八雲紫に博麗霊夢が自堕落に過ごしていないか監視しろ、と命令されて博麗神社に飛んで来た。別に歓迎もされず、縁側に座っても最初文句を言われたが、それ以降は気にせず境内の掃除をし続けている。
「あんたねぇ……。お賽銭も払わずそこに居座るつもりなら掃除くらい手伝いなさいよ」
「……ん」
そんな博麗霊夢を黙って見続けていたら、そんなことを言われた。金は持って来ていない。監視を命令された以上、目を離せないから掃除の手伝いをするのは不可能。しかし、それは飽くまでわたしのこと。掃除をしたいのが代われと言うならば代わります。しかし、どれも表に出るつもりがないのなのでわたしはそのまま表にいる。
そういうことでわたしはそのまま動かないで博麗霊夢を見詰め続けていると、やがて博麗霊夢は諦めたようにため息を吐いて掃除を再開した。頑張れ。
「せめて何か喋りなさいよ、……って言っても無駄か。今のあんたはだんまりだものね」
別に喋れないわけじゃない。けれど、わたしが喋ることに価値を見出せない。わたしが喋ること。わたしの口から空気を震わせる振動として出ていった特定の意味となり得る音の羅列。すなわち、わたし以外。ならば、そんなもの、既に価値は存在しない。
人妖も男女も公私も賢愚も善悪も好悪も正邪も美醜も紅白も白黒も明暗も有無も真贋も真偽も可否も正誤も増減も加減も曲直も大小も長短も高低も長幼も強弱も軽重も緩急も寒暖も難易も開閉も清濁も和洋も天地も今昔も考えるだけ無駄。今を生きるのにわざわざ考えずともいい事柄。そういう些細な差異なんて、すべからくまとめてどうでもいい。
別に最初からそこまである種極端な思想を抱いていたわけじゃない。わたしがその考えに至った最たる原因は、わたし達の『中心』が意固地になって何度も何度も繰り返し続けていた時だ。散々繰り返し続けているうちに、わたしはわたし以外のその他雑多の価値をなくした。だって、わたし以外のあらゆるものは好き放題出来てしまう。わたしさえ生き残ってしまえばどうとでも出来てしまう。生かすも殺すも残すも消すも自由自在。価値とは他と違うからこそ生じるならば、わたし以外の全てが等しくなり無価値と化す。
そうとでも考えないとわたし達の『中心』が耐え切れなかった。だって、わたし達の『中心』が今まで切り捨ててきた世界の価値全てを背負っていたら簡単に押し潰れてしまうから。思考の全てが繋がっていたからこそ、全てから浮いた考えような逃げ場所が必要だった。そんな思考に最も近しかったのはわたし。別にそれでも構わなかった。それでわたしが、わたし達の『中心』が無事生き残るのならば、それだけで無限の価値になるから。
価値があるから重くなる。だから、わたしの価値はわたし達の『中心』の逃げ場となることだけでいい。決断するから辛くなる。だから、私は世界を平たく見下ろして流されよう。立ち向かうのは他のでいい。護るのは他のでいい。考えるのは他のでいい。楽しむのは他のでいい。挑むのは他のでいい。癒すのは他のでいい。殺すのは他のでいい。それでいい。
「ん」
きっと、わたし達の『中心』はまたいつか『九心九尾』に手を伸ばすだろう。その時に罪だということも、全部どうでもいいって思える。擦り切れたわたし達の『中心』がこれ以上壊れてしまわないように。
今日は何にもない素晴らしい一日だった。そんな風に、私は今日も流される。