鹿目まどかと美樹さやかは今、絶体絶命であった。
二人を囲うように、黒いカイゼル髭を蓄えた白い毛玉の化け物達が、カチカチと妙な場所から生えたハサミを鳴らしている。その中央で震える二人は、今にも卒倒しそうな程、恐怖に顔を染めていた。
「ねぇ、まどか? これ、夢だよね? 悪い夢なんだよね? ねぇ……まどかぁ!」
「っ……」
さやかの問い掛けに、もう既にまどかは答える事ができない。震えながらさやかに抱き着いているまどかの瞳には、涙の粒が溜まっている。
そんな二人を嘲笑うかのように、毛玉の化け物は一匹、また一匹と数を増やす。その姿は
そんな中、一匹の毛玉がまどか達に迫る。ハサミを前方に向け、ゆっくり近付いていく。
「ひゃっ、来たッ!」
「ひぅっ」
ギュッと目を閉じ、まどかの背中に回した手に力が入るさやか。まどかも、頭の中にイメージしてしまった最悪の状況に打ち震える。
二人の目の前まで来た毛玉は、大きくハサミを広げた。ハサミの刃の内側には、まどか達がいる。つまり、このまま行けば、閉じられたハサミは二人を両断する。
そして、今まさにハサミが閉じられようとした次の瞬間――
「オラァァァァッ!」
響き渡る咆哮――と同時に、横から毛玉へ飛び蹴りを浴びせる影。
飛び蹴りを食らった毛玉は大きく吹き飛び、飛んでいった先の毛玉も巻き込みながら転がっていく。
スタッと着地した影は、まどか達の方へ振り向くと声を掛けた。
「ふぅ……二人共、大丈夫か?」
まどか達はその声にハッとすると、声の主の方へ顔を向けた。
「はっ、ハル君!」
「鞍橋!」
ホッとした表情を浮かべながら、二人は目の前に立つ少年――晴政に声を掛けた。
「おっ……遅いじゃない! 早く助けに来なさいよ!」
「無茶言うなよ。これでも超特急で来たんだぜ? それより、怪我はないか?」
「えっ? アタシは無いけど……」
「まどかは?」
「わっ、私も大丈夫。でもこの子が……」
そう言って、まどかは腕に抱いたぬいぐるみのようなモノに目を向けた。呼吸をしている事から、辛うじてそれが生物であることが分かる。加えて、その生物の体には、生々しい傷跡がいくつも見当たる。
「ソイツ……どうしたんだ?」
その生物を見る晴政の視線が鋭くなる。少なくとも、晴政の記憶にこのような生物は存在しないため、怪訝な表情を浮かべる。
「分かんないけど……この子、私に助けを求めてた。それに、すごく苦しそうだよ!」
「あの転校生がやったんだ! 何だかよく分からない格好して、まどかに迫ってたし……」
今にも泣きそうな表情のまどかと、眉間にシワを寄せて憤るさやか。二人の様子から、晴政はこの生物の怪我が暁美ほむらの攻撃によるモノだと悟る。
(人に向かって軽機関銃を平然とぶっ放してくる奴だからな。アイツがやったとしてもおかしくはないか……。まあ、何の目的でやったのかは知らんけど、今はそれより……)
「そうか……。まあ、事情は後で聞く。今は、ここを切り抜ける事だけ考えよう」
晴政はそう言うと、辺りを見回す。
先程、一匹の毛玉を吹き飛ばしたため、晴政に対して警戒していた毛玉達だったが、その警戒が薄れたのか、またジリジリと近付いてきていた。
「二人共、俺の後ろから離れんなよ?」
晴政の言葉を聞いた二人は、身を寄せて晴政の背中に
(さぁて、どうすっか? 俺が陰陽師だってことはバレちまうが……仕方ねぇか、緊急事態だし。んなことより、結界用の護符は、さっき暁美ほむらに撃ち抜かれちまった所為で、あと2、3枚程度しかねぇ……。二人を守りながら毛玉共を全部片付けるってのは、できるっちゃあできるが、ちとリスクがデカイ。けどまあ、他に取れる方法も思い付かねぇし、ゴリ押しでいくか!)
