「小人愚者を囮とし愚者を欺かんとす。留守に気をつけろ。……うふふ、お師匠様の言った通りね。あんな大時代なロケットは目眩ましで、本物は静かに現れるとね」
私達の前でなんか言っている少女の言葉を話し半分で聞き流しながら、私は夜空を見上げた。残念ながら、私は月に行き損ねたらしい。素敵なものを盗み出すことは出来なさそうだ。まぁ、しょうがないね。
少女が月の兎に何やら自慢気に話しているが、私は藍を見遣った。険しい顔を浮かべているが、これは本気で焦っているらしい。次に紫様を見遣る。余裕そうだが、視線が少女から離れていない。……あーあ、ピリピリしてるなぁ。居心地が悪い。はぁ。
そこまでしてようやく少女の長ったらしい戯言が終わったらしく、目を向けてみればその場からふっと消え去ってしまった。
「浅はかなものよ。私と一戦交えるかね」
その言葉がやけに近くから聞こえ、紫様の喉元に閉じた扇子を突き付けて笑う少女が見えた。……見逃した。ということは、瞬間移動の類かな? まぁ、具体的にどんなことをしてそうなったかなんてどうでもいい。
そのまま紫様と少女は動かないでいる。いや、紫様は動けないのだろうけれど。……さて、どうしようか。紫様の喉元に得物が突き付けられているから、私としても非常に手出ししにくい状況である。紫様を見捨てて攻撃する? 嫌だ、面倒臭い。後始末とか、色々。はぁ。
「この扇子は、森を一瞬で素粒子レベルで浄化する風を起こす。そんな月の最新兵器相手に貴女は何が出来る?」
……はい? いきなり何を言ってるんでしょうかねぇ? しかし、少女は本気でそうだと言っていることに気付いてしまい、私は思わず扇子を凝視してしまう。最新兵器って、これが? え、本当に? こんなものが?
しばらく膠着状態でいた二人だったが、突然紫様の身体からふっと力が抜けた。
「あーはっはっ! もう降参、降参! 戦う気なんてないわ。最初からまともに戦ったら勝ち目がないんだから。囮作戦がバレた時点で私達に勝ち目はなかったのよ」
そう言って笑い続けている。藍は思わずといった風に紫様と呟いているけれど、私としては罠に嵌った時点でこうなるだろうと思っていた。だって、紫様本人がそう言ってたでしょう? 何やってんだか。はぁ。
「いやに聞き分けがいいわね」
しかし、対する少女は訝し気に紫様を睨んでいる。……いや、そんな睨まなくていいよ。紫様は本気で勝ち目はないって言ってるんだから。怪しみたくなるのも分かるけれど、怪しまなくていいんだって。
そんなことを思っていると、紫様が膝を追って両手を地に付けた。
「敗れた側がこんなことを言うのもおこがましいかも知れないが、……全ては愚かな一妖怪の所行。地上に住む全ての生き物には罪はない。どうかその扇子で無に帰すのは勘弁願えないだろうか」
うわ、無に帰す!? 素粒子だとか浄化だとか言ってたけれど、それってそういう意味だったの!? ……はぁ、そっかそっか。そうなのか。
私は少女に目を遣った。しかし、少女は紫様を見下ろすばかりで私を気にも留めていない。
「ここに住む生き物に罪がないはずがありません。地上に住む、生きる、死ぬ。それだけで罪なのです。お前への罰は月に持ち帰って考えるとして……。地上の生き物への罰は」
そこで一度区切ると、少女は言い放つ。
「一生地上に這い蹲って生き、死ぬこと」
今更過ぎて、馬鹿にしてるのかと思った。馬鹿にしてんだな。うん。