されど戯曲は終わらない   作:§K&N§

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第一話 影から来たる者
1-1


『次は〜見滝原〜。次は〜見滝原〜。お降りのお客様は……』

 

 電車の車内に、音声案内が響く。すると、大きなスーツケースを持った少年が席から立ち上がった。整髪料で整えられた栗色の髪を揺らし、黒いジャケットの下に着込んだ白いポロシャツのロゴを指で弄りながら、少年はドアの前に立つ。

 

 やがて電車が止まると、少年は見滝原駅のホームに降り立った。ホームは日曜の午後ということもあり、人でごった返している。

 

「ふぅ……やっと着いた」

 

 小さく溜息を漏らす少年は、ベージュのチノパンのポケットから携帯を取り出し、時間を確認する。

 

(時間ぴったり……だな)

 

 そう思いながら、少年は改札口へと歩みを進める。

 

(13時頃には着くって言っといたし、多分もういると思うけど……)

 

 少年は改札口の先へ視線を向ける。すると、そこには彼のよく知る少女が立っていた。

 

 清楚な白いワンピースの上から桃色のカーディガンを羽織り、しきりに辺りを見回している姿から、彼女が誰かを待っていることが見て取れる。

 

 刹那、彼女も少年の姿を確認したのか、

 

「あっ! オーイ! ハルく〜ん!」

 

 と、嬉しそうな表情を浮かべ、ピョンピョンと桃色の髪を揺らし、飛び跳ねながら少年に手を振った。

 

 そんな彼女に苦笑を浮かべながら、少年は改札を出て少女に近寄る。

 

「久しぶりだね! ハル君!」

 

「ああ、久しぶり。元気そうで何よりだよ、まどか」

 

 互いに挨拶を交わし、微笑む。

 

 ()くして、少年--鞍橋晴政(くらはしはるまさ)--と少女--鹿目まどか--は四年ぶりの再開を果たした。

 

 

 

 

「パパ……じゃなかった。お父さんが駅のロータリーで待ってるよ」

 

「そっか。別にお前ん家まで歩いて行っても良かったんだが……気を使わせちゃったな。っていうか、今何で叔父さんの呼び方変えたんだ?」

 

「だっ、だって、いつまでもパパママじゃ恥ずかしいし……」

 

「ははっ、そんなことはねぇだろう?」

 

 頬を薄く紅潮させて俯くまどかに、晴政は苦笑する。

 

 二人は今、改札前から駅のロータリーへ歩を進めていた。

 

「しっかし……この辺も随分と変わったよなぁ。なんかこう……前来た時と同じ場所とは思えん」

 

 辺りを見回し、シミジミとそう言う晴政。

 

 辺りには、著名な建築家がデザインした個性的なビル群が建ち並び、道路の区画もヨーロッパのように広々としており、見滝原市が近代的な都市へと発展しつつあることが見て取れる。

 

「そうだね。私が小五くらいの時からどんどん工事が始まってさ、今じゃ国の政令指定都市だし。でもまあ、東京の方がもっとすごいでしょ?」

 

「どうかな? 俺としては、こっちの方が近代っぽく見えるな。都内なんてコンクリートジャングルだし、見てて飽きるぜ?」

 

 そう言って、晴政は苦笑を浮かべる。

 

 実際、近代化と言っても、見滝原市の近代化は他の街とはその意味合いが違う。風力発電機や太陽光発電パネルなどがそこかしこに視認でき、道路の傍らには木々が立ち並び、小さな水場も設置され緑地化も施されている。まさに、クリーンエネルギーを中心とした、新しい近代化のモデルケースと言えるだろう。

 

「そうなの? でも、一回くらいは東京に行ってみたいなぁ……」

 

「ははっ、んじゃ今度、案内してやるよ」

 

「ホント!?」

 

「おう」

 

「やったぁ!」

 

 何を買おうかな……などと嬉しそうに話すまどかを微笑ましげに見遣りながら、晴政はロータリーの周辺を見回す。

 