数秒で考えをまとめると、晴政はカバンから呪符の束を取り出す。
「
金剛力士を展開しようとしたその瞬間、上空から突如としてほのかに光る鎖が降ってくる。それに気付いた晴政は、即座に金剛力士を展開する事を中断して、数少ない護符を使って結界を生成する。
だが、鎖は晴政の予想を超える動きを見せる。まるで生き物の如く動く鎖は、晴政達を囲っていた毛玉達を次々と貫いていく。鎖が円を描くように晴政達を囲うと、眩い光を放ち、そのまま周囲の毛玉達を一気に吹き飛ばす。
一瞬の出来事だった。
(オイオイ……何だ、今のは?)
晴政が張った結界のお陰で、暴風のような衝撃はまどか達には届かなかったものの、周囲を見渡せば、それまで自分達を囲んでいた毛玉達が跡形もなく消え、晴政は唖然とした表情で立ち尽くす。
まどか達も晴政の制服の裾を握り締めながら、動揺した表情を浮かべる。
「あらら……驚かしちゃったかしら?」
背後から響いた声に、晴政達は振り返ると人影が一つ。
コツコツと靴音を響かせながら、一人の少女がこちらに近付く。少女は見滝原中の制服を着ており、トレードマークであろう金色の巻髪を揺らしている。
ただ、彼女の容姿よりも、まどかとさやかは彼女の掌に置かれたモノに目を奪われていた。卵型の宝石のようなモノが、黄金色の光を煌々と放っていた。
一方で、晴政はまどか達とは違うところに着目していた。勿論、彼女の掌の上で光るモノにも目は行ったが、それ以上に、彼女自身に目を向けていた。そう、晴政は彼女を"知っている"。
「巴……先輩?」
「あら? 貴方は確か……鞍橋君だったかしら? 今朝方ぶりね」
驚いた表情を浮かべるが、少女――巴 マミはすぐに表情を和らげる。その視線の先には、まどかの腕に収まった白い生き物がいた。
「キュゥべえを助けてくれたのね? ありがとう。キュゥべえは私の大事な友達なの」
「キュゥべえ?」
まどかの呟きに、マミは首肯を以って答える。
「貴女達も、見滝原中の生徒ね?」
「そうですけど……貴女は?」
戸惑いを隠せない様子のさやかに、マミは苦笑を浮かべる。
「そうそう、鞍橋君は知ってると思うけど、貴女達には自己紹介がまだだったわね? でもその前に……」
マミはそう言って、周囲を鋭く見回す。瞬間、何処からとも無く、毛玉達が再び湧き出した。
「っ! まどか、美樹!」
「「っ!?」」
周囲の状況に気付いたのか、二人は慌てて晴政の後ろへ隠れる。
「ちょっと一仕事、片付けちゃっても良いかしら!」
そう声を張った瞬間、マミの体が光に包まれた。
目を細めながら、晴政はその光景を見つめる。
(これは……まさか、巴先輩も"魔法少女"!?)
光が収まると、そこには先程とは違う格好をしたマミが立っている。白い半袖のブラウスに、黄色のリボンとスカート、茶色と黄色が混じった革のブーツ。その姿からは、幻想的な雰囲気が漂っていた。
「はっ!」
フワリと羽根のように高く飛び上がると、マミは両手を広げる。その瞬間、マミの背後の虚空から、銀の装飾が施されたマスケット銃が現れる。ずらりと並んだ銃の数は、既に百を超えている。そのまま、腕を毛玉達の方へ向ける。それに呼応するように、全ての銃口から火が吹いた。
元来、マスケット銃は連射に向いていない。だが、例え単発であったとしても、百を優に超える数の弾丸が一斉に放たれたらどうなるか。
