トゥルルルルル……
「おや?」
「…………」
爺さんからけたたましく鳴り響くコール音。顔を向けるとそこには、少し大きめの携帯電話が画面を光らせている。これは……十中八九、仕事関係の電話だろうな。
「……すみません。昨日、貴方から注意してもらったばかりだというのに」
「いや、それは仕方ない。向こうは俺達の事情なんて知らないはずだからな」
「……お義父様」
香夜子が不安そうに爺さんを見つめる。それとは対照的に、爺さんは笑顔を向けながら、香夜子と向き合う。
「香夜子さん。貴女と桂馬君との約束は、必ず果たします。このタイミングで電話がかかってきたのは、むしろ好都合です。
今から彼らに、これから私の仕事を……いえ、
「あ……!」
爺さんの力強い言葉を聞いて、香夜子は顔をほころばせる。相当嬉しかったんだろうな。
「それでは香夜子さん。私は少し外しますが、桂馬君とうららをお願いします。出来る限り早く終わらせますから」
「はい。ではうらら、桂馬君。参りましょうか」
「うん! ほらケイちゃん! 早く早く!」
「分かった分かった。だから腕を引っ張るな痛い痛い!」
俺は爺さんが電話で話している様子を眺めながらも、うららに引きずられていく。
距離が離れて爺さんの声が聞こえなくなったが、真剣な表情はまだ見える。
あの様子なら、きっと大丈夫だろう。香夜子の為に、頑張って交渉してくれるはずだ。
「では私はお茶菓子の用意をしてきます。うらら、桂馬君に失礼の無いようにね?」
「はーい!」
「いや、お構いなく」
「そういう訳にはいきません。桂馬君は私達の恩人なのですから。我が家だと思ってくつろいで下さいね?」
そう言うと、香夜子は部屋から出て行った。そこまで気を遣わなくても良いんだけどな。
にしてもこんな立派な屋敷を我が家と思うのは無理だ。どう見ても旅館か何かとしか思えない。
「ねーねーケイちゃん! ちょーのーりょく見せて!」
「…………」
いきなりド直球投げつけてきますね、うららさん。ひみつ道具のことは、あまり大っぴらに見せびらかす訳にはいかないのだが……
「わくわく! わくわく!」
「…………」
子供の純粋無垢な目は大人の弱点だと思う。この輝いた瞳に抗える奴はいるのか? いたとしたらそいつは勇者だろうな。少なくとも凡人の俺には無理だ。
尤も、うららのような子供なら、ひみつ道具と言う名の超能力を見せたところで周りに広まることも無いだろうし……
仮に誰かに言いふらそうとしても、さっきの正晴のように相手にされないだろう。故に、うららや爺さん達以外の人間にひみつ道具がバレることは無いはず! え? フラグ? 無い無いそんな訳無い。
「……はぁ。特別だからな? 誰にも言うなよ?」
「やったー!」
「で、何がしたいんだ?」
原作なら『大人になりたい』か『宇宙に行きたい』の二択だろうけど、今は違う。香夜子も正晴もピンピンしていて、俺は別に宇宙人と名乗った訳では無い。となると、今のうららの望みは見当もつかない。微笑ましい希望なら良いんだが……
「宇宙に行きたいですわー!」
「…………」
子供舐めてた。子供なら大人の常識や考えなんて軽々飛び越えちゃうよな。いやでも何故に宇宙!? 何で変なとこだけ原作通り!? そんな律義さいらないから!?
「……何で宇宙に行きたいって思ったんだ?」
「え? だってちょーのーりょくしゃって、うちゅーじんみたいなものじゃないですの?だったら宇宙に連れてってほしいな~って……」
「…………」
全然違うと思うのは俺だけでしょうか。ってそんなことより、いきなり宇宙行くなんてレベル高過ぎるわ!! あれか? 『宇宙開拓史』か? 『
それ最早『神のみ』じゃないって! SFか何かの別作品……いや俺ひみつ道具持ってるし『大長編ドラえもん』じゃん!!