「叔父さんはどの辺にいるんだ?」

 

「確かこの辺りに……いたっ!」

 

 そう言うと、まどかは一目散に走りだす。そして、彼女は一台の青い乗用車の前で立ち止まる。

 

「ハルくーん! こっちこっち!」

 

 まどかの言葉に従い、晴政は彼女の下へ歩みを進めた。

 

 その途中、車から眼鏡を掛けた男性が出てきた。ほの暗いダークブラウンの髪を揺らし、白いシャツに黒のスラックスを着こなす姿からは大人の雰囲気が漂う。

 

 車の前までたどり着くと、晴政はにべもなく男性に頭を下げた。

 

「すみません。わざわざ迎えに来て貰っちゃって……」

 

「ハハハ……構わないさ。それより、ここまで大変だったろう?」

 

 朗らかな笑みを浮かべる男性――鹿目知久――は晴政の肩に手を置く。

 

「いえ、東京からは一本で来れたので、そうでもないです。それより、母さんから連絡が行っていると思いますが、今日からよろしくお願いします」

 

「そんなにかしこまらなくても良いよ? もちろん、姉さんからも話は聞いてるから。大変そうだけど、頑張ってね? 何かあれば、僕も手伝おう」

 

「ありがとうございます」

 

 知久の言葉に、晴政は感謝を感じながら微笑む。

 

「パパ、伯母さんから何か話があったの?」

 

 初めて聞いたと言わんばかりに小首を傾けるまどか。

 

「ああ、こっちの話だから、まどかは気にしなくて良いよ?」

 

「そう? なら良いんだけど……」

 

 そんなまどかに知久は苦笑を浮かべる。

 

「さて、じゃあ晴政君のスーツケースはトランクに入れちゃおうか」

 

 そう言って、知久は晴政のスーツケースに手をかける。

 

「そうだ。まどか、コンビニで2Lのジュースを何本か買ってきてくれないか? 晴政君が来たから、今夜はプチパーティーにしようと思ってね」

 

「あっ、うん! 分かった!」

 

 知久からお金を貰うと、まどかはコンビニに向け走り出した。

 

「さて、僕らは車の中で待っていよう」

 

「ですね」

 

 その言葉に従い、晴政は後部座席のドアを開き乗り込む。

 

 車に乗り込んだ途端、晴政が口を開いた。

 

「叔父さん、"目の状態"はいかがですか?」

 

 晴政の言葉に、知久はピタリと動きを止める。

 

「まあ、だいぶ良くなったよ。視力もそれなりに戻ったし、日常生活を送る分にはもうほぼ問題無いかな」

 

「そりゃ良かった。体の方も大丈夫です?」

 

「うん、もう平気かな。仕事は詢子に任せきりだけど、下の子が小学校にあがるくらいまでには復帰出来ると思うよ」

 

 そう言って、知久は朗らかに笑みを浮かべる。

 

「おお、それなら安心ですね。それにしても、あの怪我からもう10年ですか……長かったですね」

 

「まあね……でも、命があればこそ、だよ」

 

「その通りですね。ちなみに……まどかには、やっぱり伏せておくんですか?」

 

「まあ……ね? それが詢子と話し合って決めた結論だから。あの子に、“裏の世界"は似合わない」

 

「そうですか……。まあ、俺もその方が良いと思いますよ? あの優しい子が命を懸けて戦うなんて、似合うはずがない」

 

「僕と詢子は“ドロップアウト”組だから、こうして“表の世界”で一般人として生きていける訳だけど……そう考えると、命を懸けて戦ってる君達には申し訳ないと思うよ」

 

 二人きりの車内、バックミラーに映る知久の悲しげな苦笑に、晴政は否を唱えた。

 

「そんなことないですって。叔父さんは充分貢献したじゃないですか。“裏の世界”から去る人は、何も叔父さん達だけじゃありませんし、“裏の世界”で生きていくと決めたのは、俺達自身ですから。当然、覚悟はありますし、叔父さん達を非難する人なんていませんよ」

 

