「……いくぞ」
「「…………」」
スイッチを入れた瞬間、『タイムテレビ』が原作で起こった事件を、まるで目の前で起きていることのようなリアルさで映し出す。
俺自身も、あまりの惨さに言葉を失う。原作では描かれていなかった事件の全貌を、白黒の紙媒体では無く……何もかもが現実と変わらない『出来事』として飛び込んでくる。
「香夜子、さん……!?」
「あ、あれが……私……? 嘘、嘘よ……!」
駆け魂に憑りつかれ、負の感情を剥き出しにして暴れ狂う立体映像の香夜子。その姿はもう人間ではなく……悪魔そのもの。
異変に気づき、止めに来た旦那をも切り刻む。鮮やかな色をした血が、辺り一面に飛び散っていく。
「ま、正晴が……そんな、あ、あ……!」
「……うぶっ」
香夜子が吐き気を催し、口元を手で押さえる。無理も無いな。正直、事情を知っている……いや、知っていた
漫画とは訳が違う、正真正銘『現実』での出来事。元は漫画で描かれた話だと、心のどこかで一歩引いた目線で見ていた俺に……強烈なプレッシャーを与えてくる。
だが、ここで俺がダウンするわけにはいかない。このまま放っておけば、この世界でも……実際に、この映像の出来事が起こってしまう。
その悲劇を回避することが出来るかは、まさに今の俺……いや、俺達に懸かっているはずだ。
「「…………」」
(……2人共、絶句してるな。俺もだけど)
香夜子や旦那……正晴を殺した悪魔、いや、駆け魂に復讐しようと、全てを悪魔討伐に捧げる立体映像の爺さん。
その裏で、寂しげな表情を見せるうらら。確か原作だと『爺さんの為に大人になりたい』という思いが心のスキマになったんだよな……
そして、ついに悪魔と直接対決に臨む場面が映し出されるが……
「……っ! あ、ぁ……っ!」
「何だ、これは……周りは、死体だらけ……それに、私の体が……」
工事現場の奥で起きた地獄絵図とも言える戦い。その果てに、無残な姿で死を遂げる立体映像の爺さん。
もう、目を背けたくなるほどの凄惨さだ。今まさに命の灯が消えた、映像の爺さんの顔も……絶望に染まっている。
それを間近で見た、実際の爺さんや香夜子も……顔面蒼白で、体を震えさせている。特に香夜子は、衝撃的な映像の連続に……今にも気を失いそうにしている。
肝心の爺さんも、流石に平常心を保てるほどの余裕を無くしているように見える。
俺自身も、叫びたくなりそうな恐怖を抑えるので精一杯だ……映像を見せた俺がこんなにダメージを負っているようじゃダメなのは分かっていても、これは……
「……以上が、これから起こるであろう未来だ」
震えそうになる声を気力で抑え、爺さん達に話しかける。ここからが本番だ。何としてでも、香夜子の心のスキマを埋める為にも、爺さんには香夜子の希望を聞いてもらわなければならない。
でないと、香夜子も正晴も……場合によっては、爺さん自身も……死んでしまうのだから。
「…………」
「こ、こんな馬鹿なことが……」
「爺さんも聞いてただろ? 香夜子さんの気持ち……暴れている間、泣きながら『寂しかったのに! 辛かったのに!』って……」
「…………」
(そう、だ……私達の前で殺人を犯してしまった香夜子さんは……ずっと、叫び続けていた……『どうして私を見てくれないの? どうして私を1人にするの?』と……)
「このまま爺さんが……いや、爺さんや正晴さん達が家を空け続ければ……いずれこうなる。いや、本当は……今日この日、まさに映像で見せた事件が起こる
「「なっ……!?」」
「さっき言ったよな? この映像こそが、俺がここに来た理由だって……」
「「…………」」
「……俺は、この事件を未然に防ぐ為に来た。爺さんが今日だけ妙に早く帰宅出来たのも、俺の仕業だ」
「えぇっ!?」
「な、何だって!? どうやってそんなことを……」
「企業秘密……と言いたいところだが、まぁ、超能力みたいなもんだ」
ひみつ道具の存在はまだ話すわけにはいかない。例え爺さん達が信用出来る人間だとしても、ひみつ道具について全てを話すのは必要最小限の人数にしておきたい。
だが、あんな立体映像を見せた上に『俺が裏で色々してました』とか言っといて『至って普通の凡人です』等という言い訳も通用するはずがない。
もちろん『うそつ機』等を使えば、そんな無茶な理屈でも信じ込ませることが出来るが……原作キャラ、それも味方相手にそんな手段は取りたくない。
そこで『超能力』ということにしておけば、ひみつ道具の存在をバラさず、俺が特別な力を行使出来ることだけは伝えられる。
ひみつ道具の存在さえバレなければ、多分何とかなる……と思う。結構思い切った作戦だけど、大丈夫だよな?