マミの放った弾丸の雨は、相当数いた毛玉達をあっと言う間に飲み込み、その場の地面もろとも粉砕する。跡に残ったモノは、立ち上った粉塵だけだった。そして、マミは上空から軽やかに着地する。
「すごい……」
思わずまどかが呟く。
その言葉を聞いていた晴政も、同じ気持ちだった。
(オイオイ……巴先輩の攻撃力、半端じゃねぇな。これ、威力だけなら国宝譲渡者レベルだ。これが、魔法少女か……)
背中に冷や汗を感じながら、晴政はマミを観察する。周辺を見回していたマミは、表情を緩める。
それと同時に、空間が歪み、周囲の景色が元の工事現場に変わった。
「もっ、戻った……」
ホッとした表情でさやかが呟く。隣りでは、まどかも安堵の表情を浮かべていた。
非現実世界から現実世界へ帰ってきたこと二人が歓声を上げていた一方で、マミと晴政は真剣な表情で上空を見上げていた。
それに気付いたまどかは、マミと晴政の視線を辿る。そこには――
「……っ! ほむらちゃん!」
まどかの声に、さやかも事態を把握したのか、表情を険しくさせる。
晴政達の視線の先には、高く積み上がった建築資材の上から春政達を見下ろす暁美ほむらの姿があった。正確には、ほむらの視線はまどかの腕に抱かれたキュゥべえに向けられている。
暫しの沈黙の後、マミが口を開いた。
「魔女は逃げたわ。仕留めるのならすぐに追い掛けなさい。今回は貴女に譲ってあげる」
「私が用があるのは……」
優しく諭すような口調でそう言ったマミを無視して、一歩踏み出すほむら。その姿に、マミは表情を険しくさせる。
「飲み込みが悪いわね。見逃してあげるって言ってるの」
先程とは一変して、鋭利な冷たさを持って放たれたマミの言葉に、ほむらの足が止まる。
「おい、暁美ほむら」
それと同時に、晴政はほむらに声を掛ける。ほむらの視線が春政に移る。
「お前、俺より先にここへ着いてたろ? 何故、何もせず見ていやがった? さっきのお前の装備なら、あの毛玉は一蹴できたはずだ」
「……私には私の目的がある。それだけの事よ」
「ハッ、目的……ねぇ? お前、んな理屈でこっちが納得すると思ってんのか?」
「貴方が納得するかどうかなんて、知ったことではないわ。第一、貴方の都合も、私には関係がない」
「関係がない? まあ、そりゃお前は関係ないかもしれないがな、人に向かって機関銃をぶっ放してきたんだ。それだけでも既に、要確保に値する。馬鹿じゃないならそれくらい分かるだろ?」
その言葉に、まどか達のみならず、マミもギョッとした表情を浮かべていた。
「機関銃をぶっ放したって……貴方、彼女と戦闘行為におよんだの!?」
「そうですけど、何か?」
横から慌てて問いかけるマミに、晴政は無表情に答える。マミは表情を険しくしながらほむらに向き直る。
「貴女、何を考えてるの!? 魔法少女が一般人に手を出すなんて!」
「……巴マミ、貴女にはその男がただの一般人に見えるの?」
「は? 何を……」
そう言われて、マミはハッと晴政達へ顔を向ける。
まどかとさやかは話について行けず、オロオロと視線を泳がせ不安の色を覗かせている。これが一般人の反応だろう。二人の反応は、当然の反応だ。
では、晴政はどうだろうか。
(落ち着いている……? 大の大人でも、突然こんな事態に巻き込まれたら狼狽えるのに、彼は冷静さを失っていない。ううん、そうじゃなくて、これは……慣れてる?)