「ありがとう。そう言って貰えると、僕達も楽になるよ。……そういえば、晴政君は鞍橋家当主となってもうすぐ2年になるけど、もう慣れたかい?」

 

 表情を柔らかいモノに変え、知久はバックミラー越しに晴政を見遣る。

 

「まあ、慣れたと言えば慣れましたね。仕事もある程度任せて貰えるようになりましたし……。今回の件、母さんから聞いてますよね?」

 

「ああ、“謎の現象”についての調査だろう?」

 

「はい。叔父さんは、何か知ってますか?」

 

 晴政の質問に、知久は顎に手をやり真剣な表情を浮かべる。

 

「そうだなぁ……君も知っていると思うけど、この見滝原市の地下には大きな霊脈があるんだ。その所為で、他の所と比べて霊獣や悪霊を呼び寄せ易い」

 

「らしいですね。資料を見る限り相当デカイ霊脈みたいですし、この街に悪霊が溜まり易いのも頷けます」

 

「ちなみに、僕と詢子は15年程この街に住んでるんだけど、悪霊の類は結構目にするよ。でも、姉さんから聞いた現象は、見たことも感じたこともなかったな。まあ、本格的に調べた訳じゃないから何とも言えないけどね?」

 

「まあ、そうでしょうね。最初に“謎の現象”が確認されてから、もう百年以上経つみたいですけど、その間、誰も解明できてないんですから、無理もないです」

 

 苦笑を浮かべながら頷く晴政に、知久は申し訳なさそうな表情を浮かべる。

 

「すまないね。協力すると言っておきながら、何の力にもなれなくて……」

 

「とんでもない! 住む場所を提供して貰えるだけで充分助かってますよ」

 

「本当にすまない。ああそれと、こんな話は知ってるかな?」

 

「?」

 

 何かを思い出したような知久の口調に、晴政は小首を傾げる。

 

「かの大陰陽師、安倍晴明が封印したと言われる“金毛九尾の狐”なんだけどね、どうやらソイツを封印した場所は、この見滝原市なんだ」

 

「マジっすか!? えっ、京都じゃないんですか!?」

 

 知久の言葉に、晴政は驚愕の表情を浮かべた。

 

「やっぱり知らされてなかったか……。京都じゃないよ。まあ、京都に出現したことは事実だけど、その時は撃退しただけなんだ。実際は、京都からこの辺りに逃げ込んだ九尾を安倍晴明が追いかけて、この地の大霊脈を利用して封印したんだって」

 

「……俄かには信じがたい話ですね?」

 

「まあ、そうだろうね。でも、事実だと思うよ? だって、この話は詢子の“実家”で聞いたもの」

 

「あぁ……なるほど。んじゃあ、多分本当のことなんでしょうね」

 

「具体的な封印場所までは僕達も教えてもらえなかったんだけどね。まあ、今は管轄が詢子の実家から本部に移ってるから、お義父さん達も詳しくは分からないらしいんだけど、どうやら本部からこの街にその担当官が赴任してるらしいんだよ」

 

「そんな話、本部から聞いてねぇ……」

 

「それは仕方ないだろうね。九尾程の質量を持つ霊獣の墓守だ。恐らく、かなりの実力者が担当してるはず。加えて、"10年前の事件"も"2年前の事件"もある。九尾が誰かに利用されないよう、存在自体を秘匿しておくっていうのも必要な事なんだろうね」

 

 知久の説明を聞き、納得したように頷く晴政。

 

「ちなみに、今の話、S級の機密情報だから、あまり他の人には言わないでね?」

 

「了解です」

 

 肩を竦める知久に、晴政は苦笑を浮かべる。

 

「おっと、まどかが戻ってきたようだ。とりあえず、この話はここまでだ」

 

 知久の視線を追うと、確かにまどかがコンビニからこちらに駆けてくる。

 

「お待たせ! パパ、こんな感じで良い?」

 

「おっ、バッチリだ」

 

 知久の言葉に、まどかはエヘヘとはにかみながら、後部座席のドアを開ける。

 

