Prologue
「まいったね、こりゃ……」
所謂“白ラン”と呼ばれる学生服を纏った少年は、訝しげな表情を浮かべながら辺りを見回す。
現在の時刻は17時を少し回った辺り。本来ここら一帯は、夕日に照らされ朱に染まるはずだが、少年の視界に“朱”という色彩は存在しなかった。
今、少年の瞳に映っているもの、それは“怪奇”。
辺りは薄暗く、まるで“ピカソの絵画”の中に自分が入り込んでしまったような光景だった。加えて、景色が動いている。
もちろん、比喩の類ではない。文字通り“景色が動いている”のだ。
もし一般人がこの光景を見たら、十中八九自分の正気を疑うことだろう。
だが、その場に在ってなお、少年は平静を保っていた。
(これは……幻覚の一種か? にしては、五感がハッキリし過ぎだし……つまりこれは、例の現象……か?)
「目がチカチカする……」
目を細め辺りを観察し、小さくボヤく少年からは畏れの類は確認できない。
少年は歩みを奥へと進める。移り変わる景色を横目に、警戒しながら進むと、少年の眼前に大きな扉が現れた。
ここで少年は、あらためて辺りを見回す。彼が通ってきた道以外に道となりそうなものはなく、この道は目の前の扉の先に繋がっているようだ。
(ここまで特に妨害もなし……。誘ってんのか?)
心の中でそう呟きながら、少年は扉の前で佇む。目を閉じながら一時の考慮の後、少年はニヤリと笑みを浮かべた。
「ハッ……上等」
少年は扉に手をやり、一気に押し開けようとしたその時、
「待ちなさい」
この不気味な雰囲気にはそぐわない、凛とした声が少年の背後で響く。
動きを止めた少年は振り向き、声がする方へ視線をやると、長い黒髪を揺らし、鋭い瞳を向けながら、こちらに近付いてくる少女が一人。
(まさかこんな場所でコイツに出会うとはな。てっきり、"奴"かと思ってたんだが……)
訝しげな表情を浮かべ、少女――暁美ほむら――を見遣る少年を余所に、ほむらは少年との距離を5メートル程あけて立ち止まる。
「ここは貴方のような一般人が居て良い場所じゃないわ。今すぐここから立ち去りなさい」
ほむらの言葉に、少年は微かに眉をひそめるが、すぐに穏やかな表情を浮かべる。
「立ち去れって言われてもなぁ。どこに出口があるか分からんし……。そもそも、君は何でここに?」
「元来た道を戻れば外に出られるわ。それと……私のことを貴方が知る必要はない」
「……さいですか」
にべもなくそう言う少女に、少年は肩をひそめる--と同時に、少年はほむらを観察していた。
(随分と可愛らしい服を着ているが、あの左手にある盾っぽいやつが気になるな。あれを使って戦闘でもおっ始める気か?)
「知る必要はないって言われると、余計気になるんだよな。って言うか君、俺に立ち去れって言うけど、君はどうするんだい?」
「……貴方には関係のないことよ」
「関係ない……ね」
言葉を交わしながら、少年は考察を深めていく。
(何より気になるのは、コイツもこの場所に畏れを抱いていないってことだ。まるで、ここがどういう場所か“知っている”ような……)
「つれないこと言うなよ。クラスメイトだろ? こんな場所で出会ったのも何かの縁だ。一人じゃ心細いし、一緒にここを出ようぜ?」
そう言って、少年は少女に近付こうと一歩踏み出す。
--チャッ--
「……おいおい、何の冗談だ?」
ほむらは険しい表情を浮かべながら、その手に拳銃--ベレッタM92FS--を構える。
「エアガン遊びは確かに心躍る部分があるけど、この状況下でやる気にはならんぜ?」
「遊びのつもりはないわ。まあ、エアガンだと思いたければそうすれば良い」
「まさか本物?」
「さぁ? ただ、それ以上馴れ馴れしく近付いてくるなら、撃つ」
ほむらはそう言うと、少年の額に照準を合わせる。
(なるほど……ハッタリじゃなさそうだな。それにしても、んなモンどっから調達しやがったんだ? “
「おーけーおーけー。一旦落ち着こう。俺が悪かった。だからソイツを下ろしてくれ」
「………………」
