紫様が寝静まった随分後、そろそろ日付も変わろうかといった深夜の食卓。私はすっかり温くなってしまった葡萄色の酒を煽る。……うっへぇ、喉が熱い。あははー。
対面に座っている藍は、もうすっかり酔いが回ってしまっている。頬は真っ赤で、吐く息も酒気に塗れている。
「でだなー、彩! 今日も今日とて橙は可愛くて可愛くて」
「それはもう聞いた」
最早何杯目かも分からないほど付き合わされているのだが、さっきから橙の惚気話ばかりウロチョロして回っている。別に私から話すネタはないのだから、藍が話すネタがある間はだんまりよりはいいだろう、とは思っていたものの、流石にここまで一方的に語られ続けるのはちょっと苦痛だ。流石に飽きが来てしまう。
どれか代わってくれないかなぁ、と思ってしまうのだが、藍の誘いの乗ったのは私なのだ。どうしても代わりたいのがいないのなら、私が最後まで付き合うべきなのだ。いや、分かってはいるけれど、それでも苦痛なものは苦痛なのだよ。どれか代わってくれ。あははー。
「橙が数多の子猫達を連れて微笑む姿といったら! あぁー、あれこそこの世の極楽と言える光景よ……」
「はいはい、そりゃよかったね」
つい返事が雑になってきている気がするが、まぁいいか。
さっきから同じ惚気を至宝だの珠玉だの後光だの言って語ってくれているけれど、私としては物凄くどうでもいい。というか、橙と顔を合わせないようにしているのに、そんなに話をされても正直困る。……ずっと前から私の表情が変わっている気が全くしないのだが、早く終わってくれないだろうか。
そんなことを思っていたら、藍が空になっラグラスの底をトントン鳴らし始めたので、すぐにグラスに葡萄色の酒を注いでやる。……あ、空になっちゃった。これで何本空けたかなぁ。ちょっと恐ろしくて数えたくない。あははー。
新しく開栓した琥珀色の酒を私のグラスの注いでいると、もう呑み干してしまった藍にジットリと睨み付けられる。うっわ、目が据わってるんですけど。
「何だ、彩。私との酒が楽しくないのか?」
「そこまで。流石に同じ話ばっかりじゃあきついかな」
「なら、お前は何なら楽しいんだ」
それは、今日初めてだな。
「楽しいこと、か」
そう言われてみると、これと言ったものが思い当たらない。特定の何かが楽しい、と言えるものがない。
そんなんで、生きてて楽しいかい? いいえ、私は死んだ身です。生きてて楽しいことは、もう過去に置いてきてしまいました。
まぁ、他に楽しんでいるのがいる。何事も無邪気に、陽気に、笑っている。私の代わりに、あるいは私の分まで楽しんでいるならそれでいいのではなかろうか。あははー。
「無論、私は橙だな!」
「はいはい」
愉快に笑う藍を聞き流しながら殻になっていた藍のグラスに酒を注いでやり、私はちびちびと琥珀色の酒で唇を湿らせる。
……いっそ、ラッパ呑みでもして酔い潰れてしまったほうがいいのではなかろうか。いや、流石に止めておこう。起きた後で紫様か藍に何と言われるか分かったものではない。
ふと、琥珀色の酒に映った私と目が合った。そこには何も映していないような、空っぽの瞳があった。なんて酷い目だ。私のなんだけどさ。あははー。
「ところで、彩。最近、橙の子猫達がすっかり様変わりしてしまったのだ。前とは違う橙が見れるのはそれはそれは素晴らしいのだが、橙が手懐けた子猫を捨てるとは思えん。暇があれば私と共に変わる前の子猫達を探してくれないか?」
「過保護め。あと、それも聞いた。そして嫌だ」
「別にいいではないか。きっと子猫達も橙のことを愛おしく思っているに違いない! ならば会わせてやる方がいいと思わないか?」
「いや、知らねぇよ」
橙の猫が入れ替わったことを聞かされるのも、以前の猫を探してくれと頼まれるのも、これで何度目だろうか。嫌だよ、面倒臭い。というか、どうやって見つけるのさ。
そもそも、猫だって橙よりもいい相手を見つけたかもしれないし、サラッと忘れてしまったかもしれないし、死んでいても別におかしな話じゃない。それに、好きだから好かれているとは限らないし、今日愛おしく思っていても明日憎らしく思っていることもある。それならば、多少変わっていようが、その都度しもべ候補を集めているわけだしそれでいいと思うけれど。
……まぁ、焚きつけた私が悪いのだろうが。積極的に奪おうとしているわけではないようだが、擦り寄ってきたならちょっかいを出すようになってしまった。あははー。
「やはり橙は今日も今日とて可愛くてなー! あー最高だ!」
「そうですか」
また似たようなところに辿り着いてしまった。何時まで聞かされるのだろうか……。
ところで、藍は酔っていた時のことを覚えているタイプだ。酔いが醒めた後で悶えないといいけれど。あははー。