「鞍橋君、貴方、一体……?」
「まあ、俺の事は後で説明しますんで、とりあえず今は……」
チラリとマミを見ながらそう言って、視線を戻した晴政はほむらを睨む。
「おい、暁美ほむら。お前、自分の立場を
鋭い視線と共に放たれた言葉にも、ほむらは怯まない。
「随分怠慢な言葉ね。ならはっきり言うわ。協力なんて頼んでないし、ましてや貴方に話す事なんて何も無い。とっ捕まえる? 勝手にすれば良いわ。貴方に捕まるほど、私は弱くない」
「ハッ……そうかい。ッたく、どこまでもナメ腐りやがって……」
ほむらの言葉に、晴政は冷笑を浮かべ、カバンから呪符の束を出す。一発触発の空気が、辺りに漂う。マミはそれを見ながら、どうするか考え
互いに動かず、沈黙が流れるが、それを破ったのはマミだった。溜息と共に口を開く。
「二人共、今日のところはそこまでにしておきなさい。そこの二人が困っているわ」
マミの柔らかな口調によって、張り詰めていた空気が幾分か緩む。
晴政がまどか達に視線を向けると、そこには不安げに瞳を揺らす二人の少女がいた。
(流石に、これ以上コイツらをこの場に居させる訳にもいかねぇか……)
小さく溜息を吐くと、呪符の束をカバンに戻し、晴政はほむらに視線を戻す。
「暁美ほむら……とりあえず、今日のところはお開きだ。流石に、俺と巴先輩の両方を同時に相手にする程、馬鹿じゃねぇんだろ?」
晴政がそう言うと、ほむらはまどかとキュゥべえに視線を向ける。憎らしげにキュゥべえを見やると、ほむらはくるりと背を向けた。
「あぁ、それと……」
それを見ながら、晴政はほむらの背に声を掛ける。
「お前が何故、まどかに声を掛け、キュゥべえとか言う生き物を襲ったのか、正直、皆目見当もつかない。だが……」
一拍置いて、晴政は目を細めながらほむらを見つめる。その瞬間……
「「……ッ!」」
ゾクッと、ほむらは背筋が寒くなる。晴政の近くに居たマミも、それを感じる。長い間、戦いの場に居続けた二人だからこそ分かる感覚。その感覚の名は……"殺気"。
「今後、俺の周りで好き勝手できると思うなよ? 俺の
異論は許さぬという強い意志を持って放たれたその言葉は、まるで鋭利なナイフのような鋭さと冷たさを誇っていた。
まどかとさやかもその異常に気付き、体をビクリと強張らせる。
だが、ほむらも長い間戦い続けたベテランである。この程度で怯むことはない。
「………………」
何もしゃべらず、ほむらは表情だけが険しくなる。そして、背を向けたまま、フワリと飛び上がり、何処かへ消えていった。
マミによって、黄金色の光が白い生物――キュゥべえに注がれる。その光によって、キュゥべえの体に刻まれていた傷が塞がれていく。しばらくすると、全ての傷が無くなっていた。
「ありがとうマミ! 助かったよ!」
「お礼はこの娘達に。私は少し手助けをしただけだから……」
キュゥべえの言葉に、苦笑を浮かべるマミ。
一方で、言葉を話すキュゥべえに、さやかと晴政は怪訝な表情を浮かべている。まどかに関しては、状況が呑み込めないのか、ポカンと呆けている。
そんな三人を尻目に、キュゥべえはまどかとさやかに向き直る。
「どうもありがとう! 僕の名前はキュゥべえ」
中性的な声を響かせ、その赤い両目を二人に向ける。そのあまりの奇妙さに、二人はたじろぐが、晴政はジッと観察するように見つめる。
「貴方が私を呼んだの?」
「そうだよ、鹿目まどか。それと美樹さやか」
まどかが尋ねると、平然と名前を上げて返してくるキュゥべえに、ギョッとする二人。晴政も、その不自然さに目を細めた。
「なっ、何で私達の名前を?」
「僕、君達にお願いがあって来たんだ」
「おね……がい?」
キュゥべえの言葉に、まどかとさやかはきょとんとした表情を浮かべる。そもそも、今日初めてその存在を知った二人からすれば、寝耳に水な話だろう。勿論、晴政もキュゥべえのお願いなど皆目見当もつかない。
そして、キュゥべえは告げる。
この言葉こそが、全ての始まりであり、終わらない戯曲への招待状だった。
「僕と契約して、"魔法少女"になって欲しいんだ!」
