東方九心猫   作:藍薔薇

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社会派ルポライターあや

「えーっと、オクラ、トマト、茄子、ピーマン。それとニンニク、唐辛子ね」

 

 人間の里に出掛ける前に書いておいたメモを見て一つずつ指差して確認する。自分で書いたんだから忘れてはいないと思うけれど、一応ね。

 確認を終えたメモを仕舞い、私はふと足を止めて空を見上げた。燦々とした太陽が昇っていて、思わず目を細めてしまう。

 

「あら?」

 

 その時、視界の端から端を一瞬で通り抜けていった黒い存在が見えた。黒い翼が見えたから最初は鷲か鷹、あるいは特別大きな鴉かと思ったけれど、あれは明らかに人型だった。顔も見えたし。……妖怪鳥かしら? 夜雀みたいな。

 

「さて、買い物買い物」

 

 少し気になったけれど、顔を前に戻して歩き出す。今は買い物のほうが大事だもの。

 もちろん、わざわざ買い物に行かなくても紫様が外の世界から引っ張り出している食材がある。けれど、やっぱり採れたてを使ったほうが美味しいもの。それに、支給されるお金はちゃんと使って人間の里の経済をしっかり回さないとね。

 目的の八百屋さんを目指して歩いていると、後ろから私に近づいてくる気配と足音を感じ取った。隣を通り過ぎるのではなく、私の背後に向かってくる不審な動き。……ここでやり合うと人間の里に迷惑がかかるし、変に目立っちゃうから嫌なんだけど。

 そんなことを考えながら、私は立ち止まって振り返った。

 

「あやや、気付かれてしまいましたか」

 

 後ろを付けていた者は振り返った私を見てほんの僅かに目を見開いて、すぐに人当たりのいい笑顔を浮かべた。紅葉色のジャケットを着て鍔の小さな帽子を被り、肩に小振りな鞄を掛けた出で立ち。

 

「どなたですか?」

「おっと、すみません。私はこういった者ですよ」

 

 付けられる覚えはないのだけど、と思いながら首を傾げると、ポケットから名刺を取り出して私に差し出してくれた。

 名刺を受け取って、手書きの文字を眺める。

 

「……社会派ルポライターあや、ですか。私に何か用でも?」

「ネタを探していたら、ちょうど噂の貴女を見つけたものでして。いくつか取材を、と思いまして」

「いきなり取材、って言われても困るんだけど。買い物の途中だもの。まぁ、歩きながらでもよければ」

「もちろん、構いませんよ」

 

 それなら別にいいわね。立ち止まってしまった分を取り返すように早足で歩き出した私の隣にあやは歩幅を合わせて付いてきた。……そういえば、噂されるようなことなんて何かあったかしら?

 あやが言っていたことに少し引っ掛かりを覚えていると、彼女が耳元に口を近づけて小さく問い掛けてきた。

 

「貴女、あの大賢者八雲紫の式神、八雲彩ですよね?」

「そうよ」

 

 ちょっと脅しでもするような声色だったけれど、訊かれたことは大したことじゃなかった。

 顔をあやに向けながら肯定してあげると、再び目を見開かれてしまった。

 

「あやや、そこはちょっとくらい否定されると思っていたんですが」

「別に隠しているわけじゃないもの。いちいち言い触らして回らないだけよ」

「隠された八雲紫の式神、ついに暴かれる! とでも銘打って記事にしようと思っていたんですが、当てが外れましたね……」

 

 などと小声で言っているのが聞こえてきて、私は思わず苦笑いを浮かべてしまう。流石の私でも、それは取材相手に聞かれちゃいけないことくらい容易に想像出来るわ。

 人間達に式神だと知られても何か不都合があるわけではないと思う。少なくとも、私ではすぐには思い付かない。他のに訊いてみれば一つや二つ出てくると思うけれど。

 

「あ、着いた。続けるならそこで待っててね」

 

