「なぁ、彩」
「ふぅ……、何だ藍? 気になる点でもあったか?」
「……気になる点と言われればそうだな」
彩の訓練に付き合い、手合わせを交わし終えたところ。私は汗を拭いながら息を吐く彩に一つ投げかけた。
「先程全力だと言っていたが、本当に全力か?」
「悪ぃな。これが俺の全力だよ」
「そうだろうな。あれは確かにお前の全力だった」
全力。今回の手合わせで彩が叫んでいた言葉だ。あれは確かに化け猫という括りの中では数段突出した敏捷性だった。
だが、私が言いたいのはそこではない。
「しかしな、私は彩の全力を出すべきだ、と思うんだよ」
「あ? ……あぁ、九つ揃って来い、って言いてぇのか」
「理解が早くて助かるよ」
多少無理を言っているのは分かっている。彩は『九心九尾』を明らかに嫌っているのだから。
私がこのようなことを言った理由は少し前、紫様との会話に遡ることになる。
◆
「藍と彩、どちらが強いか?」
「はい。一応、同じ九尾なのでしょう? 同じ種を持つ式神同士ですし、ふと気になったんですよ」
「んー……、どうかしらねぇ……」
私の問いに、紫様はこめかみに指先を当てて考え始める。
少し待つと、紫様はこめかみに当てていた指先を私に向けながら口を開いた。
「まず、貴女は九尾になって知恵を得た。その知恵をもって世の権力者を惑わしてきたでしょう?」
「そうですね」
「彩は、単純に力を求めて九尾に至った。強弱を付けるのなら、この差は大きいわ」
確かに、私が九尾となって妖狐としての位は上がった。その際に単純な力や妖力がどれほど変わったかといえば、一つずつ積み重なるように上がった。
それに対し、彩は妖術をもって無理矢理九尾に至った。その妖術は力を求めたからということは、それ相応の結果となっているだろう。爆発的な向上をしていても何らおかしくない。
「けれど、妖狐と化け猫の種族差があるからどうなるかしら……」
「試せるものなら、一度試してみたいですね」
「そうね、私も気になってきたわ。……まぁ、今の彩がそんな力比べをする気なんてないと思うけど」
あの時、鬼と相対した彩の実力を思い出す。しかし、それを私に対してするか、と問われれば否と答えるだろう。
今の彩は力を拒絶している。いや、今でも力に手を伸ばしているのはいるにはいるのだが、それは少数になるだろう。例えば、娯楽に興じているの、家を整えるの、傷を癒すの、知識を蓄えるの……。そのあたりは力をそこまで求めていないだろう。
◆
そのことを思い返していると、彩は腕を組んで私を見上げていた。
「俺からはどうとも言えねぇよ。俺自身はともかく、他のにやる気があるかどうかなんざ知らねぇからな」
「やはりそうか……。紫様も気にしてらしたのだが」
「んなこと言われてもなぁ。紫様が何を言おうと無理なのは無」
台詞の途中でブツリと言葉が切れた。彩の表情が固まり、その瞳から光が失せていく。全身から無駄な力が抜け切った棒立ち。これは表にいたのが内側に潜ってしまったということであり、すなわち表が空になったということである。
しかし、それも一瞬のこと。すぐに彩が私を胡散臭いものを見るような目で見上げてきた。どうやら、別のが表に出てきたらしい。
「全力を出すべき。紫様が気にしてた。……ねぇ、藍。理由はそれだけ?」
「切り札として扱うにしても、扱えなければ仕方あるまい。萃香と相対していた際、苦労していたようではないか」
「……まぁ、いいや。いいよ。いくつか条件飲んでくれるならやるよ。私がここで断っても、あとで紫様にやれと命じられるのがオチだろうし」
……驚いた。この手合わせの上で最も障害となるであろうのが、真っ先に了承したのだ。
「条件とはなんだ?」
「それは他のと話してから」
確かに、九つ揃って出てくるのだ。要望は九つそれぞれ違うだろうし、一つが勝手に全てを決めれるはずがない。
これで話は終わりだと言わんばかりに彩は大きく伸びをしてから、私の横を通って縁側に向かう。
「橙にいい顔出来るといいね」
「ブフッ!?」
その際に囁かれた言葉に思わずむせてしまった。
……橙に藍様は紫様一番の式神だもんね、と言われてどうしても、と思っていたことが何故バレたのだ。