(ビンゴ……ビンゴだビンゴ……。まさか、調査に入ってこんなに早く確信へ迫る出来事が起こるとは……)
額に右手を置き天を仰ぐ晴政は、大きく溜息を吐いた。キュゥべえとマミが何やら色々とまどか達に語っているが、最早それは耳に入らない。
約百年前に初めて公の文書に魔法少女の存在が記されて以来、その存在の謎はほとんど解明されてこなかった。
勿論、この調査を行ってきた先人達が無能だった訳ではない。むしろ、日本のトップレベルに位置する有能な退魔師の力を以ってしても、解明する事のできなかった問題なのである。
それ故、晴政は長丁場の調査になると覚悟を決めていた。
それなのに……
「ツイてんのか、ツイてねぇのか……訳分かんねぇや」
晴政は思わずそう呟きながら脱力した。
たった一日にして、有り得ない程アッサリ、魔法少女とこの現象に詳しそうな存在に出会ってしまった。しかも、魔法少女に関しては、本日二人目である。
「鞍橋君? どうしたの?」
そんな晴政の呟きが聞こえたのか、マミが不思議そうな表情で尋ねる。
「いえ、大した事ではないのでお気になさらず」
「そう? なら良いけど……」
苦笑を携え答えると、マミも微笑む。
そうしている内に、まどか達と話をしていたキュゥべぇが晴政の方へ赤い瞳を向けていた。
「君は不思議な存在だ。何故僕のことが見えるんだい?」
表情は変わらないが、その声色から、キュゥべぇが心底不思議がっていることが晴政には分かった。
「それに、君からは何かの力を感じる。君は何者だい?」
キュゥべぇのその言葉に、マミも反応する。
「それは私も聞きたいわ。鞍橋君、貴方、間違いなく“こちら側”よね?」
キュゥべぇとマミはこちらを凝視する。加えて、まどかとさやかも、思い当たる節があるのか、真剣な表情を晴政に向けていた。
(まあ、暁美ほむら相手にあれだけの啖呵を切りゃ、当然、俺が一般人じゃねぇって思うよな……。巴先輩とキュゥべぇには色々話も聞きたいし、今更まどか達にも隠し通せるとは思えねぇ。ここらで話しといた方が得策か)
晴政はそう判断すると、口を開く。
「俺は……ッ!」
その瞬間、晴政は強烈な悪寒を感じる。瞬時に立ち上がり、周囲を見回した。
その姿にマミ達は怪訝な表情を浮かべるが、晴政はそれを気にせず、周囲に目を凝らす。
晴政の視線の先、暗闇に包まれた工事現場からは、微かに
次の瞬間――
『ウフフフ……』
「「「ッ!」」」
辺りに響く妖艶な笑い声に、マミ達はビクリと体を震わせる。
「チッ……今頃になって出てきやがった! しかも囲まれたか……」
舌打ちと共に、晴政は忙しなく視線を動かしながら辺りを警戒する。
「ねっ、ねぇ、ハル君? 今の声は……?」
「そっ、そうだよ鞍橋! 今の、何なのさ!?」
「鞍橋君……?」
三者三様の反応を見せる。それをチラリと見ながら、晴政は思考する。
(俺一人だけだったら苦労はしねぇが、コイツらを守りながらだとすると流石にキツイか? まあ、巴先輩もいるし、イケそうな気もするけど、念の為に防護措置は取っておいた方が良いかもな。なら……)
そう思いながら、晴政は最後に残った2枚の護符を懐から取り出す。そしてそのまま、まどか達に近付くと、まどかにそれを渡した。
「えっ……? これは?」
不思議そうな表情のまどかを無視して、晴政は口を開く。
「オン・バロダヤ・ソワカ……結ッ!」
その言葉を紡いだと同時に、護符が光り輝き、まどか達三人とキュゥべぇの周りを囲うように半円状の光の膜が覆った。
「えっ、えっ!? ハル君!?」
「ちょっと!? 何よこれッ!?」
「これは……結界!? 鞍橋君、貴方は!」
「へぇ……これは……」
驚いた表情を浮かべる三人と平然と観察している一匹。晴政は結界がしっかり張れた事を確認すると、三人に向き直る。
「とりあえず、10分ちょっとは展開し続けるはずだから、この中で大人しくしといてくれ。色々聞きたい事もあるだろうけど、それは後。巴先輩じゃないけど、俺も一仕事、片付けないといけないんでね?」
晴政がそう言った瞬間、晴政の背後、20メートル程離れた場所から、ドスッと重いモノが落ちる音が響く。それに続くように、四方からも同様の音が響いた。