 目的の八百屋さんに到着し、少し考え込んでいるあやに一声かけてから八百屋さんに入っていく。……まぁっ! こんなに綺麗な野菜がたくさん! これはどれを買おうか悩むわね……。

 一つずつ手に取って見比べていき、メモに書いておいた野菜と目に付いたとうもろこしを追加で買った。ふふっ、いい買い物したわね。

 八百屋さんから出てみれば、私が買い物を済ませている間に考えを済ませたらしいあやが手を振って出迎えてくれた。

 

「お待ちしてましたよ。さて、続けてもいいですか?」

「いいわよ。けれど、あんまり時間を掛けないでね」

 

 人間の里を出て少し歩いた先にある人気の付かない場所で紫様に通信し、スキマを開いてもらう予定になっている。その前に終わらせてほしいわね。

 

「では、手短に。貴女が八雲紫の式神になろうと思ったきっかけなどは?」

「ないわよ」

「えっ」

 

 期待していた答えじゃないのはちょっとだけ申し訳ないわね……。けれど、残念ながら藍のように紫様に生涯を賭して仕えたく式神となった、みたいな美談はない。死にかけ消えかけのところを拾われただけ。終わるはずだった命が続いているだけ。もちろん感謝をしているけれど、あのまま私が消えてしまうことで護れるものもあった。……まぁ、こうして消えずとも護れているのだけどね。

 

「え、っと……。じゃあ、八雲紫の式神となってよかったことなどは?」

「ないわよ」

「……えぇ」

 

 続けて期待外の答えになってしまったかしら……。別に式神になって特によくなったことはない。逆に悪くなったこともない。式神が憑く前よりも多少生きやすくなったけれど、その所為で同じくらい生き辛くなってしまった。だから、私としては特にないわね。

 私の答えに肩を落として落胆したようだったあやなのだけど、唐突に目を輝かせながら詰め寄ってきた。

 

「ちょっと、近過ぎるわよ」

「でっ、では! 八雲紫に対して何か不満点などがあるのではっ!?」

「不満……? そうねぇ……。朝寝坊が多いわ。土砂降りでもお構いなしに流行りものを買って来いみたいな無茶なことを命じられたわね。夕食を作ってる途中で別のを食べたいって命じられたから急遽作り直したけれど、ああいうのはもっと早く言ってほしかったかしら。綺麗にした部屋はすぐに汚すし、出したものは出しっぱなし、何処から持ってきたかよく分からないものを床に置きっぱなし。掃除するのは楽しいけれど、度が過ぎると流石にちょっとね。あと、気持ちよく寝ているところを起こされて仕事に駆り出されたり」

「もういいです」

 

 細々とした不満を指折り数えながら答えていたら、あやに止められた。何でかしら?

 まだあるのだけど、と思ったが、もう人間の里の出口も近い。これはちょうどよかったわね。

 

「なら、ここでお別れでいいかしら?」

「すみません、最後に一つだけ」

「何よ?」

 

 あやは苦笑いを浮かべながら、鞄からカメラを取り出して私に見せた。

 

「一枚いいですか? 出来れば、隠している頭と尻尾を出してくれると私としては嬉しいんですが」

「いいわよ。ただし、外に出てからね」

 

 外に出て距離を取ってから帽子を外し、服の中に隠していた尻尾を揺らす。

 あやがカメラを私に向けてきたので、帽子と買い物袋を背中に隠して微笑んだ。

 

「撮りますよ。はい、チーズ。本日は取材に答えてくれてありがとうございました。それでは、文々。新聞をよろしくお願いします!」

 

 そう言って、あやはバサァッと真っ黒な翼を広げてあっという間に飛び去ってしまった。……さっきの妖怪鳥じゃないの。というか、文々。新聞ってあの文々。新聞?

 後日、文々。新聞にて『ものぐさ大賢者に不満たらたら!?』という見出しで過大表現された不満が並べられていた。紫様、ごめんなさい……。

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