「パパとハル君、何話してたの?」

 

「大した話じゃないよ。俺が住んでた街の話とか、都内の学校での話とか、そんな程度さ」

 

「えっ、私もハル君がいた学校の話、聞きたいな?」

 

「別に何でも聞いてくれて構わないよ。ちなみにお前、パパって呼ぶのやめるんじゃなかったのか?」

 

「あっ……忘れてた……」

 

 先程自分が言ったことを思い出したのか、まどかは顔を紅潮させる。

 

「あぅぅ……やっぱり慣れないことはしない方が良いのかな?」

 

「まあ、その方が良いんじゃない? 下手に変えると、ボロが出た時もっと恥ずかしいと思う」

 

 まどかが小声でそう尋ねると、晴政も小声で答える。

 

「やっぱりそうだよねぇ……。なら、もうそのままで良いや……」

 

 そう言って小さく溜息をつくまどかに、晴政は苦笑するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 都市部から住宅街へと移動する車内で、晴政はまどかの話に耳を傾けていた。

 

「それでね、タツヤが書く絵がすごく上手いんだよ。もしかしたら、タツヤは将来画家になるかもって思うの」

 

「ははっ……幼稚園の段階じゃ、まだ分からんだろ?」

 

「そんなことないよ! タツヤは絶対センスあるもん!」

 

「お前……結構ブラコン気質なのな?」

 

「ブッ、ブラコンじゃないよ!?」

 

「と、少々ブラコン気味のまどかさんが申しておりますけど……叔父さん、実際のとこどうなんです?」

 

「アハハ……まあ、まどかがブラコンかどうかは置いておくとして、確かにタツヤは絵が上手いと思うよ。けど、将来どうなるかは分からないなぁ」

 

 晴政から話を振られた知久は、バックミラー越しに苦笑する。

 

「うぅ……ブラコンじゃないのに……」

 

 恥ずかしそうに俯くまどかに、晴政も苦笑を浮かべる。

 

「さあて、降りる準備をしてくれ? もう着くぞ?」

 

 知久の言葉に、晴政は前方を見遣る。もう鹿目家宅は目と鼻の先だった。

 

「まどか、僕は車を停めてくるから、先に晴政君と家に行っててくれ」

 

「うん、分かった」

 

 表札の前で車が停まると、まどかと晴政は車を降り、トランクからスーツケースを取り出す。

 

 取り出したことを確認すると、知久は少し離れた駐車場に車を停めるべく、走り出す。

 

 残された二人は、そのまま鹿目家の玄関のドアを開けた。

 

「ママ、ただいま!」

 

 まどかの大きな声に、

 

「おう! おかえり!」

 

 奥から白いTシャツに黒のスラックスと実にゆったりした格好の女性――鹿目詢子――が、にこやかな表情を浮かべて出てきた。その腕には、まどかの弟、タツヤが抱かれている。

 

「晴政、久しぶりだな!」

 

 まどかから晴政に視線を移しそう言う詢子に、晴政は微笑む。

 

「ご無沙汰してます、詢子さん。相変わらずお元気そうで」

 

「おうよ! あたしは元気だぜ。アンタも、前よりイケメンになったじゃん」

 

「あはは……んなことはないですよ。それより……」

 

 晴政は詢子から、腕に抱かれたタツヤに視線を移す。

 

「そっか、アンタは初対面だったか。ほら、タツヤ、お兄さんに挨拶しなさい?」

 

 詢子は腕から下ろすと、晴政の前にタツヤを突き出す。

 

「こんにちは! かなめタツヤです!」

 

「ん、こんにちは。タツヤは挨拶が出来て偉いな」

 

 そんなタツヤに笑みを携えながら答える晴政。

 

「俺は鞍橋晴政。君の従兄弟(いとこ)だ。って、まだ分からないかな?」

 

「あぅ……?」

 

 晴政の言葉に、タツヤは首を傾げる。

 

「まあ、晴政っていう名前だけ覚えてくれれば良いよ」

 

