていたのだ。やはりランキングが気になって仕方無いのだろう。
「昨日のテストはお疲れ様でした! 今から学年毎に作成したテストの点数ランキングを発表したいと思います!」
(安直なネーミングだな……いや、変に難解な名前より分かりやすい方が良いか。相手は小学生だし)
「ではまず1年生から! それっ!」
先生が布を取り払ったと思うと、俺達1年生が受けたテストの点数と氏名が記載されたランキング表が露わになった。上から眺めていくと、やはり天理とドクロウの名前が……ん?
「なんと1年生からは満点が3人! 鮎川さん! 桂木桂馬君! 桂木由梨さん! よく頑張りました! おめでとう!」
「「「「「おおおおおっ!」」」」」
(……俺も満点か。でも、これは転生したからこそなんだよな……そう考えると、やっぱり後ろめたさが……)
天理やドクロウのように実力で掴み取った成果なら素直に喜べたが、俺はあくまでも転生したお陰で一定量の知識を持っているからに過ぎない。
だからこそ、俺の満点より天理やドクロウの満点の方が遥かに価値あるものと言えるだろう……そういえば、うららの名前が見当たらない。てっきり満点かと思ったけど……
「きゅ、98点……悔しいですわ……!」
(あ~……うらら、ドンマイ)
1位より少し下の名前を見てみると、4位にうららの名前が記されていた。98点ということは、どうやら1問だけ間違えてしまったようだ。
テスト中のうららは残り時間で見直しをしっかり行っていたように見えたので、本当に些細なケアレスミスで失点してしまったのかもしれない。
「続いて2年生の発表です! それっ!」
1年生の子供達がザワついている中、先生は続けて2年生以降のランキングを発表していく。少なくとも、香織以外の上級生に知り合いはいないし、原作で関わるキャラもいないはずなので、後はスルーで良いだろう。
……おっ、歩美が70点、ちひろが80点を取っている。ちひろはともかく、歩美は勉強が苦手なイメージだったけど、小学生時代は良い点数を取っていたのか。そういえば、原作でも歩美は『昔は100点を取ったことがある』と言っていたな。香織は……予想通り満点か。
そんなことを考えていると、全学年のランキング発表が終わった。ここからは解散と言うことなので、既にザワつきつつあった校庭が一瞬の内に子供達の声で溢れ出した。周りからテストに関する話題が聞こえてくる。
「うぅ~っ、後2点で100点だったのに……!」
「「うららちゃん……」」
(……満点の俺が慰めても、うららにとっては嫌味になりかねないな。ここはあえて何も言わない方が……)
「でも、ケイちゃん達は流石ですわ! ケイちゃん、天理ちゃん、由梨ちゃん! 100点おめでとう! 皆で一生懸命勉強した甲斐がありましたわ!」
「……!」
(うらら……)
……やっぱり、うららは良い子だな。この歳の子供なら、他の人に嫉妬してもおかしくないのに。
「……うららちゃん。ありがとう……うららちゃんも、その……凄いよ! だって、後1問で……んっ」
(あ、あれ? 今……一瞬、何か……)
「……ありがとう、うららちゃん」
「今回はケイちゃん達に負けたけど、次こそはうららも一緒に100点取りますわ!」
「……そうだな。お互い頑張ろう」
「うんっ!」
爺さん、香夜子さん、正晴さん。お宅の娘さん、物凄く出来た子ですよ。少なくとも前世での小学生時代の俺は、こんな切り替えが上手く出来るような子供ではありませんでしたよ。
「……?」
(気のせい、かな……?)
「うららちゃん、迎えの車が来るまでずっと間違えた問題のことを呟いてたね」
「……やっぱり、相当悔しかったんだな。でも、無理も無いか……後1問さえ合っていたら満点だったもんなぁ」
「…………」
あれから俺達はしばらくテストやランキングについて雑談した後、そのまま帰路についた。うららとは学校で別れて来た。いつも香夜子による自動車送迎だからな。
ランキング発表の時も、香織は怪しい動きを見せていなかった。尤も、あまり凝視していると不審に思われてしまうので、時折様子を伺うことしか出来なかったが。
「ドクロウにとってはどうだった? やっぱり簡単だったか?」
「うん。算数はもちろん、国語も授業で習った知識を活かせば難なく解けたよ」
「そうか。流石だな」
「ふふっ、お兄ちゃんほどじゃないよ」
「いやいや、俺なんかよりよっぽど……」
「…………」
「……天理?」
「……お姉ちゃん?」
「……え?」
「どうしたの? さっきから無言だけど……」
俺とドクロウが他愛も無い会話をしている隣で、天理は下校し始めた時から終始無言なのだ。もしかして、体調が悪くなったのだろうか? だとしたら全力で治療しないと!
