東方九心猫   作:藍薔薇

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真の『九心九尾』

 月の兎が私の身体を細い紐で縛ってくる。縛られるのが紫様、藍と続いて最後なあたり、放っておいてもいいと思われたのかもしれない。まぁ、実際そんな感じだ。

 私は後ろに回された左手で右手首を握り締め、少女が実に自慢気に語っているこの紐についての話を半ば呆れながら聞かされる。このフェムト何とかだけどさ、わざわざ小難しいことを言っているけれど、ちょっとやそっとじゃ千切れないなんか凄い紐ってことでしょう? 物凄くどうでもいい。

 

「藍」

「……何だ、彩」

 

 目線だけを横にやって藍に向けて小声で呼んでやると、非常に苦い表情の藍が悔し気な小声で返してくれた。なんだ、その顔。逆に笑えてくるじゃないか。……そう睨むなよ。はぁ。

 目線を前に戻し、未だに紐が不浄な者をどうのと語っている少女を見遣る。そして、ここ最近散々考えていたことを思い返す。……まぁ、うん。悪くないな。

 

「前よぉ、努力と意思がどうのって言ってただろ?」

 

 そんな私の隣に、一つ飛び出してそう言った。……あれ。どうして表に出てくるんだろう? 他のにはまだ何も言ってないはずなんだけど。

 

「それなら、今こそ成功を目指す意思が必要じゃないかしら?」

 

 さらに一つ。その言葉、私が言おうと思ってた言葉なんだけど。なんで分かるの?

 

「拘束程度、障害にならん。敵は殺す」

 

 続けて一つ、両脚だけで立ち上がる。ちょっと、何勝手に。少女が言葉を止めて警戒してるじゃん。

 

「あれは危険ですからね。取り除かなければなりません」

 

 一つ、左手で右手首から指先に至るまでの骨を治療し、文字通り骨抜きにしてしまった。いや、元よりそのつもりだったけど。

 

「力業の近道と、知略の遠回り。どちらも否定されていますが、ならばどうすれば正解だと思いますか?」

 

 一つ、骨がなくなった分だけ細く柔らかくなった右手を引き抜く。

 

「今の僕さ、全ッ然楽しくないんだよね。つまんない」

 

 一つ、骨抜きになった右手が再治療され、キチンと骨が埋め込まれた。

 

「ん」

 

 一つ、退魔の妖術を右手に宿す。私一つでは到底出せないほど強力で、無慈悲な輝き。

 

「おっせーんだよ、バーカ」

 

 最後に一つ、そう言ってこの身体を右手で貫いた。そして、握り締める。

 

「ゲボ……ッ!」

「彩!? 貴女、何してるの!? 止めなさい!」

 

 突然の私の行動に、ギョッとした表情で振り返った紫様と目が合う。これは命令だ。従わなければならない。この手を止めなければならない。

 

「嫌だね。私は許されている」

 

 ……んなわけねぇだろ。もう遅いんだよ。

 あーあ、実に身勝手な覚悟だ。外れた道を、さらに踏み外そうとしている。けれど、そんなもんだろう? 最低だ最悪だと言ってきたけれど、それを更新するのも悪くない。勝手に一番底だなんて言ってても、そんなもの思い込みに過ぎないのだから。

 私は握り締めたそれを引き抜いた。身体に空けた大穴は、即座に癒して閉じる。そして、取り出したそれを放り棄てた。

 

「貴女、式神を……っ!?」

「これが真の『九心九尾』です」

 

 その宣言と共に、唐突にフェムトファイバーが千切れ飛んだ。


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