「んー……? ハルッ! ハルッ!」

 

「ははっ……まあ、それで良いさ」

 

 苦笑を浮かべながら、タツヤの頭を撫でる晴政。

 

 そんな二人を見ながら、詢子が口を開いた。

 

「自己紹介も済んだことだし、とりあえず二人とも上がりな」

 

 タツヤを抱きかかえながらそう言う詢子に、晴政とまどかも頷く。

 

「じゃあ、お邪魔します」

 

「おっと、そうじゃないだろ?」

 

「え?」

 

「アンタは今日からウチに住む。なら、家族だ。家族の挨拶は、どうするんだっけ?」

 

 詢子の言葉に、晴政は小首を傾げるが、すぐに彼女の言葉の意味を理解したのか、苦笑とともに口を開いた。

 

「……ただいま」

 

「「「おかえり!」」」

 

 実に穏やかな、午後の一幕であった。

 

 

 

 

 

「「いってきまーす」」

 

 翌日の朝、まどかと晴政はまどかの通う中学校へ向け、歩みを進めていた。ちなみに、この地に住まうと決まった段階で、晴政もまどかと同じ中学校に通うことになっている。

 

「それにしても……この辺りの緑地化はすげえなぁ……」

 

 しみじみとそう呟いて、晴政は辺りを見回す。枝の剪定(せんてい)が行き届いた街路樹が並ぶ道の脇には、小さな小川が流れている。道路自体も、アスファルトではなく、クリーム色のタイルが敷かれる徹底ぶりはまるで、どこかの自然公園に来たのかと錯覚すら覚えるほどだ。

 

「都内にはこういう所はないの?」

 

「うーん……ない訳じゃねぇけど、街全体がこういう感じになってるところは見たことがないな」

 

「そうなんだ……。もっとすごい所だと思ったんだけどなぁ……」

 

「ははっ……都内なんてそんなもんさ」

 

 まどかの質問に晴政が答えながら、二人は歩みを進めていく。ふと、晴政は思い出したようにまどかへ尋ねた。

 

「そういえば、お前の友達と待ち合わせしてるって言ってたよな?」

 

「あっ、うん。さやかちゃんと仁美ちゃんっていう子なんだけど……」

 

「お前、今日は俺がいるって、ちゃんと伝えたか?」

 

「あっ……」

 

 目が点になるまどかに、晴政は溜息をつく。

 

 その時だった。

 

「あぁっ!」

 

 驚愕の色を含んだ声が辺りに響く。

 

 何事かと思い、晴政が顔を上げると、そこには二人の少女がいた。

 

「まっ、まどかが男を連れてきた……」

 

「少々遅いと思っていましたが……そういうことでしたか」

 

 片方は、ショートとミディアムの中間くらいの長さがある水色の髪を、ワナワナと揺らし信じられないという表情を浮かべる少女。もう片方は、ウェーブのかかった深緑色の髪を風になびかせ、何故か納得した表情を浮かべる少女。

 

 そんな二人の少女に、まどかは慌てて声をかけた。

 

「ちちち違うよっ! ハル君は従兄弟だからね!? ホントだよ!?」

 

「従兄弟? ……っ! まさか、まどかさん……従兄弟なのにそういう関係っ!?」

 

「なっ!? まどかはいつからそんなイヤラシイ子になったんだッ!」

 

「何でそんな話になってるの!?」

 

 ワイワイと騒ぐ彼女らを見遣りながら、晴政は苦笑する。

 

(女が三人寄ると姦しいってよく聞くけど……うーん、まさにその通りの状況だなぁ)

 

 既に“我関せず”を貫くことを決めている晴政は、成り行きを静かに見守っている。

 

「一緒に住んでるっ!? なんてこった……仁美のラブレター事件を超える出来事が起きてしまったかぁ。まさか、禁断の恋とは……」

 

「まどかさん……大人の階段を昇ってしまわれたのですね? でも、大丈夫ですよ。従兄弟なら結婚しても問題ないはずですから」

 

