お湯を沸騰させたら火を弱め、斜め切りした長葱を鍋に入れていく。長葱に火を通したら火を止め、味噌を溶かしていく。お玉でほんの少し掬って味見してみて、味が薄過ぎないか、あるいは濃過ぎないか確認する。ふふ、大丈夫そうね。出来上がった味噌汁の鍋に蓋をして、隣のフライパンの鮭の切り身を菜箸で軽く持ち上げての裏面に焼き目が付いているか確認する。うん、付いてるわね。それなら、酒を少量入れてすぐに蓋をして蒸し焼きにする。そうして出来上がった鮭の塩焼きを皿に盛りつけ、フライパンの汚れを拭き取ってから卵を割る。紫様は半熟のほうが好きなのよね。
「おはよう、彩。今日のご飯は何かしら?」
「今日は炊きたてご飯に長葱の味噌汁、菜の花のおひたし、目玉焼き、鮭の塩焼き」
「そう、ありがと」
少量の水を入れてフライパンに蓋をしたところで、紫様から声を掛けられた。朝ご飯が出来上がっても起きないようなら叩き起こしてあげようと思っていたのだけど、その前に起きてくれたみたい。朝ご飯は出来たてのほうが美味しいものね。
沸騰したお湯に塩を一つまみ入れ、菜の花の茎のほうを入れて少し火を通してから穂先のほうもお湯につける。速めに取り出して流水にさらして粗熱を取り除いて水気を絞り、食べやすい大きさに切って小皿に移す。そこでちょうどよくピーッと炊飯器から音が鳴り、ほぼ予定通りの時間に少し喜びつつ、綺麗な緑色をした菜の花に少しからしを利かせた醤油をかけ、その上に鰹節を振りかけて完成。
「ご機嫌ね」
「そう見える?」
炊飯器を開けて炊きたてのご飯をよそっていると、紫様からそう言われ、改めてこうした調理を楽しんでいる自分に気付く。度とにでもあるような普通で平凡で落ち着いた日常を謳歌していると思うと、私は思わず顔が綻んでしまう。
私は皆が帰る場所を守りたい。帰る場所は、平穏な日常を送る上で大切な居場所。落ち着いて、難しいことを考えることなく、楽しく過ごせるような時間。簡単なようで得難いもの。だから、守り通さなければならないと思う。守り通せれば、またこうして日常に帰ることが出来るのだから。
「紫様、朝ご飯が出来ましたよー」
今日の藍は昨日から橙のところにお泊りしに出掛けているから今日はいない。一人いないから食卓がちょっと寂しいわね。
「いただきます」
「いただきます」
紫様と私の二人分の朝ご飯を運び、私達は手を合わせて贖罪に感謝を述べてから口にする。……うん、今日もいい味ね。藍にも食べさせてあげたかったわ。今頃二人で何を食べてるのかしら?
そんなことを思ったけれど、さっきまで考えていたことの続きが溢れ出る。けれど、失うって、痛いのよ。護りたかったものが何度も何度も壊れて、何度も何度も失って、いつか取り戻せると思いながら、いつか終わってほしいと願いながら、それでも壊れて失って繰り返して……。痛くて痛くて仕方なかった。懐かしいわね、いつからだったかしら。護り切ったという終わりから、この永遠に続くかもしれない時間の終わりを願うようになっていった。それを真に願ったのは私じゃないかもしれないけれど、それでも私達の『中心』はそう願っていた。ならば、私達はそれがいいと思う。納得出来なかったのもいたけれどね。
「どうしたのよ、彩。そんなにジロジロ見て」
「まぁっ、そんなに見詰めてたかしら?」
「そりゃあもう」
そんなことを思いながら護りたい者を見ていたら、そんなことを言われてしまった。私の日常には、いつからか紫様と藍がいた。
けれど、私としては死後の安寧が保証されているのなら、私は死んでも構わないと思っている。だって、日常を送る上で最も大切なのは他ならぬ私自身だもの。私自身が壊れてしまったら、残念ながらもう元には戻れない。護りたいものを護るために私が、私達の『中心』が壊れてしまうくらいなら、護るものを諦めて死んでしまってもいい。死ぬことで壊れかけていた私達の『中心』を護れるのだから。死後の日常を送れるのなら、ね。
「今日の朝ご飯はどうだったか気になったの。どうかしら?」
「そんなこと? これで今日も一日頑張れるわ」
けれど、残念ながら私には、そして私達の『中心』にも死後の安寧は保証されない。極楽にも地獄にも逝くことはなく、中途半端な魂としてその道中で消えてしまうらしいから。非常に残念な現実だと思うわよ。
なら、今ここにある日常を護れるだけ護らないといけないわね。
「あら、そう? それなら作った私としては嬉しいわね」
どうか、平穏な日々を。