「……ちょっと、首が」
「「首?」」
「……ううん、気のせいかも。さっき、一瞬だけ……違和感を覚えて……でも、それからは何も……」
「……?」
首……? まさか、
となると、やはり何かの病気だろうか? 何にせよ、放置しておくよりは原因を探った方が良いだろう。幸い、手元にはひみつ道具があるので、重病だとしても瞬時に完治させることが出来る。
「……いや、念の為に調べてみよう。天理、悪いけど、このまま俺の部屋に寄ってくれるかな?
「あ……うんっ」
ドクロウと言い天理と言い、少し含みがある言い方をするだけで理解してくれるのは本当にありがたい。ひみつ道具やその他諸々については、外で事細かに説明する訳にはいかないもんなぁ……
いくら『魔法事典』のお陰でひみつ道具が他者から見えなくなっているとはいえ、みだりに外で使うのは危険過ぎる。増してこの時期は、いつ、どこにヴィンテージが潜んでいるか分からないからな。
「……これで良し、と」
(外の音が消えちゃった……この感覚も、もう慣れたかも……)
(本当に、お兄ちゃんのひみつ道具は凄い……)
俺はいつものように『ウルトラストップウォッチ』で時間を止めた。こうしておけば、堂々とひみつ道具を使ってもバレる心配は無いだろう。油断するよりは警戒するに越したことは無い。
そしてウルトラストップウォッチをポケットにしまい、代わりに『お医者さんカバン』を取り出す。理由はもちろん、天理に病気や怪我が無いかを調べる為だ。
「あ……それ、お医者さんカバンだよね?」
「よく覚えてるね……うん、これで天理の首を調べようと思って。何かの病気だったら、すぐに治さないと」
「お医者さんカバン?」
「これはね、どんな病気や怪我でも治せる鞄で……まだドーちゃんと出会う前の話だけど、私達が幼稚園に通ってた時、桂馬君がこれを使ってうららちゃんの足の擦り傷を治してくれたんだ」
「…………」
(どんな病気や怪我でも治す、か……本当なら、この説明でも驚くところなんだろうけど……時間を止める道具を見てからだと、まだまともに感じる)
天理が俺の代わりにお医者さんカバンの説明をしてくれた。天理の前では一度しか出したことが無い道具でも、そこまで正確に覚えているとは……天理の頭の良さが羨ましい。
そんなことを考えつつ、お医者さんカバンの聴診器を天理の首に当てる。するとカバンが天理の病状を診断し、数秒ほど待つと画面に診断結果が表示された。相変わらず早いな。
『特ニ異常ハ見当タリマセン。至ッテ健康ナ状態デス』
「……少なくとも、病気では無いみたい」
「う、うん……」
(一先ずは安心だけど、病気じゃ無いとしたら、どうしてお姉ちゃんは急に違和感を……?)
天理は少し安堵の表情を浮かべ、ドクロウは安心しつつもどこか疑問を抱いているように見え、天理の首を手で触れようとしている。
お医者さんカバンが『健康』と判断した以上、何かしらの病気である可能性は無くなった。だとしたら、天理が感じた違和感は……やはり気のせいだったのだろうか?
「……っ!?」
「……ドクロウ?」
「んっ……ドーちゃん?」
「嘘……そんな、どうして……!?」
「急に慌ててどうしたんだ? 天理の首に何か……」
「……お兄ちゃん。お姉ちゃんの首に……奴らの首輪が……!」
「……な、何だって!?」
予想だにしない単語が飛び出して来たせいで、俺の思考が真っ白に染まりかける。おいおい待ってくれ! 首輪だと!? そんな! だって香織編の事件はキャンプ前日だったはずだろ!?
今はまだキャンプの日まで1週間以上あるぞ!? それなのに、どうして天理に首輪が……いや、そもそも首輪が付いているなら一目で分かるはず! 確か原作の桂馬は……いや、
ちょっと待った。俺が目視出来ないこと以上に、どうしてドクロウが首輪の存在に気付かなかったんだ!? 原作でも素手で首輪を外していたドクロウが、首輪の存在を見逃すはずが……!
「……どういう、ことだ? 天理に首輪って……」
「……?」
(首輪……? 桂馬君とドーちゃん、何の話をしてるんだろう……?)
「私も、触れるまで気づかなかった……いや、
ドクロウが気づかない程の隠蔽技術!? そんな展開、原作に無かったはずなのに!? 一体どういうことだ!? まさかひみつ道具の存在がバレて……いや、それならまず天理より先に俺を狙うはずだよな……?
俺は震える手でポケットから『正体スコープ』を取り出し、天理の首を確認してみる。するとドクロウが言った通り、原作にも登場した……黒い不気味なテープのような首輪が、天理の首元に巻き付いている様子が見えた。
「……ほ、本当だ。確かに首輪が……」
「しかも、これは私達でさえ知らない謎の技術……こんな魔法、見たことが無い……!」
初めて見た技術……? 確か、原作ではエルシィが『この時代の魔法は古い』と言っていなかったか? それなのにドクロウですら見抜けない未知の技術……!? 不味い、何がどうなっているのかさっぱり分からない! いや、落ち着け、落ち着け俺! 一旦冷静になれ!
