東方九心猫   作:藍薔薇

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今生きている、今日を

「今日は冷えますね、彩様」

「そうだね、阿求」

 

 縁側に座って丁寧に手入れされ、その上に薄く雪化粧が施されている庭を眺めながら、熱めに淹れたお茶を口にする。……うん、苦いし舌が火傷しそうだ。下手だなぁ、私。これは阿求に悪いことをしてしまったかなぁ。

 そう思いながら阿求の様子を窺うと、流石に湯呑に触れた際の熱さで察したらしく、軽く息を吹きかけて冷ましてからお茶を飲んでいた。少し微妙な顔をされてしまった。……うん、まぁ、そういう反応されちゃうだろうとは思ってた。はぁ。

 そんな苦笑いを浮かべた阿求がこちらに顔を向けた。

 

「それで、今日はどのような御用でこちらに?」

「暇潰しだよ」

「そうでしたか」

 

 そう答えると、阿求はホッとした表情を浮かべた。紫様の伝言なんて何もないよ。うん。やることないから来たんだ。

 まぁ、実際のところ暇ではあるが、それと同時にそんな暇なんてないとも言えるのだが。明日の夜は遂に満月。つまり、私達が月に攻め入るということである。やることなんて探せば見つかるだろうに、私は何もせずこうしている。何もしていないのに悪いことをした気分だ。何もしてないのが悪いのだが。はぁ。

 もう一口お茶を口に含む。苦い。酷い苦さだ。どうしてここまで違ってしまったのだろう。……まぁ、いい。

 

「阿求はさ」

「何でしょう?」

 

 私は何でもないようにそう話し出す。何処にでもある、ありふれた、何気ない会話のように。私にとって重大なことでも、阿求にとっては軽い雑談の一つとして埋もれてくれるように。

 

「貴女は、生きてて楽しいですか?」

「生きててですか? それは難しい問いですね」

「あら意外。毎日楽しいってすぐ答えると思ってた」

「いえ、楽しいですよ?」

 

 阿求はそう言って微笑むと、空を見上げた。釣られて私も見上げてみるが、これと言って何事もない、いくつかの小さな雲と澄んだ青空が見えた。

 

「ですが、私は先が短いですからね。転生すると分かっていても、一日が終わるのが怖いです」

「……ふぅん」

「けれど、……いえ、だからこそ、今日を楽しく過ごしていこうと思っているのですよ」

「それは、義務感かい?」

「嫌なこともあります。辛いこともあります。けれど、楽しい方がいいに決まってるじゃないですか。だから、私は今日を楽しんでいます。今生きている、今日を」

 

 その答えを聞いて私は思う。嫌なことは見上げるほどあった。辛いことは溢れるほどあった。けれど、私は楽しいと思ったことは碌にない。ただ、楽したいと思うだけ。その楽したいと思うことすら、成し遂げられていないのだが。はぁ。

 残ったお茶を一気に飲み干した。苦い。最後まで苦い。……苦いなぁ。

 

「彩様」

「何?」

 

 思わずしかめ面をしていると、阿求が私を覗き込んできた。

 

「何か、あったのですか?」

「……いや、何も」

「……それなら、いいのですが」

 

 ありがとう。一つ決めたよ。ようやく、踏み出せそうな気がする。

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