東方九心猫   作:藍薔薇

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極彩『彩色剣尾・玖式』

「条件は一つ。これから九つ出るわけですけど、どれか一つでも止めると言えばその時点で終了。その場合の勝敗は藍の勝ちでいいですよ」

「待て。万が一でも勝利を譲られるなど御免だぞ」

「そこで万が一なんて自然と口に出来るんだからわざわざ手合わせする必要なくない?」

「……これはお前のための手合わせだ」

「あー、はいはい。そうでしたね。じゃあ」

 

 彩はそこで口を閉ざして言葉を区切ると、いかにも面倒くさいと言わんばかりの顔をこちらに向けた。

 

「その場合はそこで観戦している紫様に決めてもらいましょう。それならいいでしょう?」

「あぁ、構わない」

 

 藍は彩の代案に頷いているけれど、仮にも主である私を置いて勝手に決めないで頂戴。……まぁ、私も気になっているからここにいる。二人の勝負を私に魅せてくれるのなら、勝敗の判決くらい別に構わないと思った。

 彩は爪先で地面を突きながら肩を回し、それから両手を組んで大きく伸びをする。しばらく身体を伸ばした状態を維持し、最後に溜まった息を一気に吐き出した。

 

「さぁ――おう――ッシャァ!――ふん――どーんっ!――もう、藍ったら――仕方ありませんね――不本意ですが――……ん――やろうか」

 

 彩の雰囲気が激変する。見かけは何一つ変わっていないが、先程とは明らかに違う段階へ跳ね上がる。その変化に、私の口端が自然と上がっていく。

 そして、藍がいきなり吹き飛んだ。身体をくの字に曲げて宙を舞い、しかし地面に落下するようなことはなく、衝撃を受け切ってその場にふわりと浮遊する。目を凝らしてよく見れば、彩の前にほぼ不可視の頑強な結界が丸で拳のように伸びている。

 

「不意討ちとは」

「はぁ?――開始の鐘が鳴るなんて――随分と甘い」

 

 打撃を受けた腹を押さえながら零した藍の言葉に対し、彩は嘲り笑う。私としては、不意討ち程度反則でも何でもないだろう。開始の合図を頼まれたわけでもないのだから、勝手に始めてもらって結構。

 

「結界――はい」

「ふっ!」

 

 藍が動き出す寸前、彩は結界を張って身を包み込んだ。藍の手から放たれる膨大な妖力弾を結界で受け止めるが、流石に全てを受け切れるほど頑丈ではなかった。

 結界に罅が入っていく中、彩は左右を見回した。一瞬、私と目が合ったが、気だるげで浮かない表情を隠そうともしていない。

 

「右回りで――左のほうが――直進に決まってん――右で――右だよ――そうですね」

 

 彩が意思決定を終えた瞬間、彩の姿がぶれた。遅れて爆ぜる音が轟き、ビリビリと肌に響いてくる。音速を軽く超越した高速移動。

 既に藍に左に急接近していた血塗れの彩の右掌底が藍に叩きつけられた。が、その掌底はすんでのところで交差した両腕で防御されてしまったが、それでも藍を地面に打ち落とした。掌底を放った彩の右腕はひしゃげて見るに堪えないものとなったが、瞬く間に治癒される。身体の脆さゆえか、彩の表情はあまり浮かないわね。

 

「やっぱあまり動かない方が――んだと?――長所を殺すのは――知ってた」

「彩! まさか私を地に付けた程度で終わりではあるまい?」

「あぁん!?――こらこら、乗らないの――火術――ん」

 

 彩の周囲に三つの火球が浮かび、一斉に藍を襲う。それに対し、藍は青く燃える狐火を操り、三つの火球を飲み込みながら彩へ放った。やっぱり、こういう精密操作は藍のほうが圧倒的に有利ね。

 

「水壁――おーっ!――氷術もどうでしょう?――じゃあ、それも」

 

 火球を完全に取り込んで大きく燃え盛る狐火を、分厚い水の壁で受け止め消火し、その水壁を貫くように氷柱を撃ち出していく。水壁を凍らせながら通り抜けた氷柱は、撃ち出した時よりも巨大化している。だが、いくら大きくなっても所詮は氷柱。藍には掠りもせずひらひらと躱されていく。

 躱されながら次々と放たれた妖力弾を、彩は最低限の結界を張って防御。藍の放った妖力弾は、先程の結界を見たからか貫通力を高めるためにより鋭利に、かつ螺旋を描いていたのだが、それでも難なく受け切られている。

 しかし、彩にとってはあまり面白い状況ではないらしい。

 

「くそっ! もっと強ぇのは――黙れ――下りるよ」

 

 そう言って急降下。地面に勢いよく着地した瞬間、地面が激しく揺れ動く。……これは妖術で地震を引き起こしているわね。一応、二人の勝負のために強力な結界を張っているとはいえ、外部の被害を後で確認しないといけないわ……。