とにかく、一刻も早く首輪を外して……いや、そんなことをしたらヴィンテージの奴らが首輪破損を察知して天理を襲いに来ないか? それに天理には元々首輪を付けていてもらう必要が……でも、原作通りの展開ならまだしも、こんな得体の知れない状況でそれは……!
「……それにこれ、外せない」
「は?」
「私達が知らない技術だから……少なくとも、私の力では外せない。向こうの私と協力しても……恐らく、無理だと思う。それに、強引に外そうとすると……奴らに気づかれる可能性が高い」
「なっ……!?」
(……わ、私の首に何があったんだろう?)
首輪を外せないとなると、天理だけじゃなく……他の女の子に巻き付いているであろう首輪も外せないということになる。すなわち、天理以外の女神の宿主が変わってしまい、原作が著しく崩壊してしまう。いや、そもそもこの時期の天理に首輪が巻き付いている時点で……!
いやでも、だったらいつの間に首輪を付けたんだ? 少なくとも、俺達は常に天理の傍にいた。ヴィンテージや香織が行動を起こせば、俺とドクロウのどちらかが気づくはず……待てよ? もしヴィンテージが羽衣で姿を消していたとしたら……?
だとしても、こんな時期に首輪を付ける理由が無い! 原作ではキャンプ前日に事件が起きていたし、その時は学校全体に結界が張られていた。それに、少なくとも俺はサテュロスやヴィンテージと接触した覚えは無い……だから、奴らが行動を前倒しにする理由は無いはず……! でも、それならどうしてこんなことに……?
(……そうだ! 『球』は!?)
こんな異常事態が起きているのだ。もしかすると、俺が把握していない何らかの原因で、サテュロスやヴィンテージ達が本来の歴史に無い行動を起こしているのかもしれない。だとしたら、球が点滅して歴史が変わる危険を知らせてくれるはず。そう思ってポケットから取り出したのだが……
「……て、点滅してない!?」
「……!」
これで球が点滅していれば、今すぐにでも『フリダシニモドル』を使って時間を巻き戻し、天理に首輪が巻き付いている理由を探るつもりだった。しかし、俺の予想とは裏腹に……球は今も明るく
いや、そんな訳が無いだろう!? 仮に天理は予定通りだったとしても、他の女の子達はどうなるんだ!? まさか奴らがピンポイントで女神の宿主に首輪を付けたとは思えない。となると、明らかに女神の宿主達とは無関係の女の子にも首輪が巻き付いている状態となる。なのに、そんな状況が正史だなんて……!
「お兄ちゃん、どうしよう……」
「こ、こんな馬鹿な話があるか! これが
「……け、桂馬君? ドーちゃん?」
「え? あ……」
「……お姉ちゃん」
「さっきから、その……慌ててるみたいだけど、何かあったの……?」
「「…………」」
そうだ。俺とドクロウは想定外の事態に慌てていたが、
だけど、このタイミングで話すのは流石に早すぎる。でも、こうして俺とドクロウが切羽詰まった状態であれこれ話している所を見られてしまった以上……誤魔化すことは難しいだろう。いや、それ以前に俺は天理に嘘をつかないと決めている。こうなってしまったからには、今、話すべきか……?
実際、こうして天理に首輪が巻き付けられてしまっている。それに天理はドクロウの記憶が戻ったことを知らないとはいえ、
(……俺っていう奴は、どうしてこうも失敗ばかりなんだ。球が点滅していない以上、今の俺やドクロウのうっかりも正史なんだろうけど……『ドラえもん』なら、こんな時は『タイムマシン』で失敗を無かったことにする展開になりそうだよな……ん?
「…………」
「……桂馬君?」
「……お兄ちゃん?」
(……まさか、球が点滅してないのは……
頭の中に、ある仮説が思い浮かぶ。少なくとも、
「…………」
俺は無言でポケットから『○×占い』を取り出し、静かに床に置く。仮に俺が考えた仮説が間違っていた場合、そのまま仮説通りの行動を起こしてしまうと……冗談抜きで、この世界の歴史が破壊されかねないのだ。だからこそ、確実な保証が無い限りは迂闊に実行する訳にはいかない。
「……桂馬君。それは……?」
「『
「うん。これは『○×占い』と言って、問いかけたことに対して何でも○か×で答えを出してくれる。しかもその的中率は100%なんだ」
「て、的中率100%……!?」
「それ、最早占いじゃないよね……」
天理は驚き、ドクロウは軽く引いている。普段ならもう少し道具の説明をするところだが、今は仮説が正しいかどうかをはっきり判断することが出来る質問を○×占いに投げかけることが先だ。少しでも語弊があると正確な答えが出ないので、慎重に問いかけなければならない。
「……球が点滅していない理由は、俺が頭で思い浮かべている仮説が
『ピンポーン!』
(……よし、俺の仮説は正しいと証明された。これで安心して……『あの道具』を使える!)
「……お兄ちゃん?」
「……ドクロウ。俺達は今から、
「……えっ!?」
(か、過去……!?)