「ダンマリかよ……。しゃあねぇ、じゃあ幾つか質問だ。それに答えてくれたら、俺は大人しく帰るとしよう」
(まあ、どっから調達したかなんて、この際どうでも良い。それより、仮にあの銃が本物だとして、何故本物を所持する必要がある? もし、俺の予想が正しいなら……)
「……何?」
「君は今から、この扉の向こうに行くつもりかい?」
「だったら何?」
「まともな場所じゃねぇっつうのは、ここの雰囲気からして分かる。なら、何故君が行く必要がある?」
「貴方には関係のないことよ」
「ハッ……そうかい。なら、聞き方を変えよう。今からこの奥に行って、一体“何”と戦うつもりだ?」
「っ!」
少年の問い掛けに、ほむらはピクリと目を見開いた。
(反応アリ……。やっぱり、この奥には“何か”がいるらしい。そしてコイツは、その“何か”を倒すためにここに来た、といったところか。確か、局長から貰った資料の中にそんな内容が書いてあったな……)
「……放って置いてくれるかしら? 貴方に教える義務なんて、私にはない」
「そりゃそうだ。義務なんてねぇさ。けどよ、だったら俺が立ち去らなければならない義務もねぇよなぁ?」
「………………」
「それに、君はまだ俺の質問に答えてないだろう? あの扉の奥に、一体“何”がいるんだ?」
「……貴方のような一般人が、それを知ってどうするつもり?」
「ハッ……それこそ、君に何の関係がある? 俺の勝手だろう?」
少年がそう言うと、ほむらはギリッと奥歯を噛み締める。
「危険だということが分からないの?」
「それは君だって同じだろ? そんな物騒な玩具を使って、君は何故戦う?」
会話を続けながら、少年は上司から貰った資料を思い返す。そこには、“この現象”について組織が集めた数少ない情報が載っていた。その中の一節に、こんな情報がある。
『この現象の発生メカニズムは未だ不明瞭な点が多いため、現時点での原因特定は不可能と言わざるを得ない』
「誰かに頼まれたのか? それとも……」
『しかしながら、この現象が起こった際、高確率で現れる者がいる。報告では、現れた者は未成年らしき少女であるらしい。また、彼女達は正体不明の“術”らしきモノを使い、現象発生時に現れる謎の生物との交戦も記録しているが、その理由については未だ不明である』
「それが“魔法少女”の宿命なのか?」
「っ!?」
--ダァンッ--
『彼女達は自らを、“魔法少女”と称している。恐らく、彼女達はこの現象について何らかの情報を知っていると思われる。したがって、“魔法少女”と呼ばれる、或いは自称する者達を、重要参考人として扱うこととする』
少年の言葉に反応したほむらは、思わず引き金を絞ってしまった。結果、ベレッタから放たれた弾丸は、少年の額へまっすぐ吸い込まれる……はずだった。
「あっぶねぇ……ガチじゃねぇか」
少年の眼前には一枚の護符が浮かび上がり、護符を中心に少年を守る結界を展開している。その結界に当たった弾丸は、バチバチと音をたて結界に突き刺さった状態で動きを止めていた。
その様子を見たほむらはホッと一息つくと、表情を再び厳しくし、少年を問い詰める。
「貴方……何者? 一般人じゃないわね?」
「生憎、一般とは掛け離れた生活を送ってるもんでね。それは、君だって同じだろう、“魔法少女”さん?」
「どうして貴方が“魔法少女”の存在を?」
「まあ、仕事上、“この現象”の資料を見ることが多くてね。曰く、“この現象”が起きた際は、高確率で君達“魔法少女”と出会うらしいじゃないか。その情報、間違ってはいなかったみたいだな?」
肩をすくめながらそう言う少年に、ほむらは目を細める。ベレッタは未だ構えたままだ。
「貴方の目的は、“魔法少女”に会うこと?」
「違うな。俺達の目的は、“この現象”の解決だ。特にこの街、見滝原市は被害者が多過ぎる」
「……だったら、貴方も今すぐ帰ることね。その扉の奥にいる“化け物”は、貴方達では手に負えないわ」
「まあ、そうしたいところなんだがね、こっちも仕事なんだ。君が知ってる情報を全部教えてくれたら、大人しく帰るとしよう」