「ねーねー! 宇宙に行きたいですわー!」
「…………」
このままだと、うららはずっと駄々をこね続けるだろうな……ひみつ道具で無理に落ち着かせることも出来るが、そういう強硬手段はやっぱり取りたくない。人の心につけ込むなんて……やっていることが駆け魂と同じだ。
しかしそうなると、うららを納得させるには宇宙に連れて行ってやるしかないわけだが、3歳児に宇宙旅行は色々な意味で危険過ぎる。
せめて話が通じるであろう、のび太達と同い年くらいならまだしも……うーん、どうしたものか……
「……分かった。少しだけだからな?」
「本当!? やったー!」
考えに考えた末、俺は誤魔化すことを選んだ。うらら、ごめん。でも、流石にまだダメだ。最低でも小学生……それも4年生以上になってからじゃないとなぁ……
それ以前に、原作が始まってすらいない段階で、宇宙旅行なんてぶっ飛んだことはさせられない。原作の流れを変えるにしても、それは原作キャラの不幸を救うこと。それ以外の改変は極力控えるべきだ。
俺はうららに背を向けて、ポケットから『ある道具』を取り出す。
(とりあえず、映す風景は銀河系の中心的な感じで良いか……)
スイッチを押すと、部屋の景色が一瞬の内にガラリと変わる。眩い光で包まれたかと思いきや、見渡す限りの大宇宙。辺り一面星景色だ。
「わ、わあああああっ! 凄い! 凄いですわ! 宇宙ですのおおおおおっ!」
うららは念願の宇宙に行く……気分を味わうことが出来、狂喜乱舞している。俺が出したのは『室内旅行機』。『立体映写機』や『実景プラネタリウム』とも呼ばれる道具だ。
スイッチを押すだけで、望みの景色を部屋中に映し出すことが出来る。これを使うことで、うららには部屋の中で宇宙旅行気分を楽しんでもらおうというわけだ。
「……これで満足か?」
「うん! うんっ! ありがとうケイちゃん! 宇宙って、こんなに綺麗ですのね!」
「…………」
耐えろ、耐えろ俺。うららの純真な目と感謝に耐えろ俺。余計な改変をしない為だ。心を鬼にするんだ。
万が一、本物の宇宙に連れて行ってうららが危険な目に遭えば……原作崩壊どころの話じゃないんだ。
俺のせいで原作キャラに、本来の歴史には無かった不幸を生み出す訳にはいかないんだ。そんなうららに対する罪悪感を抱いていると、突然扉が勢いよく開き……
「うららー! 遊びに来たよー!」
「み、美生ちゃん……扉は静かに開けないと……」
「美生ちゃん! 結ちゃん! そっちは……」
「え゛」
「あーっ! 美生ちゃん! 結ちゃん! お母様も!」
「「って何これええええええ!? お部屋の中がお星様だらけ!?」」
「へ、部屋が……!?」
「…………」
どうやらさっきの心の呟きはフラグだったようです。つーかさぁ、何でここに美生と結がいるんだよ!? 確か原作では7歳の時の知り合い……
いや待てよ? 原作で描かれていなかっただけで、それ以前から知り合っていた可能性は否定出来ない。
いやいやいや! でもどうして今日なんだよ……あ、今日は休日だったか。それにしたって急過ぎるだろ!!
「う、うらら……何、これ……!?」
「お部屋が……お部屋が……!?」
「あ、これ? ちょーのーりょくしゃのケイちゃんが、うららを宇宙に連れてってくれたんですの!」
「「ちょーのーりょくしゃ!? 宇宙!?」」
「……け、桂馬君。これって……」
「…………」
さっきの俺をぶん殴ってやりたい。安易にフラグは立てるなと。でも、これは想定して無かったんだ。仕方ない仕方ない。俺のせいじゃない。誰が何と言おうと俺のせいじゃない。
「ケイちゃんは何でも出来るんですのよ! ちょーのーりょくしゃだから!」
「そうなの!?」
「……!」
「う、うらら? 桂馬君のことはあまり……」
「だって、こーんな綺麗な宇宙を見せてくれたもん!」
「「…………」」
だからそうやって飛び火させるのはやめようね、うららさん。騙したのは謝るからさ、ね?
ほら美生と結がすっごい俺を凝視してるから。キラキラした目でこっち見てるから。いやね? 違うからね? これはうららの妄想で、俺はただの3歳児で……あ、宇宙の映像垂れ流しじゃ説得力無いわ。
一緒に来た香夜子も何とかうららを止めようとしてるが、興奮した子供を抑えるのはまず無理だ。
「ねーねーちょーのーりょくしゃさん! 美生のこと、おっきくしてー!」
「ゆ、結は……その……」
「あー! ダメですわ! うららはケイちゃんと、もっと他の宇宙に行くんですのー!」
「……ごめんなさい。その、私も想定外のことで……」
「…………」
こうして、俺がうらら達から引っ張りだこにされる現在が出来上がったのだった。同時に俺は、自分の迂闊さと選択のミスを恨むのだった……
サブタイトルにもなっている天理が中々登場させられない……