東方九心猫   作:藍薔薇

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閑話
ちょっと遊びに来ただけですよ


 私は畳の上に敷かれた座布団にお行儀よく正座し、脇には被っていた帽子を置いておく。服の中に折り畳むように入れて隠していた尻尾を外に出して少し楽にしながら、向かいに座ってお茶を飲んでいる人間を見詰める。無論、微笑みは絶やさない。にっこり。それなのに、向かいの表情はあまり芳しくない。がっかり。

 

「ふぅ。……今日はどのような御用なのでしょうか、彩様?」

「ちょっとしたお暇をいただいたから気兼ねなく話せる人の家にちょっと遊びに来ただけですよ? だからさー、そんな他人行儀な言葉で話さないでよー。私、寂しくて死んじゃうよ?」

「それは兎でしょう? ……はぁ。まぁ、いいでしょう。私と話してもつまらないと思いますが?」

「いやいや、ご冗談を。貴女に限って、話が尽きるなんてことはないでしょ?」

 

 何せ、目の前で苦笑しているご令嬢は、九代目御阿礼の子である稗田阿求なのだから。

 『一度見た物を忘れない程度の能力』を持つ完全記憶能力者、あるいは瞬間記憶能力者。見聞きしたことを忘れることがないから、話のネタが尽きることはまずない。ためになる話、くだらない話、面白い話、悲しい話、その他諸々何でも御座れ。

 今日はどんなお話をしてくれるかなぁー、なんて期待しながら微笑んでいると、阿求は急に机に紙を広げ始めた。そして、その手には乾いた筆が握られる。……えぇと、なんか嫌な予感。

 

「では、せっかくですから貴女のことを幻想郷縁起に記録しましょう」

「えー。私なんかを記録に残してもしょうがないでしょ? ほら、私、何処にでもいる化け猫」

「同じ化け猫の橙を記録済みです。そんな言い訳は通しませんよ」

 

 橙はもう書かれてたんだ……。知らなかった。まぁ、藍にちょっと訊いてみれば訊いてないことまで語り尽くしてくれるだろうし、記録はしやすそうだなぁ。

 それに、記録しましょう、って言った瞬間に浮かべた阿求のあの笑顔を崩すのは流石に忍びない。

 

「……あー、いいよ。お好きなようにあることないこと書いちゃってー」

「では、好きなように。実際に私が見て、聞いて、問うて、書けることは滅多にないんですよ?」

 

 そりゃあ、人間の中でも病弱なご令嬢ですからね。それに、勝手に死なれたら色々と困る人間だ。人間にとっても、妖怪にとっても、そして彼女自身にとっても。

 

「自身の能力で特筆すべきものはありますか?」

「『九つの命を宿す程度の能力』って紫様が呼んでるよ」

「へぇ。それはどのような能力で?」

「内側がちょっと騒がしいだけさ」

 

 紫様に式神を憑けてもらってからは大分マシになったけどね。……憑く前のことは、あんまり思い出したくないかな。

 

「他に得意なこととかは?」

「私はとりあえず手広く出来るよ。速く走れたり、妖術で爪を伸ばしたり、身体強化したり、ちょっぴり癒したり、他にも色々」

「試しにちょっと見せてくれませんか?」

「んー……、まぁ、いいけど」

 

 阿求のおねだりに応え、私は右手を軽く開く。そして、軽く妖力を込める。すると、右手の爪が徐々に伸びていく。……はぁ、相変わらず遅いなぁ。

 

「こんな感じ?」

「えぇーと……、その、それって便利ですか?」

「……私より得意なのが内側にいるから」

 

 そう言いながら自嘲するように笑い、私は爪を引っ込める。これも少しずつで、比べれば比べるほど遅い。

 私は、よく言えば普通で、悪く言えば中途半端。率先して前に出ることも出来ず、家事全般は数歩足りず、記憶力はそこまで、物事を純粋に楽しめず、瞬間威力は低く、物事に達観出来ず、癒しても癒し切れず、身体の使い方もなっていない。どれをとっても、私はいずれかに劣ってる。必要な時には必要なのと代わったほうがいい。

 私は、最も使い物にならない。

 

「な、何か弱点などは?」

「水。私、水、嫌い」

 

 紫様曰く、多少水を被っても式神が剥がれないようにしてくれているそうだけど、そもそも私自身が水が大の苦手である。どの程度まで式神が平気か知らないけれど、流石に滝行すれば剥がれると思う。やらないけど。

 

『すみません』

『おっと、なんです?』

 

 スッと首ごと視線を逸らしたところで、私は内側に引き寄せられた。そして、通信されたことを教えてくれた。

 

『先程、例の妖怪を抹消し終えたようです』

『そっか。じゃあ、護衛は終了だね』

 

 お暇? 嘘だよ。これも仕事だよ、仕事。

 先日、人間の里に人食い妖怪が出没した、なんて噂が人間の里の端の方から流れ出した。行方不明者三名。おそらく死亡。手口は人間に化け、外へ連れ出し、そして捕食するそうな。目撃者はそう言ってたらしい。捕食対象は好みでもあるのか、年若い少女のみ。ということで、私は稗田阿求の近くにいるよう命じられたのだ。万が一、彼女が外に出ようなんてしないように。

 幻想郷は全てを受け入れる、と紫様はおっしゃる。人食い妖怪も受け入れるし、その断罪だって受け入れる。とても残酷な話だ。

 

「……彩様?」

 

 ……おっと、阿求が私のことを呼んでる。通信の内容を教えてくれたのには内側に戻ってもらい、私はすぐに表へと出ていく。

 

「何かな?」

「私の話、聞いてましたか?」

「いや、全然」

「やっぱり……。私達人間のことをどう思っているか訊いてるんですよ」

 

 ジットリとした目で睨まれながらそう問われ、私はにっこりと微笑む。……あぁ、そういえば、私は一つだけ勝るものがあったかもしれない。

 

「大好きだよ」

 

 私は嘘吐きだ。

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