「だから、違うんだってばー! むぅぅ……ハルく〜ん」

 

「ハァ……」

 

(飛び火しやがった……)

 

 情けない声を上げるまどかに、晴政は小さく溜息をつく。

 

「あのさ、この二人がまどかの言ってた……?」

 

「あっ、うん。二人がお友達の……」

 

「美樹さやか! よろしく!」

 

「志筑仁美です。よろしくお願いしますね」

 

 エヘンと胸を張りながら元気いっぱいに笑うさやかと、ペこりと頭を下げながら穏やかな笑みを浮かべる仁美。二人の自己紹介は対称的だ。

 

 対する晴政も、微笑を浮かべて口を開く。

 

「俺は鞍橋晴政。さっきも話に出たけど、一応まどかの従兄弟だ。よろしく。……言っとくけど、俺はまどかの彼氏じゃないからな?」

 

「えっ、違うの?」

 

「私達、てっきり……」

 

 晴政の言葉に、驚いた表情を浮かべる二人。それに伴い、苦笑する晴政。

 

「当たり前だろ? そもそも、見滝原には昨日来たばっかりだぜ?」

 

「そうだったんですか……」

 

「なーんだ。それならそうと言ってくれれば良かったのにぃ」

 

「さっきからずっとそう言ってたよぉ……」

 

 安心とも残念とも取れる、複雑そうな表情を浮かべる二人に、まどかはガックリと肩を落とす。

 

「あのさ、話すのは一向に構わないんだけど……時間、大丈夫?」

 

「「「あっ……」」」

 

 そんな三人に、ただただ苦笑を浮かべるしかない晴政であった。

 

 

 

 

 見滝原中学校は通常の中学校と比べて異なる点が多々ある。

 

 見滝原市の近代化に伴い、見滝原中学校も改修工事が施されたのだが、大きな特異点としてはその外観と内装が挙げられるだろう。ヨーロッパ貴族の屋敷のような見た目+教室の壁一面がガラス張りという奇異な様相なのだが、生徒達が気にしている様子はない。

 

(ガラス張りねぇ……。突進とかしたらヤバそうだな)

 

 まどか達と別れた晴政は、そんなことを思いながら辺りを見回す。

 

 勿論、教室に張り巡らせたガラスは強化ガラスなので、晴政が心配しているようなことは滅多に起こらないのだが、転校してきたばかりの晴政がそんなことを知るはずもない。

 

(それにしても……職員室はどこにあるんだ? 広すぎて訳が分からんな)

 

「ハァ……」

 

 辺りをキョロキョロと見回しながら歩き回る晴政は思わず溜息をつく。

 

 要するに、迷子である。

 

(まどかに聞いておくんだった。しゃあねぇ……誰かに聞くか……)

 

 困り果てた晴政は、辺りにいる生徒に聞いてみることにした。

 

 ふと、目の前に金髪の少女が目に映る。

 

(この人で良いか……)

 

「すみません……」

 

「はい……?」

 

 振り向いた少女は首を傾げ、縦ロールにした金髪を揺らしながら不思議そうな表情を浮かべる。

 

(ワーォ……超スタイル良いなぁ)

 

 そんなことを思いながら見とれていると、

 

「あの……何か?」

 

 困った表情を浮かべる少女。

 

「あぁ、すみません。実は、今日転校したばかりなんですが、職員室の場所が分からなくて……」

 

 晴政の言葉に、少女は合点がいった表情を浮かべた。

 

「そうだったの……。なら、この階には職員室はないわよ? 向こうの階段を2階まで下りて、右の廊下をまっすぐ行けば着くわ」

 

「なるほど……ありがとうございます。助かりました。えっと……」

 

「……あぁ、自己紹介がまだだったわね。私は巴マミ。三年よ」

 

「三年生の方でしたか。俺は鞍橋晴政って言います。二年です。ホント、助かりました。感謝します、巴先輩」

 

「フフッ……そんなに畏まらなくても良いわ。大したこともしてないし。転校初日は色々と大変だものね? まあ……困ったことがあれば、また声をかけて頂戴」

 

