東方九心猫   作:藍薔薇

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お礼を言いに来ました

 藍は紫様の式神として広く知られているが、私もそうであるとはあまり知られていない。だから、人間の里を歩くときは私が妖怪であることは極力露呈しないようにしたほうがいい。だから、こういう時は耳は帽子を目深に被り、尻尾は服の中に仕舞うことで隠している。下手に周りを見回したりせず、かと言って一点を見詰めることもせず、時折挨拶されれば返し、自然に振る舞う。人間の里にとって、妖怪は飽くまで敵なのですから。

 ふと道端の桜が咲いているのを眺めていると、本当に春になったのだと改めて感じた。ただ、今年の春は異常気象によって大幅に遅れ、従来よりも圧倒的に短くなってしまい、その結果としてこの桜模様も非常に短くなってしまう。おそらく明日か明後日かには散ってしまうのではないだろうかと思えば、実に儚い命ですね、と感じてしまう。

 それからも人間の里を歩いていき、目的地である稗田家の屋敷に到着する。見張りの人間に会釈をして中に入らせてもらおうとしたのだが、門を潜る直前に私の前に立ち塞がってくる。

 

「貴女、ここに何の用ですか?」

「阿求にお礼を言いに来ました」

「阿求様に……?」

 

 そう呟きながら、訝し気に私を見詰めてくる。少しばかり目を合わせていたのですが、彼はなかなか私を中に入れてさせてくれない。私が何処の誰か知らなかったのか、それとも気付けなかったのか……。改めて身なりや仕草を観察し、その視線から私が妖怪であることに気付いて警戒していることに気付き、しかしその中で僅かに警戒が緩んでいるところもあり、後者であることを察する。

 

「八雲彩が来た、と伝えてください」

 

 そう伝えながら、私は帽子を僅かに持ち上げ、耳を見せる。すると、立ち塞がっていた見張りの彼は、目を見開いてからサッと脇へと避けてくれた。

 

「もっ、申し訳ございませんでした、彩様」

「いえ、お気になさらず。隠していた私も悪かったですから」

 

 そんなに顔を青くして頭を下げるような失態ではないでしょう。多少の遅れは生まれてしまいましたが、そもそも時間に指定があるわけではありませんから。失敗や間違いは誰にだってあることです。

 稗田家の屋敷に入り、私は迷いなく廊下を進んでいく。間取りはとっくの昔に覚えている。道中で使用人の一人に阿求が部屋にいることを訊き、それから部屋の襖の前にゆっくりと正座する。

 

「失礼します」

「その声は、彩様ですか? どうぞ、お入りください」

 

 引き手に手を掛けて静かに開き、一礼してから中へとお邪魔する。そして、しっかりと襖を閉じた。編纂の手を止めた阿求の前に腰を下ろし、真っ直ぐと目を見詰める。

 

「今日はどのような御用で?」

「貴女にお礼を言いに来ました」

「お礼、ですか?」

「はい。先日、貴方方の編纂された幻想郷縁起を拝読させていただき、誠にありがとうございました。おかげで、あの異常気象の異変の解決の助けとなりました」

「いっ、いえいえ。私はただ記録を残しているだけで、決して……」

 

 両手を前に出して遠慮されていますが、貴方方のお陰で私達は助かったことは事実。春が奪われたから冬が留まった、と気づけたのは幻想郷縁起に過去の異常気象とその原因が記載されていたからです。それを読み、紫様に伝え、原因を推測され、そして異変解決者たる博麗の巫女である霊夢に伝えた。これにより、異常気象の異変解決に一役買ったのである。

 ですから、私にそのように遠慮せずともいいのですが……。しょうがありませんね。

 一つ呼吸を整え、表情を改めながら阿求と顔を合わせる。雰囲気が変わったからか、阿求の表情も一気に引き締まった。

 

「では、話を変えましょう。異常気象について、いくつか伝えておきたいこと、話しておきたいこと、訊いておきたいことがあります」

「……拝聴しましょう」

 

 ここからは紫様に命じられた仕事の時間であり、私個人の興味に関する時間でもある。

 

「異常気象の異変。その異変に何か名付けたのですか?」

「はい。春雪異変と」

「では、これからはそのように呼びましょう。その春雪異変の首謀者に関して、明確な記載を控えていただきたい。裁量は貴女に任せます」

 

 そう言うと、阿求が二度瞬きをした。……ふむ、そもそも首謀者に関して確定は出来ていなかったようですね。ですが、知らないというほどではなく、誰かから聞いた、といったところでしょうか。紫様、わざわざ命じずともよかったかもしれませんよ。

 

「春雪異変の結果、人間の里に何らかの変化はありましたか? 些細な変化でも構いません。思い付く限り、お願いします」

「そうですね……。聞いた話によると、農家の方々は種蒔きに遅れが出たそうです。また、冬が長引いたことで病に臥した方々も多かったと聞きます。他には、酒が多く売れたそうです。短い満開の桜で花見酒をするために」

「ふむ、そうですか。飢饉などの心配は?」

「今のところは問題ないそうです」

 

 それはよかった。私が勝手に懸念していたことですが、仮に収穫量に響くようならば、紫様の手を煩わせることになった可能性もあった。人間の数が減り過ぎるとバランスが崩れてしまうのだから。

 

「……あの、一ついいですか?」

「はい、何でしょう?」

 

 少し安心していると、今度は阿求が私に訊いてきた。一つと言わず、二つ三つでも構いませんよ。

 

「彩様が先日遊びに来た時に伝えなかったのは何故ですか?」

「その日に命じられていなかったからです」

 

 首謀者の記載に関しては早くに気にしていて、先程制限をするよう命じられた。だから、その日に伝えられなかったのはしょうがない。この命が遅れた理由の一つは、それよりも重要な別の仕事を紫様に命じられていたからでしょう。

 それだけ伝えれば、阿求は納得した笑みを浮かべた。

 それからは、仕事を終えたことを伝え、他愛のない話をする。仕事を終えた後は日が落ちるまで自由にしていいと言われているから、私は阿求との話を選択した。彼女から得られる知識は豊富だ。書籍を読み込むだけでは得られない縁も得られる。素晴らしいことだと思いませんか?

 より多い知識から、より良い結果を出せるようになる。そうすることで、この身体の生存率を向上させることが可能になるでしょうからね。

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