「来たか……」
そう呟くと、晴政はカバンから呪符の束を取り出し、周囲を囲んだ異形を睨む。
「ひっ!?」
「嘘……でしょ?」
「魔女ではない。なら、これは……?」
周囲を囲んだ異形に、まどかとさやかは恐怖を顔に張り付け、マミは険しい表情になる。
異形の頭から覗く複数の目は、ギョロリと獲物である晴政達を見つめ、カチカチと鋭い牙を鳴らしている。黒く太い体毛に覆われたその体は、軽自動車と同じくらいの大きさだろうか。人の足より太い8本の脚を動かし、その異形は晴政達へにじり寄る。
「くっ……蜘蛛ォ!? デカ過ぎ! キモォォォッ!」
あまりのおぞましさに絶叫するさやか。まどかは顔を青くして今にも卒倒しそうになっており、魔法少女として非常識と戦い続けているベテランのマミも、流石に顔をしかめている。
その異形――
(まあ、予想通りだな。目測で分かる限り、今のところ数は10匹程度。後はどれだけ湧いてくるか……)
「
束から放たれた大量の呪符が形作る。瞬時に2体の金剛力士を展開した晴政は、即座にそれらへ命令を下す。
「やれ」
金剛力士が動き出した瞬間、大蜘蛛達も動き出した。一斉に飛び掛ってきた大蜘蛛は、晴政目掛け殺到する。
金剛力士が腕を振り下ろす。1匹の大蜘蛛が、その拳の餌食となった。顔面に拳が突き刺さる。『ギュッ』という声を残し、吹き飛んでいく。そのまま、後ろにいた別の大蜘蛛を巻き込み、盛大に壁へ叩き付けられた。吹き飛ばされた大蜘蛛は、脚がグニャグニャに曲がっており、顔のあった場所は潰れ、一瞬で絶命していた。続けざま、2体の金剛力士は、次々と大蜘蛛達を吹き飛ばしていく。
数匹の大蜘蛛が、金剛力士の脇を抜けて晴政に接近する。だが、晴政は慌てない。
晴政が腕を振るうと、束から外れた数十枚の呪符が空中に浮遊する。
「
呪詛の言葉と共に、大蜘蛛達へ腕を向ける。瞬間、空中を漂っていた呪符が硬化、そして、弾けるように大蜘蛛達へ殺到し、その勢いのままに大蜘蛛達を貫いていく。呪符によって体を貫かれた大蜘蛛は、緑色の体液を撒き散らしながら絶命する。
そのまま、晴政は展開した呪符を飛ばしながら大蜘蛛の群れに突っ込んだ。
一方で、その様子をマミは黙って観察する。隣りでは、まどか達(主にさやかだが)が晴政の姿に歓声を上げている。だが、今、マミはそれに混じって晴政を応援する気にはなれなかった。
戦っている晴政の姿と、自身を覆う結界を交互に見ながら、マミは考察する。
(驚いた……。あの魔法少女と戦闘行為に及んだと言うから、どれ程の実力なのかと思っていたけれど……まさか、これ程とはね?)
そう思いながら、マミは目を細める。
『マミ、君は彼をどう思う?』
頭の中に流れてきた声に反応して、マミは視線をキュゥべえに向ける。
『凄いわね。多分、あの様子だと、戦闘経験もかなりあると見えるわ』
マミもそれに合わせて頭の中で言葉を紡ぐ。これは、キュゥべえのテレパシー能力のようなものであり、マミのみをキュゥべえが対象としているため、まどか達には聞こえていない。
『やっぱり、君もそう思う? 僕も驚いちゃったよ。魔法少女でもないのに、魔法に似た何かを使っているし……。それに、何よりも強い。恐らく、魔女の使い魔程度では、彼の相手にもならないだろうね』
『でしょうね。正直なところ、私が彼と戦ったとしても、簡単に勝てるイメージが浮かばないわ……』
『まあ、彼が何者で、どのような力を使っているのか分からない以上、"今"敵に回す事は避けた方が良いかもね?』
『……人間を"敵"だとは思いたくないわ。それに、彼はさっきの魔法少女とは違って、コミュニケーションが取れそうだし……』
『どうかな? もしかしたら、この後に襲いかかってくるかもしれないよ?』
『その時はその時よ。私だって、タダでやられてなんてあげないわ。けど、話し合いで済むのなら、それに越した事はないと思うの』
『……君らしい判断だ。まあ、僕としても、彼の力には興味がある。話し合いができるのなら、是非そうしたいところだね』