「はい、ありがとうございます」

 

 朗らかな笑みを浮かべる少女--巴マミ--はそう言うと、自らの教室に向け足を進めた。

 

(優しそうな人だったなぁ……。でも……)

 

 途端、晴政は目を細める。

 

(あのフワフワした感じは何だ? 霊気の乱れがないから、霊って訳ではなさそうだし、霊獣でも悪霊の類でもない。けど、あの人の体からは“何かが抜けた”感じがする。でもなぁ……特に問題はないみたいだし……)

 

「まあ……良いか」

 

 小さく溜息をつく晴政は、そう考えると職員室へ足を向けた。

 

 

 

 

 巴マミに教えられた道筋を辿り、無事職員室に到着した晴政は、彼の担任となる女性--早乙女和子--から“説教”なるものを受けていた。

 

「鞍橋君、転校初日から約束の時間に遅れるなんて、中々の度胸をしてるじゃない? それとも、何か“特別”な理由でもあったのかしら?」

 

 プンプンと効果音が付きそうな程怒っているが、実際、童顔な彼女が怒ってもあまり迫力がない。

 

「いやぁ、先生? 転校初日っすよ? 職員室の場所が分からないとしても、何も不思議なことはないと思うんですけど……」

 

「黙らっしゃい! 貴方が鹿目さんと登校して来ることは事前に聞いてるんです! 彼女に場所を聞くことは出来なかったんですか?」

 

 晴政の言葉を一刀両断する和子に、晴政は苦笑を浮かべる。

 

(まあ、聞くの完全に忘れてたしなぁ……。そこを突かれっと反論のしようがないけど、そんなに怒らなくてもなぁ……)

 

「それに、同じ転校生の暁美さんは、ちゃんと時間を守っていますよ?」

 

 和子は隣に立つ黒髪の少女に目を向ける。

 

 そう、今この場にいるのは、晴政と和子だけではない。黒髪の少女--暁美ほむら--も転校生として和子の下に来ていた。

 

(俺の他にも転校生がいたことに驚いてるけど……何でコイツはこんなに睨んでくるんだ?)

 

 目を細め、鋭い視線を向けてくるほむらに、居心地の悪さを感じながら、晴政はもう一つ気付く。

 

(それに、コイツも巴先輩と“同じ”感じがする……)

 

 そう思いながら、晴政は和子に視線を戻す。

 

「まあ、今日は初日ですから、ここらで許してあげますけど、次はもっと怒りますよ?」

 

「いや、何と言うか……申し訳ないっす」

 

 ここまで言われてしまえば、晴政も謝らざるを得ない。

 

「ハァ……とりあえず、この話は終わりです。えっと、暁美さん? 職員室の外で待っててくれるかしら? 実は、彼ともう一つ話さなきゃいけないことがあるの。すぐ終わるから……」

 

「……分かりました」

 

 和子の言葉に頷くと、ほむらは静かに職員室を出た。

 

「……さて、鞍橋君? 話の内容は分かっているわね?」

 

「まあ、一応は。“仕事”のことでしょう?」

 

 周りに聞こえないよう、顔を近付け小声で尋ねる和子に合わせ、晴政も小声で答える。

 

「今朝、詢子さんから話は聞きました。なんでも、先生は詢子さんの後輩なんだそうですね?」

 

「大学時代の後輩って言った方が正しいわ。とはいえ、私には貴方達のように戦う力はない。一応、貴方達の“事情と目的”を知っている一般人って程度かしらね」

 

「へぇ……」

 

(その“事情と目的”を知っている段階で一般人とは言えないんだが……)

 

 訝しげな表情を浮かべながら、そう思う晴政を他所に、和子は言葉を続ける。

 

「詢子先輩から大体の話は聞いたわ。まあ、“仕事”の都合上、君が学校を休む、或いは遅刻、早退する場合の便宜は私が図っておくから、心配いらないわ」

 