「それより、爺さん……頼む。香夜子さんを……1人にしないであげてほしい」
「……!」
「本当は、香夜子さん自身に説得してもらうつもりだった。さっき、いきなり香夜子さんが爺さんに寂しさを訴えただろ? あれも俺がやったことだ」
(あ……それでさっき、私は……急に本音を打ち明ける気になったのね……)
「すまない。いきなり俺が話を持ちかけるより、香夜子さんが直接言った方が……爺さんも、ちゃんと対応してくれると思ったんだ。結果は見事に玉砕したけど」
「……すまなかった」
「いや、爺さんの言い分も分かる。でも、それほどまでに香夜子さんは追い詰められてたんだ。爺さん。仕事の量を減らすなり工夫して、何とか香夜子さんとの時間を増やせないか?」
「…………」
「散々怪しいことをしておいて、いきなりこんなことを頼むのは……自分でも、どうかしてるとは思う。でも……爺さん達を不幸にしたくないのは、本当なんだ。どうか……頼む……!」
頭を下げる。ここからは賭けだ……原作で桂馬の話を信用した、爺さんの良心を信じるしかない。
「…………」
「お義父様……」
(正直、これでも無理なら俺が何とか爺さんの仕事量を減らすか、それとも……あまり乱用したくない手段だけど、1度時間を巻き戻して別の策を練るしか無い、か。爺さん1人に出来ることにも、限界があるだろうし……)
「……分かりました」
「……!」
「……ん? 今、何て……?」
「ですから……私の方で、業務時間についてを死ぬ気で話し合ってみます。そして、香夜子さんが身分を気にせず行動出来るよう……何とかします。
最悪、今までよりも白鳥家の規模が縮んだとしても……正晴と共に、香夜子さんとの時間を増やしてみせます」
「……そうか。でも、俺が言うのも何だけど……信じてくれるのか? いくら映像を見せたとはいえ、こんな電波な話を……」
「……君の正体は分からない。それでいて、不思議な力を持っている……けれど……」
「……けれど?」
「……君は、信頼出来そうです。私や香夜子さんのことを、本気で考えてくれていたんですよね? でなければ、わざわざここまでしてくれるはずは無い。その不思議な力を使って、白鳥家を崩壊させたり……乗っ取ることも出来たと思います」
「…………」
「でも、君は私達に警告してくれた。このままではダメだと、忠告してくれた。少なくとも、私は……君が悪い人とは、思えません。
君のお陰で、香夜子さんや正晴を……失わずに済みました。君は……私の、正晴の、そして香夜子さんの……命の恩人です」
「……爺さん」
「ありがとう……本当に、ありがとう……!」
「私も……正晴さんや、お義父様の……そして、私のことを救ってくれて……ありがとう……!」
「香夜子さん……こちらこそ、俺のことを信じてくれて……ありがとう」
どうやら、第二の策は上手くいったようだ。それどころか、お礼まで言われてしまうとはな……原作でも味方だった爺さんは、この世界でも……信じてくれた。
ただまぁ、爺さんはある程度原作で性格を把握していることもあったので、驚きは少なかった。それ以上に、香夜子も俺のことを信用してくれたのは……素直に嬉しい。
良かった……これでうららが両親を失い、爺さんも失う未来は……無くなったんだ。
(俺は、救えたのか……原作の桂馬でも、どうすることも出来なかった……うららの両親を……)
何だか妙にシリアスが続く……次こそは日常編を書きたい……!