そう、頭の中で呟くと、キュゥべえは戦闘中の晴政に視線を戻す。それに釣られて、マミも視線を移した。
視線の先には、未だ大蜘蛛と戦い続ける晴政。
「………………」
それを、マミは真剣な表情で見つめるのだった。
「らぁっ!」
1匹の大蜘蛛を蹴り飛ばし、即座に呪符を飛ばしてトドメを指す晴政。その視線は次の大蜘蛛に向いているが、浮かない表情を浮かべている。
(おかしい……。そろそろ親玉が出てきても良い頃合いなんだが……)
そう思いながら、晴政は並列処理で金剛力士に指示を出す。たった数分の戦いだが、既に10匹以上の大蜘蛛を葬り去っていた。
その時だった。
『ギィィィィッ』
「なっ!?」
ワラワラと湧いていた大蜘蛛達が、まさに字の如く、蜘蛛の子を散らすように四散していく。晴政は逃がすまいと呪符を飛ばすが、数匹を葬っただけで、後は皆どこかに逃げてしまった。
『ウフフフ………』
辺りに響く妖艶な笑い声。それを最後に、大蜘蛛達の気配が消えていった。
「チッ……逃がしたか……」
舌打ちをする晴政。そして、辺りは再び暗闇と共に妙な静けさに包まれる。
それと同時に、まどか達を覆っていた結界が、ガラスが割れるような音を立てて崩れ去る。
「終わった……の?」
まどかはおっかなびっくり辺りを見回している。その一方で、さやかは興奮した表情を浮かべていた。
「ちょっと鞍橋! 今の何!? 何なの!? 何で蜘蛛があんなにデカイの!?」
その様子に、晴政は苦笑する。
「ハハハ……まあ、落ち着けよ」
「落ち着ける訳ないでしょ! もうっ、本当に今日は何なのよ! 変な毛玉には襲われるし、デカイ蜘蛛が湧いてくるしィ! って言うか、アレと戦えるとか、アンタ何者よ!?」
「それは、私も知りたいわね」
まくし立てるさやかの後ろから晴政を見据えるマミ。その姿に、先程までの優しげな雰囲気はない。
「まっ、マミさん……?」
真剣な表情を浮かべるマミに、まどかはたじろぐ。
「あれだけ派手にやって、気にするなという方が難しいわ。貴方だって、何も説明せずに帰れるとは思っていないんでしょう?」
「まあ、そうっすね。ここまで見られた以上、もう隠す意味もあんまりないでしょうし……。つっても、こっちはこっちで、巴先輩とキュゥべえに対して聞きたいことがあるんですよ。特に、魔法少女について、ね?」
「……情報交換って訳? まあ、お互い無用な争いは避けたいものね」
「そういう事っす」
(良かった……巴先輩は話が分かる人らしい。これで一歩前進かな?)
そう思いながら、晴政はホッと一息ついた。
「とりあえず、ここから出ましょう。まどか達もいますし……」
晴政はそう言って、まどか達に視線を向ける。
「それもそうね。なら、今から私の家で話し合いましょうか」
「巴先輩がそれで良いなら構いませんが、大丈夫ですか? その、親御さんとか」
「……心配ご無用。私、一人暮らしだから……」
「……ならそのご好意に甘えましょうかね。お互い、あまり外で話すような内容でもないでしょうし……。んじゃ、まどか達も行くぞ?」
マミと晴政の間で話がまとまっていくが、それに異を唱える者が現れた。
さやかである。
「ちょっと、二人で話を進めないで! とりあえず、鞍橋は私の質問に答えなさいよ!」
「ハル君……」
まどかも不安げに瞳を揺らす。
二人に視線を向けながら、マミと晴政は困ったように眉をひそめる。
「僕も気になるな。鞍橋晴政と言ったね、君は何者だい?」
まどか達の援護射撃とばかりにそう言うキュゥべえに、晴政は一考する。
「ふむ……」
(まあ、キュゥべえはともかく、まどかと美樹がまだ落ち着かねぇのは仕方ないか……)
そう判断すると、晴政はまどかとさやか、並びにキュゥべえへと向き直る。
「美樹とキュゥべえは、俺が何者かっていう質問で良いんだよな?」
晴政の言葉に、さやかとキュゥべえが頷く。
「そうだな……まあ、詳しい話は後でするとして、簡単に言っちまえば……」
この場にいる全員の視線が晴政に注がれる。それに対して、晴政はニヒルな笑みを浮かべた。
「"陰陽師"ってのが、俺の肩書かな。平安の世から、影から日本を支えてきた……力ある集団さ」