右手に抜き取った心臓を潰さないように軽く握り、念のため左足で首なし死体を踏ん付けておく。これらは次に必要になるかもしれないもの。失ったらちょっと面倒になるかもしれないから、出来るだけ近くに置いておきたい。特に、この心臓は。
「彩、貴女は、まさかそこまで……」
「さ、彩。お前、そんな力を……」
紫様と藍が私を見て何か言っているが、どうでもいい。今の二人は私に不利益を与える存在ではないから。だから、今のところ放置でいい。
私はあの時永琳が潜んでいた竹林を見詰める。少女を殺した私の仇討ちに現れるはずだ。少女を殺し、紫様と藍を拘束していたフェムトファイバーを千切り、それから少し経った頃には私に矢を放っていた。その時間は約三十秒程度だったか? 随分とお早い登場だこと。
「そら来た」
私が注視していた竹林とは真逆から攻撃の気配を感じ取り、即座に振り返りながら超音速の矢を左手で迎え打つ。瞬間、私が迎撃する前に矢が弾けて破片が飛び散る。そして、その先にいた永琳と目が合った。少し遅い登場だったな。まぁ、回り込む分だけ遅れただけかな?
そんなことを思いながら、私は永琳をどうするか考える。どうすれば、私にとってより都合がいいか? 敵対した永琳をどうすればいい? 放っておくと紫様まで巻き込まれるだろう。そうなると幻想郷が滅びかねないので却下。ならば、やはりここで消しておくか。
「ほら。やっぱり無駄だったじゃない」
そう決意した矢先、私と永琳のちょうど中間にまた輝夜が現れた。
「そも、彩が須臾を超越する時点で敵いっこないもの」
永琳に向けてそう言いながら、嬉しそうに、寂しそうに、微笑みながら私の元に歩み寄ってくる。
「さぁ、一つ前の歴史で私が言っていたでしょう? 永琳を消すつもりなら、私も一緒に消してちょうだいな。一応、あの妹紅もね」
「……一応訊いとこうか。どうして知ってやがる?」
「見たからよ。ある短期間に集中して無数に枝分かれしていく歴史が紡がれ、そして今の一つを除いて次々と剪定されていく様を。そして、その中心にいるのは貴女」
驚いた。映姫が私が犯したことを知っていた時も驚いたが、まさかまだいたとは。どうやら記憶が続いているのではなく、そんななかったことになった未来もあったと認識しているだけのようだが。
しかし、そうなるとさらに面倒だ。知られてしまえば、対策される。そうなれば、私は不利になっていく一方だ。
「そっかぁ」
ならば、二人まとめて消しておくか。既に決意していたんだ。ちょうどいい。
私は右手に握っていた心臓を上に軽く投げ、そして一気に駆け出した。瞬間、目の前で微笑んでいた輝夜も、その奥で立ち尽くしていた永琳も、紫様も藍も、私が投げ上げた心臓も、その場でピタリと動きを止まる。須臾を一つ超えた、時間すら認識出来ない時間。光速の世界。そんな世界の中、右手で輝夜の腕を、左手で永琳の腕を掴み取る。
「あら」
「これは……!?」
私が掴んだせいで光速の世界に入り込んてしまった二人にそう言い放つ。永琳が私の腕を振り払おうとしたが、無抵抗な輝夜を見ると諦めたような表情を浮かべて抵抗を止めた。抵抗しないならそちらの方が楽でいい。
空中で動きを止めている心臓と首なし死体を持っていこうと思ったのだが、心臓は端っこを口に咥えれば持っていけそうだが、首なし死体はちょっと大き過ぎて持っていけそうにない。というか、手が足りない。生やそうと思えば生やせるけれど、首なし死体はそこまで重要ではないからいいや。
「永琳、最期の光景よ。私達は今から、須臾を超越する」
空中に浮かんでいた心臓を口に咥えているところで言っていた輝夜の言葉を聞き流し、私はさらにもう一段階加速する。
超光速による時間遡行。それこそ、私が全てを覆す力を望んだ結果。
「……輝夜。私の所為で、悪いことをしてしまったわね」
「気にしなくていいのよ。それもこれでお終い」
ほんの僅かにだが時間流に逆らったところで咥えていた心臓を放し、再び光速の世界に落ちる。放した心臓が宙に浮かぶ。一度で上手くいってよかった。光速ちょうどに調節するのって難しいんだよ。
今この瞬間、この停止した世界に永琳と輝夜が存在する。無論、私達がこの時間に来たことで、それまでこの時間にいたはずの永琳と輝夜は消えている。そして、今この瞬間に限り、私の所為でこれから消えていく時間とこれから新たに紡がれる時間が混在する分岐点が存在する。私がこのまま光速からさらに一つ速度を落とせば、新たに紡がれる時間に共に到達する。
「さて、さよならです。てるるん、永琳さん」
しかし、今手放したものは消えていく時間に置いていくことになる。二人を手放した瞬間、その動きが止まる。
宙に浮かぶ心臓を手に取り、私はさらに速度を落とす。世界が動き出す。二人がいたはずの場所には、誰もいない。消えていく世界と共にいなくなってしまった。
心臓を片手に、足元に転がっている首なし死体を見下ろす。僅かな時間で済んだから、月の兎が死ぬ前まで戻らずに済んだ。それはよかった。
しかし、二人の最後の顔が未だに貼り付いて離れない。これから消えていくってのに、まるで救われたような顔をしていて、何だかやるせないような気になるのは何故だろう? はぁ。
顔を上げ、もう一度二人がいた場所を見遣る。そこでふと思い出したことがあった。
「……妹紅って誰だ?」