『違う……ッ! 違う違う違う違う違う違う違う違うッ! ァァアアアアッ!』
夢を見た。一匹の化け猫が慟哭している。過去の回想とも言える、酷くつまらないもの。しかし、二度と思い返したくないもの。こういう時の夢ってのは非常に不都合なもので、目を瞑ろうとしても瞼がなくて、目を逸らそうとしても視点が固定されていて、目を背けることは決して許されない。
『私は……、こんな力は欲してねぇよッ!』
私はどうしてこんなものを見せられているのだろうか。長らく見ることなんてなかったのに、どうして今更になって掘り起こされてしまうのか。……きっと、ここ最近は馬鹿みたいなことばかり考えているせいだろう。だから、こんなものまで思い起こされてしまう。
場面が転々としていき、その度に化け猫の身体が崩れていく。肉体という器から溢れ自らを滅ぼすほど膨大な妖力を使えば治せないはずがないのに、その身体の傷は塞がる気配はない。治すよりも壊れるほうが早いから? 違う。既に諦めているから。あれは本来不可逆の妖術だったのだから。少なくとも、それを考えた私はオンオフなんて考えちゃあいなかった。
そんなズタボロな化け猫の元に、一つの影が伸びてくる。化け猫がガタガタと震えながら振り返ると、その影の主は手を伸ばしてきていた。表情は見えない。
「ぁ痛っ!」
と、いうところで私は落ちた。一体何が起きたかもよく分からず、まだ夢の中かと思ったのだが、どうやら違うらしい。上を見上げると大きなスキマが開いていて、私の横には紫様が普段の三割り増しくらい真剣な表情で私を見下ろしていた。そして私の周囲には布団が崩れている。つまり、寝室で眠っていたこの身体がスキマを通して落とされた、ということだろう。
「寝ていたところ悪いわね、彩」
「……いえ、別に。で、紫様。用件は何ですか?」
こうして無理矢理叩き起こされるだけの理由があるはずだ。落とされたせいで多少背中が痛いのは気にしていられない。
「
「……屍食鬼?」
「人間の屍を喰らう妖怪よ。善良な屍食鬼もいるけれど、今回は邪悪。墓荒らし程度ならまだしも、おそらく殺して喰らうわ。しかも、人間に化けるかもしれない」
紫様の簡単な説明に非常に面倒臭そうだ、なんて思っていると、私の隣にどれかが出てきた。僅かに腰を浮かせてすぐに跳び出せる姿勢を取ったあたり、その屍食鬼とやらを殺すつもりなのだろう。
私の前にスキマが開く。地面を見下ろす形になっており、屍食鬼と思われる薄汚い人間と似ているが決して人間だと思いたくない様相をした者がたくさん見えた。
「数は二十。屍食鬼は本能のままに人間の里に向かっているわ。今は霊夢がいないから、好きにさせるわけにはいかないの。彩、一匹残らず仕留めなさい」
「ふん」
そう命じられ、私は隣のに引っ張られるようにスキマに跳び込んでいく。飛び降りていく最中に爪を伸ばし、落ちていった先で無防備にしていた屍食鬼の頭に振り下ろした。頭蓋骨ごと叩き切るように破壊し、そのまま倒れ伏す。これで一人。
屍食鬼が一人死んだ瞬間、残りの屍食鬼の視線が私に集中した。仲間を殺されたからか? ……いや、違う。意識が私に向いていない。私が殺した屍食鬼の死体に向いていた。つまり、共喰いするつもりなのだろう。たとえ屍食鬼だとしても、死ねば屍だから。
「シッ!」
しかし、意識を逸らせるのなら楽だ。私は隣のの動作に付いていくように身体を動かし、手近な屍食鬼の首を落とした。思ったよりも柔らかい感触。その調子て駆け出しながら爪を振るい、一人ずつ殺して回っていく。次の標的を見れば、クチャクチャと屍を食い荒らしている。首を撥ねた。次の標的も屍を喰っていた。首を撥ねた。
「ヂ、グジョ……ッ。オ、オ……。ナ、ゼ」
屍食鬼がなんか言ってたが、構わす首を撥ねた。気分が悪い。が、人間の里の人間はある程度生かさなくてはならない。幻想郷のルールも知らないで好き放題喰い荒らされたら困るのだ。説明もなしに殺してすまないとはちょっとだけ思うけれど、これも残酷だが受け入れてほしい。悪いとは思わないが。
そしてついに最後の屍食鬼の首を落とそうと右腕を真一文字に振るったが、その屍食鬼は跳び退って私の爪を躱した。そして、恨みがかった目で私を睨み付ける。
「ギザマ! グラッデ、ナニガ、ワルイッ!」
そう掠れた声で叫びながら跳びかかってきた屍食鬼が伸ばしてきた腕を左腕で引き裂き、続く右腕で首を落とした。残った身体を横に跳んで躱すと、落とした首がコロコロと転がっていく。その頭が、ちょうど顔が見えるところで止まった。
「ゴノ、ゲドウ、……ガ」
そんな呪詛を最後に、屍食鬼は息絶えた。仕事は終わった。
スキマを閉じずに終始見ていたらしい紫様が屍食鬼の死体を巨大なスキマで飲み込んでいく。それらが何処へ行くのかは知らないけれど、もうどうでもいいことだろう。私にも別の隙間が通り抜けていき、こびり付いた返り血や臭いなんかが取り除かれる。痕跡一つ残らない。
やることを終えたからか、気付けば隣のは内側に戻っていた。私は跳び込んできたスキマを見上げ、そちらへ飛んでいく。スキマを通り抜けると、何事もなかったかのように閉じられてしまった。
「上出来よ、彩」
「……外道、か」
「あんな戯言、聞き流しなさい」
「そうですね」
そう返したものの、私は聞き流せそうにない。
私は既にあるべき道から外れている。そういう存在を外道と呼ぶのだろうから。