表のは博麗神社を隅から隅まで掃除をしている。鼻歌をしながら喜々として部屋の隅を固く絞った濡れ雑巾で拭いているけれど、私としては何が楽しいのかよく分からない。綺麗にするのはいいことなんだろうけれど、パッと見では汚れているように見えないのに、まるで汚れを探すように掃除しているのはいまいち理解出来ないのだ。まぁ、私がどうこう言うことでもないけど。
時折、参道に目を向けて霊夢の様子を窺っている。この前は紫様相手に地面に大穴を開けて見せていた。幻術の一種らしいけど。まぁ、そんなことが出来てしまう程度には神様の力を借りれているようだ。簡単にやってくれやがって。はぁ。
「おーい、何時まで掃除してんだ? 空になっちまったから、早く新しいのをくれよ」
「まぁっ! それは霊夢のために用意していたものなのに」
そんな表のに魔理沙は空になった皿を見せびらかし、新しいお菓子を催促していた。残念ながらそれ以外は何も持ってきていなかったはずなので、どんなに強請られても出ないのだけど。
「はぁ。もう、いいわ。じゃあ、少し待ってて」
「おい! 私に押し付けんな!」
魔理沙に雑巾を押し付けつつ、表のは台所へと向かっていく。その背中に何で私が等と小うるさく言っているが、どうやら聞くつもりはないようである。
表のは蜂蜜を少量混ぜた生地をこね、いくつかの小判型にしたものを薄く油を敷いたフライパンの上で焼き始める。簡単なクッキーを作っているようだ。途中、廊下でドタドタ音がしているのが聞こえてきたけれど、表のは生地が焦げ付かない事のほうが今は大事なようだ。
『霊夢の元に通うの、どのくらい経ったっけ?』
『三ヶ月ほどですね』
うげ、もう三ヶ月経ってたんだ。止めろと命じられていないから続けていたけれど、何時までやればいいのやらって感じである。……まぁ、終わるまでやればいいか。はぁ。
『いいなー、らんらんはー。今日もゆかりんと一緒に出掛けてるしー』
『そうふてくされんな。これも仕事だ、仕事』
『何か危ないことに手を出していなければいいのですけれど……』
『ハッ、月に攻めるっつー時点で危ねーわきゃねーだろーが』
私がこうして通い詰めている間も紫様は何やら精力的に色々していたらしい。式神の鴉を飛ばしたり、藍に次々と新たな命令したり、幻想郷中にスキマを開いて覗き見したり、藍を連れて何処かへ行ってしまったり、外の世界からやって来た神様と巫女を歓迎したり……。随分と忙しいようである。
ちなみに、協力してくれる妖怪がいなかったことは許容範囲内で、レミリアが勝手に月の都に侵攻していくだろうことも予想の範疇だそうだ。別にそれならそれでいいけれど、紫様は一体何を考えているのやら。……まぁ、事が済んで気が向いたら説明してくれるでしょう。多分。どうでもいいけど。
そんなことを考えていると、何やら外のほうから声が聞こえてきた。霊夢も瞑想が一段落ついて魔理沙と会話でもしいるかと思ったら、どうやら別の誰かと話しているようだ。聞き覚えあるんだけど、誰だっけ? ……んー、クッキーを焼く音でいまいち聞き取りにくい。
『誰だろう?』
『咲夜ですね』
『……誰だっけ?』
『レミリアの従者ですよ』
あぁ、そういえばそんな名前だった。いけない。ここ最近、紫様の屋敷と博麗神社の往復ばかりで、他のことを忘れがちだ。何度も聞いたはずだし、何なら前に顔を合わせたのに。まぁ、あの時はレミリアのほうばかりに気を向けてたけどさ。
「よし、出来上がり。……あら、お客さんかしら?」
私が外のことを気にしていると、ようやくクッキーが焼き上がったようだ。そして、表のがクッキーを皿に移しているところで、ようやく霊夢と魔理沙が咲夜と話していることに気付いたらしい。
「その時を待っていたわ!」
表のがクッキーを軽く手で仰いで粗熱を飛ばしながら外へ向かう最中、また新しい少女の叫び声が木霊した。……えぇと、そうだ。この声は確か妖夢だ。紫様の友人の従者だし、覚えてる覚えてる。
話の途中で割り込むのを避けるためか、表のはその場で足を止めてそそくさと影に隠れた。ついでに聞き耳を立てているけれど、私としてもそちらの方が会話が聞こえやすいから都合がいい。
「ロケットは宇宙を飛ぶ船なのです。つまり、推進力を探すなら航海に関するものを探さないといけません」
「……確かにそうね。幻想郷には海がないからその辺抜け落ちていたわ」
「船を進める力がロケットを進め、海を鎮める力が航海を安全にするのです、……って幽々子様が言ってました」
うん? 幽々子様が言っていたぁ? いつだったか藍が紫様の命で幽々子と話し合っていたようだし、何やら陰謀を感じますねぇ。ま、どうでもいいか。はぁ。
そこで四人の会話が止まったようで、表のはさっさとその四人の中へと歩き出していった。足音を聞いた四人の目が一斉に向けられ、咲夜と妖夢の目が僅かに険しくなった。しかし、表のはそんな視線を流しつつ、魔理沙の前に皿を出した。
「ほら、魔理沙。あり合わせのもので作ったクッキーよ。霊夢も修行で疲れてるでしょう? 他の二人も一緒に食べていいからね」
霊夢は何やら考えながらクッキーを口にし、魔理沙は遅いだ何だと文句を言いながらクッキーに手を伸ばす。そんな様子を表のは嬉しそうに眺め、それから僅かな期待の籠った目を咲夜を妖夢に向けた。せっかく作ったのだから、二人にもぜひ食べてほしいらしい。
暫し目が合ったまま動かない二人だったが、しょうがないと言わんばかりの笑みと共に折れた妖夢がクッキーに手を伸ばした。
「あー! 三段の筒見つけたわ!」
そんな時、霊夢が叫んでビクッと妖夢の手が止まる。三つの筒? 何それ?
「航海の神、住吉三神!
「まぁっ! よかったわね、霊夢!」
表のは手放しに喜んでいるけれど、何のことか分かってねぇだろ。多分。