「まあ、そうして頂けるなら、俺も助かります。でも良いんですか?」

 

「当然、良くはないわ。でも、君の場合は事情が事情だから……。ただし、中学生として必要最低限のことはキチンとやってもらうわよ?」

 

「それはまあ、キチンとやりますけど……」

 

 元よりそのつもりだった晴政にしてみれば、和子の話に異論はなかった。

 

「よろしい。それじゃ、外に暁美さんも待たせてるし、そろそろ行きましょうか」

 

 そう言って椅子から立ち上がった和子は、机の上の教材を手に取り職員室の扉に向かう。

 

 晴政もそれに従い和子に着いていくが、ふと和子が振り向く。

 

「ああ、そうだった。大事なことを聞き忘れたわ」

 

「なっ、何でしょうか?」

 

 徐々に険しくなる和子の表情。あまりの剣幕に身構える晴政だが……

 

「鞍橋君、目玉焼きとは半熟ですか? それとも、固焼きですか?」

 

「……へ?」

 

 その剣幕から浮かぶ雰囲気とは大分ギャップのある内容に、晴政の目は点になり、間の抜けた声を上げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 和子のクラスに編入された晴政と暁美ほむらは、軽い自己紹介を終え、それぞれ用意された席に着いた。そして、HRが終わると同時に、それぞれ最早定番となっている質問責めにあっていた。

 

 最初の方は、美人で清楚な見た目の暁美ほむらに多くの生徒が群がったのだが、彼女の放つミステリアス且つ近寄り難い雰囲気に怖じけづいた生徒達は、ターゲット変更とばかりに数人の生徒を残して一斉に晴政へ群がった。

 

(都内から来ることがそんなに珍しいのか? すごい食いつきだ。どう考えても見滝原(ここ)の方が遥かに発展してんだけどなぁ……)

 

 そんな彼、彼女等に苦笑を浮かべながら、晴政は質問に一つずつ丁寧に答えていく。そのうち、彼等の質問責めにも一段落がついたのか、徐々に人が離れていくのを見計らって、まどか、さやか、仁美の仲良し三人娘が近付いて来た。

 

「大変そうだったね、ハル君……」

 

「まあ、こういうのって、転校生の宿命だよな」

 

 まどかの言葉に、晴政は苦笑を伴って返す。

 

「うんうん、良い受け答えだったぞ! これで鞍橋も見滝原中デビュー成功だな!」

 

「ハハッ、何じゃそりゃ? 何かそれ、高校デビューみたいで恥ずかしいな」

 

「でも、鞍橋君、何だか楽しそうでしたよ?」

 

「まあね。やっぱり、新天地って緊張するけど、心踊るものがあるよな?」

 

 和やかな雰囲気の中、言葉を交わす四人だが、ふとさやかがもう一人の転校生に目を向けた。

 

「向こうの転校生も、もっと愛想良くすれば良いのに……」

 

 さやかの視線の先には、席に着き、授業の準備を済ませ、静かに本を読む暁美ほむらの姿があった。

 

「緊張してるんだよ、きっと……」

 

「早く慣れてくれればいいんですけど……。でも、ちょっと恐い雰囲気ですよね」

 

 まどかの言葉に仁美が続く。心配するような表情を浮かべる二人の一方で、さやかはニヤリと人の悪い笑みを浮かべた。

 

「いやぁ〜、意外とお高く纏まってるだけじゃない? どっかの金持ちの娘で、下々の者共は相手にしない的な?」

 

「おいおい……彼女が聞いたら、多分怒るぞ?」

 

「大丈夫、大丈夫! 聞こえてないって! そういう鞍橋はあの子のこと、どう思ってんの?」

 

「どうも何も……今日会ったばっかりだっつうの。まあ……ちょっと美樹の言うことも分かる気がするけど」

 

 さやかの言葉に晴政もニヤリと笑うと、さやかは、同志よ!などと叫んで晴政とハイタッチをする。

 

 そんな二人を、まどかと仁美は苦笑しながら眺めるのだった。

 

 

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