「……教えると思ってるの?」
「嫌とは言わせねぇよ? なんせ、重要参考人だからなぁ?」
「私の邪魔をするなら、例えまどかの親族だとしても……消えてもらう」
険しい表情を浮かべる少女を、少年は鼻で笑う。
「ハッ……言うねぇ? 何でそこでまどかの名前が出るのかは知らんけど、出来るものなら……」
ニヤリと笑いながら、少年は下げていた斜め掛けの鞄から二つの“モノ”を取り出し、両手に持つ。それは、リングに繋がれた大量の呪符の束。
「やってみろよ!」
そう叫んだ瞬間、それぞれのリングに繋がった呪符が、一気に射出される。
「っ!」
それと同時に、ほむらの持つベレッタが火を噴く。放たれた数発の弾丸は、正確に呪符を撃ち抜く。
だが、少年が射出した呪符は、撃ち出された弾丸の数を優に上回っていた。
「クッ……!」
思わず飛び退くほむら。フワリと舞い踊るように呪符をかわす。
「逃がさねぇよ?」
キッとほむらを睨みつけると、少年は呟く。
「
少年が言葉を紡ぐと同時に、空中に散らばっていた呪符が一カ所に集まった。そして、そのまま4メートル程の大きさの人を形作る。
刹那、少年の式--金剛力士--はほむらに肉迫した。
「っ!」
予想外の移動速度に、驚愕するほむら。
「やれ」
金剛力士は振り上げた腕をほむらに叩き込んだ。
「くぅっ!?」
防御体制に入るも、ほむらは軽々と吹き飛ばされ、壁らしき場所に突っ込んだ。
モクモクと上がる砂煙。その中から、ほむらがフラフラと立ち上がる。
「ほぅ……?」
ほむらの姿を確認した少年は、眉をひそめた。
それもそのはず、あれだけの威力の拳を叩き込んだのにも拘わらず……ほむらはまったくの無傷だった。
そんなほむらを見て、少年は溜息をつきながら近寄る。
「やれやれ……手加減はしたけど、無傷ってのは流石に予想外だ」
「……やってくれたわね」
苦々しく表情を歪めるほむら。
その様子に苦笑を浮かべながら、少年は口を開く。
「まあ落ち着けよ。別に、取って食おうって訳じゃない。ただ“この現象”について知ってることを教えてくれるだけで良いんだ。場合によっちゃあ、扉の奥にいる“化け物”の退治も手伝ってやる。だから……」
「黙りなさい。足手まといはいらないの。私は誰にも頼らないと決めた。当然、貴方の協力だって必要ない」
少女の言葉に、呆れた表情を浮かべる少年。
「ハァ……今しがた吹き飛ばされた奴の言う台詞とは思えないんだが?」
「そうね。だから私も、もう手加減しない」
「っ!?」
そう言い切ったほむらは、いつの間にか軽機関銃――M249Para――をその手に掴んでいた。そして、そのまま少年に向けて、引き金を引く。瞬間、銃口からマズルフラッシュと同時に弾丸が射出される。
「グッ……! クソッタレがぁっ!」
すぐさま反応した少年は、護符による結界を展開する。だが、その結界も軽機関銃から連射される5.56mmNATO弾によって粉砕され、少年は後退を余儀なくされる。
(アイツ、あんなモンどっから出したっ!? いや、それよりこっちも本気でやらないと流石にヤバい)
金剛力士を前面に出し盾代わりにしながら、少年はほむらに鋭い視線を向ける。形勢は明らかに逆転していた。
「断言するわ。ここから先、貴方は手も足も出ない」
涼しい表情で、ほむらは銃口を少年に向けながらそう宣言する。
「…………ハッ」
だが、少年はそれを鼻で笑う。
「何言ってんだ? むしろ、勝負はこっからだろ?」
そう言って、少年は両手のリングを振るい、もう一体の金剛力士を生み出す。
「お前ら“魔法少女”がハイスペックなのはよぉーく分かった。だがな、こちとら千年以上も影で日本を護り続けてんだよ」
ほむらをまっすぐ見据え、少年はリングを持つその手を握り締める。
「何のために戦ってんのかは知らねぇが、
一歩踏み出し、少年は戦う意思を示す。それに伴い、ほむらも表情が険しくなる。
「暁美ほむら」
さらに一歩、危険を承知で少年は踏み出す。
「あまり
そして、自身の誇りを胸に、少年は高らかに宣戦布告するのであった。