 

「うぉっ!?」

「直進――あぁ」

 

 突然の揺れに藍の体勢が崩れた瞬間、彩は真っ直ぐと突進した。その軌跡に血飛沫と音を置き去りにしながら、真っ直ぐと。

 

「身体強化――膂力?――ですね」

 

 彩の左腕が筋骨隆々に膨れ上がる。その太さは倍以上。

 

「シャァッ!」

「げふっ!?」

 

 肥大化した左腕が超音速で鳩尾に叩き込まれる。体勢を崩していた藍は防御することが出来ずもろに喰らい、そのまま結界の端まで吹き飛ばされていった。

 しかし、その代償と言わんばかりに彩の左腕は悲惨な様相を見せていた。伸び切った腕は明らかに潰れている。彩自身が放った衝撃に腕が耐え切れず、ボトボトと血を落としていた。が、そんな傷も気が付けば元通りになってしまう。

 

「はぁ、はぁ――血が――抜け――過ぎかも?――かも、じゃないです」

 

 しかし、出てしまったものはなかなか戻らないようで、彩の顔色が悪くなっている。それもそうよ。突撃一つで全身の皮膚が破れて、攻撃すればその部位が砕けてしまう。いくら治癒しても、その苦痛は想像に難くない。

 

「ッ!――来る!――どうするの?」

 

 彩が目を見開き、その視線の先で藍が走り出した。先に妖力弾を放ち、彩の逃げ場をなくすように周囲を漂う。その数は膨大で、ここから彩の姿を確認出来なくなってしまうほど。

 

「さぁ、彩! どうする!?」

「……極彩『彩色剣尾・玖式』」

 

 妖力弾の塊から、九つの妖力が噴き出した。その九つの尻尾の様な妖力は暴れ回りながら周囲の妖力弾を打ち払い、そして縦横無尽に藍へと襲い掛かっていく。

 横薙ぎの妖力に身体を低くし、振り下ろされる妖力は横に跳び、真っ直ぐと突き出される妖力は回り込み、躱しながら彩に向けて走り続ける。その身に妖力を纏わせて、結界の上から叩き付けて突き破るつもりのようね。そんな藍を、彩は目を細めてジッと見詰めていた。

 藍の攻撃の直前、彩が消えた。思わず目を見開いてしまう。先程の超音速とはわけが違う。切り取ったように、その場からいなくなってしまった。

 だが、消えたはずの彩はすぐに見つかった。全身血塗れで、藍の後頭部へ手刀を振り下ろそうとしていた。

 

「……止め。もう無理」

 

 ベシャリ、と濡れたタオルでもぶつけたような音を立てた手刀を最後に、彩はそう言った。そして、グラリと身体を傾けていく。そのまま地面に倒れてしまう前に、藍がその身体を受け止めたのだが、その時もベチャッと濡れた音がした。

 

「彩? おい、彩!」

「……なに――……ひびく――……るっせぇ」

「藍、そこまでよ」

 

 すぐにスキマを開き、藍と彩の隣に出て彩に触れる。……これは、酷い。全身ズタボロだ。どうすればこんなに傷つけるのか不思議なくらい、全身隈なく潰れている。

 

「……ゆかりさま――……ありがとう、ござ」

「それ以上喋らないで」

 

 慌ててその身体を治してあげようとはするものの、流石に私一人ではすぐに終わるような損傷ではないわ。あまりにも深過ぎる。

 藍の手伝いと、こんな惨状にもかかわらず彩自身の治癒の妖術によって思っていたよりも早く済んだ。……というより、大半を彩自身が治していた。これは、私が思っていたよりも……。

 

「ふぅ……。さて、もういいや――はいはい――戻りましょう――またねっ!」

 

 彩は藍の腕から下りて立ち上がり、一つ残して内側へと戻っていく。纏っていた異質な雰囲気が収まり、何処にでもいるような化け猫へと戻ってしまった。……少し、言えかなりもったいない気分ね。

 

「で、勝敗は?」

 

 そう言った彩に見上げられ、私は少し考える。しかし、結論はすぐに出た。

 

「藍ね。あのまま続けていれば彩は死んでいた。死はすなわち敗北よ」

「ですよねー。それじゃ、これで本気の手合わせはお終い、っと」

 

 負けたにもかかわらず、彩は特に気に留めることなく立ち去っていく。血塗れでボロボロの服のまま帰って床を汚さないでほしいのだけど……。まぁ、その時は掃除を命じればいいわね。

 隣に立っている藍はというと、腕を組んで際の背中を見詰めていた。

 

「……やはり、改善した方がいいのではないか?」

「そうかもしれないわね」

 

 彩はやはり強かった。私は二人を式神にする際、藍には知を、彩には武を、それぞれ求めていた。だから、強いことはいい。しかし、その力は相変わらず彩には大き過ぎるものだった。

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