当たり前だろう?
全身から余計な力を抜いて立ち、頭の中でゆっくりと三つ数える。一つ、二つ、そして三つ。数え終えると同時に庭の端から端まで走り出し、そして止まる。そして振り返ってもう一度数えて走り出す。まずは真っ直ぐ、次は半円を描くように曲がり、その次は中央で逆の半円を描くように二度曲がり、その次は斜めに出て中央で直角に曲がり、その次は二度曲がる。速度は曲がる時も落とさず最高速。止まる時は徐々に速度を緩めるんじゃなく、一歩で急停止。決してもう一歩踏み出してしまうようなへまはしねぇ。
……分かっちゃあいる。俺が最終的に辿り着こうとしている極致は『九心九尾』で、繰り返してきた経験からどう動けばいいかを少しずつ当て嵌めていっている。だが、決してそこに到達することはねぇ。何故なら、俺は一尾だから。一つの心に一つの尻尾が『九心九尾』の前提であるがゆえに、この身体に新たな尻尾が生え揃うことは決してねぇ。きっと、いつか頭打ちがやって来るだろう。こればっかりはしょうがねぇし、どうしようもねぇことだ。
「だからって、諦められねぇよなぁ……!」
俺はこの身体と宿る九つの心を守らねばならない。そのためなら立ち向かうことだって、逃げることだって厭わねぇ。傷付いてから、死んでから、もっと強ければ、速ければ、なんて考えたくねぇからなぁ。
「いい脚だな、彩。また速くなったんじゃないか?」
「ん、そうか?」
次を走り出そうと数え始めたところで、縁側から藍の声が聞こえて一旦足を止める。しかし、藍の言葉に首を縦に振っていいのかはちょっと分からねぇ。
俺が表に出ていて暇なときはこんな地味な訓練を繰り返しちゃあいるが、成長している実感はほとんどねぇ。だが、何もしねぇでいてもと変わらねぇ。下手すれば鈍る一方だ。だから、俺はやれるときにこうして続けている。……まぁ、身体強化の妖術抜きで俺よりこの身体の使い方が上手いのが既にいるんだが、だから怠けていい理由にはならねぇ。
「あぁ。僅かだが確実に速い」
「へぇ、そうかい。そいつぁ嬉しいねぇ」
そう断言されると気分がいい。何故なら、以前よりも成長していることであり、まだ頭打ちじゃあなかったってことだからな。
そんなことを思いながら、俺はふとちょうどいいと思い至る。ならば、藍に向けて爪を伸ばして一つ頼みごとをした。
「藍。暇ならちっとばかし付き合ってくれねぇか? いつも通り軽く攻撃してくれりゃあいい」
「意欲があるのはいいことだが、私はこれから出掛ける用事があるんだ。そういうことであまり時間がない」
「あぁ……、んならしゃあねぇか」
「悪いな。また今度にしてくれ」
「おう、行ってこい」
そう言ってこの場から立ち去っていく藍に爪を仕舞った手を振って見送る。まぁ、先約があるならしゃあねぇよなぁ。
そして訓練を再開しようと思った矢先、ふと浮び上がってきた。二度と御免だと言いながら、無意味な死は御免だと言いながら、自殺しようと思い至ったこと。
そのことを望まずとも知ってしまった時、ああして死のうと考えていたのはあまりいい気分じゃあなかった。そりゃあ、俺だってあんな力ホイホイ使っていいもんじゃねぇことくらい分かる。だが、譲れない何かのために使わなきゃならねぇ時だってあるだろう。だからこそ、その力をこの身体と心を終わらせるために使うのは、はいそうですかと納得出来るもんじゃあねぇ。
だが、そういう理屈じゃあねぇんだ。あいつが、外ならぬ俺達の『中心』が、本気で死を望んだのなら、俺達は付いていく。当たり前だろう? まぁ、結局死なねぇでこうして生き延びたわけだが。いいか悪いかは知らねぇが、俺に取っちゃあいいことだ。
「さて、続けるとしますか」
相手がどんな強力な襲撃者であろうと、せめてあいつが決意するまでの時間くらい余裕で稼げるようにはならねぇとな。